さぶりんブログ

音楽が大好きなさぶりんが、自作イラストや怪しい楽器、本や映画の感想、花と電車の追っかけ記録などをランダムに載せています。

【読書録】週刊古代文明50

2008-03-31 23:38:19 | 読書録
晴れて、週刊古代文明のバックナンバー1~50をすべて買ってきました。全部買うと高いし、重いです。でもやはり読み応えあるんで、買ってよかったな。新刊を読み進めると同時に、さかのぼるようにバックナンバーを読んでいこうと思う。

さて50巻目は、結構お気に入りの記事ばっかり。選ぶの大変だけど、強いて私のこだわりを3つ挙げるとすると、

1.もっと漆器を使おうよ
2.シャカはシャカでも
3.釣り針への憧れ

かな。もっとも記事の題名は、これとは全然違います。今までもこれからも読書録をどんどん書いていきますが、私の読書録は、読んだものそのままの感想ではなく、自分の実体験をかみ合わせて、イマジネーションを膨らませています。イマジネーションがどんどん湧き上がってくるという意味で、この雑誌はすごくいい雑誌だと思うので、自信をもってお勧めします。でも私が書いていることは、この雑誌に載っていることそのままではありません。

1.「もっと漆器を使おうよ」っておいうのは、「漆工芸の強さと美 世界水準のコーティング技術」という題名の記事から私が得た一番の結論でもある。漆は縄文時代から使われていたというのは良く知られていると思うけれども、たとえばこの50巻目の表紙の右下にある丸い器は、縄文前期の遺跡から出土したもの。ちょっとそこらのデパートで買って来たものだと言っても、誰も疑うかもしれない。縄文時代のものでもこんなに綺麗に残っているということは、実は漆ってすごく強いものなのだ。でも我々は漆器をあまりにデリケートなものとして扱いすぎていないか? 確かに電子レンジにかけたり、クレンザーで磨いたりはしちゃいけないけど、普通の木の器としてもっと親しんでもよいのではないか?という問いかけには、なるほどと思った。江戸時代のヨーロッパでjapanといえば日本の漆器のことを指したという。漆工芸は日本だけではなく他のアジア諸国にもあるけれど、せっかくjapanの代名詞を持ってるのだから、自分1つぐらい愛用の漆器を持とうかな~なんて思ってしまった。

2.シャカはシャカでも、アフリカのズールー族のシャカは、強力な王だった。この人は南部アフリカの部族間の戦争方法に「革命的な戦術を導入した」ということだが、この「革命的な戦術」とは、我々が戦争と聞いて連想する、いわゆる「殺し合い」のことだ。つまりこの人が現れる前、部族間の争いごとは、代表者による一騎打ちはまだいいとして、歌やダンス、槍投げなどで解決を図っていたというのだ。それはそれで、平和で賢い解決法ではないか・・・と素人考えでは思ってしまうのだが、結局何回でもリターンマッチが可能な方法では、いつまでたっても争いは解決しないということでもあるのだ。う~ん、なかなか難しいねぇ。シャカによって飛躍的に強くなったズールー族も、シャカの死後、残念ながら白人に滅ぼされてしまうのだが、シャカは白人がまだそれほど脅威でなかったころから非常に彼らを警戒しており、よく調べていたという。歌やダンスで戦っていたら、もっと早く滅ぼされていただろう。

3.釣り針への憧れ・・ていうと言い過ぎかもしれないけれど、私は釣りは全然やらないくせに、小さい頃から釣り針に対しては無限の憧れを抱いてきた。理由はいくつかあって、「父のライターの中に入っていた釣り針が気に入っていたこと」「縫い針をガスの火で熱して、ゆっくりさますと針が折れずに曲がる、焼きなましの手法に感激したこと」「私の大好きな古事記の海幸山幸の項に、山幸が自分の剣から沢山釣り針を作って、無くしてしまったお兄さんの釣り針を弁償しようとしたという話があること」「歴史の教科書に載ってた骨で作った釣り針の美しさに感激したこと」など色々ある。特に骨の釣り針については興味津々で、単純なレの字の針だけど、これで魚がちゃんと釣れるのかなぁ・・・これで釣れるなら、私が縫い針を焼きなまして作った針でも魚が釣れるんじゃないのかなぁなどと色々考えていた。その答えを50巻目の記事が多少与えてくれた。先史時代の貝塚の発掘によって、当時の人々がコイ・フナ・ウナギ・タイ・サバなどかマグロやサメまで80種類以上の種類の魚を獲っていたことが確認されているという。うーん、あんな針でマグロが釣れるのかぁ。すごいなぁ。最近もクロマグロの漁獲を制限しようなんて言う動きがあるが、7世紀の持統天皇の時代に既に漁獲制限の記録があるという。魚って言うのはつい獲り過ぎてしまうものなのだな。


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頭痛と腹痛と・・・

2008-03-30 23:54:47 | ただの日記
昨日、若い人たちの演奏会を聞いた後、まともに歩けないほど疲れてしまって、バスで帰ってきてそのまま寝床に転がり込んで、そのまま朝まで寝てしまった。

ところが、朝、トイレに行ったあと、猛烈な腹痛で悩むことになる。下り腹の痛さではない。お腹が猛烈に張っていて、出るものも出ないのだ。知り合いの奥様でお小水が出なくなって入院したことがあるので、ひょっとして・・という思いが頭をかすめる。全然出ない訳じゃないけど、お腹の痛みは治まらない。おまけに頭痛もひどい・・・・結局4時ごろまで寝ちゃったのだが、4時過ぎてから今度は寒気と吐き気がしてきた。これはもう自分の力ではどうしようもないと思った。

頭痛を治すのは近所の鍼灸院の方が上手い。でもこのような腹痛を治すのは、いつも通っている整体院の方が上手い・・・何とか両方いかなきゃ。ただ今週は前半が風邪で後半が披露困憊、昨日今日は体調不良で全然風呂に入れなかった。とりあえず少しは体温めて、髪くらい洗っていかないと・・・と、吐きそうになるほど辛い頭痛を堪えて風呂で身を清めると、雨の中、鍼灸院へ。

花冷え+木の芽どき、という季節がら、私のように飛び込んでくる患者は多いらしい。相当念入りに鍼を打ってもらって、頭痛の方は8割がた治まった。

で、その足で船橋の整体へ。腹の痛みの原因は、例によって下半身の冷え。体調不良+疲れで、半身浴も湯たんぽもサボっていたのだから仕方が無い。でも元気のないときほど、湯たんぽなど用意出来ずに寝てしまうものである。

