☆心に留まった光景☆

ささやかな感動した景色、出来事を載せてゆきたいです。

フラワーアレンジメント・坐骨神経痛・森の木々で作るマスコット

2022年12月25日 | Weblog

秋祭りでフラワーアレンジメントの講習会を見て、家の近くなので習う事にしました。
フラワーアレンジメントとは、 器の底に敷いた吸水フォームに花を挿していき、飾り付けること を意味するそうです。
生花の長さや組み合わせを、自分でサイズを自由にデザインすることが可能だそうです。
12月の初旬はクリスマス用のアレンジメントです。クリスマス風で素敵になりました。
あっという間にクリスマスが来ておいしい料理で乾杯。
クリスマスは3年続けて同じレシピで1羽を丸焼きました。これは最高に美味しい味と思います。
私は今年はスペアリブを焼きました。
   まる su
12月27日はお正月用のフラワーアレンジメントです。
花を見て自由に自分風にフラワーアレンジメントする事は私には合っる気がします。
花の後ろの雲流柳が金色でとてもお正月らしいのですが、上手く写真に撮れず残念。
この花一式は結構な重さと、崩れないように持って帰るのは大変でした。

関東は丸餅が売ってないので、パン焼き器でお餅をついて、丸めています。

もち米10合で2回つき、50gの丸餅が70個出来ました。
       
年の瀬は毎年大船までお正月の買い出しに行くのが通例でしたが、
今年は色々忙しく、近くのマーケットですべてを買いました。
八ツ頭と言う芋が、ちゃんと売っているのに驚きホットしました。
でも芋の大きさが半分かな、大分小さい。

年末が忙しくなった理由は、私が坐骨神経痛になったせいです。
12月の10日目辺りで、朝起きると布団の中で体を動かすたびにビリビリ痛みが走りました。
朝風呂が良いのではないかと思い、早々に朝風呂へ。
ゆっくり入った後は普通に動けてホットしました。
でも次の日も朝布団の中で体の向きを変える度にビリビリの痛みです。
整形外科に行き電気とアンマをしてもらっていたけど、
普段の生活でも足が痛くなりブロック注射をしました。
ブロック注射しても、1日ぐらいで元に痛みに戻ります。

今日整形外科の指圧してくださる方に、
温めるだけで無くて自分で痛い所を動かして冷えた足腰を暖めなくてはと。
御節料理を作る合間に、足を上げたり下げたりや、色々とやってます。

下の写真は、少し前に近くの公園のイベントで孫が作っていました。
これを作る為の材料をこれだけ集めて下さる方がいるのに驚き、感謝です。
材料を見ているだけで楽しくなっています。

      

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増上寺、東京タワーと紅葉

2022年12月14日 | Weblog

急に娘と孫とで東京タワーに行く事になりました。
浜松町を下りて7分で、徳川家菩提樹の増上寺大門出ました。
ビルの間にあって、あまりに小さい門にビックリです。
門をくぐり細い通路を3分歩くと、増上寺三解脱門(さんげだつもん)に着きました。

増上寺は戦争で伽藍の大半が失われたそうですが、
三解脱門は戦火を免れて、1662年の立派な建物のでした。


三解脱門をくぐると昭和49年再建の大殿に出ます。
ビックリです。20年前に来た時は後ろに見えたのは東京タワーだけだったのに、高いビル群が次々と建っています。
まだ新築中かクレーン車がビルの上に見えます。
東京駅もそうですが、高層ビルが周りにドンドン出来て青い空が狭くなってます。
   
朝早くから道成寺の法被を着てお掃除をしています。3歳ぐらいの子供もいて良いですね。
大殿の北側横の脇の細道沿いに沢山のお地蔵様いました。
子育安産の西向聖観世音菩薩にちなみ子育地蔵が徐々に建立され1300体も安置されています。
色々な帽子や洋服を着て可愛いです。
地蔵様横の路地に出ると、目前に大きな東京タワーがありました。
歩いていると大殿の塀の向こうにカボチャが見えました。
娘が草間彌生さんのカボチャだと言いました。

