さぶりんブログ

音楽が大好きなさぶりんが、自作イラストや怪しい楽器、本や映画の感想、花と電車の追っかけ記録などをランダムに載せています。

インドの素焼きの皿

2009-02-28 23:22:25 | 身近なちょっと可愛いもの
熱はようやく下がったものの、寝汗でぐしょぐしょになった寝巻きを着替えるだけで力尽きてしまって、今日も一日布団の中だ。オケは本番の後でもともと休みだったし、明日の声楽レッスンは先生の方から別の理由でキャンセルになっていたので、自分でキャンセルしたのは、トランペットレッスンと、バイオリンレッスンだけで済んだ。

夜になってようやく起き上がれるようになった。昨日まったく指が言うことをきかず、携帯メールの漢字変換もうまくいかなかったが、一応大丈夫になった。ネタも無いので、最近入手したインドのお皿の話にしよう。

インドには10月下旬にディワリと言う明かりを燃やして祝う祭りがあるという。ヒンドゥ教の女神ラクシュミーをお祝いする新年のお祭りで、別名「光のフェスティバル」とも言う(ラーマ王子が魔王から妻のシータを取り戻して帰国したことを祝う祭りと書いてあるサイトもあった)。まぁ、お正月みたいなものなのかも。写真のお皿はそのときに使われる綺麗なお皿なんだそうだ。

油を入れて、灯心を浸して、ランプのように使うお皿のようだが、火事が怖いのでそういう用途には使いたくありません。小さなお香を炊く時にでも使いましょうか。

気になるのはお皿の底の真ん中の模様。これって、鍵十字だよね。お寺マークの反対向きだから、ナチスのマークと同じジャン・・・。気になって調べてみた。

するとWikipediaには、こんなことが書いてあった。

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卍(まんじ)は、サンスクリット語で स्वस्तिक (スヴァスティカ)または Śrīvatsa (シュリーヴァトゥサ)と呼ばれ、ヒンドゥー教や仏教で用いられる、吉祥の印である。

(中略)

ヒンドゥー教ではヴィシュヌ神の胸の旋毛(つむじ)、仏教では釈迦の胸の瑞相が由来で、左旋回の卍は和の元といわれ、右旋回のものは、力の元といわれる。

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ヨーロッパでは、ナチスのハーケンクロイツを想起させるとして、禁忌になってしまったマークだが、もともとはおめでたいマークだったのだな。

最古に卍マークは新石器時代のインドで発見されているという。だからこのお皿のマークはインド古来のデザインなわけね。悪いことにシュリーマンがトロイの遺跡でも卍マークを発見し、インド・ヨーロッパ語族共通の宗教的シンボルだとされてしまったことに、このマークの不幸があるのだ。トロイだけでなく、中国・韓国・日本など東洋でも幅広く使われているマークであることを知っていたら、インド・ヨーロッパ語族のマークだという発想には至らなかったろうに。
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たちの悪い風邪

2009-02-27 23:36:44 | ただの日記
まるまる一ヶ月も風邪を引いてるなんて、自分の人生では初めてのことなのだが、風邪+花粉症のダブルパンチでこの2月は絶不調。

毎日薬を飲んでるのに、効く気配なし。自分は数年前にボルタレンという薬で、数年前に薬疹を起こしたことがあり、そのせいで効く解熱剤がもらえない。2週間前から咳も出始め、それが止まらないでいるうちに、昨日打ち合わせのために別ビルに外出後、急に気分が悪くなり、昨日は早めに帰った。

その後、ひどい目に遭った。帰宅後、すぐ布団にもぐりこんだはいいものの、全身が震え始めて、トイレに行くのも一苦労。あまりにガタガタ震えるので、体温計で計ってみたら、38度5分もある。物心ついてから自分の体温としては初めて見るような数字である。平熱が低く、今までほとんど熱を出したことのない私が、8度以上の熱を出したのは、子供の頃も含めて3回あるかどうか・・。震えと緊張が止まらず一睡も出来ずに朝を迎えてしまった。

