東京・台東借地借家人組合1

土地・建物を借りている賃借人の居住と営業の権利を守るために、自主的に組織された借地借家人のための組合です。

【判例】 ⑦争点(2) 定額補修分担金 (裁判所の判断)

2010年02月08日 | 更新料(借家)判例

2 争点(2)について

 (1) 前段要件該当性
 ア 民法の規定(601条,616条,598条等)によれば,賃借人は,賃貸借契約が終了した場合には,賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務を負うが,賃貸借契約は,賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり,賃借物件の損耗の発生は,賃貸借契約の本質上当然に予定されている。したがって,建物の賃貸借契約において,賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生じる賃借物件の劣化又は価値の減少である通常損耗の補修に関する費用は,使用収益の対価たる賃料の中に含まれているものと解される。

 よって,民法の規定によれば,賃借人には,通常損耗についての原状回復費用を負担すべき義務はない。

 イ 本件では,賃貸借開始時の新装状態への回復費用の一部負担金として定額補修分担金を支払うものとされており(別紙5条1項),ほかに通常損耗の原状回復費用が定額補修分担金に含まれないとの条項もないから,本件定額補修分担金条項は,通常損耗分の原状回復費用も含んでいるものと解される。また,故意又は重過失による損傷,改造の回復費用については,被告会社は別途原告に請求できる旨が定められている(別紙5条柱書,4項ただし書)。したがって,本件定額補修分担金条項による補填の対象となっているのは,前記アの通常損耗に関する原状回復費用と,原告の軽過失による損耗部分の原状回復費用ということになる。

 以上に加え,原告はいったん支払った定額補修分担金の返還を請求できないとされていること(別紙5条2項,3項)からすると,原告の軽過失による損耗部分の原状回復費用が,支払った定額補修分担金の額(12万円)に満たない場合には,原告は,本来賃料に含まれているはずの通常損耗分の原状回復費用についてまで負担させられることになる。

 そうすると,この点において,本件定額補修分担金条項は,前記アの民法の規定に比して,消費者たる原告の義務を加重する条項であるということができる。したがって,本件定額補修分担金条項は,前段要件を充足する。


(2) 後段要件該当性
 ア 原告の受けた不利益
 まず,本件定額補修分担金条項が原告の義務を加重している程度について検討すると,支払済みの定額補修分担金は一切返還されず(別紙5条2項,3項),故意又は重過失による損耗の原状回復費用は別途請求できるものとされている(別紙5条柱書,4項ただし書)から,民法の規定と比べると,1軽過失による損耗についての原状回復費用が12万円以上であれば,原告は通常損耗分の原状回復費用を負担しないことになり,原告に不利益はないが,2軽過失による損耗分の費用が12万円に満たない場合には,原告の義務は加重されていることになる。

 本件の場合,月額賃料は3万8000円であるのに対し,定額補修分担金はその3倍以上である12万円であるところ,軽過失による損耗の原状回復費用がこのような額になることは考えにくく,賃借人が民法の規定よりも加重された義務を負う場合が多くなるから,本件定額補修分担金条項は,賃借人たる原告にのみ大きい不利益を与えるものであるということができる。


 イ 情報及び交渉力の格差
 証拠(乙1,9,10,55)及び弁論の全趣旨からは,本件定額補修分担金条項自体及びその額は,被告会社が一方的に定めたものであり,原告には,同条項を定めるか否かや,その額について交渉する可能性はなかったものと認められるほか,原告に対し,定額補修分担金の有利不利を判断するために必要な情報(前記ア1,2の説明)が与えられたことはなく,原告がこのような情報を認識していなかったことが窺われる。