だが治療を進めながら、いつもならすっと取れていく腹の痛みが、思ったように減らないことに、ちょっと焦り始めた。一体どうなってしまったんだろう・・・だが、最後の最後に分かった・・・・・。痛いところが右へ、左へと動くので、これはガスのせいだ・・胃カメラのせいだということになった。胃カメラの時、空気を入れられたが、体が冷えていたので、検査が終わっても空気が抜けきらずに腸に達してそのまま溜まってしまったのだ。

ということで、帰ってきてからももう一度風呂につかり、お腹と腰をカイロで温めている。一時はどうなることかと思ったが、何とか明日は会社に行けそうである。
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日本青少年交響楽団特別演奏会を見に行く

2008-03-29 23:58:35 | ただの日記

府中から帰ってきて、本八幡へ。途中猛烈な眠気がおそってきて、気持ちが萎えかけたが、ちょっと頼まれていることがあるので休むわけにもいかず。演奏会でちょっとした仕掛けがあり、それを冬の演奏会に活かしたいから見ておいて欲しい・・というのがソレなのだが、自分が冬の演奏会にまず出れないであろうことを考えると、気持ちも暗くなってくるのであった。それでも文化会館前の桜も見事に咲いているのを見て、気を取り直す。


日本アマチュアオーケストラ連盟(JAO)のイベントである、第24回トヨタオーケストラキャンプ(TYOC)という、全国の13歳から24歳までの青少年が、2年間に4日間×2回の合宿を行い、2年目の最後に演奏会を行うのであるが、今年はそれが市川で行われるというものである。

昨年夏、酒田でJAOの大会に初参加して、3日間の練習で1ステージの本番ということで相当キツイ思いをしたが、これはその若者版。間に1年あるとはいえ、8日間のリハーサルで3ステージこなしている。すごいなぁ。

開場前にホールに着いたのに、すでに長蛇の列。思えば大ホールに観客として入るのは今日が初めてなのであった。お手伝いをしている人たちの中で知った顔がちらほら。お手伝いをしていない自分を後ろめたく感じたが、府中での診察の日に重なっていたのだし、このところの疲労困憊状態では、治療の日と重なっていなくても難しかっただろう。

オープニングは我らが地元の合唱団とジュニアオケによる歓迎演奏。私の所属している大人のオケからも何人か助っ人で出ていた。源田俊一郎編曲/「ふるさとの四季」という曲なのだが、出だしからしてやられた! 目頭がじ~んとなってしまった。我々がよく知ってる「ふるさと」「春の小川」「茶摘み」・・などの文部省唱歌のメドレーなのだが、和声とオーケストラの伴奏が素晴らしい。思えば辛いことばかりだった私の過去を揺さぶられるような気持ちになった。私は周囲から好き勝手に生きている人間のように思われているが、本当にやりたいことが出来るようになったのは、オケも歌も楽しめるようになったここ数年のことである。私は昔から歌が大好きだったのに、なぜか本格的な合唱団に入ったのは社会人になってからである。でも大人になってから歌う曲は子供の頃、胸をときめかせた曲とは違う。私が選び損ねた過去は永遠に取り戻せないのか・・・。童謡を楽しく歌っていた頃のまま素直に生きていたら、もっと楽しい人生を送れたかもしれないのに。そんなことを考えていたら、わんわん涙が出てきてて止まらなくなってしまった。演奏中だから鼻もすすれずぐちゃぐちゃに・・・。もちろんそんな状態になっている人は回りにおらず、自分だけ超浮いてる感じだった。

歓迎演奏が終わった後、TYOC出演者のための椅子のセッティングが始まり、それが延々と終わらないのである。子供たちの合宿やパート練習の様子をスライドで見て時間をつぶすが、それでも全然セッティングが終わらない。広い文化会館のステージが椅子で埋まる。それだけ出演者の多い、大編成オーケストラだということだ。

そして、主役の子供たちが入場。やっぱりすごい人数だ。バイオリンだけで60人くらいいるから、全部で百数十名はいるんじゃないだろうか。指揮者の先生が入場する時、最後尾の椅子をちょっと引いてもらってやっと入ってきたほど。

演奏が始まると、あぁやはり相当レベルが高い。子供たちが弾いてるんだということは一瞬のうちに忘れてしまい、速いパッセージを乱れなく弾いていく彼らの技術力に感動した。バイオリンがこんだけいて、しかもボーイングがしっかりそろっているから、まるで丈の長い草が風に吹かれて一斉になびいているのを見るような、不思議な気分になった。

プログラムは
スメタナの歌劇「売られた花嫁」序曲
コープランドのバレエ組曲「ロデオ」
シベリウスの「交響曲第2番」
だった。管楽器は多少メンバー交代があったが、弦楽器はおそらくは出ずっぱり。たった8日間の合わせで、よくここまでやるよ。各自よほど自主練をしっかりやってきたのだろう。勇壮なシベリウスの二番の4楽章では、チェロトップの女の子の白い腕にずっと見とれていた。そしてその4楽章が終わった時、今までの演奏会で聞いたことがないような、ブラボーの連呼が起こった。もちろん関係者は多いのだろうが、私の周囲の人たちもまるで飛び上がらんかの勢いで拍手喝采していた。

アンコールの「売られた花嫁」の「道化師の踊り」も素晴らしかった。あんだけ素晴らしい演奏をしたあとで、難しくて速いアンコール曲を良くこなしているよ。すっかり脱帽。

帰りがけに、歓迎演奏をしていた団員を見つけ、歓迎演奏に感激して泣いたことを話すと、「でもあの子たちの迫力には負けるねぇ。ふつうのアマチュアじゃあそこまで弾けないよ。」との話。私は常々、もっと若い頃からバイオリンをやっていたらよかったなと思うが、果たして学生時代からやってたら、こんなJAOの大会とかに出てただろうかといぶかしく思う。いまたまたまJAOのメンバーオケに入っていて、社会人生活で変なクソ度胸がついてるから無謀にも酒田大会に出たりしたわけだが、子供の頃からやってたら、周囲のもっと上手い人たちの中で萎縮してしまって、結局弾けてないか、途中でやめてしまったりとかしてたのではないかと思ってみたりもする。過去を悔やんでもしょうがなく、今出来ている喜びをかみしめることにしよう。
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府中の桜

2008-03-29 22:35:23 | お散歩・植物観察

今日は朝から治療で府中通いの日なのに、耳から黒いすすが沢山出る悪夢にうなされて目がさめると既に遅刻の時間。いっそキャンセルしようかと思いつつ、府中の桜が綺麗だろうからと、顔も洗わず髪もとかさず身体にムチ打ってタクシーに乗る。これはタクシーを待っている間に撮った写真だ。抜けるような青空に、早く府中の桜を見たいと、ワクワクする。

