Straphangers’ Room2022

旧Straphangers' Eyeや習志野原の掲示板の管理人の書きなぐりです

「配慮」をあざ笑う噴火

2015-06-30 23:19:00 | ノンジャンル
新幹線の衝撃的なニュースは、まず出張に行こうとした人からの「新幹線が止まっている」という情報に始まり、ネットやNHKで「白煙が」となり、だんだん衝撃的な事態が判明してきました。お昼休みということもありNHKを見ていたのですが、「マジかよ」と唖然とする中で突如チャイムがなり、「箱根で小規模噴火、警戒レベル引き上げ」という臨時ニュース、しかも小田原近辺で重なると言う偶然には、何かあるのか、という感じもしました。

さて、箱根の噴火ですが、そもそも昨日お昼の段階で「粒子状の降下物」が観測されているわけです。
誰がどう考えても「噴火」なんですが、なぜか頑なに断定を避け続ける様子には異常なものすら感じました。結局諦めた?のか、小規模噴火が観測された、と断定しましたが、この期に及んで「ごく小規模な噴火」と未練がましい修飾語をつけています。

要は「風評被害ガー」と批判する神奈川県や観光業界への「配慮」が過ぎた格好です。本省である国土交通省までが警戒区域の表記をよく言えば細分化、悪くいえば矮小化しているなかでの噴火ですが、「ごく小規模」だからよかったものの、噴火当時の御嶽山と同レベルの警戒レベル3にランクされて避難指示が出た範囲には旅館に日帰り温泉、別荘があるわけで、運が悪ければ「とんだ配慮」となるところでした。

1914年、これまで錦江湾に浮かぶ島だった桜島が大噴火して大隅半島と地続きになりましたが、その直前、異変を察知した地元からの問い合わせに対し、測候所は噴火を否定して、それを信じて避難出来ずに犠牲になった住民が多数出たことを悼んで建立されたいわゆる「科学不信の碑」が現地にありますが、科学的観測に関して経験が浅い当時と違い、十分な体制がありながら、ある意図をもった「配慮」で判断がゆがめられ、対応に不備が生じてはいないか。約100年の時を経て、再び「科学不信の碑」を建てる日が来ないようにしてもらいたいです。



「当たり前」の対応を迫られる日

2015-06-30 23:13:00 | 交通
身の毛がよだつ事態です。走行中の新幹線車内でいきなり焼身自殺を図り、本人のみならず巻き添えで1人が死亡、多数負傷という新幹線、いや、鉄道の歴史でも前代未聞の事件です。公共交通全体でも1980年に6名の犠牲者を出した新宿西口バス放火事件くらいしか思いつきませんし、海外を見ても、2003年の韓国・大邱での地下鉄放火事件がありますが、世界的に見ても異様な事件と言えます。

事件は小田原手前の丘陵地帯を通過中に発生し、小田原市街へ出る最後の弁天山TNの手前で緊急停車していますが、これがもし小田原通過後のトンネル連続地帯で発生していたらどうなっていたのか。石勝線での火災事故もそうですが、わずかな幸運が残っていることに救われました。
新幹線の内装は難燃性の素材ですが、それでも煙が充満したとありますし、巻き添えの犠牲者が出たように、乗客の衣類、荷物は難燃性ではないので、逆に乗客が炎に狙い撃ちされるリスクがあるのです。

「犯人」は1号車前方デッキで放火し、巻き添えの犠牲者が1号車後方デッキ付近で唐黷トいたと言う報道がありますが、だとすると巻き添えを食った方は現場から遠ざかろうとしたのか、洗面所に水を求めたのか、通路を後方まで走ったことになるわけで、ご本人の行動を責めるわけにはいきませんが、結果としてさらに巻き添えが増えるリスクや、場合によっては客室の前後で火災という最悪の事態もあり得ました。

韓国の地下鉄事件のときもそうでしたが、鉄道におけるテロやそれに類する事件のリスクは指摘されている中で、実効性のある対応がとりにくいこともあり、事実上対策はテロへの注意喚起の放送と掲示程度であり、危険物の持込等の規制はされていませんでした。
1列車に1300名が乗車し、それが数分間隔で発車する新幹線、さらには在来線においてセキュリティチェックは不可能、というのが「常識」だったのですが、テロではないとはいえ、その効果、影響はテロに匹敵する事件が実際に起きたことで、何らかの対応を迫られることは想像に難くありません。特に2020年の東京五輪においては、各国からの観戦客が数多く迎え入れるなかで、自国民保護の観点からテロ対策の強化を迫られる可能性があります。


