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「2008年1月30日京都地裁判決1」からの<つづき>
3 当事者の主張
(原告の主張)
(1) 既払更新料の返還請求について
ア 本件更新料約定は,消費者契約法10条又は民法90条により無効である。
イ 更新料の法的性質について
(ア) 本件賃貸借契約における更新料は,次のとおり,①更新拒絶権放棄の対価(紛争解決金),②賃借権強化の対価,③賃料の補充のいずれの性質も有していない。
(イ) 更新拒絶権放棄の対価(紛争解決金)の性質(①)について
a 更新拒絶の正当事由の有無は,建物の使用を必要とする事情が賃貸人と賃借人でどちらがより大きいのかという点を基本要素とし(自己使用の必要性),この基本要素を判断するために,従前の経過や利用状況,立退料などを補完的要素として考慮するという構造で判断されるべきものである。
b そして,本件建物のように専ら他人に賃貸する目的で建築された居住用物件の場合,賃貸人の自己使用の必要性は乏しく,自己使用の観点から賃貸人に正当事由が認められることは考え難いし,仮に自己使用の必要性が認められたとしても,立退料の支払いもないまま正当事由が認められる場合を想定することができない。
また,正当事由が存在し,賃貸人が更新拒絶権を行使できる場合には,目的物を自己使用することにつき賃貸人に相当程度大きな経済的利益が存する場合であろうから,賃借人が更新料程度の金員の支払いを申し出たとしても,賃貸人としては更新拒絶権を行使するはずである。
したがって,更新料の支払いによって更新拒絶権を放棄するという契約当事者の意思は,少なくとも,本件賃貸借契約のような専ら他人に賃貸する目的で建築された居住用物件の賃貸借契約における更新料支払条項からは読み取ることができない。
c 以上からすると,本件賃貸借契約のような賃貸借契約においては,更新料は更新拒絶権放棄の対価となっていないといえる。
d また,通常,更新料は,契約期間満了のころに当事者間で合意更新をすることによって支払われるものであるが,賃貸人の更新拒絶権は契約期間満了の6か月前までに行使しなければならない(借地借家法26条1項。したがっ) て,合意更新がされる場合は,既に賃貸人による更新拒絶権行使の期間が徒過しており,更新拒絶権が発生しないことが確定しているのが通常である。このような場合,もはや更新拒絶権の放棄とか更新拒絶権行使に伴う紛争回避ということは全く問題となる余地はなく,更新拒絶権放棄や更新拒絶権行使に伴う紛争解決金ということで更新料の性質を説明することはできない。
e 以上の理由から,本件賃貸借契約における更新料は,更新拒絶権放棄の対価(紛争解決金)の性質を有しない。
(ウ) 賃借権強化の対価の性質(②)について
a 本件賃貸借契約においては,被告は,6か月以前に,原告に通知することにより,本件賃貸借契約を解約することができるとされており(本件約款第15条③),合意更新がなされても,賃借権は,何ら強化されていない。
この点,被告は,本件約款第15条③は,本件賃貸借契約が法定更新された場合における確認的規定であり,合意更新された場合には適用がないと主張する。しかしながら,本件約款第15条③は,第15条の「解約」という条項の中に規定されていることからして同条項は更新後の契約の規律に関する規定ではないし,同条項には合意更新された場合には適用がないとの文言は付されていないことに加え,本件賃貸借契約においては,自動更新条項(本件約款第21条)が設けられており,そもそも法定更新が予定されていないのであるから,被告の上記主張は失当である。
b また,本件賃貸借契約のように専ら他人に賃貸する目的で建築された居住用物件の賃貸借契約の場合においては,法定更新がなされ期間の定めのない賃貸借契約となっても,賃貸人の正当事由に基づく解約が認められるときはほとんどない。また,正当事由が認められるときでも,相当額の立退料の支払いが命じられるのが通常であるから,賃借人が更新料を支払ってまで合意更新を行う実益は極めて乏しい。
c 加えて,法定更新がされた場合でも,その後の賃貸人からの解約申入れは6か月前にしなければならないのであるから(借地借家法27条,賃借人は,少なく) とも更新後6か月間は賃借権を確保できることになる。そうすると,契約期間が1年間である本件賃貸借契約の場合,法定更新と合意更新とで,賃借人が賃借権を確保できる期間の違いは,わずか6か月間に過ぎないし,更新時に賃貸人側に更新拒絶の正当事由が存在しなかったにもかかわらず,その後の6か月間に解約申入れの正当事由が発生するなどいうことは想定し難い。
d 以上の理由から,本件賃貸借契約における更新料は,賃借権強化の対価の性質を有しない。
(エ) 賃料の補充の性質(③)について
a 契約期間が長期間である賃貸借契約の場合とは異なり,本件賃貸借契約のように契約期間が短期間の賃貸借契約においては,そのような短期間の内に賃料の不足分が生じるとは考えにくい。
また,更新料が賃料の補充の性質を有するという見解は,不動産価格が右肩上がりに上昇していくことを前提としており,不動産価格の現況を全く考慮していない。
さらに,賃料の不足分というのであれば,更新後に間もなく解約した場合と,更新後の契約期間を満了した場合とで,自ずと金額が異なるはずであるところ,これを区別せず,賃料の不足分を一定の金額で算定することに無理がある。
b また,法は賃料増額請求を許容しているのであるから,不動産価格が上昇し周辺の賃料額と不均衡が生じれば,賃料増額請求により賃料不足分の請求ができるはずである。
c さらに,更新料の性質を賃料の補充と考えると,合意更新の場合にのみ更新料が支払われ,法定更新の場合に更新料が支払われないことについて,全く説明ができない。
d 被告は,賃貸人は,権利金,礼金や更新料なども含めた全体の収支計算を行ったうえで毎月の賃料額を設定するのが当然であるから,設定賃料と本来受けるべき経済賃料との差額について,更新料により補充することは合理性を有すると主張する。しかしながら,民法上,賃貸借契約における使用収益の対価としては賃料のみが予定され,権利金,礼金及び更新料については何ら規定がなく,そのような法的根拠のない金員も含めて賃料額の設定を行うなどということは,民法上も全く予定されていないし,更新料等の一時金によって賃料を補充するということは,経験則上,認められない。
e 以上の理由から,本件賃貸借契約における更新料は賃料の補充の性質を有しない。
むしろ,現在の更新料は,賃借人が物件を選定する際に主に賃料の額に着目する点を利用して,賃料については割安な印象を与えて契約を誘因し,結局は割高な賃料を取るのと同じ結果を得ようする欺瞞的な目的で利用されているものである。
(オ) 以上のとおり,本件賃貸借契約における更新料は,被告が主張するいずれの法的性質も有しておらず,何ら対価性を有しない不合理なものである。
ウ 消費者契約法10条について