府中に着くと、桜祭りのぼんぼりやら提灯やらが下がり、実にいい時に来れたなという感じ。手指鍼の治療の方は、初期の目標をクリアしたので、今までみたいに必死に来なくても、体調と血流を診てもらうために、少し間隔をあけて来る感じでもよいのかなぁと思い始めている。なにせ疲れた身体で土曜の朝、往復3時間というのは長くは続かないだろう。


治療院を出ると、すぐ府中公園へ足を向ける。駅から府中公園までは、桜並木がずらっと続き、まるで桜のトンネル状態。近年、花を見るどころではなかったから、こんなにふんだんに桜を見れるのは、本当に久しぶり。しかも並木だから酔いつぶれてる人もいないので快適。桜は好きだけど飲み会は嫌いな私としては、桜は静かに見るものだと思う。


府中公園の方も、桜は満開。思い思いにくつろぐ人たち、私みたいにカメラを持って写真を撮る人たち、小さい子供に桜を見せに来た感じの親子連れ等、ほどほどに賑わっていた。騒ぐ人もおらず、のどかでとてもイイ雰囲気だった。



ほとんどがソメイヨシノだけど、入り口近くに枝垂桜っぽい、ちょっと赤みの濃い桜もあったりして、趣深かった。ちょっと残念なのは雲が出てきてしまったこと。朝撮ったような抜けるような青空のままだったら、もっと桜の写真が綺麗に撮れただろうに、白い雲をバックにすると、桜全体が白っぽく見えてしまう。特にデジカメに液晶に映し出された姿は白っぽく、本当はもう少しピンク色なのにな・・・と、思ったように撮れないフラストレーションがたまった。



鴨が2羽、のんびりと羽づくろいしながら、池の中に設けられた台の上で休んでいる。近寄ってカメラを向けても、動じず、逃げはしないが、愛想も振りまかない。マイペースな彼らの写真を何枚も撮って、府中公園を後にする。




駅前まで続く、桜のトンネルの最後で、名残惜しく、もうワンショット! 今日は猛烈に沢山桜の写真を撮ったが、ブログで紹介するのはこの程度にしておこう。





駅の改札近くのスープ屋さんで、春限定メニューの「春カレーとスープのセット」を食べる。カレーの中にそら豆が入っているのだ。いつもはバイオリンレッスンがあるから、府中からはトンボ帰りだが、今日はレッスンが休みなので、府中に来るようになって初めて、ゆっくりしていられるのだ。
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【読書録】週刊古代文明59

2008-03-28 23:36:55 | 読書録
今週号からは以下3つ話題をセレクト。

1.白村江の決戦は2日間だった。
2.百済の王子、余豊璋が養蜂をやろうとしたのはミツロウを得るためだった。
3.昔の男装女性は切実。

ワンテーマから2つ選んじゃったけど、まぁいいや。

1.日本は海に囲まれている国なのに、古代より造船技術が低かったというのは皮肉だなぁ。昔読んだ司馬遼太郎の「空海の風景」に、遣唐船はたらいが水にプカプカ浮かんでるような構造をしていたので難破しやすく、みんな新羅船で帰りたがっていた・・云々・・というくだりがあったのを覚えているが、この記事にも惨敗した日本の船と唐の船およびギリシャのガレー船の比較が載っていて面白かった。日本の遣唐使船とガレー船ってほぼ同じ大きさなんだぁ。へぇ~。そして日本の遣唐使船は、唐の船やガレー船と違って竜骨がないから横滑りする・・という記述をみて、なるほど司馬遼太郎さんの書いてらした「たらいでプカプカ」とはこのことであったか、と納得。

2.で、白村江の戦いの前に、百済再興の旗印として日本から送り出された余豊璋だが、彼の存在は暗愚そのもので、日本での(待遇のよい)人質時代の実績は、三輪山で日本で初めての養蜂をやって失敗したことくらい。「よほうしょうが、ようほう」なんてダジャレみたいだな、今考えると。日本書紀の中ではこの養蜂記事は、実にさらっと出てくるのみ。蜂を放ったんだけど、逃げられちゃったんだよね。でも彼は実は仏像を鋳造するためのミツロウが欲しいから養蜂に精を出したんだとか。私はてっきり甘いもんが食いたかったせいだと思ったぜ。

3.着るものは、下着以外は全部男物になってしまった私。理由は太っているからと、低いソファーにスカートで座ると、スカートがずり上がって困るから・・・という情けない理由なのだが、知らないところでトイレを使おうとすると通せんぼされちゃったり、男の人が私につられて女子トイレに入ろうとしたり、私一人が中にいると女子トイレに入ろうとした女の人が慌てて外へ出てったり・・・ま、色々笑える話はある。私がスカートをはくのはクリスマスと演奏会の時しかないから、演奏会を初めて見に来た友人は、結構驚くのだ。一度、蝶ネクタイ軍団の中に私を見つけようとして、「いねぇじゃん」と思った人もいるくらい。

ムダ話はさておいて、昔の女性の男装はもっと切実。ジャンヌダルクは男装の罪で処刑されたわけだしね。だけど昔はカストラートという去勢された男性歌手もいたわけだから、カストラートに化けて、模造男性器まで使って、歌手として自活する者もいたと言う。職を得るために性別を偽らざるを得なかった時代に生きてなくてよかったなぁ。だ~か~ら、今はそんな時代じゃないんだから、トイレ間違えるわけないじゃんよ。

しかしねぇ、上杉謙信女性説っていうのは俄かには信じがたい。先の大河ドラマのGacktの謙信は確かに女っぽかったけど?
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胃カメラ初体験

2008-03-27 23:58:14 | 不整脈と闘う
先月の健診で胃が引っかかり、再検査で胃カメラを呑むことになった。数年前から出来ているポリープがどうも大きくなったらしいのだ。

最近の胃カメラは鼻から入れる、とっても楽なものになったと聞くが、うちの会社のは、まるでホースを呑んでるみたいな奴だと経験者から聞いていたので、ちょっとビビっていた。

心臓手術の前に受けた「経食道心臓超音波検査」も胃カメラみたいに口からホースみたいなもんを突っ込まれる奴で、初めての時はショックのあまり不整脈発作を起こしてしまったが、まぁ二回の入院で「口からホース」体験済なので、胃カメラも全く初めてよりはマシかな・・・と思っていたが、やはり甘かった。

