さぶりんブログ

音楽が大好きなさぶりんが、自作イラストや怪しい楽器、本や映画の感想、花と電車の追っかけ記録などをランダムに載せています。

竹生島の弁天様のお守り

2013-03-21 23:17:04 | 禁断のオカルト部屋
先日も書いたが、竹生島の宝厳寺でお守りを買うと、それぞれ弁天堂と観音堂ご本尊である弁財天と観世音が並んで書かれた袋に入ってくる。

つくづく不思議だなぁと思うのだが、この島ならではのことかもしれないね。

弁天様はもともとはヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティーであり、現地では琵琶ではなくヴィーナを持っているのだが、仏教の守護神である天部という位置づけで仏教に取り込まれた。なので、若い頃から弁天=仏教というイメージを持って見ていたのだが、あらためて調べてみると、日本に渡ってきたから「財宝神」としての性格が加わったり、宗像三女神の一柱である市杵嶋姫命(いちきしまひめ)と同一視されたりと、色々性格が変わっているようである。本来、仏教の尊格であるが、日本では神道の神とも見なされ、明治の神仏分離の際に多くは神社となったのだという。

だとすると、弁天様がお寺さんに属している竹生島は全国レベルではむしろ少数派になるのかぁ。でも、弁天堂へお参りする時に鳥居をくぐったよなぁ。

あまり今まで考えずに来たが、私が慣れ親しんでいる弁天様だと

 上野の不忍池の弁天堂 → 寛永寺
 江ノ島の弁天様    → 江ノ島神社
 鎌倉の銭洗弁天    → 宇賀福神社

だった。なるほど。ちなみに、日本三大弁天のうち、私が行ったことのない広島の宮島の弁天様は大願寺に属するという。へ、お寺さんなんだ。厳島神社じゃなくて。

ということで、猛烈に余談が多くなったが、本題は竹生島で買ったお守りについて。



ご本尊は見れないので、琵琶を持っているお姿なのかどうかはわからないが、日本で弁天様といえば琵琶。私は琵琶のお守りを目にするとどうも避けて通れないので、ここでも買ってしまった。



レンズを見ると白馬の上に座して琵琶を抱えた弁天様が見える。ご本尊は立像だと聞くので、多分このお姿とも違うんだろうが、弁天様のお姿というのは、琵琶を抱えていても、武器を持っていても、凛々しくも神々しく、見る者を癒してくださるなぁと思う次第である。



もう一つ、密教法具の法輪型のお守りもある。弁天様がここではお寺さんであることの象徴かなぁ。
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世界のお守り:フィッシュフック(ハワイ)

2011-10-29 23:32:43 | 禁断のオカルト部屋
幸せを釣り上げる、釣り針モチーフのお守りだそうだ。

この釣り針を見ていると、何かが釣れるよりも自分が釣られるような気がするんだが(釣られて買っちゃったわけだが)とか、・・・金属が発見される前、動物の骨で釣り針を作っていた頃の釣り針はこんなだったか・・・とか、見ているといろんなイマジネーションが涌いてくるお守りだ。



ハワイでは、スピリチュアルな力が宿った特別なフックは、漁師に大漁をもたらし、幸せを運ぶと言われ、父から子に代々受け継がれているそうだ。

私は釣りをしないので、釣り針といえば、昔父親のライターの中に飾りとして入っていた釣り針ぐらいしか実物を見たことがないが、見ていると確かに不思議な感じがすることは事実だ。記紀神話でも、山幸彦と海幸彦の話の中に釣り針が重要なアイテムとして登場するね。

特に、無くしたお兄さんの釣り針の代わりに、山幸彦が自分の剣から沢山の釣り針を作る話が好きで、自分でも釣り針を作りたい~とか思って、縫い針を焼きなまして何本曲げたことか・・・。
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世界のお守り:バリマスク(バリ)

2011-10-21 23:26:46 | 禁断のオカルト部屋
今日は、何でもいいから、自分に福が来て欲しい感じ。

ということで、昔ファミレスでまとめ買いした、世界のお守りシリーズより。

これはバリ島で使われた仮面を小型にしたもの。かつて部族間の戦いの際、仮面をつけ自分以外の異なった人間になったり、動物の仮面をつけることで、その動物のパワーを自分の見方につけようとしたのだそうだ。