(ア) 消費者契約法は,消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ,消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効とすることにより,消費者の利益の擁護を図り,もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とするものである(同法1)。このように,消費者契約法は,事業者と消費者との間に構造的格差があることを認めた上で,その格差を是正するために民法を修正するものである。
この立法趣旨からすると,消費者契約法10条の,「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害する」とは,具体的には,当該契約条項によって消費者が受ける不利益とその条項を無効にすることによって事業者が受ける不利益とを衡量し,両者が均衡を失していると認められる場合を意味すると考えるべきであるが,その骨格となるのは,消費者契約法の目的,すなわち事業者と消費者の情報格差,交渉力格差を是正する原理であって,そのための均衡性原理と理解すべきである。この点からすれば,上記文言は,契約条項が「正当な理由がなく」消費者の利益を害するという意味と解するべきである。
(イ) 本件更新料約定は,民法601条の賃料支払義務に加えて賃借人の義務を加重するものであるから,「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し…消費者の義務を加重する消費者契約の条項」に該当することは明らかである。
(ウ) そして,上記のとおり,本件賃貸借契約における更新料には,何ら合理的な対価性を有していないのであるから,本件更新料約定は,「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害する」条項といえる。
(エ) 加えて,本件賃貸借契約は,契約期間が1年間であるにもかかわらず,更新料の金額は10万円(月額賃料の約2.22倍)と高額であり,その不当性は際だっている。
(オ) 以上の理由から,本件更新料約定は消費者契約法10条に該当し無効である。
エ 民法90条について
上記のとおり,本件賃貸借契約における更新料は,全く合理的な対価性を有していないことに加え,その月額賃料に対する比率,本件賃貸借契約の契約期間の短さからすると,本件更新料約定は,暴利行為(少なくとも極めて不合理な支払約束)であるといえ,公序良俗に反し無効である。
オ まとめ
よって,原告は,被告に対し,不当利得に基づき,既払更新料50万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(2) 敷金の返還請求について
ア 上記のとおり,本件賃貸借契約締結の際,原告は被告に対し,敷金10万円を預託し,本件賃貸借契約は平成18年11月30日に終了し,そのころ,原告は,被告に対し,本件物件を明け渡した。
イ 平成18年11月分の未払賃料4万5000円は,上記敷金に充当される。
被告は,平成18年分の更新料10万円が充当されると主張するが,上記のとおり,本件更新料約定は無効である上,平成18年の更新は法定更新である(本件約款第21条に基づく自動更新が行われたのであれば,更新料の授受がなされているはずであるが,更新料は授受されていない。)から,更新料支払義務は発生しない。
ウ よって,原告は被告に対し,本件敷金契約に基づき,本件敷金の残金5万5000円の返還及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
「2008年1月30日京都地裁判決3」へ<つづく>
「2008年1月30日京都地裁判決2」からの<つづき>
(被告の主張)
(1) 既払更新料の返還請求について
ア 本件更新料約定は,消費者契約法10条及び民法90条に違反するものではなく有効である。
イ 更新料の法的性質について
(ア) 更新料は,一般的に,①更新拒絶権放棄の対価(紛争解決金),②賃借権強化の対価,③賃料の補充という複合的な法的性質を有するものであり,本件賃貸借契約における更新料も同様に,上記各法的性質を有する。
(イ) 更新拒絶権放棄の対価(紛争解決金)の性質(①)について更新料は,賃貸人の更新拒絶権を放棄することの対価としての性質を有する。また,更新料の支払いによる更新が予測される場合には,賃貸人は,更新拒絶権の有無を検討することなく更新に応じているのであり,更新料には,その支払いを約することによって,画一的に更新拒絶権行使に伴う紛争を回避する目的(紛争解決金としての性質)もある。
なお,原告は,本件物件のような専ら他人に賃貸する目的で建築された居住用物件の場合においては,賃貸人からの更新拒絶の正当事由が認められるときは考え難いと主張するが,更新拒絶の正当理由は,賃貸人側の事情と賃借人側の事情を比較衡量して決すべきところ,近時は賃貸物件も過剰供給の状況が続いていることに伴い,借家権保護の必要性も変容しており,近時の裁判例においても,必ずしも賃貸人に自己使用の必要性があることまでは要求しておらず,不動産の有効利用の必要性がある場合などに賃貸人の更新拒絶権が認められる事例も少なくないから,原告の上記主張は失当である。
(ウ) 賃借権強化の対価の性質(②)について
更新料は,契約更新後に期間の定めのある賃貸借契約となり,賃貸人からの解約申入れがなされないことの対価,すなわち賃借権が強化されることの対価としての性質を有する。
原告は,本件約款第15条③を捉えて,本件賃貸借契約においては,合意更新後においても賃貸人からの解約申入れができると主張するが,同条項を合理的に解釈すれば,法定更新の場合の解約申入期間を確認的に定めた条項に過ぎないものであり,合意更新の場合には適用がないから,原告の上記主張は失当である。
(エ) 賃料の補充の性質(③)について
a 賃料の支払いについての民法614条は任意規定であるから,それと異なる合意をすることも可能であるところ,更新料は,低く設定された月々の賃料と併用されることにより,賃料の補充としての性質を有するものである。すなわち,賃貸人は,更新料約定がある場合には,賃料に加えて更新料が一時金として入ってくることを前提として月々の賃料を設定しているし,賃借人も,更新時の更新料を考慮して,賃借物件を選択している。
b 更新料支払約定がある場合,賃借人としても,契約当初から1回目の更新までは,低く設定された賃料で賃借することができる上,仲介手数料,敷金等の初期費用が少なくて済む(これらの金額は月々の賃料を基準に決定されることが多いため)という利点がある。また,更新前に退去する賃借人にとっては,当該物件の居住期間の総額支払賃料が少なくて済むという利点がある。加えて,企業等の社宅や生活保護などで,更新料の補助がなされている場合は,月々の賃料の負担者は賃借人であるが,更新料の負担者は補助をしている者(企業,国等)であり,月々の賃料と更新料の負担者が異なっている。このような場合,賃借人には,更新料につき補助が受けられる上,月々の賃料が低額となるという利点がある。
c なお,更新料を賃料の補充と考えると,契約期間内に賃貸借契約が終了した場合と期間満了した場合とで差異が生じ得るが,この場合は,賃借人が更新料の支払いにより受けるべき利益を自ら放棄したものと
