さぶりんブログ

音楽が大好きなさぶりんが、自作イラストや怪しい楽器、本や映画の感想、花と電車の追っかけ記録などをランダムに載せています。

Wappen

2018-09-19 23:33:48 | いまさら独逸語
ドイツ語が分からなくても、聞き流すだけでいろんな発見がある、まいにちドイツ語応用編「ドイツ人が見たい日本」と聞いていて、またギョッとすることを発見。

日光東照宮に関する説明の中で、徳川の紋章(三つ葉葵)をdas Tokugawa-Wappenと言っていた。Wappenは発音はヴァッペンだが、要するにワッペンのことである。

ワオ~! 

何と「この紋所が目に入らぬか!」と「このワッペンが目に入らぬか!」は同義なのだ。

なんか、国境をまたぐと、イメージがずいぶんダウングレードしてしまうなぁ・・と思いつつ、ワッペンに盾形のものが多い理由が分かった。もともとは西洋の紋章だからだ!

ワッペンといえばいろんな思い出があるけれど、一番の思い出は、剣道の試合前に、先輩の胴着の左袖に、校章を盾形にアレンジしたワッペンを縫い付けたこと。

通い合宿中だったか・・コインランドリーで剣道着を洗いながら、先輩と一緒に洗濯機の前で椅子に座りながら針仕事をしていたら、見知らぬおじさんが「よく頑張るねぇ」といって干芋をくれた。見知らぬ人からもらった食べ物なんて、怪しくて食べられない~とか思いつつ、お腹空いてたんで食べちゃって、結局何ともなんなかったので、「おじさん、疑ってごめんなさい」とか思った思い出。

あん時も、何で盾形なんだと思いつつ、縫ってたのであった。

そうそう・・剣道部がらみで他にもある。男子は学ランだったけど、女子は紺のブレザーに金色の縁取りがしてある、試合用とは別の盾形のワッペンを縫い付けて制服とし、試合の行き帰りなんかに着ていたなぁ。

子供の頃はワッペンにほのかな憧れを抱いていた。そもそも西欧の家の紋章としてリスペクトしていたものがルーツであれば、わざわざ憧れを誘うデザインであったことも頷ける。

日本の家紋も、布ワッペンのように身近に身に付けられるようになれば、面白いかもしれないね。
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【読書録】国境のない生き方~私を作った本と旅

2018-09-18 23:04:31 | 読書録
ヤマザキマリ著/小学館新書

ヤマザキマリさんについては、テルマエ・ロマエの原作が出たころから知ってはいたが、実際にどんなお顔で、どんな風なしゃべり方をする方なのかについては、去年、テレビで「旅するイタリア語」に月1回程度ゲスト出演されているのを見て初めて知った。そして先月の100分で名著forティーンズでさらにお人柄に触れることが出来た。

私より2歳年下だが、まずまず同世代の方、しかも学校は違うと思うが同じようなミッションスクール出身。・・それなのにこの方はどうしてこんなにオトナで、説得力のあるしゃべり方が出来、こんなにカッコ良いのだろう。

それが気になって、この本を手に取った。

いや~すごい。この行動力と、知性。

14歳の時、母親に勧められて1ヶ月ドイツとフランスを一人旅したというが、それがどれほど大変なことか、一応曲がりなりにも16~17歳の1年間外国で暮らしたことのある私なら分かる。言葉もろくに通じない中、より若い年齢で、しかも2か国を一人旅だなんて信じられない。またその時に会った人の縁で、17歳でイタリアに渡り、フィレンツェのイタリア国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で美術史と油絵を学びながら11年間過ごしたというが、その時の生活がまたかなり極貧なのである。お金がなくて、ライフラインを止められて、観光ガイドのアルバイトや、似顔絵書きなどをしながらの暮らしの中で、貪るように本を読み、ガレリア・ウプパというサロンで、議論し合う・・・。いやぁ、議論もおしゃべりも苦手な私にはとてもできない世界。

私も学生時代は本好きではあったが、まるで読んでいるジャンルが違う。歴史関係の本が多かったから、とりあえず書いてあることをそのまま受け止めるだけ。文芸作品はほとんど読まなかったから、作者が言おうとしていること、言外の意味などまるで忖度することなく、今まで生きてきてしまった。

年をとって、足も悪い今の私が、今更、彼女のような人生は生きられないので、せめてもう少し外国語を勉強し、もう少しちゃんと本を読もう・・。できればこの本に書かれている、自分は全く読んだことがない安部公房や三島由紀夫などの本にも目を通してみようかな。
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オペラ「アドリアーナ・ルクヴルール」本番