こんなお面でパワーが得られるとも思えないのだが、気晴らしにはなるかな。仮面をつけて自分以外の人間になる・・・って、要はコスプレか。変身願望というのは人間の本源的な要求に近いのかなぁ。人間は常に変わりたいと思っているからこそ、進歩してきたのかもしれない・・・と、コスプレの気がないわけではない自分を弁護してみる。



裏はこんな感じ。変な顔のお面だけど、持ってみると結構可愛い。実はこのお守りいつも机の上に乗っているのだが、普段は見向きもしなかった。今日は何故かこの顔が目に留まったんだよね。このお面を見て懐かしい気持ちになるのは、実家の壁に似たようなものが掛かっていたせいかもしれない。

このお守りも、ストラップとして使ったり鞄につけたりするよりも、壁に留めて置きたい気分になるね。
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ハーマイオニーのお箸

2011-07-27 23:29:46 | 禁断のオカルト部屋
色々買ったハリポタグッズの中で、これはかなり異色の存在。っていうか、ありえねーとか思っちゃった。イギリスのお話に箸だなんて。やはり、しっかり日本のメーカーさんによる企画・制作・発売のようです。

でも、かえって世界的に珍しいだろうからという理由で買ってしまった。



ほら、ちゃんと彼女の写真入り。



正式商品名は“CHOPSTICKS HERMIONE GRANGER”ね。



一応、彼女の魔法の杖をイメージしていることはわかる。彼女の杖は、本体はブドウ、芯はドラゴンの心臓の琴線で出来ていることになっているが、もちろんこれはプラスチック。

ハリーの杖は持ち手のところがゴツゴツしているけれど、ハーマイオニーの杖(一本目)はスラっとまっすぐなので確かに二本そろえれば箸に似てるといえば似てるねえ。本体がブドウということで、唐草のようなものがまとわりついたデザインになっている。

さて、箸としてどうかと言われると、何かシャビーで軽くて手にはしっくりこないような気がするね。やはり魔法の杖と同じで実力で奪ったものでないと手に馴染まないのか(冗)。

では魔法の杖としてどうかと言われると、これまた細くてとても強い術を生み出す杖のようには見えないネェ。

ということで、今度のオフ会で、指揮棒がなくて困っている人にでも貸し出そうかしら?
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ドゥルガー女神のペンケース(インド)

2011-02-25 00:11:49 | 禁断のオカルト部屋
私はインド神話が大好きだが、その中でも一番好きなのがドゥルガー女神。

何で好きかって、シヴァとヴィシュヌが持っている武器を両方持ってて、虎にまたがっている、美しくて強い女神だからだ。

毎年誕生日が来ると、お気に入りのインド系通販のお店が誕生日特価で売ってくれるので、今年も色々と物色。ドゥルガーの載っているペンケースを見つけて買っちゃった!

上から見るとちょっとオシャレなペンケースなのだが、裏返すとと神様が。神様が下っていうのはちょっと抵抗あるけどね。



これがそのドゥルガー女神の姿。

シヴァ神の三叉戟やヴィシュヌ神の円盤(チャクラ)だけでなく、インドラ神の金剛杵(ヴァジュラ)やヴァルナの法螺貝、アグニの投槍に、ヴァーユの弓を持つ。

水牛の悪魔マヒシャに天界を奪われた古いインドの神々は、シヴァとヴィシュヌといった新興の神々に援助を求め、シヴァとヴィシュヌが放った光の中から生まれた彼女は神々からいろんな武器をもらってマヒシャと戦い、これを倒したのである。彼女はシヴァ神妃のパールヴァティーと同一視される女神だけど、キャラが違うので、後付けであることは容易に想像できる。

ドゥルガーはもともとデカン高原の土俗神であったが、紀元前後から勢力を拡大したシヴァ(シヴァ派)が、各地の女神たちを自分の神妃とすることで女神を祭る先住民を取り込んで行く中で、ドゥルガーもシヴァ神の妻となり、カーリーと共に、パールヴァティーの変化した姿と言われるようになったようである。
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乳香(ドバイ)