評価できるし,そもそも賃貸借契約は継続的な目的物の使用の対価として賃料を設定するため,厳密に使用収益の期間と賃料額を対応させること自体困難であるから,上記の差異をもって,更新料が賃料の補
充の性質を有することを否定する理由とはならない。
d また,原告は,更新料に賃料の補充の性質があるとすると,合意更新の場合と法定更新の場合とで,更新料支払義務の有無につき違いが生じ不合理であると主張する。しかしながら,賃料の補充の必要性は法定更新,合意更新いずれの場合でも同じであることからすれば,法定更新の場合にも更新料支払義務があるといえるから,原告の上記主張は失当である。
e 本件賃貸借契約においても,本件建物は,京都市左京区下鴨の良好な閑静な住宅地に所在する鉄骨ブロック4階建の昭和58年1月31日築の建物(乙3)であり,本件物件は,電気・ガス・水道・6帖・台所・トイレ・給湯設備・冷暖房設備ありの物件であり(乙7),本件物件の月々の賃料は5万円でも相当であるが,本件更新料約定が存在するため,月々の賃料は4万5000円と比較的低額に設定されているものである。
(オ) 以上のとおり,本件賃貸借契約における更新料は,更新拒絶権放棄の対価(紛争解決金),賃借権強化の対価,賃料の補充の性質を有するものであり,原告の主張するように,何ら合理的な対価性を有していないものではない。
ウ 消費者契約法10条について
(ア) 上記更新料の法的性質に鑑みれば,更新料の支払いは賃貸借契約の中心的な内容の一つであり,契約の中心部分を定める条項に該当するというべきであるから,契約の中心条項について消費者契約法10条の適用はないという見解に立てば,本件更新料約定にはそもそも同条の適用はない。
また,本件賃貸借契約は,原告と被告が個別に交渉をして契約締結に至っている(被告は,本件建物の本件物件以外の部屋も賃貸しているが,契約条件は部屋ごとに異なっている。)から,個別交渉を経た条項について消費者契約法10条の適用はないという見解に立てば,本件更新料約定には同条項の適用はない。
(イ) 上記のとおり,本件賃貸借契約における更新料は,更新拒絶権放棄の対価,賃借権強化の対価,賃料の補充という複合的な性質を有しており,また,賃料の支払義務は民法に定められているのであるから,本件更新料約定は,「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し…消費者の義務を加重する」条項ではない。
(ウ) 消費者契約法10条の,「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害する」条項に該当するか否かは,当該条項を有効とすることによって消費者が受ける不利益と,その条項を無効とすることによって事業者が受ける不利益とを総合的に衡量し,消費者の受ける不利益が,均衡を失すると言えるほどに一方的に大きいといえるか否かで判断されるべきものであるところ,次の理由から,本件更新料約定は,上記文言に該当しない。
a 本件更新料約定の合理性について
上記のとおり,本件賃貸借契約における更新料は,更新拒絶権放棄の対価(紛争解決金),賃借権強化の対価,賃料の補充という複合的な性質を有しており,十分な合理性を有している。
また,借家契約における更新料支払の合意は,古くから全国的に行われてきたものであるし,裁判実務においても承認されてきている(一定額の更新料の支払いを内容とする和解や調停も相当数存在する。)。
さらに,生活保護制度でも,更新料の扶助がなされており,更新料支払の合意は社会的承認を得ているものといえる。
加えて,借地借家法の制定過程において,借家契約における賃料名目以外の金銭(権利金,更新料,立退料等)につき,何らかの法的規制を及ぼすべきか否かについての問題提起がなされているが,借地借家法の制定においても,その後の同法の改正においても,更新料に関する規制はなされていない(この立法者の意思としては,更新料そのものが不合理なものであるとして法的規制を及ぼすのではなく,専ら私的自治に委ねるべきとの判断が示されていると考えるべきである。)。
b 情報の格差について
建物の賃貸借契約は一般に広く行われる契約であり,物件の広告においても更新料という用語は広く用いられており,更新料は,「約定の契約期間満了後も契約を継続する場合にその対価として支払うもの」であるという意味においては一般に広く理解されているものである。
また,建物の賃貸借契約は,賃貸条件に関する情報をもとに,消費者が経済的負担を勘案して物件を選択し,申込みを行い,契約に至るというのが実態であり,事業者が消費者に対して契約締結を働きかけるものではない。
さらに,今日においては,消費者は,賃貸物件の情報を容易に入手することができるし,仲介を行う宅地建物取引業者(建物賃貸借においては,ほとんどの場合,宅地建物取引業者の仲介がなされている。)には,重要事項説明義務として,消費者に対し,更新料を含む賃貸条件等について説明すべき義務が課せられている(本件賃貸借契約においても,重要事項説明書〔甲1,乙7〕が交付され,更新料についての説明が行われている。)。その上で,消費者は,更新料を含む経済的負担を物件の使用収益の対価として認識し,契約の申込を行っているのが通常であり,そこに情報の格差を理由に法が介入する合理的な理由は見出せない。
c 原告及び被告の不利益について
原告は,5回にわたり被告との間で合意更新を行って更新料を支払ってきた。原告は,更新料を含めた経済的負担に見合う経済的合理性があると判断し,本件物件の使用収益,契約期間の保護という利益を既に享受しているのであるから,本件更新料約定を無効にしてまで保護すべき原告の利益は存在しない(仮に存在するとしても極めて小さい。)。
他方,被告は,更新料の支払いを受けることの対価として,更新拒絶権を放棄し,賃借権の強化という利益を原告に与えているし,更新料等の一時金を含めて全体の収支を計算し,月々の賃料を設定している。更新料徴収に対する,このような被告の期待(利益)は十分に法的保護に値するものである(実際に,原告から支払われた更新料は,被告の収入となり,税務申告をして税金を支払い,また賃貸経営の諸経費,生活費などにすでに使用されてしまっている。)。
さらに,本件更新料約定が無効となれば,他の物件の賃貸借関係にも波及し,被告は,消費者契約法施行後に締結された全ての賃貸借契約について,更新料を返還しなければならなくなるという不測の損害を被ることとなる。
このように,本件更新料約定が有効とされることによって原告が被る不利益と,無効とされることによって被告が被る不利益とを比較衡量すると,被告の不利益の方が圧倒的に大きい。
(エ) 以上より,本件更新料約定は,消費者契約法10条に違反するものではない。
エ 民法90条について
上記アないしウで述べたところによれば,本件更新料約定が公序良俗に反するものではないことは明らかである。
なお,原告は,更新料と月々の賃料とを単純に比較し,本件賃貸借契約における更新料が不当に高額であると主張するが,更新料の金額の高低は,単純に月々の賃料との比較で決められるべき問題ではなく,月々の賃料及び更新料を併せた絶対的な金額そのもので判断がなされるべきものであるから,原告の主張は失当である。