朝の体温は38度6分。立ち上がるのも困難で、トイレに行くのがやっと。やむを得ず会社を休むことに。そんな状態だから、医者にもいけずにずっと寝ていて、午後4時半くらいになってから、熱がようやく37度5分まで下がったので、冷たい雨の中、近所のお医者さんへ。たどり着いたはいいものの、座ってられずに待合室のソファーの上で崩れていたら、私の前にストーブが運び込まれ、コートの上からバスタオルをかけてもらって順番を待つ。

ここの先生は私より1歳下ぐらいなのだが、大変な美人で、山口百恵さん似だが百恵さんより美人だ。いつも鍼灸治療を保険扱いにしてもらうためにかかっているので、具合が悪くて診てもらうのは初めてかもしれない。だが診察を受けていて、あらためて「この人、出来るなぁ。」と思った。「犬夜叉」に頭を毒されている私にとって、この女医さんは、強力な巫女「桔梗」みたいに見えて仕方が無い。自分とほとんど同い年だっていうのが悔しいところではあるのだが。

鼻に長い綿棒をつっこまれて、インフルエンザかどうかの検査をしてもらった。結果が出るまで、診察ベッドを借りて横になっていた。幸いインフルエンザではなかったが、ここ近隣で流行っているたちの悪い風邪だという。今飲んでいる薬を全部持っていって、新しい薬を処方してもらったが、やはりボルタレンアレルギーということで、頓服はもらえず、総合感冒薬と抗生剤とロキソニンで頑張ることに。(私の場合、ロキソニンは大丈夫なのだ。。。何故か。)

だが、飲んで実感した・・・この先生の処方薬はボルタレンなしでも効く・・・・。何で鍼治療の同意書だけのために10年も通っていたのだろう。(コレを飲んで翌朝には、平熱に下がっていた!)
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瓦煎餅の顔

2009-02-26 23:31:25 | 食いしん坊レビュー
風邪でぶっ倒れて、しばらく日記の更新が止まっていました。
ようやく起きれるようになったのですが、集中力が今ひとつ。
とりあえず過去日付で、どーでもいい記事をアップしておきます。

これは、最近前の部の後輩からお土産としてもらったもの。
人形町で売っているそうです。

瓦煎餅に描かれている顔、一瞬だれだか分からなかったのですが、現首相だそうです。ちょっと微妙ですね。

お味の方は、ナイス! おいしくいただきました。
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【読書録】そーなんだ!科学編18

2009-02-25 23:19:10 | 読書録
本巻で私の心の琴線に触れたのは石鹸の話。ま、このブログでも入浴グッズマニアコーナーをやってる私にとっては避けて通れない話ではあるのだが。

石鹸は簡単に言ってしまうと、油脂をアルカリで煮たもの。今から考えると、大昔は、「こんなもので汚れが落ちるのか」と思うようなもので洗濯をしていたわけだが、紀元前3000年ころのメソポタミアでは、木の灰にさまざまな油を混ぜて煮て石鹸をつくっていたという。木の灰も確かにアルカリではあるのだが。

そもそもどうして石鹸なんてものを発明したのか不思議だったけど、「「ソープ」の語源」というコラムを見て納得。紀元前3000年ころの古代ローマのサポー(Sapo)という丘の神殿でいけにえのヒツジを焼いていたところ、肉の脂が燃やしていた木の灰の上にしたたり落ち、その灰が良く汚れを落とすことがわかって珍重されたことに始まるらしい。

最初に「油を吸った灰でものを洗ってみよう」と思った人、すごいな。我々でも、たとえばバーベキューとかやった後の灰で、モノを洗おうと思う人がいるだろうか。それとも灰を入れていた器を洗っていて、汚れが落ちることを発見したのかな?
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【読書録】そーなんだ!社会編17

2009-02-24 23:11:33 | 読書録
この巻で面白いと思ったのは、野球のルールの歴史の話。

野球はクリケットから生まれたのかと思ってたが、直接の原形になったのはタウンボールというイギリスの女性用の球技だったんだね。

アメリカの開拓民がそれぞれの町で独自のルールでタウンボールをやってて、それが野球に発展し、1845年ごろにA.カートライトという人が統一ルールを考えたんだそうな。

その時の野球のルールは、投手は下から打ちやすいゆるいボールを投げるのがルールだったということで、むしろ打たせる球技だったんだね。そもそも野球の原形となったタウンボール自体が、ゆるい球を打つゲームで、誰でも参加できたから人気があったということだ。

