Straphangers’ Room2022

旧Straphangers' Eyeや習志野原の掲示板の管理人の書きなぐりです

我が事となると念入りな対応

2016-07-31 14:31:00 | 交通
ャPモンGOについて、鉄道事業者が駅構内にモンスターが出現しないように連名で要請しています。
公開と同時に「歩きスマホ」への注意放送を強化していますが、それだけでは足りないという判断なんでしょう。


(JRE各駅に貼られている)

まあこれまでずっと「歩きスマホ」の危険性や弊害が叫ばれていたのに、お座なりな対応で、すぐにエスカレーターの両側立ちキャンペーンなどピント外れの運動に逃げ込むあたり、車内広告の上得意である携帯キャリアや電機メーカー、ゲームソフト会社のご機嫌伺が大事で、利用者の迷惑なんてこれっぽっちも考えていない感じだったのが、自分が当事者になる可能性が大きくなった途端にこれですから、身勝手なものです。

そういう意味ではJREなんかは毎年恒例のャPモンスタンプラリーを今夏も開催するなかでのャPモンGOへのつれない対応ですから、「大人の事情」ありきの対応が迷走感を醸し出しています。スタンプラリーも毎年駅構内で子供がちょろちょろして危ない、という批判が絶えないなかで継続されているのですが、自社主導のイベントだとアローワンスが大きいのでしょうね。

「大人の事情」という意味では、「ャPモン」との「友好関係」に配慮して、「位置情報を利用したゲームアプリ」という分かったような分からないような、奥歯にものが挟まったような表現で規制対象の本命が何かを示していますが、リスク、安全に関する告知ですら広告主や取引先に「配慮」した、という事実は、実は軽く流すべきでない論点になります。


(スクロールもひっきりなしに)

そんなこんなで皮肉な事態になっているわけですが、まさに皮肉なのが、今回のャPモンGOが巻き起こしている「問題」の多くが、これまで鉄道事業者が問ってきた対応と相似形のところにあることでしょう。

まずは事業者の施設内で、事業者の提供するサービスとは無関係なイベントでにぎわう、ということ。これまで動線を無視してでもエキナカ優先の「駅づくり」をしてきて、電車に乗る、乗り換える、という動きが阻害される傾向にあったわけですが、ャPモンで人が滞留する、というと手の平を返して規制、批判です。

有りもののゲームにおけるャCント設定を流用する際に、どういうリスクがある、リスク発生時にはどうする、という対応を等閑にしてしまい、人気が出るに任せてしまう、対応は基本的に取らずにリスクはそのまま、という姿勢も、便利なんだから、とICカードを導入する半面、振替乗車を適用しないモラルハザードに、ロジックが面唐ネ通過連絡ルールの廃止など、影響は知らん、こっちに合わせろ的な対応も然りでしょう。


(新京成でも掲示)

これまで利用者がいくら言ってもとりつく島もなく、事業者第一の「社会派」諸氏やヲタは事業者に盲従して批判を理不尽なクレーマー扱いしてきたわけですが、同じようなことが自社に降りかかってくると、一転してアローワンスを狭くしてきたわけです。
まあ自社第一という意味では首尾一貫していますが、利用者第一ではなく自社第一というスタンスを隠そうともしないところには、「公共交通」のお題目が虚しくなるものを感じます。

そういう身勝手なスタンスをあぶりだせたことは、ャPモンGOの功罪の「功」になるんでしょうね。



基本は場をわきまえる、だけの話

2016-07-30 11:16:00 | ノンジャンル
ャPモンGOが我が国でもリリースされてから数日で、熱狂的な様子が全国に広がると同時に、問題も噴出しています。
交通違反の摘発に続き、「ながら運転」による交通事故の発生も現実に起きているわけで、「正しく使えば問題ない」という擁護派のリスク認識がいかに楽観的かがよくわかりますね。

鉄道会社も駅構内での事故に神経質になっているようで、歩きながらのプレイを控えるようしつこく呼びかけるだけでなく、連名で駅構内にャPモンが出現しないように要請しています。
また宗教施設や公共施設の一部でも同様の動きを見せるなど、社会問題化している面もあります。

