さぶりんブログ

音楽が大好きなさぶりんが、自作イラストや怪しい楽器、本や映画の感想、花と電車の追っかけ記録などをランダムに載せています。

【読書録】随筆・私本太平記(吉川英治)

2013-07-02 23:57:56 | 読書録
吉川英治と柳田國男の作品の著作権が切れ、青空文庫で無料で読めるようになる・・・っていうのが、知る人ぞ知る今年の電子書籍界のビッグニュースの一つだということで、愛用のiPhoneアプリ「i文庫」で読めるようになるのを今か今かと待っていたのだが、何故かいつまで経っても閲覧可能にならない。

PCで青空文庫を見ると、もう読めるようになっていることがわかり、思い切って別のアプリを使ってみた。「i読書」というアプリである。これなら吉川英治も柳田國男も読める。



正直、機能的には「i文庫」の方が優れているような気がするが、作品が読めないんじゃしょうがないね(あくまでも今日現在の情報だが)。

で、まず何を読もうか・・ということで手をつけてみたのが、この吉川英治の「随筆・私本太平記」だ。「私本太平記」本体の方は、文庫版8冊を若い頃にむさぼるように読んだなー。先輩が先に読んでたんだけど、あっという間に追い抜かしてさ~、昔も今も私って嫌な奴だよね。

ちょうど大河ドラマで真田広之主演の「太平記」をやってたんだが、私が真田広之ファンだったこともあり、テレビも、原作の「私本太平記」も本当に楽しんだ。そうか~あれからもう20年以上経ってしまったか。当時20代半ばだったけど、正直今の自分の方が若いような気がするんだよね。最近得意の「錯覚」かもしれないけど。

私が「私本太平記」が優れた作品であると思う理由は、その躍動感のある文章力や構成力もさることながら、書きぶりが公平であること。古典としての「太平記」を童話化したものを小学生の頃に繰り返し繰り返し読んでいた私は、「私本太平記」と出会う前はどうしても南朝びいきであった。だが「私本太平記」は足利氏寄りの視点で描かれた軍記物語「梅松論」も史料として取り入れ、北朝方・南朝方それぞれニュートラルに取り上げている。なので私は「私本太平記」とであったお陰で、南朝びいきの呪縛から逃れることが出来たのである。

「私本太平記」は毎日新聞に連載された作品だが、吉川英治氏は月1回を小説定休日として、私本太平記の篇外雑感とか、臨時の史蹟紀行、作品の補遺などを、読者と遊ぶ気で書くことにしたらしい。こうしたものを集めたのが「随筆・私本太平記」であるようだ。作品の進行とともに、裏話が読めるというのは、読者にとってはさぞかしありがたいコーナーだっただろうな。この作品が支持され、読者より新たな史料や情報を提供されたり、時にはお叱りを受けることもあったらしいが、吉川英治氏が精力的に色んなところに足を運び、色んな人と会っている様子が目に浮かぶ。

「私本太平記」は完結までに4年半かかっている。終章は最晩年に病床で執筆し、完結した翌年には吉川は70歳で亡くなったそうだが、「随筆・私本太平記」を読む限り、そんなことは微塵も感じられず、若々しいエネルギーで満ち溢れている。文章にも新味が満ち溢れ、とても没後50年経った人の作品とも思えない。

例えば、後醍醐天皇が流された隠岐の島についての記述であるが

---Quote---
たとえば、今日のマスコミの中にいてすら、近ごろやかましい李ラインの竹島が、隠岐の位置とは、わずか八十五浬の西北にあるという常識地理でも、都会人にはちょっと思い泛かばないのではあるまいか。
--Unquote--

という文章が出てきてギョッとさせられる。浬とは海里(1852m)のこと。85浬は約157kmだな。まぁ~吉川英治作品が新しいという意味ではなく、この50年間進展がないということの裏返しだろうが、当ブログではこれ以上突っこむつもりはない。

また、吉川英治氏が、足利尊氏の末裔、足利惇氏(あつうじ)氏と会ってるところの記述も面白かった。足利尊氏が逆賊扱いされたのは、水戸家の編纂した「大日本史」のせいであるところが大きいのだが、足利惇氏氏は以下のように語っている。

---Quote---
「べつに文書(もんじょ)も何も残ってはいませんがね、私の家にも水戸家にも、こんな言い伝えが昔からある。例の“大日本史”ですネ。尊氏が逆賊と決定づけられたのも、あれからですが、その編纂を督(とく)した水戸光圀(みつくに)(水戸黄門)も後では少々尊氏に気の毒だと考えたのか、こう遺言しておいたというんです。……これでは後世、足利家に男子のない場合は、三百諸侯から養子の来人(きて)もあるまいから、断絶になる。そんな時には、必ず水戸家の男子一名を遣(や)るがよい、と」
--Unquote--

実際、本当に水戸家から足利家に養子が来てくれたのであった。なかなか示唆に富む話だなぁと思う。

かくのごとく、「私本太平記」本体を読むだけでは見えてこない話がいろいろ載っていて面白い。何で20代の頃、「私本太平記」8巻を読むだけで満足して、この本に手を出さなかったのかはわからないが、これからもまだ読んでない吉川英治作品を読もうという気にさせてくれる、興味深い本であった。

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