うーん、タウンボールの方がやってみたいような。。。
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ルドラクシャ(菩提樹)の数珠(インド)

2009-02-23 23:56:01 | 禁断のオカルト部屋
ふっふっふ・・私は知る人ぞ知る数珠マニア。

今までこのブログでもイスラム教の数珠とかチベットの骨数珠とかを登場させたおり、数珠にまつわるウンチクを述べてきたが、世界三大宗教の数珠(ロザリオ)の原点は、インドのバラモン僧が使っていた数珠なのだ。

十二年前にトルコ旅行から帰ってきて以来、元祖ヒンドゥー教の数珠が欲しいというささやかなる野望を抱き続けていた。(何てくだらない野望だろう。)カンボジアに行った時、もしかしたらヒンドゥー教の数珠が手に入るかもしれないという淡い期待を抱いていたのだが、現地にはアンコールワットなどのようなヒンドゥー教の遺跡はあっても、現在信じられているのは仏教。しかも彼らの小乗仏教では通常数珠は使わないのだ(日本人向けのお土産の数珠はあったけどね)。


やはりインドに行かないとヒンドゥー教の数珠は手に入らないのだろうか。私が再びインドに行ける日はいつになることか・・・とほとんどあきらめていたのだが、先日ガンジーサンダルを買ったインドの通販サイトで、ガンジス川のほとりの都市バラナシでヒンドゥー教の巡礼者向けに売られているという菩提樹の実で作られた数珠を発見し、狂喜して買ってしまった。(これもお誕生日価格で。)

菩提樹の実って、何か胡桃みたいだな~。ちょっと興味を持って調べてみたら、菩提樹って意外に紛らわしいということがわかった。

私は以前インドに行った時、菩提樹の木を沢山見たが、葉っぱがハート形っぽいのがとても印象的だった。それはインドボダイジュと呼ばれるクワ科の植物で、この木の下でお釈迦様は悟りを開かれたのだ。

一方、「♪泉に沿(そ)いて 繁(しげ)る菩提樹~」で始まるシューベルトの歌曲「菩提樹」で歌われているのは、入浴剤クナイプの香りの一つにもなっているLindenbaumという木で、こちらも菩提樹と呼ばれるが、葉っぱがインドボダイジュに似ているだけで、シナノキ科の別の植物。

ところで、お釈迦様ゆかりのインドボダイジュの種は小さくて、とうてい数珠にできるような代物ではないそうだ。じゃぁ、インドで「菩提樹の数珠」として売られているものは何なのかというと、インドジュズノキとかジュズボダイジュとよばれるホルトノキ科の木の種子なのだそうだ。

まぁ、材料などどうでもよいではないか。こういうものは気持ちが大事。ガンジス川のほとりから運ばれてきたというこの数珠をありがたく手にとって繰ってみる。何て素朴な手触り・・・。珠の数が108つであることを確認した私の手の指は、数珠を染めた染料で、真っ赤に染まり上がっていた! さすがはインド!

さて、さらに解説を探してみると、ジュズボダイジュ(金剛菩提樹)は、インド名をルドラ-クシャといい、サンスクリット語で「ルドラ神(シバ神)の目」という意味だという。ヒンドゥー教でもシバ派は好んでルドラクシャの数珠を使うという。

彼らにとってルドラクシャはシバ神そのもの。ただ触れるだけでも罪は魔術のように洗われてしまうし、見ただけでもたいへんなご利益があり、不幸の兆しがある人からは、それが取り除かれるというありがた~いものだそうだ。

見ただけでもご利益あり・・・ということなんで、このブログを見た人はラッキーですね。
(ま、いじると指が赤くなるんで、見るだけでもいいというのは私にとってもありがたいことですね。)
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ヴェルレク本番

2009-02-22 21:46:35 | ただの日記
さて、実質1ヶ月半ほどの練習期間で突入したヴェルディのレクイエム本番。天気は良いけど、なんか花粉真っ盛りだなぁ。本番中にくしゃみとか咳とかでたらどうしよう。

ヴェルレクは非常にエネルギーを使う曲で、昨日のゲネプロで休みなしで一回通しただけで疲れてしまい、練習早めに終わったのに、そのまま寝てしまって起きたら朝になっていた。少し自主練してから本番に臨みたかったのにちょっと心配。