ネットで見ると、都内各所で草間彌生とルイ・ヴィトンのコラボレーション展示をやっているそうです。
増上寺で草間彌生さんの南瓜のバルーンが浮遊していたようです。
   
東京タワーの真横に紅葉スポットがありました。
まず目に入ったのがイチョウに覆われた警察署、
その道路の向こう側が芝公園でした。
モミジが一番きれいな頃に来たようです。

   
公園隣にある目的の東京タワーに着きました。
私達は小さい孫とエレベーターで。
娘と2年生の孫は歩いて⾼さ150m、約600段のオープンエア外階段を登りました。
   
上からの景色増上寺の敷地の広さに驚きです。
増上寺の向こう側にが見えました。
東京界隈はビルばかりです。増上寺の広い敷地があるおかげで少し緑が残っていますね。
緑が少ないです。
東京タワーからバスで東京駅に着き、電車に乗って息子家族の家に行きました。
降りた駅傍のピザ専門店でランチとワインをおごってもらいました。
沢山の人が住んでいる東京は、美味しい色々な食事の店があるなと思います。
     
芝公園の入り口の3個の石畳の真中の石に、モミジの葉が白い石で埋め込んでいるのを見つけました。
モミジの大きさなので気がつかなければ通り過ぎてしまう。お洒落な飾りに目が行って良かった。

コメント (2)
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ロマンスカーミュージアム・何故昔の電車は茶色だったか?

2022年12月07日 | Weblog

半年に1回株主の配当で相鉄線無料券を6枚もらえます。
昨年はそのタダ券を使って近くの子供家族とかしわ台駅に行きました。
相模鉄道(相鉄)の車両基地・車両工場で、沢山の電車と、蒸気機関車も見れました。

今年はロマンスカーミュージアムです。
2021年4月に開館し「子ども も 大人 も楽しめる鉄道ミュージアム」小田急の歴史を後世に伝える展示場です。
まずは小田急の引退したロマンスカーを見ました。
私の住んでいる周りには小田急電車を見る事が無かったですが、
愛知県に居た時に乗っていた名鉄電車のパノラマカー、よく似ているので懐かしく思いました。

 

 ビックリな撮影方法
ロマンスカーギャラリー天井付近に設置した高画質カメラから我々のスマートフォンで操作すると写真が撮れます。
美しく迫力ある流線形の車体と並んで、子供顔族を囲んで爺婆も一緒に記念写真が撮りました。
KDDIとカシオ計算機が共同開発したカメラで
プロ仕様の構図、
特別な1枚を撮影することができるカメラシェアリングサービス「マチカメ」を活用したものだそうです。


新宿から⼩⽥原・箱根まで⼩⽥原線沿線を再現した迫力ある巨大な鉄道ジオラマは面白かったです。
   
都会、鎌倉の大仏、江の島、箱根湯本、小田原城、芦ノ湖の海賊船。
    
最後のこげ茶色写真の電車は1927年(昭和2年)に開業したときに運行を開始した小田急線で最初の車両です。
戦中・戦後にかけて小田急線で30年以上活躍した後に他社へ譲渡されました。
熊本電気鉄道で廃車となった車両を譲り受け、1983年に開業当時の状態に復元されました。
こげ茶色の車両は幼稚園の時の記憶に、大阪のJRで走っていたと思います。

「なぜ昔の電車はこげ茶色だったのかな」
パソコンで
調べました。

明治時代はカラフルな電車だったようです。
地味になった理由に2つあるそうです。
1・  明治末期に鉄道国有化で、鉄道間の競争が無くなり装いに気を配ろうとしなかった。
2・ 輸入塗装費量は高価で、国産品の低レベルな日本製ペンキで量産できる色は、灰色、茶色、黒、濃い緑色ぐらいでした。
      灰色と紅色は海軍が大量に使い、濃緑色は陸軍が大量に使うので、鉄道省が自由に使える色が茶色です。
   廉価で大量生産という条件を満たす国産品を使った精一杯の茶色化粧だった訳です。
   私鉄はもう少し選択肢があったお陰で濃緑色もありました。

電車大好きの孫のおかげで、出かけると電車を写真に撮って送ってます。
私は茶色の電車を見た時にすごくなつかしいと思いました。

コメント (2)
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