結論として、涙びぃびぃの、鼻水ぐずぐずの、れろれろ状態・・・もう2度とやりたくないなぁ。十数年前に胃潰瘍で入院した先輩が「胃カメラもしょっちゅう飲んでると快感になってくるんだよねぇ・・・」と言っていたのが思い出されるが、それはすなわちその先輩がいかに異常な状態にあったか・・ということの証明でもあるのだな。

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以下、今日の体験を順に記述してみる。

①最初に、胃をきれいにする水薬を飲まされる。ほとんど水みたいだけど、ちょっとドロッとしてるかな。前の晩から絶食、水も控えめにしてきた私にとっては、この水薬が美味しく感じられた。よほど「これって何と言う薬ですか」と聞きたかったけど、次に来るものにビビってたので、突っ込めず。

②次にのどの麻酔。「経食道心臓超音波検査」の時のようなゼリー状の薬(飲み込まないで5分のどに貯める)じゃなくてよかったぁ。今日はスプレータイプの薬をのどにシュッシュッとかけられただけ。で、すぐ飲み込んでくださいだって。超ラッキー。

③しばらく待ってからカメラ室。体の左側を下にしてベッドに横たわる。マウスピースを噛まされ、マウスピースの穴からホース状のカメラを突っ込まれる。「鼻から息を吸って、口から吐いて・・・」どうやら、最初の難所はするっと通過したらしい。経験の賜物かもしれない。

④「一番辛いところは通過しましたからねぇ」と言われて一瞬安堵したものの、嘘ばっかり。どんどん辛くなるじゃないかよぉ~。心臓検査の時はカメラは食道にしか達していなかったけど、カメラが胃に達すると、胃の内部から押される感じがして、すごい嫌な感じがした。そうそう、ココからが本当の初体験なのだ。

⑤胃を押される感覚で、嫌~な気分になっているところに、追い討ちをかけるように「これから空気入れますんで、ゲップしないでくださいね」と言われる。必死でこらえるが、バリウムの時のゲップの我慢とは想像にならないほど難しい。バリウムの時は全身の穴と言う穴を閉じる気分で我慢すればよいけど、胃カメラの場合は喉や肩の力を抜いている必要があるし、そもそもホースの分だけ喉が開いてるんだから、こらえるのも限界がある。何回もゲップしては空気を入れられ・・を繰り返される。その苦しさ、バリウムの比ではない。

⑥目は閉じずに、遠くの壁を見つめろ・・・と言われていたので、目は開いていたのだが、そうすると余計なものが目に入ってくる。カメラが胃に到達したのを見計らって、カメラの角度を変えていろいろ写そうとしているのか、いきなり目の前の先生の動きが激しくなった。ホースを左手で固定し、まるで船をこぐように上半身を前傾させながら、右手でホースをぐるぐる回転させ始めた。最初はへぇ~と思っていたのだが、「この人は私の胃の中のカメラをぶん回しているんだな」と思った途端、猛烈に気持ち悪くなってきた。あとは身体中から「衝動」が繰り返し繰り返し起こり、「あともう少しですから頑張ってください」と言っているらしい声も頭には響いてこないほど苦しみ続けた。こんな状態じゃ、検査どころじゃないかも・・と申し訳なく思っているうちに、スポンとホースが抜けて、検査は終わった。

⑦さて、腐ってぐしゃぐしゃの状態になった私を待っていたのは、一種の感動体験だった。鼻を噛んでいる間に写真がプリントされていて、その場で結果を聞くことが出来たのだ。

先生の第一声は
「これは、きれいな胃に出来るタイプのポリープですね。」だった。

へ? それじゃ褒められてるんだか、けなされてるんだか、分からないよ。

写真を見ると、平べったいボタン状のものが胃壁に2つ並んでいた。

「こういうのがいっぱい出来てましてね。」

何だ、いっぱいかよ~。じゃ、良く無いじゃん。

「でも、悪いものではないので心配はないです。」

私が心臓手術を受けたということは、ウチの会社の診療所では「有名」なので、あなた心臓の薬飲んでるよね・・・一緒に飲んでる胃薬は何?・・・タケプロンですかぁ。タケプロンはいい薬なんですけど、タケプロンのせいで、ポリープが大きくなってしまうということがあるから、きっとそのせいでしょう。

・・・ということで、無罪放免。

それにしても、私の胃壁って結構きれいだったな。先生の説明が上手い(?)せいで、出来たポリープが、透明度の高い湖の深海にしか育たない希少な生き物でもあるかのように思えてきた。私って単純だなぁ。

文字通り「のどもと過ぎれば熱さを忘れる」で、「やはりバリウムに比べて胃カメラはすごいなぁ」と、いつの間にか胃カメラ礼賛派になってる私。バリウムの時のように検査後に腹痛に悩まなくてもいいし、2時間後には、検査を受けたことすら忘れている状態。やっぱり私って単純?

とりあえず検査の時の苦しみを忘れないうちに、ブログに書いてみた。

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タロットカード-その8(中国風のタロット)

2008-03-26 23:58:49 | 禁断のオカルト部屋
「チャイニーズ・ゴーストタロット(アレクサンドリア木星王/著・ジュリ・ゴーリアン/画)」より。

餃子問題、チベット問題、大気汚染と、最近どんどん日本での評判が悪くなっている中国だが、久々に中国風のタロットを広げてみて、やっぱり自分はこういう世界が好き・・と思ってしまう。

真ん中の「月」なんてとってもいいわぁ(カードの意味自体はそんなにいいカードじゃないんだけど)。他のタロットとの比較のために必ず載せてる「戦車(右上)」もここでは戦車に乗ってるわ。笑えるのは一番左の「運命の輪」。スフィンクスの代わりに四神が描いてある。そして左から2番目の「剣の6」・・・ああ、バイオリンレッスンの回数を増やしたんで、太極拳は自然退会状態。結局太極剣は覚えられなかったな・・と胸が痛む。最後に右から2番目の正義。昨日項羽のことをブログ書いてたんで、思わず選んでしまった。

本棚の片隅で眠っていたカードだけど、久々に見てみると神仙だなぁ。絵もよく描けてるし素晴らしい。
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【読書録】週刊古代文明51

2008-03-25 23:28:38 | 読書録
引き続きバックナンバー。この号のさぶりんセレクションは以下3つ。

1.ラマピテクスは人間の祖先ではなかった。
2.あのカンダハルにアショーカ王の石碑が。
3.虞美人の自害は後世の創作?