2018-09-17 23:31:07 | ただの日記
三連休の最終日は、心地よい秋晴れの中、サントリーのブルーローズで「アドリアーナ・ルクヴルール」の本番。合唱団の一員として参加しました。


7月に千葉商大でやったバージョンとは、キャストの方が半分近く入れ替わり、演出も気持ちも新たに今日の日を迎えました。


6月中旬から続いてきた毎週本番状態も、今日が終われば2週間ほど小休止。実はこの三連休も毎日本番だったので、疲労困憊状態で、痛い足を引きずり、眠い目をこすりながら楽屋口に向かいました。



合唱は出番は少ないけれど、貴族役なので、かなり着飾って登場します。特に、ドレスは広がっていればいるほどよい時代を扱った作品だからと師匠に言われ、初めてワイヤーのパニエを購入したが、さすがに広がり過ぎて、舞台裏のいろんなところにぶつかるので、パニエを裏返しにしたり、ワイヤーを調節して少し小さくしたつもりなのだけれど、それでも楽屋を猛烈に狭く感じるほど場所を取り、難儀をしました。

幕が上がってみると、びっくりするほどの大入りで、舞台から見ると、顔・顔・顔・・・の連続。お客様からもエネルギーをいただいて、素晴らしい舞台になりました。

カーテンコールでも拍手が止まらずに、いったん退場したところを再入場して再度カーテンコール。オペラ合唱団に入って以来、こんなことは初めて。

今回私は、本番スケジュールがキツすぎてあまり声掛けが出来なかったのだけれど、6月にオペラ勉強会をやった障害者施設の方や、同じオケの先輩、オペラ仲間も見に来てくれました。


こちらは友人からのいただきものです。

オペラって一公演一公演が本当に大変だけど、お客様・参加者みんなが喜べる本番が出来て、本当に良かったと思います。
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【読書録】星の王子さま

2018-09-16 23:42:14 | 読書録
サン=テグジュペリ著 河野万里子訳/新潮文庫

この本は、子供の頃に読んで、最も面白くない本の一つだと思っていたのだが、先月のEテレの「100分で名著」におけるヤマザキマリ氏の解説に触発されて、あらためて購入して読んでみたのである。

いやぁ~、やはり本というものはダイジェストだけ読んでいても伝わらず、全部読むからこそグッとくるものがあるんだね。

子供の頃に面白くないと思った理由は1つ。私は王子さま=イケメンだと思っていて、星の王子さまはイケメンどころか、まどろっこしいことをくどくど言うガキにしか見えなかったので、当時興味を抱かなかったのだ。(ま、そもそも読解力のない子供であったし。)

今は、王子さま=イケメンという図式は私の中では崩れているし、正直イケメンなんてどうでもよいと思っているので、昔より自由な心でこの本と向き合うことが出来たんだろうな。

まぁ、読んでいて、やはりこの本は子供には分からないことがある・・と思った。王子さまは「大人ってやっぱりすごく変だ」とつぶやくが、王子さまとバラの花の関係に、バリバリに大人の事情を感じるのである。王子さまの星に生えてきたバラの花は、どうみても女の人の象徴だ。王子さまはバラの花に振り回されて、自分の星を飛び出してしまう。花は王子さまとの別れを悲しむが、気丈にふるまう。王子さまは地球まで来て、自分が花を愛していたことに気付く。地球に来て沢山のバラの花を見た王子さまは一瞬とまどう。だが自分にとって唯一無二な存在とは何かについて、キツネが「なつく」という言葉を使い、身をもって教えてくれたことで、自分の星に置いてきてしまったバラの花が自分にとって特別の存在であったことに気付く。そこらへんの経緯を、王子さまは語り手である「僕」に回りくどく説明するのである。

王子さまは、地球に落ちて来るような形で、地球に来た。その落ちた地点の真上に王子さまのもといた星が来るのは、ちょうど1年後だった。その日を選んで、地球で最初に会った、砂漠の黄金の毒蛇の力を借りて、王子さまは肉体を脱ぎ捨て、自分の星に帰って行ったのだ。

ここら辺が私が子供のころ分からなかったところだが、何故わからなかったのか。たぶん幼児の頃、「人は死んだら星になる」とかオトナに言われていたこと、かつキリスト教では蛇は人をだます存在であったこと・・これが私が自由にこの本を読むのを邪魔したんだと思う。何だかんだ言って王子さまは実は蛇に騙されて、本当は死んでしまっていて、星に帰ったと「僕」が思うのは、亡くなった人について大人が子供に「星になった」と説明するのと同じ次元の話なのではないか・・と思ったのである。