2010-10-20 00:03:21 | 禁断のオカルト部屋
またまた弟夫婦のドバイ土産。

生きて、本物の乳香の香りを楽しめる日が来るなんて、思ってもみなかったわ。ホント感激。

聖書には、イエス・キリストが誕生した際、東方の三博士が「黄金、乳香、没薬」を贈り物として持ってきたという話が書かれているが、昔から「乳香」ってどんな香りなのだろう、と小さい頃から興味津々だったのだ。

上の写真で、プラスチックケースに入っているのが、乳香(別名:オリバナム、フランキンセンス)の実物で、一見して松脂のように木の樹脂が固まったものであることが想像できる。何の木の樹脂かというと、私はよく知らないのだが、ムクロジ目カンラン科ボスウェリア属の木の樹脂だという。アラビア半島南部やソマリア、インドなどに生えている木らしいね。



さて、これを焚くにはどうしたらよいのだろう? お焼香のように炭の上で焚くという話なのだが、超大ボケな私は、お線香の灰の上で焚けばいいのかと思い、1粒つまんでライターで直接火をつけて灰の上に置いてみた。そうしたら、もくもくと煙を立て、炎を立てて燃えてしまった。

これではダメだと、サイトを漁ってみるが、正式な香道グッズを持ってない私がカンタンに出来そうな方法を探すのはちょっと大変だった。

しかしお弁当用のアルミケースの下からロウソクであぶってるサイトに辿り着き、それなら家にある茶香炉にアルミ箔を載せれば使えるなと思い、やってみたのがコレ。

!!!正解!!!
アルミ箔の上に溶けた樹脂がじくじくとしみ出してきたかと思うと、しばらくして、えもいわれぬ清潔な芳香が漂ってきた。



日本でイメージする「お香」よりも「香水」系の香りに近いね。

甘ったるくなく、爽やかで清潔な香りがする。ミルクのような香りとは程遠い。でもオリバナムと言う言葉もアラビア語の乳と言う言葉から派生した呼び名なのよね。不思議。

もともとは古代エジプトでは神に捧げるための神聖な香として用いられていたとのことであり、その考え方はユダヤにもアラビアにも引き継がれているわけだ。

確かにこの香り、嗅ぐ者の心から邪念を追い出し、敬虔な気持ちに導いてくれる。

さて、東方三博士の贈り物の中にあったもう一つの謎の物体「没薬」も、ごく近い種類の木の樹脂が固まったお香で、ミルラとも呼ばれるそうな。オリバナムとミルラはシルクロードを通じて中国に伝わり、漢方薬として使われるようになったという。「乳香」と「没薬」はそれぞれオリバナムとミルラの、中国での生薬名だったのだ。両方を併用して、鎮痛薬として使われたんだって。

ということ、今回幸運にも「乳香」に触れる機会に恵まれたので、いずれ「没薬」にも接してみたいものだね。
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シャーマンストーン

2010-02-08 23:20:34 | 禁断のオカルト部屋
今日は色んなことがあって、ここに書く元気がありません。何があったかは、のちほどtwitterがおまとめ投稿してくれるでしょう。

仕方なく、私はこんなものをにぎにぎ・・・。何か、すごい馬鹿にされそう。


このUFO見たいな岩石は、アメリカ南ユタのグランドキャニオン北で採掘された岩石で、表面はややごつごつした赤鉄鉱(ヘマタイト)、内部は砂岩だそうです。自然にこんな形になるそうで、もっと丸っこいのとか、小さいのとか色々あります。

古くから現地の人達に「お守り、魔除け」またはヒーリングストーンとして用いられてきたということで、シャーマンストーンとかモキマーブルとか呼ばれます。私がこの石の力を信じているわけではありませんし、パワーストーン信仰があるわけでもありません。