1.1960年代から1970年代に、アウストラロピテクスよりさらに古い最初の人類だと脚光を浴びたラマピテクスは、実は人類の祖先ではなく、オランウータンの祖先だった・・・。何かこの話、小学校だったか中学校だったかの参考書で見たような気がするけど、忘却のかなただな。それより驚いたのは、チンパンジーとかゴリラってヒト科だったのかという事実。ニホンザルよりも人間に近いわけね。

ちなみにサル目(霊長目)→真猿亜目→狭鼻下目の下にオナガザル上科とヒト上科があり、ニホンザルはオナガ上科の下のオナガザル科に属する。ちなみにヒト上科の下にはテナガザル科とオランウータン科とヒト科があり、ヒト科の中にチンパンジー亜科とヒト亜科があり、チンパンジー亜科の中にチンパンジー属とゴリラ属があり、ヒト亜科の中にアウストラロピテクス属とかヒト属があり・・・という構造になっているようだ。同じ類人猿でもオランウータンは別建てなのね・・・。でもヒト科の分類は結構揺れ動いており、以前の分類ではオランウータン科の中にゴリラとチンパンジーがいたらしい。私が子供の頃に比べて、ゴリラとチンパンジーはヒトとの距離が縮まったのね。

2.あの9.11同時多発テロのあと、自分の勉強不足を恥じてイスラム世界やアフガニスタンについて勉強した時期があり、神田駅の前を通っただけで「ああカンダハル」とか思ってた時期があったが、あのカンダハルにアショーカ王の石碑があるとは・・。思えばアフガニスタンの首都カーブルはムガール帝国の発祥の地でもあるわけだし、アフガニスタンは実はインドに近いということをあらためて感じた。以前アフガニスタンの音楽のCDを聞いたことがあるが、実に北インドの音楽にそっくり。

3.項羽の作った詩といえば「虞よ虞よ、汝をいかんせん」で終わる詩ばかりが思い出される。京劇の覇王別姫には、虞美人が一さし剣舞を舞いながら、隙を見て自害する悲しい場面があるが、史実ではこのとき自害したかどうかはわからず、そもそも彼女の存在自体が謎・・・と言われると、ちょっと複雑な気分になるなぁ。韓信は項羽のことを「女のように優しい男だった」と評したと書かれているのを読んで、私が項羽に対して抱いていた「無骨な武人」というイメージが若干変わったかもしれない。
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インドの女神像

2008-03-24 23:37:42 | 禁断のオカルト部屋
う~ん・・・これはいかにも怪しいぞ・・。怪しすぎて今までネタに出来なかったのだが、先日聖トマスがインドでカーリー女神の礼拝を拒んだせいで殉教したという話が出てきたので、怖いけどついでに書いてしまおう。

これは5~6年前に有楽町の交通会館のどっかの店で買ったもので、その店の人いわく、パールヴァティーだとのこと。パールヴァティーといえばシヴァ神の奥さんだが、普通インドのカラフルな宗教画に出てくるパールヴァティーとはかなり違う。豊満な体だという共通点はあるものの、この像は古い土着の神という感じで、日本の遮光器付土偶のような怪しさを持っている。

私は20代中ごろにインドに行く前、インド神話をかなり勉強していった。お陰で、現地では同行のツアー客の中で唯一、次から次へと出てくるヒンズー教の神様の像についてすべてを言い当てることが出来た。おかげで現地の案内人に気に入られ過ぎて困ったことになったのだが、それはさておき、そんな私でもいきなりこの像を差し出されてもパールヴァティーだとは思わないであろう。それくらいこれは異形である。

ちなみにパールヴァティーは変身して、ドゥルガーと呼ばれるトラの背にまたがった勇壮な女神や、カーリーと呼ばれる血なまぐさい女神になったりする。推測するにこれらはもともとは別の土着の神だったものが、インド諸王朝の興亡の中で、征服者側が被征服者側の神話を取り込み、インド的なおおらかさを以って同一神だというつじつまを合わせたものではないかと思っている。日本の神話にもそういう部分があるからね。ギリシャ神話もそうだが、多神教というのは、色んな神を偉大な神の妻とか親族にしてしまう等、少なからずこじつけの跡が見えるものだ。

個人的には、パールヴァティーが変身したドゥルガー女神が、インド神話の中で最もお気に入り。沢山の腕にそれぞれシヴァやヴィシュヌからもらった武器を持ち、トラの背にまたがって魔族(アスラ)と戦う、美しくて恐るべき戦いの女神である。自分もかくありたしと思うくらい憧れてしまうなぁ。
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【読書録】週刊古代文明58

2008-03-23 23:09:41 | 読書録
今週号も非常に読み応えがあり、どれも面白かった。
強いて三つ上げるとすると、
1.聖書年代学
2.タバコの歴史
3.2つの時代に翻弄されたコリントス
あたりかな。

1.聖書であろうと記紀であろうと、子供の頃からそれが正しいと信じ込まされてきたことに反する事象に出くわした時、自分が信じている座標軸に物事を引きなおして考えてしまう・・・というのはありがちなことで、誰にでもあることだと思う。ただ聖書の記述との平仄を取ろうとして、史実を滑稽なほど捻じ曲げてきた時代が長い間存在し、しかも実に真面目な研究家達がそれをやってきたことを思うと、全くの頭脳の浪費だなぁと思わざるを得なくなる。自分の習い覚えてきたことの殻を突き崩すのはいかに難しいかをあらためて考えざるを得なくなる。

某超大国ではいまだに進化論を教えると教師がクビになるんだよね。宗教の固定観念にとらわれるのは決して昔の話じゃないと思うのだ。

思えばキリスト教教育を受けてきた私もかなり頭の痛い部分がある。キリスト教に触れるにあたり、通らなければならない壁がいくつかあるとすれば、「創世記をどう解釈するか」というのは最大の壁の一つであると私は思う。進化論を学んでいる我々にとって見れば、神がアダムとエバを創ったなどという話は直接的には真実ではないわけだから、寓意的に捉えるしかなくなるわけである。つまり我々自身がこの世に存在するのは神のお陰である・・と極めて広義に考えるやり方である。たとえば、自分の父と母が出会わなければ、自分と言う存在は生まれずに、別の人間が存在したかもしれない。また仮に父と母が出会っていたとしても、遺伝子構成の違う別の人間が生まれていた可能性の方が大きいわけである。そうした何千万分の一、何億分の一の確率で自分と言う存在がこの世に生まれ出でたことについて、神に感謝せよ・・・ということになるのだ。一般常識でいえば、親に感謝せよというべきものなのであるが・・・・。ここら辺のくだりは、私の小さい頭では理解し切れなかった。