オ まとめ
以上のとおり,本件更新料約定は有効であるから,既払更新料の返還を求める原告の請求には理由がない。
(2) 敷金の返還請求について
ア 原告の主張(2)アの事実は認める。
イ 同イは争う。本件賃貸借契約は,平成18年には本件約款第21条に基づき自動更新され,原告は,更新料10万円の支払義務を負っているが,これを支払っていないから,本件敷金には,未払賃料よりも弁済期の早い更新料10万円が充当され,平成18年11月分の賃料4万5000円が未払いとなっているから,本件敷金は残存しない。
ウ よって,敷金の返還を求める原告の請求には理由がない。
「2008年1月30日京都地裁判決4」へ<つづく>
「2008年1月30日京都地裁判決3」からの<つづき>
第3 当裁判所の判断
1 前記当事者間に争いのない事実等,証拠(甲1ないし8,乙1,4ないし7,9)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 原告は,平成12年8月6日,京都ライフから,重要事項説明書の交付及びそれに基づく説明を受けた上で(その際,本件更新料約定についても説明を受けた。),京都ライフを通じ,被告に対し,本件物件の賃借を申し込み原告と被告は,同月11日ころ,本件賃貸借契約を締結している。
(2) 原告と被告は,平成13年から平成17年までの毎年8月末の本件賃貸借契約の各更新の際,解約の通知及び更新拒絶の申出を行わず,その都度,契約期間をその後の1年間とするほかは,家賃(共益費,水道代を含む。)の金額を含め,契約内容を従前どおりとすることととして,本件賃貸借契約を更新する旨合意し,原告は,被告に対し,更新料10万円(合計50万円)を支払っている。
(3) 原告と被告は,平成18年8月末の本件賃貸借契約の更新の際には,同様に,解約の通知及び更新拒絶の申出をしない一方,更新する旨の合意もせず,また,原告は,被告に対し,更新料(10万円)を支払わなかった。原告は,被告に対し,上記契約期間経過後である平成18年9月1日から同年10月31日までの間の家賃2か月分合計9万円を支払った。
(4) 原告と被告は,本件賃貸借契約において,自動更新条項(本件約款第21条)を設け,更新時に特段の合意をしない場合においても,本件賃貸借契約を,自動的に,家賃・共益費等の金額に関する点を除き,従前と同様の条件で更新し,その際,原告が被告に対し更新料10万円を支払う旨合意しているから,本件賃貸借契約においては,法定更新が行われる余地はなく,当事者間の合意による更新又は本件約款第21条による自動更新のみが予定されており,いずれの場合においても本件更新料約定に基づく更新料の支払いが合意されているということになる。したがって,本件賃貸借契約の前記6回の更新のうち,平成13年から平成17年までの5回は,当事者間の合意による更新であり,平成18年の最後の更新は,法定更新ではなく,本件約款第21条による自動更新である(本件賃貸借契約は,平成18年の更新後も契約期間を定めていることになる。)。
2 更新料の法的性質
(1) 被告は,本件賃貸借契約における更新料は,①賃貸人の更新拒絶権放棄の対価(紛争解決金),②賃借権強化の対価,③賃料の補充という複合的性質を有していると主張する。
(2) 更新拒絶権放棄の対価(紛争解決金)の性質(①)について
ア 賃貸人は,正当事由があると認められる場合であれば,賃貸借契約の更新をしない旨の通知をすることができるところ(借地借家法28条),賃貸人と賃借人との間で更新料が授受され,賃貸借契約の合意更新(ないし自動更新)が行われる場合においては,賃貸人は,正当事由が存在しないことが明らかではないときにおいても,賃貸借契約の更新をしない旨の通知をしないで,契約を合意更新(ないし自動更新)するのであるから,一般的に,更新料は,更新拒絶権放棄の対価の性質を有するものと認めることができる。
イ もっとも,当然のことながら,常に正当事由があると認められるものではなく,特に,本件賃貸借契約のように専ら他人に賃貸する目的で建築された居住用物件の賃貸借契約においては,更新拒絶の正当事由が認められる場合は多くはないと考えられるから,更新拒絶権放棄の対価としての性質は希薄であるというべきである。
ウ 原告は,合意更新(ないし自動更新)がされる場合は,既に賃貸人による更新拒絶権行使の期間(契約期間の満了の6月前まで〔借地借家法26条1項〕)が徒過しており,更新拒絶権が発生しないことが確定しているのが通常であるから,更新拒絶権放棄や更新拒絶権行使に伴う紛争解決金ということで更新料の性質を説明することはできないと主張する。しかしながら,更新料を支払うことをあらかじめ合意している場合には,賃貸人は,更新料の支払いが受けられることを期待して,更新拒絶権を行使しないものと考えられるから,更新料は,更新拒絶権放棄の対価となっているものと評価することができ,原告の主張を採用することはできない。
(3) 賃借権強化の対価の性質(②)について
ア 賃貸人と賃借人との間で更新料が授受され,賃貸借契約の合意更新(ないし自動更新)が行われ,更新後も期間の定めのある賃貸借契約となる場合には,賃借人は,契約期間の満了までは明渡しを求められることがない。これに対し,法定更新の場合には,更新後の賃貸借契約は,期間の定めのないものとなり(借地借家法26条1項),賃貸人はいつでも解約を申し入れることができることとなるから,賃借人の立場は,程度の差はあるにせよ,そのことによって不安定なものとなる。したがって,更新料を支払って合意更新することには(更新後も期間の定めのある賃貸借契約とすることができるから),賃借人にとっても,利益は存することになる。
加えて,賃貸人が更新拒絶権を行使した場合には,正当事由の存否の判断にあたり,従前更新料の授受がされていることが考慮されるもの考えられる。
したがって,本件賃貸借契約における更新料は,賃借権強化の性質を有するものと認めることができる。
イ もっとも,前判示のとおり,本件賃貸借契約においては,契約期間が1年間という比較的短期間であるから,合意更新(ないし自動更新)により賃借権が強化される程度は限られたものである上,前判示の更新拒絶の場合と同様に,本件賃貸借契約のように専ら他人に賃貸する目的で建築された居住用物件の賃貸借由が認められる場合は多くはないものと考えられるから,賃借権強化の対価としての性質は希薄であるというべきである。
ウ 原告は,本件賃貸借契約では合意更新(ないし自動更新)が行われ,更新後も期間の定めのある賃貸借契約となっても,本件約款第15条③により,賃貸人である被告は,賃借人である原告に対し,解約を申し入れることができるとされており,何ら賃借権は強化されていないと主張する。しかしながら,借地借家法は,建物の賃貸借について期間の定めがある場合においては,賃貸人が期間内に解約する権利を民法618条に基づいて留保することを予定していないものと解するのが相当であり(借地借家法27条は,建物の賃貸借について期間の定めがない場合において,賃貸人が解約の申入れをしたときには,解約申入れの日から6か月を経過することによって終了する旨を規定している。),本件約款第15条③は,借地借家法30条により無効であるから,同条項が有効であることを前提とする原告の主張を採用することはできない。
