☆心に留まった光景☆

ささやかな感動した景色、出来事を載せてゆきたいです。

南禅寺界隈

2015年10月03日 | Weblog

午後は地下鉄の蹴上駅で降りました。そばに動物園が有るので地下に素敵な絵がありました。
上に出ると向かい側に「ねじりまんぼ」と言うトンネルがあり、通りました。
「まんぼ」は地元の方言でトンネルの意味で、積まれたレンガがねじれて見えることからその呼ばれたそうです。
トンネルをくぐると道の横は沢山の水の流れがありホットします。

    

東山の麓のゆったりした道を歩くと9月30にまでの公開の南禅寺の塔頭の「大寧院」に入りました。
明治時代に廃仏毀釈でこの
辺り一体は民間に払い下げられて別荘地となたそうです。
大寧院跡も転々と持ち主が代わり最終的に茶道の家元藪之内家のものになりました。
第十一代当主 透月斎竹窓紹智が琵琶湖疏水を引き込んだ池泉回遊式庭園を作りました。
しかし2004年、百数十年ぶりに南禅寺の所有に戻りました。
             
境内の広さは470坪。庭園内には茶室「環翠庵」があります。
    
 
 その後南禅寺を見て、奥に行くと突如琵琶湖疏水の素敵なレンガの陸橋が現れびっくりしました。
          

琵琶湖疎水は都が京都から東京に変わって、京都の活力が衰えてきたのを憂いた京都府知事北垣国道
産業の振興を図るために商業用水力発電所の開発を計画しました。
この計画の主任技師は東京大学を卒業したばかりの田邉朔郎(当時21歳)が中心となり、貧弱な機械・材料で
明治24年に日本最初の商業用水力発電所が稼働しました。明治45年4月蹴上浄水場が完成しました。
当時の一日の最大給水量は約3万立方メートルでしたが,今日で築は一日最大給水量も約70万立方メートルだそうです。
京都市全体に豊かな水が流れているのは この琵琶湖疏水のおかげと思いました。
昨年スペインで見た 古代ローマ時代にかれたタラゴナ水道橋を思い出しました。1600年ほど昔かな。

その永観堂まで行くと4時過ぎていて閉門で少しではいれず残念です。
東山中学生がこの南禅寺の端にある門を通って帰っていました。
南禅寺の中を通って帰るほうが近いのかな?こんなに良い景色の中を通って帰るのが良いなと思いました。
   
平安神宮を見た後、神宮の大鳥居の辺りのセブンイレブンやローソンのお店の前が違って見えました。
駐車場の線があるのに、車の代わりに机と椅子が出ていて、みんなが買ったものをそこで食べています。
コンビニのコーヒー等を食べながら景色も見れるようにした京都らしいコンビニの形かな。

京都は美味しいものが多いのか、店から出てきた人が歩きながら美味しそうに食べていたので、その店に入り買いました。
シュークリームの中身をその場で詰めてくれたのでクリームが冷たく美味しかったです。
     図書館 

夕暮れ時の図書館は部屋の電気がついて素敵でした。

とらやさんは天皇が東京に行った時に、即一緒に東京に転居しましたと大寧院で、ちょっと皮肉ぽい説明を受けていました。
とらやは東京のお菓子と思っていたので、御所の向かい側のホテルのそばにとらやさんを見つけてびっくりしました。 

             
夕食は御所そばのホテルのおばんざい料理でした。 

コメント (2)
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