じゃあ、何故持っているのかというと、平たく言えば一目ぼれしたんですよ。丸の内オアゾの丸善の文具屋の前の特設広場に、先日色んな石を売っているのを見つけまして、これ以外に綺麗で素敵な石は腐るほどあったのですが、何故かこの石に惹かれたんですネェ。見ても何の変哲も無いのですが、握ってみたらこれがまた私の左手の平のカーブにすごく合うわけでございまして、また適度にごつごつしてるので、うまく手に引っかかりますし・・・。

ちなみに同じシャーマンストーンでもちょっとでもカーブや大きさが違うとダメなんです。それから私の場合、右手に持ってもダメで、左手に持ったときだけ癒されるんです。

こんなものに金をかけるなんて・・と2~3度行き過ぎたのですが、どうしても感触を忘れられずに戻って来てしまいます。映画「おくりびと」に出てくる最後のシーンで、石によるコミュニケーションの場面が出てきますが、私はあの場面だけは理解で着ていなかったのですが、この石を握ってみて、ふっと「石での会話というものもあるのかな」と理解できました。

ということで、2~3週間ぐらい前からこれをコートの左ポッケに入れて、一日2回ぐらいにぎにぎしてます。特に頭に血が上っている時や役に立つようです。

※これを周りの人に話してもなかなか理解されません。私と手の大きさがあまりに違う人は、私の石を手にしても、まず癒されないようです。
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銭洗弁天の御宝銭

2010-01-12 23:44:35 | 禁断のオカルト部屋
まだまだ、新春鎌倉ネタが残っているのでありんす。

先日の銭洗弁天のお参りの続きで、今日は、弁天様で買ったお守りについて。

元神奈川県民だからなのかもしれませんが、ピカピカの5円玉の入った銭洗弁天のお守りを、正月過ぎにお店からもらったりすることがありました。子供の頃は訳分からず、「お母さん五円玉もらったよ」なんて言ったりしましてね、「その五円玉は使うんじゃなくて、包んだまま財布に入れておくんだよ」と教わったものです。

今回は初めて、自分で銭洗弁天に足を運んだ記念として、五円玉じゃなくて小判型の宝銭にいたしました。時代劇が好きですから、小判の形のものに惹かれるのかもしれませんね。このお守りは、買う時に神社の方が火打石を金属の板のようなもので鳴らし、軽く火花を散らして清めてくださったんですよ。

折角なんでおそるおそる紙包みを開けてみました。小判の上に描かれたデザインが今ひとつよくわかりません。一番下の渦のようなものが洗い場の霊水でしょうが、その上に岩があって、お宝が沢山乗っていることを表しているのでしょうか?

ところで、超恥ずかしながら、洞窟の中にちゃんと弁天様がおられたことを今日知りました。


洗い場のある洞窟の中は真っ暗で、本当にどこに何があるのか最初は全く分かりませんでした。人混みにつられて入っていって、みんなと同じように洗うのが精一杯で。

混んでるし真っ暗で足元もよくわかんない状態だったのだけれど、何枚か果敢にチャレンジ。フラッシュ焚くと近くのものは写るけど遠くが写らず、雰囲気が変わってしまいます。かといって焚かないと暗いのでブレブレで・・・。かなりの枚数がボツになりましたが、ちゃんと写ってた数少ない写真の中に、ちゃんと弁天様がいらっしゃるではありませんか(黄色い〇の中)。この写真、1月2日の日記にUPしてるんですが、その時は全然気がつきませんでした。


驚いて拡大してみると、こんなお姿で。かなり磨耗しておられますが、確かに弁天様で、ちゃんと琵琶も持ってらっしゃいます。

ありがたや~。今年も芸事が上達いたしますように。
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鎌倉・長谷寺の九尊光明守

2010-01-05 23:22:01 | 禁断のオカルト部屋
先日の鎌倉散策の時の戦利品の一つ。

一言で言って、カッコイイ!! さて、どこに付けようかな。

実は私は梵字が書いてあるとつい惹かれてしまうのだ。理由はココに真面目に書くのも恥ずかしいのだが、昔スケバン刑事Ⅲにハマッたせいだ。

スケバン刑事Ⅲの影響で衝動買いしたものは多く、本ブログでも既に

▼二荒山神社のお守りの剣
http://blog.goo.ne.jp/y-saburin99/e/c03b3e3cc051f60f657b8b47aef62adf