中学から高校にかけて毎日の礼拝に加え、週に一回の聖書の授業があったわけだが、今でも忘れられない授業がある。「創世記の天地創造の記述をそのまま信じる人は少ないだろうけど、順番は合っていますよね」と聖書の先生がおっしゃったのである。その時みんな「ふう~ん」と言って、誰も反論しなかったのだ。だが確かに太陽の前に植物が出来るわけはないのだ。コレを突っ込めなかった自分はやはり盲目だったのだろうか。悔しいなぁ。

2.タバコもまた南米が原産だ。もし南米というものが存在しなかったら、我々の今の生活はかなり違ったものになっていただろうね。ジャガイモもトマトもトウモロコシもカカオもタバコも南米原産でしょ? さてタバコを吸わない私にとっては、タバコの話は馬耳東風というか、最近見ないムーディ勝山のように右から左へ抜けてしまう感じなのだが、心に留まったエピソードとしては
カトリーヌ・ド・メディシスもナイチンゲールもタバコの薬効を信じた
と言うようなことが書いてあるくだりである。

ホント信じられないと思うのだが、具体的にはカトリーヌ・ド・メディシスは嗅ぎタバコで頭痛が治ったらしいし、ナイチンゲールはクリミア戦争で苦しむ重傷兵士達が、一人の将校がふかしたタバコの煙に癒され、その一瞬うめき声がやんだのを目撃したという。今ではタバコは害にしかならぬと言われているが、ただ一つ良いことがあると言ってた大学時代の同級生がいた。タバコを吸ってると腸が刺激されて便秘にならないんだとか・・・。便秘治しなら別の方法の方がいいと思うが。

3.またまた聖書の話で恐縮だが新約聖書の「コリント人への手紙」で慣れ親しんだコリントスについて、私はあまり知らなかったが、アテネ、スパルタ凋落後に、ギリシャ諸都市をまとめる役割を負ってしまったがために、ローマ軍に徹底的に破壊されてしまったというのは初めて知った。カルタゴ並みの運命をたどったわけだ。で、これまたカルタゴ同様カエサルによって、退役軍人の入植地として再建されたわけだな。いままで思っていたようにギリシャ・ローマ時代に栄えた都市・・・などと一緒くたにするのは厳密には正しくなく、ギリシャ時代とローマ時代で全く別の顔を持った都市だったわけだ。

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中低音を出す努力

2008-03-23 23:06:09 | ただの日記
先日の声楽レッスンで、ドとレとミの音が出ない苦しみを味わってから、声楽教本など見たくもないほど落ち込んでしまって、ろくに練習しないまま迎えた今日のレッスン。地声と裏声がひっくり返るあたりの低音は、下腹に力を入れて、下方向にう゛~んとふんばるように声を出すことで、何とか割れずに出せるようになった。まだちゃんと出るのは3割バッター状態だが、何となくコツがわかってきた。私の場合、お腹をふんばれと言われるとお腹を突き出してしまうのだが、下方向に踏ん張らなければならないこと、自分がまっすぐに立っていると思っている姿勢は、腰を入れすぎていて、お腹が出っ張り、背中が丸まっている状態であること。正常に戻すには、胸を突き出し、息を吸いながら肩甲骨を寄せていく必要があることなど、強く指導を受ける。

今までは、声を出す時に足の付け根からどんどん腹筋を絞っていき、みぞおちがどんどん上がっていくようにという指導を受けていたが、前々回あたりから、中低音部はお腹を引き上げずにむしろ下へ向けて踏ん張る・・・高温のFGAあたりになったら、お腹から腰→胃の後ろ→背中→首へと反りながら力を逃がしてあげること・・と言う風に指導が変わったこともあり、適応できずに面食らっていた。このように上手くいっていたと思うとコロッと指導法が変わることがあり、いままでもしばらく順応できずに戸惑ってきたが、今回もようやく順応する糸口がつかめてきた。

今日はヴァッカイの四度音程“Lascia il lido e il mare infido”と五度音程の“Avvezzo a vivere”、ドナウディの“Certo un po'di cielo colse(きっと空を少し)”を合格。ドナウディの“Luoghi sereni e cari(明るい懐しの地よ)”と“Vaghissima sembianza(かぎりなく優雅な絵姿)”はもう一回ということになった。ちゃんとした姿勢で歌うという当たり前のことが出来てない・・と最後は呼吸練習の猛特訓。ひどく疲れた。
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ちょっと変わった益子焼のコーヒー茶碗

2008-03-23 13:35:43 | 身近なちょっと可愛いもの
これは10年ほど前に益子で買ったもの。20代後半に膝の故障のせいで、黒帯まで取った空手をやめ、合唱団も休みがち、今のように楽器を練習する楽しみもなく、何かを求めて神社仏閣をふらついていた頃の話であるが、坂東三十三箇所札所めぐりというのを2年くらいかけてやった。行きやすい鎌倉とか東京近辺の寺は最初の頃に回ってしまい、行きづらい北関東のお寺ばかりが残ってしまった。土日を使っていくから、回れるお寺も単発になる。したがって、益子にある西明寺というお寺が最後の最後に残ってしまった。

この西明寺で買った独鈷の形のお守りは、前にこのブログで紹介したことがある。西明寺をお参りしたあと、そのまま益子の町に繰り出したのだが、ちょうどゴールデンウィークで陶器市をやっており、全国からきた人々でごった返し、予想以上に楽しい思いをした。・・というのも益子というのは陶器市以外の時は、かなり閑散としているということなので。

大通りの周りは陶器を積み上げたお店でいっぱい。アイスクリームのお店、益子焼で美味しいお酒の飲めるお店、どんぐりで作ったうどんの店、アジアンアクセサリーのお店などが立ち並び、陶器以外にも楽しめるものがいっぱい。私は予想外に衝動買いしてしまい、いい天気の下、美味しいお酒も飲んで、えもいわれぬ楽しさに酔いしれた。


このコーヒー茶碗はそんな陶器市の一角で買ったもの。土味のする伝統的な益子焼とは一味違った斬新なデザイン。それでいて磁器にはない、陶器ならではの温かみを持っている。パレットのようなサインのようなマークがとても気に入った。

益子の陶器市には、このような従来の益子焼のイメージとは違う感覚の陶器が沢山並んでいた。というのも益子には新しい作陶家が全国から集まってくるとのこと。伝統色が薄まる反面、自由で新しい息吹を感じる・・そんな感じであった。同じ北関東の笠間とはまるで違う。信楽・多治見・備前・・・と若い頃焼き物オタクであった私は色々回ってきたが、いずれも郷土色の濃いもの。そんな中で、大衆陶器としての
益子焼は他の産地とは別の路線を歩んでいるな、そういう方向も悪くない・・・そんな風に思った。