(4) 賃料の補充の性質(③)について
ア 前判示のとおり,本件賃貸借契約における更新料は,更新拒絶権放棄の対価及び賃借権強化の対価としての性質を有するものの,その程度は希薄である。それにもかかわらず,原告は,本件物件を賃借するにあたり,被告との間で,礼金6万円,家賃(共益費,水道代を含む。)1か月4万5000円を前月末日支払い,契約期間1年間,自動更新条項(本件約款第21条)のほか,合意更新又は自動更新の際更新料として10万円を支払う旨の約定のある本件賃貸借契約を締結している。
このような賃貸借契約を締結する当事者の意思を合理的に解釈すると,賃貸人は,契約締結後1年目は礼金6万円に月額家賃4万5000円の12か月分を加算した合計60万円の売り上げを予定し,2年目以降は更新料10万円に月額家賃4万5000円の12か月分を加算した合計64万円の売り上げか,または,賃借人が転居した場合には新たな賃借人から,上記1年目と同様の売り上げを期待しているものと考えられ,他方,賃借人は,仲介業者から複数の物件の紹介を受けるのが一般の取扱いであると考えられることからすると,物件の所在,設備,広さ等とともに,更新料を含む経済的な出捐(礼金,敷金,賃料及び更新料)を比較検討した上で,賃借する物件を選択しているとみることができる。そして,原告又は被告が,本件賃貸借契約を締結するにあたり,これと異なる意思を有していたことを認めるに足りる証拠はない。
イ このように更新料は,被告が本件物件を原告に賃貸し,原告が本件物件を使用収益することに伴い,原告が被告に対して行うことを約束した経済的な出損であり,しかも,前判示のとおり,本件賃貸借契約の契約期間が1年間と比較的短期間であり,かつ,更新しない場合には授受が予定されていない(契約後1年間で終了し更新しない場合には,全く授受されない。)ことからすると,本件更新料約定は,本件賃貸借契約における賃料の支払方法に関する条項であり,具体的には,契約期間1年間の賃料の一部を更新時に支払うこと(いわば賃料の前払い)を取り決めたものであるというべきである。したがって,本件賃貸借契約において更新料は,用語が適切かは疑義が残るが,賃料の補充の性質を有しているものということができよう。
(5) 以上のとおり,本件賃貸借契約における更新料は,主として賃料の補充(賃料の前払い)としての性質を有しており,併せて,その程度は希薄ではあるものの,なお,更新拒絶権放棄の対価及び賃借権強化の対価としての性質を有しているものと認められる。
3 民法90条及び消費者契約法10条
(1) 前判示の本件賃貸借契約における更新料の性質をふまえ,本件更新料約定が,民法90条により無効となるか検討するに,前判示のとおり,本件賃貸借契約における更新料が主として賃料の補充(賃料の前払い)としての性質を有しているところ,その金額は10万円であり,契約期間(1年間)や月払いの賃料の金額(4万5000円)に照らし,直ちに相当性を欠くとまでいうことはできない。
よって,本件更新料約定が民法90条により無効であるとする原告の主張を採用することはできない。
(2) 本件更新料約定が,消費者契約法10条により無効となるか検討する。
ア 前判示のとおり,本件賃貸借契約における更新料は,主として賃料の補充(賃料の前払い)としての性質を有しており,本件更新料約定が,本件賃貸借契約における賃料の支払方法に関する条項(契約期間1年間の賃料の一部を更新時に支払うことを取り決めたもの)であることからすると,「賃料は,建物については毎月末に支払わなければならない」と定める民法614条本文と比べ,賃借人の義務を加重しているものと考えられるから,消費者契約法10条前段の定める要件(本件更新料約定が「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の義務を加重する消費者契約の条項」であること)を満たすものというべきである。
イ そこで,同条後段の要件(本件更新料約定が「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」であること)について検討するに,前判示のとおり,①本件賃貸借契約における更新料の金額は10万円であり,契約期間(1年間)や月払いの賃料の金額(4万5000円)に照らし,過大なものではないこと(しかも,本件賃貸借契約においては,賃借人である原告は,契約期間の定めがあるにもかかわらず,いつでも解約を申し入れることができ,その場合には,更新料の返還は予定されていないが,原告が解約を申し入れた場合には,解約を申し入れた日から,民法618条において準用する同法617条1項2号が規定する3か月を経過することによって終了するのではなく,解約を申し入れた日から1か月が経過した日の属する月の末日をもって終了するか,又は,被告に1か月分の賃料を支払うことにより即時解約することもできることとされているから〔本件約款第15条〕,月払いの賃料の金額〔4万5000円〕の2か月分余りである本件賃貸借契約における更新料の金額は,過大なものとはいえないこと),②本件更新料約定の内容(更新料の金額,支払条件等)は,明確である上,原告が,本件賃貸借契約を締結するにあたり,仲介業者である京都ライフから,本件更新料約定の存在及び更新料の金額について説明を受けていることからすると,本件更新料約定が原告に不測の損害あるいは不利益をもたらすものではないことのほか,③本件賃貸借契約における更新料が,その程度は希薄ではあるものの,なお,更新拒絶権放棄の対価及び賃借権強化の対価としての性質を有しているものと認められることを併せ考慮すると,本件更新料約定が,「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」とはいえないものというべきである。
ウ 以上によれば,本件更新料約定が消費者契約法10条により無効であるということはできない。
エ なお,原告の主張するとおり,更新料は,賃借人が物件を選定する際に主として月払いの賃料の金額に着目する点に乗じ,「更新料」という直ちに賃料を意味するものではない言葉を用いることにより,賃借人の経済的な出損があたかも少ないかのような印象を与えて契約締結を誘因する目的で利用されている面があることを直ちに否定することはできないけれども,更新料に関する報道が広く行われることなどを通じ,消費者が更新料の性質についての認識を深めていくことが考えられるし,不動産賃貸借の市場がその機能を十全に発揮すれば,賃貸業者の間で,更新料に関する競争が行われることが考えられるのであるから,原告の上記のような懸念が事実であるとしても,そのことから,直ちに,更新料に関する約定がおよそ民法90条又は消費者契約法10条により無効であるということはできない。加えて,賃貸借契約を締結する際,賃貸人に対して更新料に関する約定に関する説明が十分に行われなかった場合や,更新料に関する約定の内容(更新料の金額,支払条件等)が不明確であるため賃借人が賃貸借契約に伴い要する経済的な出損の全体像を正しく認識できない場合には,更新料に関する約定が当該賃貸借契約の内容とはなっていないとされたり,上記約定が消費者契約法10条により無効とされることが考えられないではないが,本件賃貸借契約の締結に至る前判示のとおりの経緯,本件更新料約定の内容には,そのような事情は認められない。
