歌番号一三九八
原文 加左祢天川可者之个留
読下 重ねてつかはしける
原文 左武之与宇乃美幾乃於本以万宇知幾三
読下 三条右大臣
原文 飛止乃与乃於毛日尓加奈不毛乃奈良者和可三者幾美尓遠久礼万之也八
和歌 ひとのよの おもひにかなふ ものならは わかみはきみに おくれましやは
読下 人の世の思ひにかなふ物ならば我が身は君に後れましやは
解釈 人の世の出来事が思い通りに適うのものなら、我が身はあの御方に死に遅れはしないのですが。(なかなか、この世は思う通りにはなりません。)
歌番号一三九九
原文 女乃三万可利天乃知寸美者部利个留止己呂乃加部尓
加乃者部利个留止幾加幾川个天者部利个留天遠
三者部利天
読下 妻の身まかりて後、住み侍りける所の壁に、
かの侍りける時、書きつけて侍りける手を
見侍りて
原文 加祢寸个乃安曾无
読下 兼輔朝臣(藤原兼輔)
原文 祢奴由女尓无可之乃加部遠三川留与利宇川々尓毛乃曽加奈之可利个留
和歌 ねぬゆめに むかしのかへを みつるより うつつにものそ かなしかりける
読下 寝ぬ夢に昔の壁を見つるよりうつつに物ぞ悲しかりける
解釈 寝ている訳でもないのに夢に見るように、昔に暮らしていた部屋の壁に貴女の筆跡を見てしまったときから、貴女が死んでしまったことが現実のこととして、非常に悲しく感じられます。
歌番号一四〇〇
原文 安比之里天者部利个留於无奈乃三満可利尓个留遠
己比者部利个留安比多尓与不个天遠之乃奈幾
者部利个礼八
読下 あひ知りて侍りける女の身まかりにけるを、
恋ひ侍りける間に、夜更けて鴛鴦の鳴き
侍りければ
原文 可武為无乃比多利乃於本以万宇知幾三
読下 閑院左大臣
原文 由不左礼者祢尓由久遠之乃飛止利之天川万己比寸奈留己衛乃加奈之左
和歌 ゆふされは ねになくをしの ひとりして つまこひすなる こゑのかなしさ
読下 夕されば寝に行く鴛鴦の一人して妻恋ひすなる声の悲しさ
解釈 夕方になったので寝床に行く鴛鴦の牡が一匹にして、その妻を呼び寄せる、その鳴き声がなんとも悲しいことです。
歌番号一四〇一
原文 布无川幾者可利尓比多利乃於本以万宇知幾三乃
者々三万可利尓个留止幾尓於毛比尓者部利个留安比多
幾左以乃美也与利者幾乃者奈遠於利天多万部利个礼者
読下 七月ばかりに、左大臣の
母身まかりにける時に、喪に侍りける間、
后宮より萩の花を折りてたまへりければ
原文 於本幾於本以万宇知幾三
読下 太政大臣
原文 遠美奈部之加礼尓之乃部尓寸武飛止者万川佐久者奈遠万多天止毛美寸
和歌 をみなへし かれにしのへに すむひとは まつさくはなを またてともみす
読下 女郎花枯れにし野辺に住む人はまづ咲く花をまたでとも見ず
解釈 女郎花が枯れてしまった野辺に住む人は、秋に真っ先に咲く、この萩(芽子)の花を、待っていましたとは見ません。(ちゃんと、喪に服していますか、浮気を心配しないでください。)
注意 萩の万葉表記は芽子や秋芽子で、畿内人にはその表記が性的な匂いがする花木です。
歌番号一四〇二
原文 奈久奈利尓个留飛止乃以部尓万可利天加部利天乃
安之多尓加之己奈留飛止尓川可者之个留
読下 亡くなりにける人の家にまかりて、帰りての
朝に、かしこなる人につかはしける
原文 以世
読下 伊勢
原文 奈幾飛止乃可个多尓美衣奴也利美川乃曽己波奈美多尓奈可之天曽己之
和歌 なきひとの かけたにみえぬ やりみつの そこはなみたに なかしてそこし
読下 亡き人の影だに見えぬ遣水の底は涙に流してぞ来し
解釈 屋敷の主を失い、その亡き人の姿さえ映さない遣水の壷、その水も流れない荒れた遣水の底は私の涙で洗い流してきました。