原宿の竹下通りに行ったのは
60年近い時の中で恐らく両手ほど。
ファッションだの最新の流行だのに
ずっと疎いまま今日に至っている。
例えば中学の時、ノムラが竹の子族、
うえみはローラー族だったけれど、
「原宿」「竹下通り」などは
耳で聞くのみで足は踏み入れなかった。
聴くといえば
『ヨロシク原宿』という歌があって、
サビメロだけは覚えていて、
かつデュエットだとも認識していた。
では誰達が? となると浮かばない。
検索したら「ニックじゃがあず」と、
フザケた名前がヒットして
さらに混迷を深めたわけだが、
『欽ドン! 良い子悪い子普通の子』
というバラエティ番組に出演していた
西山浩司(悪い子)と小柳みゆき(悪いOL)
からなるユニットだと解れば、
あぁ、はいはいと納得だ。
名プロデュサーでもある萩本欽一の
仕掛けた楽曲のひとつで
競馬界でミスターシービーが
クラシック三冠を達成した1983年に
スマッシュヒットしたのだった。
そもそも「原宿」に火がついたのは
1978年のラフォーレ原宿オープン!
とも言われている。
上述の2族に加え、一世風靡など
路上パフォーマンス全盛もあいまって。
あ、これは原宿行った日じゃないが
ローラー族は健在でした!
代々木体育館でバスケ観た時かな。
踵で踊る皮ジャンの若者、
それを遠巻きに眺める人々を
カメラに収める西洋人を撮ってみた。
長い前段になったが、
余り縁のない原宿に行った話。
竹下通りは平日の昼間ながら混雑。
タレントショップは今はなく
(いつの話だよ〜)
けれども矢張り、通りは原色が目立ち、
目がチカチカ
国際色豊かなのは想定内だが、
思ったより年配者も歩いていた。
で、すぐに草臥れて東郷神社参道に折れた。
(つづく)