写真の緑色のお茶は、ゆず抹茶ラテという飲み物。ちょっと変わってるでしょう。変わっているものを見るとすぐ試したくなるのが私の性分。先日コンビニで見つけて早速飲んでみる。あまり甘くないけどほのかにゆずの香りが・・・。すぁやかです。



このお茶のシリーズ、ほかにも色々あります。ほうじ茶ラテとかジンジャーココアとか。ジンジャーココアよりほうじ茶ラテの方がちょっと美味しかった。インドのチャイは前からあるけど、こんなのがあるとは知らなかったな。一風変わった食べ物コーナーでも新設しようかな。
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バイオリン三昧の後、スケートの結末

2008-03-22 23:58:03 | ただの日記
今日はなんだか狂ったようにモーツァルトのコンチェルト4番ばかり弾いていたなぁ。レッスンではまだ曲に入れず、部分的に取り出した練習をみっちりやっている。そのおかげか、朝練習して、レッスンを受けて、また練習すると、朝の練習に比べて格段に上手くなっているようなのがすごく嬉しい。今日は合計で6時間ぐらいカラオケBOXにいたかな。カラオケBOXの店員さんが、ペコりと頭を下げて、「いつもお待ちしてます」みたいなことを言う。私はよほどのカモなんだろうさ。

ブルックナーの7番の練習も楽しくなってきた。ただ2楽章の音程が取りづらくて閉口している。シャープ4つに臨時記号の嵐。ダブルシャープ、ダブルフラットも頻出。指使いも考えなしにやってると、突然変な音が出たりするんで気が抜けない。あ~、すごいイイところなのに何でこんなに下手にしか弾けないんだろうと思うと悔しくてたまらないが、もうちょっとで掴めそうな気はしている。

夜中の12時に家に帰ってきて、世界フィギュアの男子フリーを見る。ああ高橋大輔君残念。メダルが取れなかった彼は久しぶりに見た。ジャンプの失敗や、コンビネーションを余計に飛んだせいで最後のジャンプのカウントがゼロになってしまったという作戦ミスもあったが、それ以前にいつものすべりではなかった。見ていて何だか足が重く、氷を味方に付けていないようなもどかしさを感じた。

金メダルは最終滑走だったカナダのジェフリー・バトル。四回転を飛ばなかったのにぶっちぎりの一位だった。「アララトの聖母」とかいうトルコ風の不思議な音楽をつかっていて、スケートを見ていることを忘れるような不思議な世界に引き込まれた。さっきの大輔君の足が重く見えたのと違って、バトルの足は氷をすうっと抜けてくような感じで、見事だった。

最終グループはかなり見ごたえがあり、持てる力を出せた人とそうでなかった人の明暗がくっきりと分かれたが、滑走順から来る有利・不利というのも考えさせられた。現在の採点方法になってから、以前の6点満点法の時のように第一滑走の人の点が抑えられるということはなくなったが、後半の人はウォームアップから時間がたって身体が冷えているというデメリットがある反面、前半の人の出来を見て自分の技を決められるメリットがある。去年の覇者ブライアン・ジュベールは無理して4回転を3回飛ばなくても勝てるという読みから、4回転を1回にした余裕のある滑りでショート6位を挽回して一気に総合1位に躍り出た。ところが去年は最終滑走崩れたバトルがあそこまで素晴らしい演技をするとは思ってなかったようだ。もう1回・2回4回転を飛んでおくんだったと思ったに違いない。でもそうしたところで果たして勝てたかどうか。

見た感じでは銅のジョニー・ウィアーは秀才。銀のブライアン・ジュベールは天才。金のジェフリー・バトルは天上の人・・・・ハイレベルだったが上位3選手にそこまで差のついた闘いだった。

おそらくこの日の為に血反吐を吐くような練習をしてきたであろう高橋選手。外野(私も含め)の言うことなんか気にせずに、また独自の世界を切り開いて欲しいと願う私であった。
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真央ちゃんの号泣にもらい泣き

2008-03-21 23:56:01 | ただの日記
自分でもふがいないほど、今日は再び頭痛に悩まされた。朝から別ビルで打ち合わせの日は、最近決まって頭痛。しかも今日は強風に花粉が大量に舞っていたのもよくなかっただろう。前髪が額にかかるのもうっとうしく、ゴムとピン留めで髪をひっつめて何とか夕方まで乗り切るが、7時過ぎに失礼して、駆け込み寺鍼灸院へ。どうも私と同じような状態の人で朝から大賑わいだったらしく、先生も今日は大変だった・・・と。後頭部のツボはいうに及ばず、かかとの両脇のツボ、両手のひらの親指の付け根の魚際(ぎょさい)というツボなどが猛烈に効いた。特に魚際は治療が終わってからもずっと痛くて、私が揉みこもうとすると、先生は「風船の穴から空気が抜けていくように、今抜けていっているところだから触らない方がいい」と。

帰ってきたから、すぐ寝るのもシャクなので、テレビをつけると、ちょうど世界フィギュアの女子シングルで浅田真央ちゃんが演技を終えたところだった。う~ん、あと5分早く帰ってきていれば・・・。ただ彼女が転倒しつつもこの一年で磨いた表現力のおかげでコストナーを逆転して優勝したことは知っていたので、彼女の演技のポイント再生を見ながら、トリプルアクセルでの転倒が、今まで見たことがないようなショッキングな転び方であったことを知り、驚く。普通あんな予想外の激しい転倒をしたらあとの演技に響くもの。しかし彼女はそれ以外の演技を完璧にこなしたわけだ。すごい精神力だなぁ。彼女は実に強くなったと感服。得点が出てコストナーを逆転して1位という表示が出た時に、真央ちゃんが顔を崩して号泣したのを見て、私ももらい泣きしてしまった。

最終滑走は私がずっと応援し続けている中野友加里選手。いきなりトリプルアクセル成功、ノーミスの演技、最後の激しいドーナツスピンで観客を盛り上げてフィニッシュ。スタンディングオベーションも勝ち取り、これでメダルが取れなかったなんて信じられないくらい。それでもなぜか点が伸びず4位。一部ジャンプの回転不足があったらしいのと、中盤をそつなくこなし過ぎて、響かなかったのかもしれない。キムヨナとコストナーの演技を見てないからなんともいえないが、キムヨナのフリーがよほど素晴らしかったということか。ハイレベルだなあ。