ここまで書いてくると自分は子供の頃、今よりも頭が固かったのではないか・・などと思えて来る。

何故今まで旅してきた星は普通に旅が出来たのに、地球から帰る時だけ何で死んだようにならなきゃいけないのよ・・・という点は気になるが、それはたぶん、王子さまが訪れた地球以外の星は人が1人しか住んでいないような小さな星ばかりで、引力が弱かったのだろう。王子さまは地球に落ちるようにして来たのであるから、引力のせいで今までと同じ方法では地球から出ていけない。宇宙船もないのだから、あのような方法で帰るという設定にしたのではないかなどと思う。

ヤマザキマリ氏によると、この本は人生の節目節目に取り出して読むと、その時々に応じて違ったインスピレーションをくれるとのこと。今の私は、王子とバラに象徴される男女の恋のすれ違いと、好きな男性に友情を持って接するキツネの切なさに心を惹かれるわけであるが、この本を10年後に再び読んだら、自分がどんな解釈をするか楽しみである。

なので、いつも本を読むときはアンダーライン引きまくりの私だが、この本に関しては一切汚さなかった。きれいなまま本棚に入れておいて、いつの日かまた取り出そう。
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Hakuju Hallのあたたかさ

2018-09-15 23:43:56 | ただの日記
今日は、こちらのコンサートに出てきました。歌ったのは、今シーズン頑張って取り組んできた、R.シュトラウスの歌曲チェチーリエと、ワーグナーの歌劇《タンホイザー》より「歌の殿堂のアリア」。



会場は懐かしのHakuju Hall。



ロビーにあるこの絵も懐かしい。

このホールには3年前と4年前、同じ事務所主催の別のコンクールで入賞した時にも、受賞者コンサートで歌っているのですが、その時はこのホールの響きを何となく冷たくて硬いと思ったんですよね。



でも今日歌ってみて、ホールがやさしく、温もりを帯びて感じられたんですよね。数年かけて、やっとホールが自分に応えてくれたのを感じました。

そして、お客様もとてもやさしかった。ブラボーの声もいただきました。自分の思いがお客さまに届いたことが嬉しかったです。

職場の合唱団の若い子達や、イタリア語の先生や、イタリア語教室でお世話になっているお姉さまもチケットを買って来てくださいました。

イタリア語セミナーには、いつも会社帰りのヨレヨレのワイシャツを着て、ノーメイクで参加しているのだけれど、先生にもお姉さんにも、私の晴れ舞台を見ていただけて嬉しかったわ~。

私はイタリア語の歌のレパートリーの方が圧倒的に多いんだけど、何故か今回たまたまドイツ語の2曲で・・是非、今度はイタリア語の歌を先生たちに聴いていただきたいなぁと思いました。
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中国語も始めてみた

2018-09-14 23:46:23 | 懲りずに中国語
先日、太極拳の師匠が中国から日本に一時滞在した際、前の教室の生徒さんで集まった話を書いたが、その時、また上海ツアーをやろう・・等の話が持ち上がった。

昨年秋の上海行の時は、中国語一夜漬けで挑んだが、現地では全く歯が立たずに撃沈。次に中国に行くのがいつになるか分からないが、何もやらずに直前一夜漬けをするよりは、聞き流しでもいいから何となく聴いていて、必要になったら集中して勉強すればよいと思った。

思えば、今の私が一番耳にする外国語って、イタリア語に次いで中国語が多いのだ。今入っている太極拳教室でも先生は中国出身の方で、教室にも他に中国語を話される方が2人おられる。先生も含め3人の方は日本語も堪能なので、私なんかと話す時は日本語だが、3人での会話になると突然中国語になる。

実は若い頃半年ばかりラジオの中国語講座をがんばって聞いたことがあるのだが、中国語会話になってしまうと、全然わからないのが悔しいよ。

なので、今、ストリーミングを利用して、英語、イタリア語、ドイツ語、フランス語を聞いているけど、これに頑張って中国語も押し込もう。色々混同してしまうかもしれないけど、私に残された年数は長くはないだろうから、例えばある言葉をちゃんとマスターしないと次を勉強しないようなやり方だと、何もマスターしないうちに一生が終わってしまう。何もやってないのとちょっとかじっているのが大きな違いであることが分かるからこそ、ここは無理やり押し込んでみたい。

ということで、今週から

月曜日:入門ビジネス英語・実践ビジネス英語
火曜日:まいにちイタリア語(入門編・応用編)
水曜日:まいにちドイツ語(入門編・応用編)
木曜日:まいにちフランス語(入門編・応用編)
金曜日:まいにち中国語

