1月16日に放映された「神戸新聞の7日間」はこのブログでも触れましたが、その原作です。
震災の年の11月にプレジデント社から刊行され、1999年には角川ソフィア文庫から出版されていますが、実はこの本に目を通していませんでした。
ドラマを見て都内の主だった書店で探してみたんですが、全然ありません。角川ソフィア文庫自体が角川文庫の棚の隅の方に数冊と言う感じでは仕方がありません。角川文庫のサイトで検索すると、在庫切れで注文できずと言うことで、映像とのタイアップといえば第一人者の角川にしてはなんとも手抜かりです。
ところが先日八重洲ブックセンターに行くと、この本が平積みになっていました。
ドラマの帯もあり、奥付けを見ると1月30日に5版とあり、急遽刷ったようですが、他の書店では見当たらず、かつ角川文庫のサイトでも在庫切れのままと、どうなっているのでしょうか。
改めて目を通してみた感想ですが、時系列にいろいろなところで起きた出来事、エピソードをまとめている原作を、カメラマンを軸に再構築したことが分かります。ただ、原作ではあのカメラマンが出てくるのは新聞会館から京都新聞へ急行する時のエピソードのみ。なぜ彼が「主役」になったのでしょうね。
ちなみにドラマでは京都に直行したようになっていますが、原作を読むとハイテクパークの製作センターにまず立ち寄って、そこから丹波経由で向かったとのこと。燃える市街地を撮影したのは白川峠だそうです。
販売店のエピソードは森の赤鳥居の販売店だそうです。販売店主の犠牲はここ1件。
ドラマのクレジットに、青木と甲南の販売店が出てたので、あのあたりかなと思ってましたが、森でした。
そして「本青木」在住のカメラマンの元カノ?の話は別のエピソードを拾ったようです。
そして、あの社説を書いた論説委員長が被災した実家が本山中町だそうです。
父親が安置されたのが本山第三小学校。この学校は震災直後、多くのメディアが押し鰍ッたので名前だけは覚えている人も多いでしょう。
その本山中町の犠牲者は88人、販売店主が犠牲になった本庄町は97人が亡くなっています。
神戸新聞のサイトにこのドラマの感想を受け付けるコーナーがありましたが、やはりというか、新聞を出すことが大事なのか、といった疑問も呈されていました。
そしてなんで京都なのか、と言う声も。
しかし、15年経って、新聞を出す意味、そして今に、将来に記録を残す意味として考えたとき、確かに優先順位は低かったかもしれませんしたが、休刊せずに出し続けた意味は確かに大きかったです。
そして原作にちらりと書いてましたが、「なぜ京都か」の答えも。全国紙の大阪本社に頼るどころか、全国紙が何をしたか。
ちなみに全国紙の視点からこの震災を描いたコミックスがありましたが、あそこでさらりと書かれたエピソードと、本書で書かれたエピソード。同じような記者の奮闘に見えながら、その志には天と地ほどの差があると感じました。これは来年の「1.17」あたりで詳しく述べてみましょう。
震災の年の11月にプレジデント社から刊行され、1999年には角川ソフィア文庫から出版されていますが、実はこの本に目を通していませんでした。
ドラマを見て都内の主だった書店で探してみたんですが、全然ありません。角川ソフィア文庫自体が角川文庫の棚の隅の方に数冊と言う感じでは仕方がありません。角川文庫のサイトで検索すると、在庫切れで注文できずと言うことで、映像とのタイアップといえば第一人者の角川にしてはなんとも手抜かりです。
ところが先日八重洲ブックセンターに行くと、この本が平積みになっていました。
ドラマの帯もあり、奥付けを見ると1月30日に5版とあり、急遽刷ったようですが、他の書店では見当たらず、かつ角川文庫のサイトでも在庫切れのままと、どうなっているのでしょうか。
改めて目を通してみた感想ですが、時系列にいろいろなところで起きた出来事、エピソードをまとめている原作を、カメラマンを軸に再構築したことが分かります。ただ、原作ではあのカメラマンが出てくるのは新聞会館から京都新聞へ急行する時のエピソードのみ。なぜ彼が「主役」になったのでしょうね。
ちなみにドラマでは京都に直行したようになっていますが、原作を読むとハイテクパークの製作センターにまず立ち寄って、そこから丹波経由で向かったとのこと。燃える市街地を撮影したのは白川峠だそうです。
販売店のエピソードは森の赤鳥居の販売店だそうです。販売店主の犠牲はここ1件。
ドラマのクレジットに、青木と甲南の販売店が出てたので、あのあたりかなと思ってましたが、森でした。
そして「本青木」在住のカメラマンの元カノ?の話は別のエピソードを拾ったようです。
そして、あの社説を書いた論説委員長が被災した実家が本山中町だそうです。
父親が安置されたのが本山第三小学校。この学校は震災直後、多くのメディアが押し鰍ッたので名前だけは覚えている人も多いでしょう。
その本山中町の犠牲者は88人、販売店主が犠牲になった本庄町は97人が亡くなっています。
神戸新聞のサイトにこのドラマの感想を受け付けるコーナーがありましたが、やはりというか、新聞を出すことが大事なのか、といった疑問も呈されていました。
そしてなんで京都なのか、と言う声も。
しかし、15年経って、新聞を出す意味、そして今に、将来に記録を残す意味として考えたとき、確かに優先順位は低かったかもしれませんしたが、休刊せずに出し続けた意味は確かに大きかったです。
そして原作にちらりと書いてましたが、「なぜ京都か」の答えも。全国紙の大阪本社に頼るどころか、全国紙が何をしたか。
ちなみに全国紙の視点からこの震災を描いたコミックスがありましたが、あそこでさらりと書かれたエピソードと、本書で書かれたエピソード。同じような記者の奮闘に見えながら、その志には天と地ほどの差があると感じました。これは来年の「1.17」あたりで詳しく述べてみましょう。