それにしても真央ちゃん良かったなぁ。去年も号泣した後、ミキティに金メダルをさらわれた。中野選手の演技がすごく気になっている様子が去年の彼女の様子と重なってハラハラした。天才少女と騒がれた時期に年齢のせいでオリンピックへ行けず、自分がシニアで活躍している間にキムヨナが急成長、世界ジュニアでキムヨナに負けてから苦悩の時期が始まる。背が伸びてアクセルが決まらなくなる、キムヨナとミキティに金をさらわれる、表現力がいまひとつ足りない・・・今季も猛烈に悩みつつ全日本あたりから調子を上げてくる。実力から言えば今まで当然つかんでて当たり前だった世界女王の座をついに手にした。素晴らしい。あとは皆が期待するオリンピックでの金メダルだが、周囲のプレッシャーと自分自身に勝って、是非勝ち取って欲しいなぁ。

去年の覇者、安藤美姫選手は、今年も怪我に泣いた一年だった。フリーの途中棄権はさぞかし無念だったろう。自分も満身創痍なだけに、怪我に泣かされる人を見ると他人事とは思えない。
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引き続きフォーム矯正に苦戦中

2008-03-20 23:34:38 | ただの日記
今日も12時まで寝込んでしまい、あわてて起き出して若先生のレッスンへ。カラオケBOXが開くのが11時だから、ちゃんと起きればあと1時間以上練習してレッスンを受けられるのに、何で起きれないんだろうと思いつつ、眠くてだるくて仕方がない。


前回の若先生のレッスンで指摘された、バイオリンが身体の左に逃げ、弓先から遠くなる現象を回避する必要があるのだが、バイオリンを単に身体の内側に向けると今度はやたらポジション移動が辛くなるので、顎を乗せる位置を変えてみることにした。今まで顎当ての位置に素直に乗せていたのだが、バイオリンの中央近くに顎を乗せるようにしてみた。こうすればこれからトラック競技を走る選手のように、弦のラインが自分の目の正面に来るし、バイオリンの角度も身体の内側に入るし、弓先まで届きやすくなるし・・・若先生も顎当ての位置からずれた位置に顎を乗せているし、実際この位置にセットされた顎当てもある。ただ、それでも楽器が左に逃げていた時期よりはハイポジションが辛い。


たとえば私の悪い癖で、第四ポジションあたりを弾く時、人差指で弦を押さえている時も、小指は同じ弦の上でスタンバッていなければならないのに、小指がそこまで届かずに逃げてしまっている(右写真)。

そこを矯正して、小指が弦の上にスタンバッているようにするためには、より深いハイポジションを意識して、左肘をぐっと身体の内側に持ってこないといけないのだが、顎を乗せる位置をちょっと変えただけでこれがひどく苦しくなった。私の手が比較的大きいせいもあるのだが、第三ポジションと第四ポジションの間で左手の親指の付け根がバイオリンの板の出っ張りに当たってしまい、そこを回避しようとすると右腕まで動いてしまって音程も安定せず、どうもいけない。単純なスケールが思ったようにこなせない自分が腹立たしく、汗をかくやら首が痛くなるやらで散々な思いをした。今日は首を寝違えていたことも影響しているのだが、あまりに首が痛くて楽器が持てなくなってきたので、肩当ての高さを低くしてみることにした。低くしすぎるとこんどは肩甲骨のあたりが辛くなる。程よい高さにして、負担が一箇所に集中しないように調整する。

かくのごとくちょっと変えただけで、色んなところの微調整が必要になってくるので、本当に大変だ。


あと左手の小指のつぶれ対策として、小指を鍛える方法に取り組んでいるが、前回習った「第三ポジションで左手の人差指で弦を押さえながら小指ではじく練習」について、さらに強度の高い方法を教わった。それは単に横にはじくのではなく、薬指側に寄せながら斜めにはじく練習。これはちょっと疲れる。さらに人差指だけじゃなくて中指も弦を押さえてはじく、薬指も押さえてはじく・・とやるとさらに負荷が増し、効果が上がるとのこと。こっちも頑張ってやってみよう。


それからもう一つ、ロングトーンの練習もやった。私の場合、元弓になったときに右手の力で弓を持ってしまっているという癖があり、弓をもっと弦に預ける必要がある。ただ単に預けるだけだと、右の写真で←→を弾いた部分にさしかかると、音がガガガっと悪くなる。これが怖くて持ってしまってたのであるが、右手の小指で弓を支えるように調整し、親指と人差指は離しても大丈夫なほど力を抜くのだという。親指が反るのを恐れるあまり、曲げすぎている癖も持っていたので、コレをやることで両方矯正できそうだが、右手の方の小指も上手く使う練習が必要だし、ガガガっという音が出るのを恐れずにやるようにしないと全然直らないという。単調な練習だが、メトロノームを60にして10個間でアップボウ、10個間でダウンボウを繰り返す練習を紹介された。

う~ん、まだまだ道は遠し。

先週からモーツァルトのコンチェルト4番の練習が始まっているので、カールフレッシュも次回からニ長調のスケールを練習することになった。

若先生は学生時代にモーツァルトの4番を外人の先生に習っていたそうだが、冒頭のピンクで囲んだ部分の練習だけで1時間を費やすほど大変だったという。私は先週の練習で10~15分こればっかりやらされて腐りそうになったが、そんなのは目じゃないということが分かって安心した。楽譜だけを見るとそんなに馬鹿難しい部分には見えないのだが、先日買ったアンネ・ゾフィー・ムターのCDの解説書にも、この出だしにたじろぐヴァイオリニストも多いと書かれていたので、一流の音を出すのはやはり難しいのだろう。また、4番はオペラ的な要素が沢山含まれているので、オペラを理解しないとダメだと、その外人の先生に言われたそうだ。私は一応オペラ好きだが、その点はどうだろうか?

ちなみに私が苦しんでいるのはその下の黄色く囲んだ部分。ピアノ経験のある人間としては、これごときの音形で苦しむということ自体屈辱的なのだが、ここがピアノとバイオリンの違うところ。どうしても楽譜にない中間の音が、薬指の上げ遅れで鳴ってしまう。この部分の練習の仕方を最後に習って、今日のレッスンはお開きになった。

色々苦しいなぁ。休団中の合唱団の前の指揮者の先生が今年の年賀状に書いて下さった私向けのコメント「人間、伸びてるうちは悩むもの」という言葉を胸に、今日も眠ることにしよう。
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