 このように,原告と被告会社には,本件定額補修分担金条項に関し,情報及び交渉力の格差があったものということができる。


 ウ 被告会社の主張の検討
 被告会社は,本件定額補修分担金条項は,軽過失による損耗の原状回復費用が定額補修分担金の額を超える場合には賃貸人の負担とする点において賃借人の義務を軽減しているとか,原状回復費用についてあらかじめ賃借人の負担を定めることによって紛争を回避し,リスクと利益を分け合う交換条件的な内容を定めたものであるなどと主張しているが,前記アのように,軽過失による損耗による原状回復費用が本件の定額補修分担金の額である12万円(月額賃料の3倍以上)を超えることは通常ほとんど考え難いことからすると,賃借人たる原告に,被告会社の主張するような利益があるとはいえず,本件定額補修分担金条項が交換条件的な内容であるということはできないから,被告会社の主張は失当である。


 エ まとめ
 以上によれば,原告は,本件定額補修分担金条項についての情報及び交渉力について被告会社と格差のある状況の下,自分にとって不利益であることを認識しないまま,本件定額補修分担金条項によって,信義則に反し,一方的に不利益を受けたものということができる。
 したがって,本件定額補修分担金条項は,後段要件を充足する。

 (3) まとめ
 以上によれば,本件定額補修分担金条項は,消費者契約法10条に該当し,無効である。

 3 不当利得
 本件更新料条項及び本件定額補修分担金条項はいずれも無効であるから,これら条項に基づき原告が被告会社に支払った22万8000円及び12万円の合計34万8000円は,いずれも法律上の原因がない利益に当たるということができる。

 4 結論
 以上のとおりであるから,原告の第1事件に係る金銭請求はいずれも理由があるから認容し,被告会社の第2事件及び第3事件に係る請求はいずれも理由がないから棄却する。なお,原告の第1事件に係る確認の訴えは,第2事件に係る金銭請求と訴訟物が同一であり,確認の利益がないから却下する。


 京都地方裁判所第3民事部

       裁判長裁判官 瀧 華 聡 之
       裁判官 佐 野 義 孝
       裁判官 梶 山 太 郎

 


別紙
以下の条項中「甲」とあるのは賃貸人である被告会社を,「乙」とあるのは賃借人である原告を意味する。

2条 契約の更新2項 乙は,契約期間の満了する60日前までに申し出れば,契約更新をすることができる。但し乙に家賃滞納等の契約違反がみられるとき,甲は契約更新を拒めるものとし,乙は契約の更新を主張できないものとする。

3項 乙は,契約を更新するときは,契約期間満了までに更新書類(中略)提出とともに,頭書(2)の更新料の支払いを済ませなければならない。又,法定更新された場合も同様(乙は更新料を甲に支払わなければならない)とする。尚,契約更新後の入居期間に拘わらず更新料の返還(月割り精算等の返還措置)は一切応じない。(「頭書(2)の更新料」とは,賃料の2か月分相当額を指す。)

4項 乙は甲に対し,法定更新・合意更新を問わず,契約開始日から1年経過する毎に更新料を支払わなければならない。

5条 定額補修分担金
本物件は,快適な住生活を送る上で必要と思われる室内改装をしております。そのために掛かる費用を分担し(頭書記載の定額補修分担金)賃借人に負担して頂いております。尚,乙の故意又は重過失による損傷の補修・改造の場合を除き,退去時に追加費用を頂くことはありません。(「頭書記載の定額補修分担金」の額は,12万円である。)

1項 乙は,本契約締結時に本件退去後の賃貸借開始時の新装状態への回復費用の一部負担金として,頭書(2)に記載する定額補修分担金を甲に支払うものとする。」(「頭書(2)に記載する定額補修分担金」は,上記のとおり12万円である。)

2項 乙は,定額補修分担金は敷金ではないということを理解し,その返還を求めることができないものとする。

3項 乙は,定額補修分担金を入居期間内に関わらず,返還を求めることはできないものとする。

4項 甲は乙に対して,定額補修分担金以外に本物件の修理・回復費用の負担を求めることはできないものとする。但し,乙の故意又は重過失による本物件の損傷・改造を除きます。

5項 乙は,定額補修分担金をもって,賃料等の債務を相殺することはできないものとする。

12条 連帯保証人
1項 連帯保証人は,乙と連帯して,本契約から生じる乙の一切の債務を負担するものとする。本契約が合意更新又は法定更新されたときも同様とする。

 

東京・台東借地借家人組合

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