朝のリハーサルでは全曲通さずに、ポイントをつまんだだけ。個人的にはこういうパターンの練習の時に、本番で思わぬ失敗をすることが多いので、こういう面でも心配ではあったのだが、本番が始まってから集中力が高まり、そんな心配もウソのように消えた。

思えばこの演奏会ほど、呼吸を意識しながらヴァイオリンを演奏したことはないかもしれない。歌や管楽器は呼吸しなければ演奏不可だが、弦楽器の場合は呼吸がバラバラでも音だけは出る。でもそれじゃいけない。そういう楽器だからこそ、呼吸を意識してやらなきゃいけないのだと実感しつつ、指揮者・ソリスト・合唱と呼吸を合わせながら、自分も歌っているような気持ちで弾いた。ここらへんは歌ったことがあるという経験が財産になっているかも。

第一曲目のRequiemで、いつも何となく合わないところが本番ではバッチリと決まった。これはいけるぞと、全身全霊を込めてDies iraeに臨む。まるで自分がチェロ弾きにでもなったかのように錯覚しながら、両足を踏ん張りながら、三重音を一気に弾きおろす。オケも合唱もいつもに増して勢い良く、メリハリの利いた演奏になった。

長い長いDies iraeが終わったときには、一仕事終わったかのような疲労を覚えたが、そこで休むことをこの曲は許してくれない。ソリストの息の流れを意識しながら、Offertorioを繊細かつ伸びやかに弾くことを心がけ、ページをめくってSanctusの文字が見えた時は、後半戦に無事突入できた安堵感を覚えた。

難しいSanctusを終え、Agnus Deiで癒され、Lux aeternaに光を見出し、最後の見せ場のLibera meで締める・・・。アカペラの合唱も決まり、ひときわ高いソプラノの♭Bのあとは、大好きなLibera meのフーガ。おしまいにかけて、力の限り盛り上がったあと、水のように、空気のように澄み渡った厳かなLibera meで皆の気持ちが一つになり、しーんと静まりかえった中で演奏が終わった。

演奏後、一呼吸ほどの静寂を破って、ブラボーの連呼が沸き起こった・・・。お客さまにここまで盛り上がっていただいたのって、久しぶりのような気がする。何回も何回も続いたカーテンコール。そして、嬉しそうなマエストロの顔・・・。何かこの先生を見ていると、自分の嬉しさより、先生が喜んでいるのを見るのが嬉しいというような気になってくる。短期間ではあったが、練習のたびに「言い得て妙」とも言うべきギャグ交じりの的確なご指摘をいただき、この先生に付いて行けば必ずいい演奏が出来ると、信じた通りの出来になって嬉しかった。

ロビーでの合唱団と合同の打ち上げでも、ソリストの先生方のあいさつで、テノールの先生が「口下手なので、歌を一曲」と称して突然O sole mioを歌い出し、身体中で喜びを表現してくださったあと、ベースのソリストの先生が低音の魅力をバリバリに利かせながらフランク永井の「おまえに」を歌ったりと、演奏会後の打ち上げでは見たことの無い光景が繰り広げられた。我らがオケのホルンパートも突然ホルンアンサンブルを始めるなど、なかなか良かったなぁ。

来週オフが一回あったあとは、今度は夏に向けてメンデルスゾーン尽くしだ。本番成功の喜びがあるからこそハードな練習スケジュールにも耐えていけるのだ。今度もがんばっていこう。
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ガンジーのサンダル(インド)

2009-02-21 23:12:08 | 身近なちょっと可愛いもの
大学四年の卒業前に、友人が「河童が覗いたインド」という本を貸してくれたことがある。その妹尾河童さんの本は、その後の私に大いに影響を与えてくれた本なのだが、そこに載ってたイラストの一つに、マハトマ・ガンジーが履いていたサンダルというのがあった。

日本の草履よりさらにシンプル。鼻緒の代わりに頭に球のついた棒が出ているだけ。イラストが妙に格好良かったせいもあり、かなり感激したことを覚えている。


その、あこがれのガンジーサンダルと同じ型のものを、まさか自分が手にすることがあるなんて、その時は思わなかった。

私が気に入ってよく覗いているネットショップで、インドの雑貨屋さんがあるのだが、毎年誕生日近くになると割引価格で買えるようになるのだが、今年も自分へのプレゼントを兼ねて、いくつかくだらないガラクタを買った。これがその1つ。735円だったのだが、思いがけずガンジーサンダルを見つけて買ってしまった。