(バンコクの地下鉄)

鉄道において、航空並みのセキュリティ対策は可能なのか。あるいは実効性のある、もしくは抑止力が期待できる対策はあるのか。
よく言われるのは、各国でも鉄道利用時にセキュリティチェックは基本的に無い、ということですが、実際には同時多発テロの標的となった米国のアムトラック、また国際列車であるユーロスターや、いろいろな意味で規制が厳しい中国の「新幹線」(動車組)など、手荷物のセキュリティチェックや本人確認が実施されるケースはありますし(増えています)、無い場合でもランダムなチェックが実施されていることがあります。


(上海リニア・浦東空港駅でのX線検査コーナー(乗車側です))

まあチェック内容や精度という意味では航空の比ではなく、相当甘いと言う評価ではありますが、実施しているということを見せることで抑止効果があるわけで、何もしていないよりは数倍マシです。


(浦東空港駅では地下鉄でも(これも空港から出てきての乗車側です))

ちなみに私が体験したケースでは、都市内の地下鉄で構内入場時に金属探知機を通るとか、スーツケースを持参している場合にはX線検査を受けており、日本とは乗客数が比較にならないとはいえ、「通勤電車でも実施している」という実例があり、入構、乗車に時間がかかっていることを受け入れている国もあるという事実は、今後利便性とどう折り合いを付けていくのか。


(バンコクの地下鉄。駅入口のチェックで滞留している様子)

いわばパンドラの箱を開けてしまった今回の事件は、後世ターニングャCントとして記録される事件になるかもしれません。



保守の劣化と挽回のチャンス

2015-06-30 23:11:00 | 時事
毎日、朝日が「報道圧力」に対する各紙の反応についてのまとめ記事を出したからでしょうか、慌てて産経も全国紙としては最後にこの問題を社説に取り上げましたが、時既に遅しというか、「産経だけ無反応」という状況が切り取られてしまっています。
まあ取って付けたような内容に加え、作家の発言は重みが別だとか、政争の具にしてはならないとか、悪いのは(当該議員を批判している)長老議員だとか、責任転嫁というか、この期に及んでまだ、という内容です。

紙面構成も、民主だって報道に圧力をかけてた、と「大阪のオバちゃん論理」で何とか一矢報いようとするセコさが滲み出ていますが、であれば尚更のこと「政治家による報道圧力」に対してはセンシティブになるべきであり、「これはアカン」と真っ先に「主張」しないといけませんね。言い訳を重ねるあまり、自爆を重ねた格好です。

今回の件は、結局は保守政治家、保守論壇の劣化を改めて示したと言えます。
仲間内、お友達での盛り上がりが総てであり、客観的に見てどうかという検証が出来ない。「まとめサイト」で情報収集していた代議士もいましたが、自分に都合のいい意見やデータしか見えない。レッテル張りに明け暮れ、相手の意見を参考にすることも出来ない。
かつての保守政治家や保守論壇は、主義主張が違っていても、傾聴すべき意見には謙虚に耳を傾けていましたし、誤りは素直に正していましたが、いまや独善的に聞く耳持たない姿勢や、間違っていると判ってもなお言い訳にこれ務める、という現実では、至らぬ部分を納得してもらうと言う発信も出来ませんから、数の論理で押し通すしかない、「数合わせ」の政治であり、有権者の心に訴える理念がなければ、議論もなくなり、論壇も劣化の一途でしょう。

ちなみに、勉強会に参加していた議員がまだ懲りないのか、安保法制に批判的なメディアは懲らしめる必要がある、広告を自粛する必要がある、と発言したと報じられています。この御仁も勉強会の際には問題が大きくなると見るやフェイスブックで反省の弁を述べていますが、作家同様メ[ズどころかウソだったということです。

ただ、ここは国士様御用達新聞にとっては最後のチャンスですね。報道への圧力をまだ期待、として先頭を切って批判することで、報道の矜持を示せますから。ここでも出遅れたら最悪ですが、他紙に先駆けて発言(インタビュー)全文を掲載したのは評価できますが、この素材をどうするかですね。まさかお説ごもっともとはしないでしょうが。


人の振り見て...