▼バジュラ(五鈷杵・チベット密教)
http://blog.goo.ne.jp/y-saburin99/e/dd5d4b63044b94b713b3e36ed09e3a11

▼独鈷の形のお守り
http://blog.goo.ne.jp/y-saburin99/e/6c06264e784d9ed8310fce2443b792b6

▼海獣葡萄鏡を模した文鎮
http://blog.goo.ne.jp/y-saburin99/e/f53877b2d24a0de2d0f6a3285786ffbe

などが出てきているが、これ以外にも各種お香・香炉、スケバン刑事ヨーヨー、尺八など枚挙にいとまが無い。あまりにも影響を受けたので、浅香唯ちゃんのホームページのアドレスに向かってファンメールを出したことも(かなり前だが)ある。

と、いうことでスケバン刑事Ⅲ・風間三姉妹の額や腕に現れる梵字から、梵字に興味を持った私、梵字があるだけでワクワクなのだ~!

ちなみにこのような日本書道に近い梵字でも、現代インド人は反応するようである。若い頃インドに行った時、私の愛用の手帳のポケットに梵字の書いてある小さなお札がしまってあるのを現地のガイドさんが見て、日本人が古代インド文字の書かれたものを大事にしているという事実に大層驚いていたのが記憶に残っている。どのくらい読めるのかそこで突っ込んで聞かなかったことが悔やまれるなあ(なぜなら私はそれが「梵字」だということが分かるだけで、意味も読み方もよく分からなかったので、それ以上会話が発展しなかったのだ)。
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イスラームな目覚まし時計

2009-07-03 00:13:08 | 禁断のオカルト部屋
最近友人の間で、中国の「南無阿弥陀仏ケータイ」の話題が大ウケでね、個人的にはなかなか面白いんじゃないかと思いつつ、中国ってそんなに敬虔な仏教徒が多かったっけ?などと、いぶかしく思っている。(真面目なのかウケ狙いなのか?)

イスラム教ケータイなんかもあったらいいんじゃないか・・・画面でコーランが読めて、礼拝の時刻に一日5回アラームが鳴って、西を向く方位磁針がセットされてるとか・・などとアイデアをめぐらしていたら、そういえば、自分のアパートにも、美味しいイスラム教グッズが、あったことを思い出した。

それがこの「アザーン時計」。アザーンとは、モスクの周囲のイスラム教徒に対し、礼拝のためにモスクに集まるように呼びかける詠唱のこと。独特の節回しが歌のように聞こえる。ムアッジンを呼ばれる、アザーンを唱える役の人が、モスクの周囲にあるミナレット(尖塔)に登って「アッラーフ・アクバル(神は偉大なり)」と声高に歌い上げるわけだ。

そのアザーンの声が目覚まし時計になったのがコレ。アラームをセットすると、実にけたたましい大音響が鳴る。私はこれを8年ほど前にネットで購入し、立って手を伸ばさなければ届かないタンスの上に置いていた。普通のアラームでは目が覚めない私も、このアザーン時計が鳴ると、恥ずかしさのあまり思わず起き上がって消しに行く。9.11テロのすぐ後だったから、なおさら慌てて消しに行く。その際立って手を伸ばすから目が覚めるだろうという寸法である。

この方法は、朝に超弱い私に対して、一定の効果をもたらした。ところが、喜んで使っていたら、ある日突然鳴らなくなってしまったのである。モスク型のデザインが珍しいので捨てるにしのびず、その時以来ずっとタンスのお飾りになっていたのである。今日は久しぶりにたまったホコリをふき取ってやった。
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ルドラクシャ(菩提樹)の数珠(インド)

2009-02-23 23:56:01 | 禁断のオカルト部屋
ふっふっふ・・私は知る人ぞ知る数珠マニア。

今までこのブログでもイスラム教の数珠とかチベットの骨数珠とかを登場させたおり、数珠にまつわるウンチクを述べてきたが、世界三大宗教の数珠(ロザリオ)の原点は、インドのバラモン僧が使っていた数珠なのだ。