4 以上のとおり,本件更新料約定が民法90条又は消費者契約法10条により無効であるとする原告の主張を採用することはできないから,本件更新料約定が無効であることを前提とする原告の不当利得返還請求には理由がない。
5 敷金返還請求について
(1) 前判示のとおり,原告と被告は,本件賃貸借契約において,自動更新条項(本件約款第21条)を設け,更新時に特段の合意をしない場合においても,本件賃貸借契約を,自動的に,家賃・共益費等の金額に関する点を除き,従前と同様の条件で更新し,その際,原告が被告に対し更新料10万円を支払う旨合意しているから,本件賃貸借契約においては,法定更新が行われる余地はなく,当事者間の合意による更新又は本件約款第21条による自動更新のみが予定されており,いずれの場合においても本件更新料約定に基づく更新料の支払いが合意されているということになる。
(2) したがって,原告は,本件約款第21条及び本件更新料約定に基づき,被告に対し,10万円の更新料支払義務を負うこととなる。そして,前判示のとおり,本件敷金の額は10万円であり,本件敷金契約は,本件約款第5条④において,「被告は,本件賃貸借契約終了後,原告が,本物件の明渡を完了した日より1か月後に,本件敷金から,原告が,本件賃貸借契約上,被告に対して負担する債務を控除した残金を原告に返還する」旨定めており,本件敷金は,上記更新料10万円の支払義務に充当されるから,本件敷金の返還を求める原告の請求には理由がないこととなる。
第4 結論
以上の次第で,原告の請求にはいずれも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
京都地方裁判所第4民事部
裁判長裁判官 池田光宏
裁判官 井田宏
裁判官 中嶋謙英
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更新料訴訟
平成19年(ワ)第1793号更新料返還等請求事件
判決要旨
京都地方裁判所第4民事部
第1 結論・・・請求棄却
第2 事案の概要
被告との間で賃貸借契約を締結し、被告の所有する物件に居住していた原告が、更新料支払の約定が消費者契約法10条又は民法90条に反し無効であると主張して、既払いの更新料の返還等を求めた事案
第3 判決理由の要旨
1 更新料の法的性質について
(1)更新拒絶権放棄の対価(紛争解決金)・賃借権強化の対価の性質について
ア 更新料が授受され合意更新が行われる場合、賃貸人は、更新拒絶の通知をしないで、契約を更新するのであるから、更新料は、更新拒絶権放棄の対価の性質を有する。
また、法定更新の場合(更新後は、期間の定めのない賃貸借となり、賃貸人からいつでも解約申入れが可能となる。)とは異なり、合意更新により更新後も期間の定めのある賃貸借となる場合には、賃借人は、期間満了まで明渡しを求められることがない上、賃貸人が将来、更新を拒絶した場合の正当事由の存否の判断にあたり、従前の更新料の授受が考慮されるものと考えられるから、更新料は、賃借権強化の性質を有する。
イ もっとも、常に更新拒絶や解約申入れの正当事由があると認められるものではなく、特に、本件のように専ら賃貸目的で建築された居住用物件の賃貸借契約においては、正当事由が認められる場合は多くはないと考えられるし、本件賃貸借契約の期間は1年間と比較的短期間であり賃借権が強化される程度は限られたものであるから、本件更新料の有する、更新拒絶権放棄の対価・賃借権強化の対価としての性質は希薄である。
(2) 賃料の補充の性質について
ア 上記のとおり、本件更新料の有する、更新拒絶権放棄の対価及び賃借権強化の対価としての性質は希薄であるにもかかわらず、原告と被告は、更新料支払の約定のある本件賃貸借契約を締結している。
このような契約当事者の意思を合理的に解釈すると、賃貸人は、1年目は、礼金と家賃を加算した金額の売り上げを、2年目以降は、更新料と家賃を加算した金額の売り上げを期待しているものと考えられ、他方、賃借人は、更新料を含む経済的な出指を比較検討した上で、物件を選択しているとみることができる。そして、原告又は被告が、これと異なる意思を有していたことを認めるに足りる証拠はない。
イ このように、本件更新料は、本件物件の賃貸借に伴い約束された経済的な出損であり、本件約定は、1年間の賃料の一部を更新時に支払うこと(いわば賃料の前払い)を取り決めたものであるというべきである。
2 本件約定が民法90条により無効といえるか
本件更新料は、その金額、契約期間や月払いの賃料の金額に照らし、直ちに相当性を欠くとまではいえないから、本件約定が民法90条により無効であるということはできない。
3 本件約定が,消費者契約法10条により無効といえるか。
(1) 消費者契約法10条前段の要件(「民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の義務を加重する消費者契約の条項」)を満たすか。
本件更新料が、主とじて賃料の補充(賃料の前払い)としての性質を有していることからすると、本件約定は、「賃料は、建物については毎月末に支払わなければならない」と定める民法614条本文と比べ、賃借人の義務を加重しているものと考えられるから、本件約定は、上記要件を満たす。
(2) 消費者契約法10条後段の要件(「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」)を満たすか。
① 本件更新料の金額は、契約期間や賃料の月額に照らし、過大なものではないこと
② 本件更新料約定の内容は明確である上、その存在及び更新料の金額について原告は説明を受けていることからすると、本件約定が原告に不測の損害、不利益をもたらすものではないこと等を併せ考慮すると、本件約定が上記要件を満たすものとはいえない。
(3) 結論
以上より、本件約定が消費者契約法10条により無効であるということはできない。
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判例紹介
次に掲載する最高裁判決は東京高裁判決(昭和56(1981)年7月15日)を不服として賃貸人(上告人)が最高裁に上告したものである。判決は賃借人(被上告人)の全面勝訴。更新料支払特約があっても法定更新した場合には更新料の支払義務が無いという判断が下された。
最高裁昭和57(1982)年4月15日判決
言渡 昭和57年4月15日
昭和56年(オ)第1118号
判 決
東京都世田谷区若林4丁目**番**号
上告人 T実業株式会社
代表者代表取締役 N M
訴訟代理人弁護士 雨 宮 真 也
中 村 順 子
川 合 善 明
島 田 康 男
東京都世田谷区若林4丁目**番**号
Sメゾネット105号室
被上告人 A