その反面、鉄道会社や宗教施設、公共施設や自治体などャPモンGOに乗っかる動きもあるわけですが、もともとゲームに寛容なネット界隈では協調する側の対応を称賛し、拒絶する側の対応を批判する傾向にあります。
この辺りは前にも言っていますが、自分が楽しむものについては許容範囲を極大化して、メリットをかき集めて是認するのに対し、自分に無関係なものは爪の先程のリスクでも論って許容範囲を極小化して否定するという、歪んだ、偏った評価に過ぎないわけです。

リスクやデメリットに目をつぶっている人は、人が集まれば何でもいい、というに等しいわけで、鳥取砂丘を解放区に、なんて言っている県知事なんかは一時の娯楽のためなら自然が長い年月をかけて形成した砂丘が踏み荒らされ、植生が持ち込まれ、姿を変えるリスクを何も考えていません、と言うが如しであり、鳥取砂丘が馬の背が崩れ、外来の雑草が生い茂る砂地と化する、ということに思いが及ばないレベルの思考回路ですが、それを「名知事」と持て囃すネットのゲーム界隈を見ると、眩暈がします。

宗教施設や公共施設における「容認論」も、そもそも一般常識がある人間であれば「場をわきまえろ」の一言で済むはずが、ゲームに夢中なあまり常識を置き忘れてきたようで、「その場所に行くことで宗教的意義に気が付く可能性ガー」とか「ゲームで遊べるということは平和の象徴ダー」という屁理屈にもならないような理屈を持ち出してくるのを見ると、それこそ叱られた小さい子供が泣きながら理屈をごねるのと相似形です。

そもそも論として、公有地、私有地問わず各種スャbトを勝手に設定することは許されることなのか。スャbトを設定することで、その場所を訪れる人が発生するわけですが、その場所にある施設に対し、本来の趣獅ナはない「意図せぬ」訪問を誘発する行為、さらには訪問を想定していない施設への訪問を誘発する行為は、本来の「業務」を支障する結果を惹起した「群衆を集める」という行為が「威力」に当たると見なされれば、威力業務妨害罪に問うべきかもしれません。少なくとも事前に誰も了承していませんから。

この部分、ゲームの提供者はプレイヤーが勝手にやったこと、と逃げる気満々でしょうが、プレイヤーが集まる場所を設定、変更できるのは提供者だけであり、「威力」をコントロールできる存在として責任を問うべきでしょう。
先行する各国での状況を見れば、不法侵入などを誘発することは分かっていた、すなわち結果予見性が十分認められる状態で、設定を変更しない、調整しないでゲームをリリースした行為は、その結果として引き起こされた事件事故への責任が十分にあるといえます。

これ、砂糖水や何らかの化学物質を私有地に撒き、アリなどの昆虫などをその私有地に呼び集め、土地の所有者(居住者、利用者)が迷惑を被った、というシチュエーションと左程の差はないわけで、迷惑行為とどこが違うのか。それをャPモンだからOKとするには、相当高いハードルと理論武装が必要ですが、それがOKと声高に叫んでいる人は何でしょうね。



何故に今更ロッキード

2016-07-27 22:31:00 | ノンジャンル
NHKが放映した「ロッキード事件」は久々にあの事件を思い出してある意味懐かしかったのですが、前宣伝や前評判に比して、目新しさがあったかというと微妙であり、40年目という節目ではありますが、なぜこのタイミングで、と邪推したくもあります。

まあ穏やかでないのは古傷を穿り返された企業でしょう。ご丁寧にグラマン・ダグラス事件まで穿り返されたので、全日空に丸紅、日商岩井(双日)と今やピカピカの金看板の会社が40年前は、という話になっているわけで、何かしらのイメージダウンを招く話です。特に航空政策では国交省お気に入りのANAが舞台の事件ということですが、政治への配慮がとやかく言われているにしては、ここまでやれるということは、政治の圧力っていうのは報ステの元キャスターが自白したように、左派系メディアの「演出」に過ぎないのでしょう。

逆に気になるのは、圧力ではなく政治への影響を狙った「為にする」番組ということ。
現在も与党である政党が政権時代の歴史的な、しかし法令が緩かった当時のスキャンダルを流すことで、現代ではそんなダーティーなことはない状態でありながらダーティーな印象を与えるのではないか。そして都知事選の真っ最中というのも気になります。