十二年前にトルコ旅行から帰ってきて以来、元祖ヒンドゥー教の数珠が欲しいというささやかなる野望を抱き続けていた。(何てくだらない野望だろう。)カンボジアに行った時、もしかしたらヒンドゥー教の数珠が手に入るかもしれないという淡い期待を抱いていたのだが、現地にはアンコールワットなどのようなヒンドゥー教の遺跡はあっても、現在信じられているのは仏教。しかも彼らの小乗仏教では通常数珠は使わないのだ(日本人向けのお土産の数珠はあったけどね)。


やはりインドに行かないとヒンドゥー教の数珠は手に入らないのだろうか。私が再びインドに行ける日はいつになることか・・・とほとんどあきらめていたのだが、先日ガンジーサンダルを買ったインドの通販サイトで、ガンジス川のほとりの都市バラナシでヒンドゥー教の巡礼者向けに売られているという菩提樹の実で作られた数珠を発見し、狂喜して買ってしまった。(これもお誕生日価格で。)

菩提樹の実って、何か胡桃みたいだな~。ちょっと興味を持って調べてみたら、菩提樹って意外に紛らわしいということがわかった。

私は以前インドに行った時、菩提樹の木を沢山見たが、葉っぱがハート形っぽいのがとても印象的だった。それはインドボダイジュと呼ばれるクワ科の植物で、この木の下でお釈迦様は悟りを開かれたのだ。

一方、「♪泉に沿(そ)いて 繁(しげ)る菩提樹~」で始まるシューベルトの歌曲「菩提樹」で歌われているのは、入浴剤クナイプの香りの一つにもなっているLindenbaumという木で、こちらも菩提樹と呼ばれるが、葉っぱがインドボダイジュに似ているだけで、シナノキ科の別の植物。

ところで、お釈迦様ゆかりのインドボダイジュの種は小さくて、とうてい数珠にできるような代物ではないそうだ。じゃぁ、インドで「菩提樹の数珠」として売られているものは何なのかというと、インドジュズノキとかジュズボダイジュとよばれるホルトノキ科の木の種子なのだそうだ。

まぁ、材料などどうでもよいではないか。こういうものは気持ちが大事。ガンジス川のほとりから運ばれてきたというこの数珠をありがたく手にとって繰ってみる。何て素朴な手触り・・・。珠の数が108つであることを確認した私の手の指は、数珠を染めた染料で、真っ赤に染まり上がっていた! さすがはインド!

さて、さらに解説を探してみると、ジュズボダイジュ(金剛菩提樹)は、インド名をルドラ-クシャといい、サンスクリット語で「ルドラ神(シバ神)の目」という意味だという。ヒンドゥー教でもシバ派は好んでルドラクシャの数珠を使うという。

彼らにとってルドラクシャはシバ神そのもの。ただ触れるだけでも罪は魔術のように洗われてしまうし、見ただけでもたいへんなご利益があり、不幸の兆しがある人からは、それが取り除かれるというありがた~いものだそうだ。

見ただけでもご利益あり・・・ということなんで、このブログを見た人はラッキーですね。
(ま、いじると指が赤くなるんで、見るだけでもいいというのは私にとってもありがたいことですね。)
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六波羅蜜寺の悪病退散お守り

2009-02-17 23:21:05 | 禁断のオカルト部屋
京都から帰ってきて引いた風邪がぐずぐずと続いているうちに花粉症に移行し、ずっと鼻がおかしかったのだが、日曜日になって咳が出てきた。だから日曜日は一日寝てしまったのだが、全然良くならない。昨夜は夜中にタンが絡んで目が覚め、眠れない夜を過ごした。またそういう時には、やっと眠れても変な夢を見るわけだが、よりによって愛用のバイオリンがどっかに行っちゃう夢を見てしまった。

・・・バイオリンを置き忘れて、慌てて取りに帰ってケースをあけてみたら、タイの長い胡弓に化けていた・・しかもオンボロの。うそだうそだ・・と思って、もうちょっと向こうにあるケースを開けてみると、板がはがれてボロボロになってて、ピンク色の蛍光ペンの汚い文字で「お前のバイオリンはこれだ」とか書いてあった・・・えぇぇぇっ?・・私のバイオリン盗まれて、すり替えられちゃったの~? 今週末本番なのにどうしよう。・・・・