右当事者間の東京高等裁判所昭和55年(ネ)第1066号、第1094号建物明渡請求事件について、同裁判所が昭和56年7月15日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告人代理人雨宮真也、同中村順子、同川合善明、同島田康男の上告理由について所論の点に関する原審の認定判断は、本件建物賃貸借契約における更新料支払の約定は、特段の事情の認められない以上、専ら右賃貸借契約が合意更新される場合に関するものであって法定更新された場合における支払の趣旨までも含むものではないと認めるべきであるとするものと解されるところ、本件における証拠関係及び事実関係の下においては右認定判断はこれを是認することができないではない。
論旨は、原判決を正解しないでその不当をいうものであって、採用することはできない.。
よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官 山 本 享
裁判官 団 藤 重 光
裁判官 藤 崎 萬 理
裁判官 中 村 治 朗
裁判官 谷 口 正 孝
昭和57年4月15日
最高裁判所第一小法廷
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更新料の支払約束があっても、法定更新された場合には、支払義務がなく、支払を理由に契約解除は出来ないとした事例 (東京高裁昭和56年7月15日判決)
(事実)
借家人Aは、更新時に、新改定家賃の2か月分の更新料を支払う約定で、マンションの一室を賃貸したが2年後の更新時に、賃料改定をめぐって紛糾し、合意更新することが出来なかった。そこでAは、更新料を払わず、自己が相当と思料する賃料を提供し、法定更新を求めたところ賃貸人から増額賃料(増額未確定にも拘らず)の未払いと、約定更新料の不払を理由に契約解除し、建物の明渡し、未払賃料、約定更新料の支払を求めて来た事案。
原審は、支払賃料の一部支払を認容した(供託無効を理由)他は、請求棄却。そこで、賃貸人から控訴、Aから一部控訴。その結果、Aの全部勝訴となった。
なお、一審判決も、更新料の不払については、「法定更新された本件賃貸借契約そのものの解除理由となり得ない」として、Aの主張を全面的に認めている。
(判旨)
「建物の賃貸借契約においては、借家法第1条の2、第2条により、これらに定める要件の認められない限り、特に賃貸人のした更新拒絶ないし異議に正当事由の存しない限り、賃貸借契約は従前と同一の条件をもって当然に継続されるべきものと規定されている(法定更新)うえに、同法第6条によれば右規定に違反する特約で賃借人に不利なものは無効とされていることを考えると、法定更新の場合、賃借人は、何らの金銭的負担なくして更新の効果を享受することができるとするのが借家法の趣旨であると解すべきものであるから、たとえ建物の賃貸借契約に更新料支払の約定があっても、その約定は、法定更新の場合には、適用の余地がないと解するのが相当である。そして、本件賃貸借契約において、叙上と異った解釈を採るべき特段の事情の存することは認められない。
ところで、本件の更新が法定更新であることは、前記のとおり当事者間に争いがないから、第一審被告に更新料支払の義務があるとする第一審原告の主張は、その余の点について検討するまでもなく、その理由がないというべきである」。
(短評)
判旨は論旨明快である。法定更新制度の要件を正確に解釈している点で1つの参考になろう。この判決の判旨に反対する下級審判例もあり、高等裁判所の段階で、このような明快な判決が出たことの意義は、大きいと思われる。
(*) 第一審被告=借家人A 第一審原告=家主・賃貸人
参考法令
借家法
第1条ノ2 建物ノ賃貸人ハ自ラ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由アル場合ニ非サレハ賃貸借ノ更新ヲ拒ミ又ハ解約ノ申入ヲ為スコトヲ得ス
第2条 当事者カ賃貸借ノ期間ヲ定メタル場合ニ於テ当事者カ期間満了前6月乃至1年内ニ相手方ニ対シ更新拒絶ノ通知又ハ条件ヲ変更スルニ非サレハ更新セサル旨ノ通知ヲ為ササルトキハ期間満了ノ際前賃貸借ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ賃貸借ヲ為シタルモノト看做ス
2 前項ノ通知ヲ為シタル場合ト雖モ期間満了ノ後賃借人カ建物ノ使用又ハ収益ヲ継続スル場合ニ於テ賃貸人カ遅滞ナク異議ヲ述ヘサリシトキ亦前項ニ同シ
第6条 前7条ノ規定ニ反スル特約ニシテ賃借人ニ不利ナルモノハ之ヲ為ササルモノト看做ス
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更新料支払特約があった場合において、新賃料につき合意が成立しておらず更新料が具体的債務として発生していないとされた事例 (東京地裁平成5年2月25日判決、判例タイムズ854号)
(事案)
賃借人は、店舗賃貸業者であるが、平成元年6月、飲食業の店舗として転貸する目的で、マンション1階にある店舗を賃料15万円で賃借したが、その契約書には「賃借人は3年後の更新において新賃料の2カ月分を更新料として支払う」との特約があった。
賃貸人は、更新時期に際して、賃料を20万6000円に増額請求し合わせて更新料の41万2000円、それに敷金50万円の請求(契約時に差し入れるべきものが3年後に延期されていた)をした。賃借人は、改定賃料の折り合いがついた後に更新料を支払うと回答したが、賃貸人は、更新料と敷金不払を理由に契約を解除して、建物明渡の訴訟を提起した。
本件判決は、いまだ更新料支払義務は発生していないとして賃貸人の明渡請求を排斥した。更新料に関する部分の判決要旨は次のとおり。
(判決要旨)
「被告は、原告に対して、3年後の更新時において新賃料2カ月の更新料を支払う約束をしてはいたが、新賃料の具体的な算定が予め合意されていたことを認めるに足りる証拠はない。
新賃料の金額は、第一次的には、更新時における双方の合意によって定めることが予定され、従って更新料も右金額の確定をまって初めて、その2カ月分相当額の具体的債務として更新時に発生するものといわなければならない。
本件においては、いまだ合意が成立していないことが明らかであるから、新賃料の金額の確定を前提とする更新料も、本件解除前において、その具体的債務として発生していなっかたものというべきである。この点について、原告は、被告が少なくても1カ月15万円の従前賃料を基準にした更新料30万円の支払義務を有していた旨主張するが、更新料の算定方法は前記のとおりであるし、原告のような性急な交渉態度は、いたずらに被告を困惑させるものというほかなく、こうした点にかんがみると、被告に原告主張のような右金額による更新料支払義務があったとまでいうことはできない。」
(説明)
本判決は、「新賃料が合意されていないから更新料も確定できない」と判断したが、支払特約更新料の支払義務を排斥する論理の1つを示している。
賃借人は、新賃料が合意されていないとしても従前賃料の2カ月分の更新料支払義務が肯定される危険を避けるために、契約解除後であるが15万円の2カ月分の30万円を供託していたが、本判決は、従前賃料の2カ月分についても、支払義務はなかったと判断した。
(1995.03.)