また、米ソ冷戦時代という背景はさらっと説明していたとはいえ、「本丸」は防衛産業をめぐる話と強調することで、装備品調達に関する「いかがわしさ」を強調していないか。舞台となった機種選定は、哨戒機であり、今現在の我が国においても重要な装備ですが、P3Cに代わる新哨戒機P1が本格導入されはじめたこのタイミングというのもどうでしょうか。大々的な侵攻が考えにくい現代、哨戒機の重みは高まっているのですが。

ところで、ロッキード事件は、対米従属・軽武装でいくのか、独立路線・重武装でいくのか、という国策の根幹に係る問題が米国の意向に基づいたリークにより表面化した、ともいえるわけです。民主党政権が続いていたら、「最低でも県外」が拗れて対米問題が深刻化していたでしょうから、「謀略」で政権が吹き飛ぶようなことがあったかもしれませんし、あるいは冷戦当時だから日本の「価値」があり、スキャンダルを暴露までしてでも意向に沿うようにさせたけど、冷戦終結後で「脅威」も一定のシンパがいる中国であれば、ご自由に、と突き放されていたかもしれません。そうなれば必然的に重武装路線を取るしかないわけですし、あるいは今以上に露骨に領土領海を脅かされていたでしょう。


名古屋場所が終わり

2016-07-25 22:12:00 | ノンジャンル
先場所は飛ばしてしまったのですが、名古屋場所の講評です。
日馬富士の優勝で幕を閉じましたが、鶴竜が休場で白鵬以外は格下との対戦での13勝2敗というのはちょっと物足りません。白鵬に勝ってますから2敗は総て格下ですし。
白鵬は5敗。1000勝どころかここ数年ない不調に終わりましたが、立ち会いのかち上げという名のエルボーに頼る取り口の限界でしょう。横綱の取り口として考えたらどうか、というものですし、それこそ毎度の批判ですが、一時期不遜にも自らを準えていた双葉山のような「後の先」とはほど遠い取り口ですから。

稀勢の里は12番ですが、2敗の段階で見送りを断言すべきだった綱取りの可能性を引っ張ったことで何とか星を積み重ねた感じですね。優勝していないのですから13勝の準優勝で来場所、なら連続優勝でなくてもまあ文句は出ないでしょうが、今場所の12番は微妙です。来場所の優勝は必須として、14番か全勝でないと見劣りしますから。

その他大関は惨憺たる結果でしたが、7勝7敗同士の決戦を制してカド番をかろうじて脱出した照ノ富士、稀勢の里に敗れて負け越した豪栄道と、状況から見てガチンコだったであろうことは救いでしょうか。

三役陣は両関脇が魁聖が不戦勝2番込みの7番、栃ノ心が6番と今一歩。小結の高安が11番は来場所のお楽しみでしょうか。
逆に琴勇輝はわずか2番と散々でしたが、これまでが上出来すぎるわけで、人間挫折も必要です。
平幕では貴ノ岩が12番と何気に優勝決定戦待ちだったわけですが、それくらいですかね。嘉風が10番は立派ですが、「狂い咲き」かと思いきや実力が相当ついているようです。

今場所は三役から平幕上位が物足りない結果でした。鶴竜、琴奨菊の休場、その他の横綱・大関陣もけっこう星を落としている中で目立った成績を残せなかったのは、実力が落ちたということでしょうね。
実力者と目される層も微妙で、怪我もありましたが、白鵬戦の金星はともかく10敗の勢、12敗の遠藤に、横綱、大関にはほぼ歯が立たずに7番どまりの妙義龍。もはやさらに次の世代を待たないといけないのでしょうか。

白鵬の衰えが明白になり、ずば抜けた存在がいない状況で存在感をアピールできる力士が出てくるのか。
「営業横綱」として稀勢の里がショートリリーフとしてつなぎ、次を待つのかもしれません。ちょうど柏鵬時代の後、玉の海が急逝し、北の富士、琴櫻とつないだ後に輪湖時代になった感じでしょうか。

まあ今の稀勢の里を見ていると、綱を張るよりも魁皇のような「名大関」で終わる方がいい気もしますが。



自分とリスクに甘い論調

2016-07-25 22:10:00 | ノンジャンル
ャPモンGoが我が国でもリリースされましたが、確かに世界中を熱狂させているとはいえ、些か宣伝のお先棒を担いでいる感も無きにしも非ずです。ウィンドウズの基本OSが新しくなると徹夜組の熱狂を「国営放送」ですら報じるのにも共通するわけで、確かに多くの人が待ち望んでいるとはいえ、所詮は一商品の上市であり、冷静に考えたら、他にもある「定番商品」のリニューアルや新製品がここまで報じられていないわけですし。