最近具合悪くて練習不足気味なのに加え、他の楽器に手出したりしてるから、こんな夢を見たのだろうか? とにもかくにも、ちゃんと起きてバイオリンの無事を確認して本気でホッとした。

職場の診療所に行ったら、案の定、花粉症の薬はグレードアップされた。咳止めももらってきたが効果は気休め程度だねぇ。女子トイレの中で「私は負けない!」と叫んでいる子がいて、イジメにでも遭ってるのかと思ったら、「花粉症に負けないぞ」宣言だった。気合で治るモンなら苦労しねぇよ・・・かえって疲れてしまった私であった。

☆ ☆ ☆

ムダ話はさておいて、今日は先日京都の六波羅蜜寺に行った時、買ったお守りのご紹介。五色の糸がついてるのが可愛いなと思って買ったのよねぇ。今、プリンセスゴールドで連載してる「縛り屋小町」っていう漫画読んでてさぁ~、神器である五色の糸の繰り手に選ばれた若い男女達が活躍するわけよ・・ここまで書いててゴレンジャーみたいジャンとか思っちゃったのだが、テイストは全然違ってて、あくまでも陰陽師モノっす。。。

そういう漫画のノリでお守り買うなんて超邪道だよね。よくみたらコレ「悪病退散お守り」なのに、全然風邪が治らないのは私が不謹慎だからだろう。

折角なんで封を開けて・・どこの付けようかな。バイオリンケースいろんなもの付けすぎでジャラジャラなんで、トランペットケースに付けようかな。またバイオリンが妬いて、私に悪夢を見せるかも。
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世界のお守り:ナザールボンジュ(トルコ)

2008-09-19 23:36:12 | 禁断のオカルト部屋
禁断のオカルト部屋コーナーで前回紹介した「ファティマの手」にも邪視よけがついていたが、邪視よけお守りといったら、やはりトルコのメドゥーサの目(ナザールボンジュ)抜きには語れないよね。

悪意のある視線を受けると・・・幸運が逃げ、災いが訪れるという考え方から、邪視よけ守りが出来てくるわけだが、ギリシャ神話では悪役として知られるメドゥーサがトルコではお守りになっているのだ。トルコのペルガモン遺跡では、復元中の神殿の天井にメドゥーサの顔が沢山並んで神殿を守っていた。メドゥーサはペルセウスに首をとられてしまったけれど、アテナ神の盾にとりつけられて、死後もお守りとして活躍している。アレキサンダー大王の鎧の胸の部分にもメドゥーサの顔がついていて、お守りになっている。

それをみるにつけ、多神教というのは支配した地域の神々を、あるときは悪役・脇役・妾など、主役神より数段下に位置するものとして取り込んで来たものではないかと、素人目にも分かる。メドゥーサはもともとはありがたい神様だったはず。それが邪悪な妖怪蛇女としてギリシャ神話に取り込まれたものの、本来彼女が持っていた神性を全部取り去ることはできなかったのだろう。


メドゥーサの目は、トルコに行くといたるところにぶら下がっている。現地ではあまりにありふれているので、飽きてしまうのだが、私も現地で買ったし、お土産にももらったことがある。普通はブルーの色で作られることが多いのだが、この写真のストラップは、カラフルで可愛いね。

ナザールボンジュは、使ってると目玉が何個か脱落したり、割れたりしやすいのが難点。これは壊れずに長持ちして欲しいなあ。
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世界のお守り:ファティマの手(エジプト)

2008-08-10 23:48:11 | 禁断のオカルト部屋
一瞬「仏足石が手になったのか」と思ったけど、これは「ファティマの手」と呼ばれる、イスラム世界のお守り。アラブでは「ハムサの手」、インドでは「フムサの手」とも呼ばれるという。


ファティマというのは、預言者ムハンマドの娘で第4代正統カリフ(シーア派では初代イマーム)アリーの妻。イスラムでは理想の女性とされ、聖女とされる。(ちなみにシーア派の一派、イスマーイール派が北アフリカに建国したイスラム王朝である「ファーティマ朝(909年 - 1171年)」の王朝名の由来もこの人である。)

