Ommo's

古い曲が気になる

わたしは、電気店の孫

2014-12-20 | 日記・エッセイ・コラム

 

 

 夕方に起きて、朝までパソコンのまえにいる、という、トンデモない生活をつづけている。父親のクレージーな生活時間につきあっていると、こうなる。

 老人が、老人を介護する。これは、けっこうキツイ。

 母とならまだしも、父親と二人で暮らす。それも半世紀ぶりくらいに…………。これは、つらい。ほんと。

 

 老人になって、老父と二人で暮らす。これくらい、この世で鬱陶しいことはない! 十代の後半、ただただ、父親から離れたくて、この町を出て都会に行った。だが、40数年もたって、その大嫌いな男と二人だけで暮らす。

 

 二十歳のとき、故郷に帰ってきたのは、母の仕事の、レコード屋を助けたかったからだ。母は、帯広ステーションデパートのレコード売り場の店長だった。(父が、このレコード店・サウンドコーナーの社長ということだったが、父は義理の兄と設立した会計事務所の共同経営者で、それで十分な収入があって、レコード店は、彼には趣味だったようだ。いまの、わたしの深夜の雪かきのようなものかな?)。

 

 わたしの継母は、要藤電気店の長女で、わたしは母の実家の電気店で、小学生のときから毎日のようにレコードを聴いていた。むかしは電気店の中にレコード売り場があったのだ。

 北海道・帯広で、ラジオ放送は、NHKとHBCで、洋楽の番組などまったくないとき、わたしは、母の実家・要藤電気店で毎日、学校帰り、洋楽の新譜を聴いていた。

 

 実母とは、7歳のときに別れたが、10歳とき会った継母は、厳しく優しい、みごとな母親だった。よく叱られたものだ。

 その母が、直腸ガンの手術をして4年、抗がん剤治療も放射線治療も、やめた、と、言った。だから、2012年、北海道に、帰ってきたのだ。母の最期の日々を一緒にいたい、と思った。

 

 だから、いま、父といるのは、想定外だな。

 男は、自分の末路を、自分で考えて、やる。というのが、わたしの考えだから、老父の甘えた生活が、わたしには、あまり理解できない。

 

 真夜中にまた、完全防備で除雪をする。

 星が、綺麗だ。

 

     

アフリカの女王 [DVD]
ハンフリー・ボガート,キャサリン・ヘップバーン
アイ・ヴィ・シー

 

『アフリカの女王』がおもしろい。

高校生のときか、大学生のときか、観たときはちっとも面白くなかったのだが…………。