のように、聴くこととし、テレビの方は「旅するイタリア語」「旅するドイツ語」「旅するフランス語」「テレビで中国語」を録画し、適宜見れるときに見るようにした。

実際聴いてみて、相当に忘れていることは自覚したものの、ヨーロッパ言語の性数変化・格変化に疲れた頭に、中国語は素直に入ってくる。イタリア語やドイツ語とはあきらかに脳みその違う箇所が使われていることを実感する。発音をアルファベット表記にしたピンインは読めるし、四声も分かるから、あとは漢字と照らし合わせて、記憶を呼び覚ます。

久しぶりに中国語講座を視聴してみて、語学講座ってずいぶん進化したなぁと思った。

特にびっくりしたのは「テレビで中国語」である。発音の音高変化を、先生の発音と生徒さんの発音をグラフで比較したり、今日覚えたいフレーズを歌にしてギター弾き語りで何度も歌って聞かせるコーナー。ウィットの効いた小劇場コーナー。簡体字のお習字コーナー。そして最後に毎回中国の人にインタビューしながら中国文化やお国柄を学ぶコーナーがある。

最後のコーナーは、京劇の役者だったり、宅配ロボットの開発者だったり、中国茶道の先生だったりする。

東方美人という中国の銘茶は、茶の害虫ウンカに耐えることにより茶葉から甘味が出ることを利用したお茶だという話には度肝を抜かれた。ウンカに汁を吸われた茶葉が身を守るように作る物質が甘味をだすのだという。

いやぁ、中国語を勉強していなくてもこのコーナーは面白いんじゃないかな。いやぁ、見なきゃソンソン。機会損失になる。

ということで、肩肘張らずに中国語講座も視聴していこう。
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「グッド・ドクター」を観終わって

2018-09-13 23:27:26 | 映画・DVD等、各種鑑賞録
並みはずれた記憶力を持ちながらも、コミュニケーション能力に偏りが生じる自閉症スペクトラム障害とサヴァン症候群を抱える青年・新堂湊が、小児外科医として成長していく物語であるが、日本は極めて少ない小児外科医の世界にスポットを当てたこと、かつ主役の新堂湊を演じる山﨑賢人さんの素晴らしい演技力が話題になり、かなり前向きな評価の高いドラマであった。私自身も、何度も涙しながら見て、ついに最終回。

事実だけど言ってほしくないことや、言外の意味、忖度などが理解できず、ひたすらに「すべての子供を大人にしたい」というピュアな心を持つ新堂湊は、最初は周囲とぶつかったり、問題行動とされる行動を取ったり、患者の家族に嫌がられたり、色々事件を起こすのであるが、彼の能力とピュアな心、かつ彼によって救われる子供が増えて、彼を支える味方も増えて行く。そして最後はずっと自分を支えてくれた先輩医師の瀬戸夏美(演:上野樹里)をも支えることが出来るほどまでに成長する。

私は残念ながら、自閉症スペクトラム障害とサヴァン症候群を持つ人と、深い付き合いをしたことがないのだが、この番組を通じて、普通の人にないような記憶力や思考回路が大変強大な説得力を持ちうることを感じた。他の医師の説明では納得しなかった患者や家族が、新堂湊医師の行動や発言に接することにより考えを変えていくシーンが沢山あった。

それは彼が、頭がよいとか、コミュニケーション能力に難があるとか以前に、ピュアで、まっすぐに子供を愛する人であるからである。

このドラマの「グッド・ドクター」は、新堂湊だけでなく、彼を理解し、支えた瀬戸夏美や、高山誠司(演:藤木直人)はもちろん、最初は保身に走っていた間宮啓介(演:戸次重幸)もまたグッド・ドクターであることがわかる。新堂湊を受け入れることで始まった好循環が心地よい。

自閉症スペクトラム障害とサヴァン症候群とまではいかなくても、身の回りのちょっと変わっていたり、コミュニケーションが取りづらいなと思う人に対して、「自分とは別の視点でものを考えることが出来る人だ」と前向きに考えれば、うまく付き合えるのかもしれない。現実はこのドラマのように綺麗ではないかもしれないが、長い目で見れば、認め合うことは必ずお互いを高める結果につながるのだから、私も心して生きていきたいなと思った。
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善楽寺(四国八十八箇所30番)

2018-09-12 23:40:54 | 四国八十八箇所
再び、高知でのことを書く。

土佐国一の宮である土佐神社のすぐ隣が善楽寺である。ここは弘法大師が810年に土佐神社(当時:高賀茂大明神)の別当寺として、創建したと伝えられる寺である。

明治以前は神仏習合であったから土佐神社と一体であったが、明治の廃仏毀釈で一時廃寺となり、その後再興されたものだという。

諸国一宮巡りと、日本100名城巡りをやっている中で、ここ高知に来て、続日本100名城だけでなく、四国八十八箇所巡りも始めることになろうとは・・・。私の一生の中で回り切れるかな? でも一宮巡りと城めぐりをやっていたら、絶対また四国に来ることになるので、八十八箇所を始めておいた方がいい。絶対回れないと思ってた西国三十三所だって回れたではないか!