裏はかかとがほとんどなく、ぺたぺたな感じ。日本の昔の旅館のトイレとかで見かけるサンダル(つっかけ)でもこれよりは立派だろう。


手に取るのはおろか、履いてみるなんて夢のまた夢だと思ってたのだが、念願かなって履いてみることが出来た。さすが外国のものだけあって、自分の足の形に何となく合わない・・・、というレベルの話じゃなくて、立ってるだけで痛いんですが・・・。

日頃、ほとんど異物が挟まることのない、足の親指と人差指の間に丸太にようなものが挟まっているので、普通に立っているだけで指の間が痛い。歩いてみると、やわらかい畳の上なら何とか歩けるが、固い床の上に出ると、猛烈に違和感が。確かに私が買った通販サイトでも、「実際に使えるようになるまでにトレーニングが必要です」みたいなことが書いてあったなぁ。レッスンの時なんかにおちゃらけで履いていってみようなどと考えたが、とても無理そうだな。

これが、もしこの痛みをこらえていることが健康によい・・とか、痩せる・・とかいうことなら、話は違ってくるのだが、どうだろうか。

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【読書録】CDでわかるヴァイオリンの名器と名曲

2009-02-20 23:37:31 | 読書録
「CDでわかるヴァイオリンの名器と名曲」
 
田中千香士 編著 / ナツメ社
【おすすめ度】★★★★☆

これは、なかなかよい趣向の本だったなぁ。ヴァイオリンをやってる人でないとピンと来ないかもしれないし、個人的にはもっと突っ込んで欲しい部分もあったのだが、アマティやストラディヴァリ、グァルネリ(デル・ジェス)、グァダニーニなどがカラー写真でいろんな方向から鑑賞できるし、CDの中にはパールマン、コーガン、サラ・チャン、ズッカーマン、メニューイン、チョン・キョンファなどの名演奏家の演奏サンプルも入ってる。

特に面白いと思ったのは、ヴァイオリニストの漆原啓子さんによるストラディヴァリとモダンヴァイオリンの聴き比べコーナー。比較対象のモダンヴァイオリンはヴォルマッジア・ヴィットリオとマリオ・ガッダ。ヴィットリオはわからなかったが、ガッダは御茶ノ水あたりで280万円の値がついているのを見つけたから、それなりによいヴァイオリンである。

漆原さん所有(貸与されているのじゃないところがすごい)のストラディヴァリは、ストラディヴァリの第一作目と言われていて、アマティの工房にいた時の作品だから、アマティの影響を受けて胴体の膨らみが大きい。比較対象となっているモダンバイオリンは、普段弾いている楽器ではなくこの本のために初めて弾いたものということは考慮に入れる必要がある。

それでも、モダンヴァイオリンの音を聴いたあとにストラディヴァリを聴くと、頭蓋骨の周りの筋肉の緊張がふっと取れ、脳の奥の方まで音が響いてくるのが分かる。重音になると特に違いが出るようだ。もし生で聴いたらもっと違うんだろうな。

また漆原さんが語っておられることが、さらに面白い。そのストラディヴァリは漆原さんが入手する前は長らく(100年位?)眠っていた楽器のようで、7年弾き込んでやっと花開いてきた感じだという。決して大音量が出ているわけではないのに、オーケストラと弾くと、オーケストラよりも音がよく伸びるんだとか。ステージ上では大きい音がせず、広い会場で弾くと、遠くへ行けば行くほど伸びていくという。不思議だなあ。(11月にアルプホルンと一緒に演奏した時、アルプホルンがちょうどそんな感じだったけど。)

そんな花開いてきた愛器でも、40~60分弾いてやっと音が開いてくるという。毎日弾き込んでいるプロのヴァイオリニストですら最初は音が鳴らないのだから、私のヴァイオリンももっと沢山弾いてあげなきゃ可愛そうだ。

この本を通じてちょっと興味を持ったのはアマティ。同じアマティでも胴の膨らみが大きいタイプとそうでもないタイプがあるんだね。できればアマティとストラディヴァリとデル・ジェスの弾き比べを聴きたいんだけど(同じ弓で同じ演奏者で同じ曲で)・・・なんて贅沢すぎるかな。アマティなんてもうめったに聴けないのかな。
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「犬夜叉」全巻読破!

