エッセイ 谷川岳の珈琲 (3) 【自由課題・季節】 2017/9/29
悪天候の中、谷川岳に登り始めたがすぐに断念し、途中で安藤さんが入れてくれた「谷川岳の珈琲」を飲み、知り合いがいると言う水上に行くことになった。
「少し変わった人だけど、とってもいい人」安藤さんのてきぱきした言葉に、よく事情が呑み込めないまま、ついて行くことにした。
雨が本降りになり、人影のない駅で長い時間を待ち、やっと来た電車に乗って水上駅に降りた。
安藤さんはホームで人を探していたが、「行こう」と言って駅の裏通りにあるアパートに行き、慣れた手つきで鍵を探し、自分の家のように入った。
古い部屋の中は、安手の座卓と座布団が何枚も積んであった。
「ここは皆のたまり場なの」、皆とは山岳会のことらしかった。
部屋の持ち主はちゃんと居るが、登山の途中、天気の急変などがあった時は、何日でも泊まる人がいるのだと言う。
温泉の観光客で賑う駅は、駅弁を売る人が大勢いてその一人が部屋の持ち主だと言う。
しばらくして、その人が帰ってきた。
若い人かと思ったら年配の男性で、安藤さんの紹介を笑顔で受けてくれた。
その人は、水上温泉の大きなホテルの仕出し駅弁を売っているので、いつもお客さんが使った後の温泉に入るとか。
「夜、遅くなったら温泉に連れて行くから、ひと眠りして待ってて」と言い、「商売、商売」と言いながら出かけて行った。
遠い日のことなので、あの晩のことや、次の日はどうしたのかが思い出せない。
後日、その人と、東京で飲みましょうと約束をしていたので、新宿の居酒屋に四人で集まった。
「ここに来る前、山岳会の若い衆が、パンツをプレゼントしてくれたよ」と言って、紙包みを広げ、色とりどりのパンツを見せてくれた。