ということで、八十八箇所用の納経帳を新規購入。


折角なんで、水墨画入りにしてみた。八十八箇所は続けて回ることを想定しているせいか、お参りした日を書く欄がないんだね。あとで2018年8月20日と補記しておこう。


私が四国八十八箇所の存在を知ったのは、大学剣道部の春合宿で松山に行った時。キツ~イ合宿だったが、終わった時は本当にウキウキと心洗われる感じで、見るものすべてがストレートに私の中に入ってきた。女子部みんなで行った、松山城と石手寺。両方ともよく覚えている。特に石手寺は「ここに行くと八十八箇所すべて回ったことになるんですよ」などと言われたが、その不思議な雰囲気は逆に、ここを皮切りに八十八箇所を回りたくなるような魅力に溢れていた。その時に感じた雰囲気というか匂いというかが、この善楽寺に立ち込めているのを感じた。


私の人生に色々紆余曲折はあったが、若い頃八十八箇所の片鱗に触れて巡礼に憧れ、この歳になってまたスタート地点に戻ってきた気がする。


また行ってやるぞう~。石手寺も松山城も。

足がポンコツになってきたけど、何とか動いてくれ。死ぬまでにもっといろんなところに行きたい。
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土佐神社(土佐国一の宮)

2018-09-11 23:08:24 | 諸国一の宮巡り
高知のことをまだ全然書けていないので、時々思い出して書くことにする。

最終日、まず行ったのは土佐神社。最寄り駅は土讃線の土佐一宮(いっく)駅とのことで、本当は鉄分補給できるいい機会だったのであるが、膝・腰・大荷物・天気のことを考えて、タクシーで回ったのは結果的には正解だった。

ここは非常に古い神社で、千年前の紀貫之の「土佐日記」にも出て来るという。当時は今の高知市のほとんどが浦戸湾の海の中で、湾が入り込んだ丘の上に土佐神社があったそうな。

南北朝から戦国時代にかけて土地の隆起があったり、鏡川・江ノ川の堆積作用とか、干拓の繰り返しによって現在の高知市が出来てるんだそうだ。


残念ながら一部工事中であったが、白くて古びた木の味わいに癒される社殿であった。


本殿、幣殿、拝殿は、長宗我部元親が再建したものだ。いずれも国の重要文化財。


太鼓まで神々しくみえることよ。


ご祭神は「味鋤高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)」「一言主神(ひとことぬしのかみ)」。

この神社の創建は、雄略天皇4年(460年)と伝えられる。『日本書紀』天武天皇4年(675年)の条にもこの神社は登場するというから、本当に古い神社である。

雄略天皇が大和葛城山にて狩りをしている最中、一言主神が不遜な言動を働いたので土佐に流され、最初別の場所の祀られていた。一言主がそこから祀り変える地を選ぶために大石を投げ、それがこの場所に落ちたので、ここに祀られているという伝説がある。

一言主神と雄略天皇については、記紀神話などではもっと友好的に書かれているのでこの話には驚いた。


その一言主が投げたという大石が、この礫石(つぶていし)と呼ばれるもので、当初はこの礫石を磐座として、祭祀が行われていたらしい。


本当に神様が投げた石と信じるかどうかは別として、この礫石は、このあたりの地層にはないもので出来ているらしいので、不思議さが募る。


植物も大きく育つと神性を帯びるものらしく、ありがたく、潜り抜けてきた。


この鼓楼は朱色も鮮やかなので新しく見えるが、江戸時代前期の慶安2年(1649年)の建立であり、こちらも国の重要文化財だ。


ご朱印もちゃんといただいてきた。
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「絶対零度~未然犯罪潜入捜査」を観終わって

2018-09-10 23:47:56 | 映画・DVD等、各種鑑賞録
全然ドラマを観なかった人間が、今年に入ってからやたら一生懸命観ている。先週から今週にかけて、7月あたりから始まったドラマが続々と最終回を迎えているのだが、月曜日の楽しみの一つだった「絶対零度~未然犯罪潜入捜査」もついに最終回を観終わった。