2009-02-19 23:57:31 | 読書録

ここ2ヶ月ばかし、待ちに待ってた「犬夜叉」の最終巻が昨日発売になり、飛びつくように買って、読んで、読み返して、また読んで・・・ああ、とってもイイお話だったわ。

この漫画の連載が始まった12年前、私はOLのくせに、毎週、週刊少年ジャンプとサンデーとチャンピオンを買っていた。今は少年誌はやめて、スペリオールとプリンセスゴールドにしている!・・・って威張って言える話なのかそれは? だいぶ大人になったつもりだけど、12年前と同じようなことで悩み、落ち込む毎日だ。

そんなことはさておき、全巻ソロえた私も、ずっとコンスタントに買っていたわけではない。30~45巻目あたりは、買ったり買わなかったりで歯抜けになっていたのだが、秋あたりにこのブログにも書いたお気に入りの漫画の連載が終わってしまって、寂しさのあまり本屋で何気なく「犬夜叉」の最新の数巻あたりを読んでみたら猛烈に面白くなっていることを発見し、再び真剣に読み始めたのだ。特に主人公「犬夜叉」の異母兄「殺生丸」の魅力が、巻を追うごとにグーンとアップ! もー殺生丸さま見たさで、欠けていた巻を全部買いまくり、1巻目からもう一度読み直し、殺生丸さまのところばかり何度も読み返し、挙句の果てに、Webで殺生丸さまファンサイトを探して楽しんだり、いい歳のオバサンとは思えないようなここ2ヶ月間だった。そうそう、私がハマり始めた頃、ウィキペディアでもうこの漫画の連載が終わっていたことを知ってがっかりしたのだった。そして下馬評で1月18日に最終巻が出るぞーという話があったので、当日本屋に駆け込んだら無くて、1ヶ月間お預けを喰らったような気分だったわ。

最終巻はさすがに犬夜叉本人とかごめちゃんが本領を発揮してくれた。想像していたよりも奥深い内容だったし、エンディングもさわやかで気に入ったなー。

さて、なるべくネタばれにならないように、最終シーン以外のお気に入りのシーンをいくつか挙げてみると、こんな感じかな。

1.神楽ねえさんの、「私は風だ、自由な風だ!」のところ。殺生丸とのツーショット。38巻目。

2.殺生丸のお母さん登場。りんちゃん絡みで慈悲の心を獲得する殺生丸さま。47~48巻目。

3.殺生丸、ついに自分の刀、爆砕牙を得る。犬夜叉との緊張関係も新たな展開に突入? 52巻目。

4.子狐妖怪の七宝ちゃんと犬夜叉の絡みのシーン。犬夜叉は七宝相手だとボケ担当になる。宿り蛹に憑かれていたずらしまくりの七宝ちゃんに振り回される犬夜叉(34巻目)、狐妖術昇級試験で犬夜叉を化かしまくる七宝ちゃん(51巻目)。

5.犬夜叉と妖狼族鋼牙くんとの絡み。「痩せ狼」「犬っころ」と揶揄し合うライバル関係ながら、結局助け合っている。らんま1/2の早乙女乱馬と響良牙の関係に似てるかな。かごめが天道あかねで・・・。47巻目で「おまえも行っちまうのか」とつぶやく犬夜叉が可愛い。

6.現代のかごめの家で掃除を手伝ってる、犬耳をバンダナで隠した犬夜叉が、かごめのクラスメートに見つかるシーン。犬耳さえ隠せば、銀髪オレンジお目目の犬夜叉はハーフに見えるらしい。ま、人間と妖怪の間に生まれた半妖だから、ハーフと言えないこともない。クラスメートに好感をもたれている様子にかごめは少し満足気(34巻目)。

・・・・

ま、単細胞でカワイイけどいざと言うときに男らしさを発揮する犬夜叉と、誇り高いクールビューティーな殺生丸さま、本当は一番強いんじゃないのか、かごめちゃん、スケベで賢いワカゾー法師・弥勒、強いけどナイーブな女性・珊瑚、ストーリー展開のスパイス役の七宝など、魅力的なキャラが沢山登場するこの漫画。終わってしまったけど、しばらく余韻に浸っていよう。
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ポテトチップスでオムレツ!