先行してリリースされた各国ではいろいろな弊害も出ていますが、我が国においてもそれを懸念すると、なぜか「否定から入ることはない」「対応策はある」と全力で擁護する声が無数に湧いてきています。あたかも懸念を呈すること自体が「非国民」と言わんばかりの状況でもあるわけですが、結局自分の利害に直結するときにはリスクは極力小さく見積もり、しないときは可能性を考えうる範囲まで拡大して、リスクガー、と騒いでいるいつものパターンです。

懸念されているリスクの最たるものが「歩きスマホ」ですが、擁護派が押しなべて主張するのが、お知らせ機能があるので歩きながら画面を見る必要はない、だから「歩きスマホ」を前提としていないのだから批判は失当、というものです。
これも詭弁の域で、あくまで「歩きスマホ」を「しないでも遊べる」、ということに過ぎず、「歩きスマホ」では「遊べない」というブロックはかかっていません。

そもそも「歩きスマホ」を「しないでも遊べる」ほうが有利であれば「歩きスマホ」で遊ぶ人はいません。そうでないから世界中「歩きスマホ」となり、いろいろな事件・事故が発生しているわけです。
現実は「歩きスマホ」どころか自転車、バイク、さらにはクルマの運転中の操作すらあり、早くも実際に道交法違反で検挙されているケースも出ているわけで、それが可能でありながら対応がなされていないリスクは、想定外として逃げることはまず不可能であり、実際に事故やトラブルを起こす側のみならず、ゲームの提供者側も強く問われる事態と言えます。
擁護派の弁明は、実際にはある種の目的に使われる機器について、「そういう使い方はしないでください」と表向きの機能を盾にとって「警告」しているのと同じ発想であり、リスク対応という意味では無いに等しいものです。

また、世界中で「とんでもない」ところへの侵入が話題になっていますが、我が国でも国会議事堂内とか、鳥取砂丘の中とか、不特定多数が立ち入ったり踏み荒らしたりすることが好ましくない場所に設定されています。
これはベースとなるゲームの設定を流用したことによるわけですが、ャPモンという圧涛Iに桁違いのプレイヤーが参入するにあたっての調整がなかったことは運営側の準備不足を厳しく問うべきでしょう。

ベースとなるゲームは「その場所」を意識した行動をとる半面、ャPモンの場合は場所なんか関係なく、何がいるか、という価値観の相違により、「その場所」への意識が欠落した状態で押しかけるからです。
このあたりは戦争遺跡、宗教施設などで頻発している「軋轢」とも絡む話で、「その場所」への意識を欠くから、その施設、場所の意味や意義を全く無視してャPモンゲットに勤しむわけです。

もちろん弊害だけ論うのではなく、世界中で爆発的人気を呼ぶコンテンツは積極的に評価すべきです。しかしだからといってリスクに目をつぶってはいけません。関連銘柄(とマーケットが認識している会社)も含めて株価が上がっているから、という理由での容認もまた同じです。顕在化しているリスクをどう克服して効果を享受するか、という意味では、カジノなんかとも共通するテーマであり、効果をある程度減殺してでもリスクを潰す、という方向で動けば、カジノなんかも現実味を帯びてきますが、「株価が上がっているからいいじゃん」というような曖昧な対応をすれば、想定されるリスクを否定できないままになるわけで、顕在化の程度によってはマーケットが消滅するリスクすらあります。要は金の卵を産むニワトリをどう育てるかです。

世界中で見られる「顕在化事例」も、見方を変えればスタート直後の混乱と言えます。
そこでリスクを細かく踏まえたルールを制定できるか。ここに尽きます。「一歩間違えれば」のリスクが多々ある中で、初動を間違えると「歩きスマホ」もそうですし、キャリーバッグの横行もそうであるように、迷惑行為でありながら「赤信号、みんなで渡れば浮ュない」状態になってしまいます。

それを防ぐためには、ルールやマナーを守ればこれほど楽しいものはないが、破れば厳しく罰せられる、というメリハリが必要です。そういう意味では、「聞き分けの良い」「粋な対応」とされるような対応はどうなのか。「禁止」という明快な基準を提示しない限り、なし崩し、のリスクは払拭できませんから。