終わってしまって寂しいけれど、終わり方自体は爽やかで、なかなか良かった。色々考えさせられることが多く、ちょろっと書いてみたい。

AIとビッグデータを使って、殺人を犯しそうな人間をはじき出し、その人物を徹底的にマークし、殺人を防ぐ・・・つまりまだ犯していない犯罪を未然に防ぐ・・しかしそれを実現するために犠牲になるのは個人情報やプライバシー保護の考え方だ。だからこの捜査方法はまだ認められていない。資料課を隠れ蓑に、秘密裏にテストケースをこなす「ミハン」のメンバー。マークした人の家に不法侵入して、盗撮用カメラを仕込むシーンを見ると・・んんん・・みんなセコムしてないのかな?と思ったり、銀行員になりすまして支店に入り込むのはそう簡単じゃないぞ・・と思ったり、この人のアクションは相当カメラワークに助けられていると思ったり・・まぁ、突っ込みどころはいろいろあるのであるが、AIが捜査に入り込んでくることで、実際に起こってしまいそうなケースが色々挙げられていて面白かった。

例えば、確かにその人は殺人を犯しそうであるが、正当防衛として納得できるケースもあったし、犯罪者を救わなければならないような、納得できないケースもあったり、分かっていながら救えなかったケースもある。

でも、中には本当に防げて良かったケースもあるし、動物虐待を続けている人はかなりの確率で近いうちに人間に対象が移るなどとう納得性のあるものもあった。またAIがはじき出した危険人物が複数いる場合に、実際にマークするのを誰にするのか、選ぶ権限を持っている人の恣意性が問題になってくるよね‥というのも納得できる。

このドラマを作った人達が、どこまで実際のAIについて詳しいのかは分からないが、遅かれ早かれ、人間がAIに頼る時代は来る。だがAIを使えば使うほど、人間は考えることをやめてしまってはいけないというメッセージが伝わってくる。何故その人物が危険人物とされたのか、メンバーたちが情報を集めながら一生懸命考えているシーンはとても素敵だった。AIは所詮インプットされた情報からしか結論を導き出せないのであるから、まだインプットされていないこと、これから起こることに注意を払う必要があるし、裏付け捜査が必要である。それを怠った結果が、最終回に示される、揉み消された一番最初のテストケースの悲劇・・ということになるのだ。

主演の沢村一樹さんの演技は素晴らしかった。最後の笑顔は、まさに考えに考え、悩みに悩みぬいた人の笑顔だった。

このドラマは仮定の話であるが、同じようなことは姿形や分野を変えて、我々みんなが体験することになるかもしれないな・・・我々はやはり考え抜かねばならない・・ということを教わった気がする。

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【読書録】中濱 万次郎~「アメリカ」を初めて伝えた日本人

2018-09-10 00:36:56 | 読書録
中濱 博 著/冨山房インターナショナル

これは、桂浜の坂本龍馬記念館で買ってきたもの。


こんな分厚い本で、先日読んだ「鐔は知っている」と一緒に買ってきて、帰りの高知龍馬空港で、重量オーバーで追加料金を払う羽目になったけど、買ってきてよかった。

中濱万次郎って、いわゆるジョン万次郎のことである。著者の中濱 博氏は、ジョン万次郎の曾孫に当たる。自宅に残されたものや、アメリカでお世話になったお宅や足跡を訪ねて、新しく発見されたものも加えて作られた立派な伝記である。

ジョン万次郎は、名前は知っていたけれど、歴史の教科書にはあまり登場しない。この方の偉大さを知ったのは、みなもと太郎氏の漫画「風雲児たち」を読んだのがきっかけであるが、本書を読んでみて、さらに、ジョン万次郎のすばらしさを再認識。是非この伝記をもとにもっと子供に読みやすくした伝記を子供達に読ませたいものだと思った。

また、ロケは大変かもしれないが、ジョン万次郎氏を主役にしたドラマ・・できれば大河ドラマなんかも作って欲しいな・・と思った。あの時代にしてこのような偉人、日本人の中でもっとよく知られるべきだ。この本の中にも書いてあるが、彼は日本よりもアメリカでの方が評価されているようなのである。