2009-02-18 23:16:24 | 下手くそ料理帖

最近どっかのテレビ番組で紹介されたらしいのだが、ポテトチップスでつくるオムレツというのがあるらしく、某先輩の日記を読んでてソレを発見し、猛烈に作りたくなった。

近年、ポテトチップスの味の種類のバリエーションは増加の一途をたどっており、コンビニに行っても目移りしてしまうほど。とりあえず何味でトライしようかしら・・・と思ってる私の目に飛び込んできたのが、この「手羽先唐揚げ味」! 最初だからもっとプレーンなので試せばいいのにさ、ついついめずらしモノ好きなんで即お買い上げ!

ひょっとして、そのまま食った方が美味かったりして・・という邪念がよぎらないでもなかったが、そこはガマンガマン。番組見てないんで、どのくらいの量で作ればいいかわかんなかったんで、テキトーにやってみた。

・卵3つ
・ポテトチップス、ざっくり2つかみ(この袋の半分くらいは使ったな)
・牛乳大さじ1杯

ポテトチップスを粗めに砕いて、牛乳をふりかけてしんなりさせ、溶き卵と合わせて焼くだけ。フライパンの上に中身をあけると、卵と牛乳を吸ったポテトチップスが自然と真ん中に集まるんで、シンプルに二つ折りにして、ケチャップをかけてみた。

美味いじゃん!

手羽先唐揚げ味大正解!

スパイシーなのがイイみたい。色んな味で試してみたいな。
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六波羅蜜寺の悪病退散お守り

2009-02-17 23:21:05 | 禁断のオカルト部屋
京都から帰ってきて引いた風邪がぐずぐずと続いているうちに花粉症に移行し、ずっと鼻がおかしかったのだが、日曜日になって咳が出てきた。だから日曜日は一日寝てしまったのだが、全然良くならない。昨夜は夜中にタンが絡んで目が覚め、眠れない夜を過ごした。またそういう時には、やっと眠れても変な夢を見るわけだが、よりによって愛用のバイオリンがどっかに行っちゃう夢を見てしまった。

・・・バイオリンを置き忘れて、慌てて取りに帰ってケースをあけてみたら、タイの長い胡弓に化けていた・・しかもオンボロの。うそだうそだ・・と思って、もうちょっと向こうにあるケースを開けてみると、板がはがれてボロボロになってて、ピンク色の蛍光ペンの汚い文字で「お前のバイオリンはこれだ」とか書いてあった・・・えぇぇぇっ?・・私のバイオリン盗まれて、すり替えられちゃったの~? 今週末本番なのにどうしよう。・・・・

最近具合悪くて練習不足気味なのに加え、他の楽器に手出したりしてるから、こんな夢を見たのだろうか? とにもかくにも、ちゃんと起きてバイオリンの無事を確認して本気でホッとした。

職場の診療所に行ったら、案の定、花粉症の薬はグレードアップされた。咳止めももらってきたが効果は気休め程度だねぇ。女子トイレの中で「私は負けない!」と叫んでいる子がいて、イジメにでも遭ってるのかと思ったら、「花粉症に負けないぞ」宣言だった。気合で治るモンなら苦労しねぇよ・・・かえって疲れてしまった私であった。

☆ ☆ ☆

ムダ話はさておいて、今日は先日京都の六波羅蜜寺に行った時、買ったお守りのご紹介。五色の糸がついてるのが可愛いなと思って買ったのよねぇ。今、プリンセスゴールドで連載してる「縛り屋小町」っていう漫画読んでてさぁ~、神器である五色の糸の繰り手に選ばれた若い男女達が活躍するわけよ・・ここまで書いててゴレンジャーみたいジャンとか思っちゃったのだが、テイストは全然違ってて、あくまでも陰陽師モノっす。。。

そういう漫画のノリでお守り買うなんて超邪道だよね。よくみたらコレ「悪病退散お守り」なのに、全然風邪が治らないのは私が不謹慎だからだろう。

折角なんで封を開けて・・どこの付けようかな。バイオリンケースいろんなもの付けすぎでジャラジャラなんで、トランペットケースに付けようかな。またバイオリンが妬いて、私に悪夢を見せるかも。
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【読書録】そーなんだ!科学編17