(東借連常任弁護団)
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更新料支払特約には、特段の事由がない限り、法定更新の場合を含まないとされた事例(東京地裁平成4年1月8日判決、判例タイムズ825号)
(事実概要)
賃借人は、昭和56年10月から店舗(ゲーム喫茶)建物を賃借したが、昭和63年10月の契約期間到来に際して、43万1570円の賃料を50万621円に値上げ請求され、また契約書に定められている更新料として賃料の2カ月分の請求を受けた。
(判決の要旨)
「本件賃貸借契約書には『本件契約の更新の際は、賃借人は賃貸人に対し更新料として新家賃の2カ月分相当の金額を支払うものとする』と規定しているが、文言上は合意による更新のみを指すのか法定更新を含むのか判然とせず、解釈によって判断するしかない。『新賃料』という表現からは、通常新賃料が定められることのない法定更新は念頭に置かれていないと考えられる。
ところで、一般に更新料を支払う趣旨は、
①賃料の不足を補充するためであるとの考え方、期間満了時には異議を述べて更新を拒絶することができるが、更新料を受領することにより②異議を述べる権利を放棄するものであるとの考え方、あるいは③期間を合意により更新ことによりその期間は明渡を求められない利益が得られることの対価であるとの考え方などがある。
①賃料補充説にたてば、法定更新と合意更新とを区別する理由はないが、そのように推定すべき経験則は認められず、かえって適正賃料の算定に当たっては、更新料の支払の有無は必ずしも考慮されておらず(実質賃料を算定する際には更新料の償却額及び運用益を考慮することはあるとしても)、また実質的に考えても、賃貸借の期間中も賃料の増減請求はできるのであるから、あえて更新料により賃料の不足を補充する必要性は認められないのに対し、賃貸人は更新を拒絶することにより、いつでも期間の定めのない契約に移行させることができ、その場合は、期間の経過を待たずに、正当事由さえ具備すれば明渡を求めることができるのであるから、賃借人においては、更新料を支払うことによりその不利益を回避する利益ないし必要性が現実に認められること等を総合考慮すると、特段の事由がない限り、更新時に更新料を支払うというのみの合意には、法定更新の場合を含まないと解すのが相当である。」
(解説)
更新料支払特約がある場合、法定更新のときも更新料の支払義務があるのかどうかについては、最高裁昭和57年4月15日判決(註)がこれを否定しているが、その後も、法定更新でも更新料支払義務があるとする判決がなされることがある。
本判決は、法定更新の場合には、約定更新料の支払義務はないと判決し、その理由も詳細である。特に、更新料とは賃料を補充するものであるから根拠のある請求であるという賃料補充説に対して明確な批判をしている。
(註)「本件建物賃貸借契約における更新料支払の約定は、特段の事情の認められない以上、専ら賃貸借契約が合意更新される場合に関するものであって法定更新される場合における支払の趣旨までも含むものではないと認めるべきある」(最高裁昭和57年(1982年)4月15日判決)
(1994.03.)
(東借連常任弁護団)
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家主から借家人に対する建物明渡請求訴訟継続中でも、更新料債権の消滅時効の進行は妨げられないとされた事例および更新料支払の合意は法定更新の場合には効力がないとされた事例 (東京地裁平成3年5月9日判決、判例時報1407号80頁)
(事例)
不動産賃貸・管理を業とする会社が、家主として借家人との間で、昭和55年1月30日、期間5年で建物を賃貸したが、その際契約更新時には最終賃料の2倍相当の更新料を支払うとの合意が成立した。
ところで、家主は、昭和55年7月、借家人に対して、債務不履行があったとして賃貸契約を解除して建物明渡請求訴訟を提起したが、昭和62年5月、訴訟上の和解が成立した。
その後、家主は、平成2年4月、借家人に対し、昭和60年1月31日の更新および平成2年1月31日更新を理由とする更新料の支払を請求した。
(争点)
1、昭和60年の更新を理由とする更新料債権について商事消滅時効が成立するか。
2、平成2年の更新(法定更新)を理由とする更新料について、更新料支払の合意は賃貸借が法定更新された場合にも及ぶか。
(判決の要旨)
1について、判決は、家主が借家人に対して建物明渡請求訴訟を提起していたとしても、これによって権利行使について法律上の障害はないから、更新料債権の消滅時効の進行は妨げられず、商事消滅時効5年の経過によって消滅しているとした。
2について、判決は、本件建物賃貸借契約書の文書上、更新料支払義務は合意更新の場合を念頭に置いて定められたものと認められることおよび建物賃貸借契約では法定更新されると期間の定めのない賃貸借となり借家人はいつでも解約申入れを受ける危険を負担することを理由として、更新料の支払の合意にはその効力がないとした。
(短評)
更新料債権が、他の債権と同様に一般には10年、商事について5年で時効消滅することについては、事新しいことではないが、家主が賃貸借契約解除を理由として建物明渡請求訴訟を提起している場合である点に問題がある。
この場合、家主としては明渡を請求しているので、他方で更新料の請求をすることは賃貸借契約の存在を認めることになるため実際には更新料を請求することができない立場になる。
しかし、更新料を請求できない立場といっても、それは事実上の問題にすぎず法律上権利行使をすることの障害になるものとはいえない以上時効の進行を妨げないというべきであり、本判決は、妥当な判決といえる。
なお、本判決は、更新料支払特約の合意が法定更新の場合に及ばないとする事例の1つである。
(1992.05.)
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