この本を読む前、ジョン万次郎氏について誤解していたことが2つある。

「誤解その1」・・万次郎はどこまで流されたのか・・について、私はハワイぐらいまで流されたのかと思ってたのだが、黒潮から途中ではじかれ、小笠原諸島の無人島の鳥島に漂着したのだという。意外に近いなと思いつつ、当時の小笠原諸島には日本人は住み着いておらず、逆に捕鯨の関係でアメリカ人やイギリス人などの国の人がいたというから、日本と言う意識はなかったかもしれない。万次郎一行は当初5人で5ヶ月弱鳥島で、鳥の生肉などを食べて暮らしたが、近づいてきたアメリカ船に救助を求めたが気付いてもらえず、皆ががっかりしたところ、万次郎はそのアメリカ船は島の反対側にいるのではないかと思い、一人で探しに行って、果たして船が見つかり、助けてもらうことが出来たのだ。万次郎の行動力が無ければ、みな鳥島で一生を終えたかもしれない。

さらに驚きなのは、万次郎は日本に帰国してから小笠原開拓団の一行として小笠原に赴いており、ここを日本の領土と宣言するのに一役かっている。漂流して流された島に、偉くなってもう一度行って、しかも領土にしちゃうなんてすごいよ。

「誤解その2」・・万次郎はただ英語ができるだけではなかった。アメリカでは学校に通わせてもらって、最初は子供に混じってABCから学んだという。が、その後、航海術、測量術も学んだ。なので帰国後、勝海舟と一緒に咸臨丸に乗る等、めちゃくちゃ重宝されたのだ。万次郎はもともとかつお節を作る家に生まれたが、そこから漁師となり、漂流してアメリカの捕鯨船に拾われ、航海士となり、カリフォルニアの金山でも儲け、帰国して武士になり、通訳になり、東大の前身である開成学校の教授にまでなった。

万次郎を助けたアメリカの捕鯨船の船長はホイットフィールド船長という人だが、多大なる隣人愛をもって万次郎を育てた。ホイットフィールド船長もすばらしいが、そこまで愛された万次郎がいかに愛される人間だったかということだ。

私もアメリカに1年ホームステイしたことがあるが、英語の素養が多少ある状態でアメリカに行っても、異文化の中で暮らすのは本当に大変である。万次郎は14歳~24歳の10年間アメリカにいたが、もし過去の私に10年アメリカでの時間をもらえたとしても、万次郎のようにはとてもなれない。

とても書ききれないが、この本および万次郎の人生は素晴らしい。

万次郎の伝記を読めば、行動すること、勉強すること、そして諸外国と仲良くすることのすばらしさを、万次郎が身をもって教えてくれる。
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高知で買ってきたTシャツ

2018-09-09 22:56:47 | 身近なちょっと可愛いもの
私は、旅先でなるべくTシャツを買うことにしている。なぜなら、Tシャツは年中使うし、着るたびに旅先のことを思い出すので、とってもよい思い出になるからだ。

高知でもGETしましたぜ。

まずは、岡豊城近くにあった、高知県立歴史民俗資料館で買ってきた、長曾我部氏の家紋入りピンクのTシャツとブルーのポロシャツ。

長曾我部氏の家紋は、丸に七ツ鳩酢草(かたばみ)だが、均整がとれていて、このデザインをそのままコースターにしたらお洒落なんじゃないか・・とか思ってしまう。

真ん中の黒い2つは、ひろめ市場で買ったもので、土佐弁Tシャツ「なめたらいかんぜよ」と、坂本龍馬語録より「人の世に道は一つということはない。道は百も千も万もある」。

今日、合唱団の練習に「人の世に道は~」を着て行ったら、相当に注目されてしまった。着てる本人は見えないから気にならないんだけどな。

この調子だと「なめたらいかんぜよ」なんて着てったら、騒ぎになりそうな・・・。

ふと思ったんだが、去年の「おんな城主直虎」にも「答えは一つではない!」という名セリフがあったが、あれなんかTシャツにするにピッタリな言葉だな~と思った。
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声楽コンクール・准本選(於:清瀬)

2018-09-08 23:14:28 | ただの日記
去年もチャレンジした声楽コンクール・・・今日は准本選で清瀬けやきホールまで行ってきました。


清瀬って、足を踏み入れるのも初めて。

清瀬けやきホールって、何だか不思議な形をしていますね。


外観は木材をイメージしているのかしら。


中はとてもきれいなホールで、響きも良かったです。

ここで、ワーグナーの「タンホイザー」の「歌の殿堂のアリア」を歌ってきました。



若干間延びしたところがあって、どうかなぁ~と心配だったのだけれど、去年よりよい成績で准本選を通過することが出来ました。去年と同様、メダルもいただくことが出来ました。

審査員の先生方のコメントを聞いて回りましたが、私の声質はこの曲を歌うには、細すぎるということであったけれど、「細くても、キリっと歌えばそれでよい」等、去年のドンパスよりこちらの曲の方が私に合っているのではないかとのこと。白い衣装も曲に合っていてよかったとのこと。