2009-02-16 23:44:12 | 読書録
本巻でへぇ~ぇと思ったのは「本能」の話。ネコにとってネズミは、獲物として先天的に認識されているわけではない・・んだそうだ。

目の前をチョロチョロし逃げていこうとするから、猫の狩猟本能を刺激するわけで、ネコとネズミをいっしょに育てれば、彼らは仲良く暮らすことができるんだとか。

この話を読んでるうちに、いろんなことを連想してしまった。

・野生のライオンと出くわした時に、逃げると必ず襲われて殺されてしまう。逆に向かっていくと生き残れる可能性が出てくる・・云々という話を読んだことがある。ネコ科動物だから、行動原理は同じなのかな?

・アオダイショウにエサとして与えたハムスターが、アオダイショウを怖がらなかったことからお友達になってしまったという話をテレビで見たことがある。ネズミがエサになってしまうか否かは、ネズミの行動にかかっているわけで、天敵とも友達になれる可能性を持っているという点で、ネズミは意外に賢い動物?

・人間はライオンやトラとどこまで友達になれるのだろう。飼育係さんでもたまに襲われる例があるから、やはり心を許した友達にはなれないのだろうか、・・・と思いつつ、ネコ科好きの私としては、それでもネコ科動物のフサフサした毛皮に包まれてみたい・・インドの女神のドゥルガーのように武器を携えて虎の背に乗りたい・・・などという幻想から逃れられないでいる。ミルクを飲んでいるライオンの赤ちゃんの写真を待ち受け画面にしている私は、昨日もライオンの赤ちゃんが檻を飛び出して自分の前に着地した夢を見てしまったのであった。

などなど・・・、時折り頭があさっての方向に。

ちなみに私がホームステイしていた家では、冬は犬と猫がくっついて一緒に寝てた。横になったワンちゃんのお腹の前で猫が丸くなって寝てる・・って感じ。ただ私は寝ぼすけだから、一緒に寝てる現場をついに押さえることが出来なかったのよね。確認したのは家族の話と状況証拠だけだったけど。
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一日中寝ちゃった

2009-02-15 23:31:33 | ただの日記
具合が悪くて、食べるために雑炊や、インスタントラーメンや、ホットケーキミックスにココア飲料パウダーを混ぜて上の写真みたいなやつを作る時間以外はほとんど寝てしまった。

こんなに寝てるのに、まだまだ寝たりない感じ。
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春本番

2009-02-14 23:53:59 | ただの日記
最近、早春っていつなんだろう?と思う。

「春は名のみの風の寒さや~」と歌われるごとく、立春を過ぎてからもしばらく寒いというのが小さい頃の記憶だったが、最近は1月中ごろから花粉を感じている私にとっては、立春すぎたらもう完璧春だ。今日は特に暑い。通りすがりに、わが世の春と咲きほこる紅梅を見つけて、思わずワンショット。携帯カメラなんで画質がいまひとつなのが残念。


今日は、朝トランペットのレッスン。先週は先生がお休みで、今週から正式レッスンなのだが、一週間休んだだけで、調子が出ないなぁ。一番最初のレッスンでとっぱじめに音がちゃんと出て以来、スラーである程度ドソドソド~と倍音が吹けるようになった以外はあんまり進歩がないような気がする。もう少しクリアな音が出したいのにな。どうも唇に力が入りすぎているらしい。息の吸い方も足りないらしい。吹くときは手前にこもってしまうのではなくて、前に息が通るように吹くのだと。最近楽器屋さんで初心者用のビデオを2本買って来たから、それも見て勉強しようかなぁ。

バスで家まで帰ってきて、楽器と楽譜をバイオリンのものに持ち替えて、再びバスでオケ練に向かう。この時まちがった楽器を持っていないことを家を出る時にちゃんと確認しないと、マジで間違えそう。早いもんで、来週がもう本番だ。今日も合唱・ソリストとの合わせ。2時集合で7時ごろまでやってたから、結構長丁場。疲れた~。でもまだまだだ。出来てないところを取り出して、来週までにちゃんと仕上げなきゃ。
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