ファティマの手は、災いや病魔を防ぐ護符として、ドアのノッカーやアクセサリーなどに用いられているそうだ。だがそのデザインは極めてさまざまで、どう見ても普通の手にしか見えないもの、大雑把な模様が書かれているもの等、色んなものがある。この仏足石のようなものが標準ではないようである。

ファティマの手のすべてにこの写真のように大きな目が描かれているわけではないが、WEBで調べると、確かにこのように大きな目の描かれた一群もあるようだ。この目が描かれているファーティマの手は、トルコでの「メドゥーサの目」に相当する「邪視(じゃし)よけ」にもなるのである。中東には、妬みなど悪い感情を持った人に見られると災いが訪れるという考え方があるため、こうした目をモチーフにしたお守りが使われるのだ。ユダヤでも「ミリアムの手」と呼ばれるらしいので、この「邪視よけ」はイスラム教以前の、土着の宗教の影響だろう。

そもそも偶像崇拝禁止のイスラム教の中でも生きているお守りだ。人間は宗教を問わず、こうしたものを求めるものなのかもしれない。
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世界のお守り:モンゴリアンボーン

2008-08-06 23:56:17 | 禁断のオカルト部屋
私が嫌いな慣用句の一つに「いわしの頭も信心から」というのがある。何か信仰を持っている人に対して言う言葉としては、これほど馬鹿にしている言葉もないと思う。

実際に江戸時代の日本人はいわしの頭と柊の枝を節分の時期に戸口にさして、鬼よけにしていたわけだから、「いわしの頭だって大事なんですよ」とポジティブに使うこともできるはずなのだが、残念ながらこのフレーズは「つまらないものでも信仰の対象になれば非常に尊いものに見える」という皮肉に使われる。昨日の週刊古代文明77に対するコメントで、信じる心そのものに価値があるというオーソドックスな考え方に賛意を表明したわけであるが、同時に「いわしの頭~」というフレーズも脳裏に浮かんでいた。物事には両面あるわけで、万事「信じる者は救われる」という考え方で生きていくと、いずれ騙されることもあるだろう。嫌いなフレーズではあるが、「いわしの頭も信心から」という醒めた心も忘れてはならないのだろう。


で、「いわしの頭」のフレーズと同時に脳裏に浮かんできたのが、このモンゴルのお守りである。モンゴルでは魚は聖なるもので、長寿の象徴なんだそうだ。パッケージの外から見てて、どこが魚なんだと思っていたが、裏返してみたら、ちゃんと魚のモチーフが彫ってあった。(何かヒレが多いけど。)

モンゴルでは、人間と同じぐらいの大きさのイトウという魚が獲れるらしいけど、どう考えても、海に囲まれてる日本よりは魚は少ないだろう。だから、貴重=聖なるものと考える気持ちもわからないではないが、何故に「長寿」の象徴なのだろう? 長寿といえばカメの方がずっと長寿だよね。モーツァルト生誕250周年の年に、モーツァルトと同じ年に生まれたゾウガメが死んだというニュースに驚愕したけど、モンゴルにはカメはおらんのか?

まぁいいや。この、動物の骨に魚のモチーフを施したお守りは、健康のお守りだそうだから、私も身に着けてみようかな。デザインも可愛いし。当ブログは一部の人に「病人ブログ」と称されているから、もうちっと体調を改善させないとね。

神頼みだけじゃなくて、少しは努力もしている。実は今週から「朝晩玄関でつま先立ち」を励行しているのだ。あまりに足がむくむので悩んでいたら、足裏マッサージの人に、足の筋肉が弱っているからもっと鍛えて、ミルキングアクションを促さないと老廃物が溜まる一方だと言われたことに加え、ちょうど「つま先立ちは、時間も場所も取らない割に続けると非常に効果的である」旨の記事を雑誌で読んだので、さっそくやってみているわけである。信じる者は救われるなら、つま先立ちの効果を信じて続けてみようか。
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