今日歌った曲は本選では歌うことはできないので、本選ではまた東京大会で歌った「ありがとう、愛する友よ」になりそうだけど、3回本番をやっているにもかかわらず、完成度が今一つなので、本選に向けて、苦手箇所を克服しなきゃなぁと思う。
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ど~でもいい、夢の話

2018-09-07 23:10:40 | ただの日記
みんな人の夢のことなど興味ないだろうし、私自身、奇妙な夢を沢山みる人間で、いちいち書いてたらキリがない。

だが、昨夜久しぶりに、ちょっと書き留めておきたい夢を見たので、書いておこう。

前日の超睡眠不足を解消するために早くベッドにもぐりこんだ私だが、夢の中で目覚めた時、なぜかベッドが沢山並んでいる大部屋の中にいた。

ん~、大部屋っていえば、日本なら普通布団だろ~。何故にベッドなんだ・・と思いつつ、寝間着を脱いで下着一枚になったところで、そこが男部屋であることに気付いた。

え? 何故女が一人混じってて、誰も何も言わないんだ? いいのかよ・・こんなこと・・とか思いつつ、着替えて食堂に行ったら、30代くらいの若造が沢山食事をしている。意外にイケメンぞろいだ。こんな光景、昔、社内研修で見たような気がする。食べ物はと言えば、なんだか菓子パンのようなものばかりが積んである中、飲み物コーナーに面白そうなものが並んでいた。

何、ロザンが開発した飲料だと? ロザンの写真の切り抜きの張られたPOPが立っている。 ロザンが開発したノートなら知ってるが、彼らはついに飲料にまで手を出したのか・・。ま、飲んでみるかと、それをPick upして食卓に持って行き、飲もうとすると、何とそれは飲み物ではなくてライターだったのだ。ライターの液体ガスとは知らずに蓋を開けてしまった私は、強烈な匂いに襲われる。めまいがしそうなほどよい匂いで、もしかしてエーテルってこんな匂いなのかなと思いながら、意識が遠のいていく。「おい~大丈夫か・・?」と声がかかるが、それ以降の記憶が途切れている。

やがて、夢の中でもう一度目覚めたら、またさっきのベッドだらけの大部屋にいた。みんな、失神した私を置いて出社してしまったらしい。慌てて仕事着を探すが、サッカー選手のシャツみたいな服しかなくて、こんなんじゃ会社にいけないよう・・とあせって探したらやっとワイシャツ一枚見つけた。

どうやら最寄り駅は小岩らしいのだが、現実の小岩駅とはまるで違う、ナイスな木製の駅舎になっていた。木の階段がキシキシと音を立てる。総武線各停のホームへ向かうエレベータ―横の配色が黄色なので、確かに総武線各停の駅だなと思いつつ、ホームに向かったら、えもいわれぬ趣のある電車が入線してきた。無味乾燥な中央・総武線各停の209系やE231系とはまるで違う趣きのある車両である。どちらかというと四国の電車に近いかな。

わ~、こんな電車に乗れてもうけもんだ~・・と思って電車に乗ろうとしたところで目が覚めた。がっくし。

◇ ◇ ◇

夢だと判明して、馬鹿らしくなったが、脳の中の記憶の断片が変な形で結合して夢を形成していることがよく分かる夢であった。

しかし、あのエーテルらしき匂いが忘れられない。どっかで嗅いだ記憶があるんだが・・・。
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ひょうたんの実の出来はじめ

2018-09-06 22:44:28 | お散歩・植物観察
鍼の先生のところでは、よくゴーヤを育てているので、近くにあったこれもてっきりゴーヤかと思ってスルーしていたが、実らしきものが出来始めて、明らかにゴーヤではないことに気付く。

先生に聞いたら、ひょうたんだという。誰かからもらった種か苗から育てたらしい。

ひょうたんの花・・で検索すると、白い花がでてくるが、この花は黄色い。どの種類かわからないが、首の長いタイプのひょうたんだというから、もしかしたら、つる首ひょうたんかもしれない。


しぼんだ花の元のところから、小さなひょうたんらしきものが出来ていて可愛らしい。

ひょうたんって、子供のころからあこがれていたけれど、きっとそれは志賀直哉の「清兵衛と瓢箪」を読んだからであろう。茶渋で磨き・・あかずながめ・・分かるなぁその気持ち。

しかし、鍼の先生によると、今年の気候は変なので、ちゃんと実らないかもしれないという。

夏が暑すぎたせいで、実のなるものが全部調子が悪いのだという。

そういうこともあるのかねぇ。この瓢箪の実、がんばってもう少し大きくなってくれないかなぁ。
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