2015-06-29 00:52:00 | 時事
「人の振り見て我が振り直せ」とは良くぞ言ったものです。
例の「報道圧力」の問題ですが、自民党内でも強い批判が出ているというのに、まだ問題がわかっていないと言うか、事の相対化で誤魔化そうとする動きが目に付きます。

批判されているメディア側にも問題が、とか、言論の自由がある、とか、相手にも非があるだの、自分たちにも自由があるだのと、もっともらしく思っているんでしょうが、既にそういう言い訳をするたびに信頼を失う状況です。

俎上に上がっているメディアに問題が無いとはいいませんし、日頃の報道姿勢には強い疑念を持っていますが、「権力者」とそれを前にしての講演で「報道規制」「圧力」を公言してはいけません。言論には言論で。民主主義、自由主義の大前提です。

「報道の自由」を掲げるメディアを批判するからには、それなりのお作法や理論武装が必要であり、ブーメランにならないような配慮が必要です。いわば「人の振り見て」の世界でもあるのですが、今回のそれは「相手がやっているのだから」「向こうだって」という大阪のオバちゃん論理であり、それで自分たちの暴論が正当化されることは無いというのに、無関係なものを持ち出すのはそれこそ反政府勢力と同じアナのムジナです。

今回の暴論は、時の権力者が気に入らないメディアに圧力をかける、という一般論として捉えないといけない話であり、そう考えれば左右問わず我が事と認識する必要があります。その意味で、自分たちとベクトルが一致する時だけ適用される、と思い込んでいるとしか考えられない当事者や擁護者は非常に認識が甘いわけで、自由を守るために先人が払った犠牲を忘れ、自由は元からそこにある、という甘えた発想でしょう。

そう考えた時、今回の件で一番無様だった国士様御用達新聞は、社説に取り上げることもなく、いわばスルーだったというところに、救いようの無いものを感じます。唯一「産経抄」が若干諌めたくらいですが、それとて国会での議論全体に相対化しているわけで、同じ保守系としても読売とのスタンスの違いは明白です。

さらにいえば、件の作家は事態が大事になった後に大阪府内で講演をして、その席上で沖縄2紙を含むメディア批判を繰り返したそうです。
ブログで「冗談」といったのは単なるメ[ズどころか、「大嘘」だったわけですが、その卑劣な姿勢を批判するでもなく作家の主張を垂れ流す紙面をどういうつもりで作っているのでしょうか。


もう少し北越急行

2015-06-29 00:49:00 | 交通
北越急行の件ですが、日経の記事によると「はくたか」亡き後は経常損失3億円、最終損失5億円の予算を組んでいるそうです。
固定資産の減損を実施しており、特別損益は無いはずで、減損にかかる税効果も回収スケジュールを組むまでも無い、という状況ですから、納税ャWションに無い(地方税の均等割くらい?)ので、経常と税引き後の差額はなんでしょうか。
減損絡みと考えても、年間の減価償却費が3億円程度だったわけで、税務上はこの部分が減算されると余計に納税ャWションから遠ざかりますから、前回述べたキャッシュアウトの圧縮効果ではないようです。(税引前利益を計上している場合は税務上の損金を計上できることは意味があるが)

そもそも減損自体が、「はくたか」廃止に伴う鉄道事業全体の営業赤字(営業CFのマイナス)が継続する見通しに伴い、会計のルール上淡々と実施されているに過ぎないと言う見方も出来ます。
減損を実施しなくても納税額に変化はなく、CFにも影響はありません。沿線自治体に納付される固定資産税も課税標準は会計上の簿価ではありませんから影響はあまりなく、減損が必然でなく戦略だとしても、それを敢えて実施するメリットが見えません。

減損で計上した会計上の損失(繰越利益剰余金の減少?)は、償却期間に応じて計上する減価償却費見合いの営業損益~最終損益の減少に応じて最終的には同額になるまで計上されるわけで、これもどうでしょうか。資産として保有しているほうが、担保力としての価値があるわけですが、これも災害等による除却損などの計上と裏腹ですから何ともいえません。

ただ一ついえることは、ほとんどがキャッシュ項目になっていることから、経営が判りやすい、ということでしょうか。
収入があり、支出があり、不足分は金融資産等を取り崩す。これも「身の丈」にあった経営でしょう。

あとは資産性の補修工事等ですが、減価償却費=設備未払金返済となるようにすれば判りやすいですし、そういう設定にしていくでしょう。

上記の日経記事では毎期の経常損失が3億円とのことです。経常損益ですから金融資産からの収益である営業外利益を含んでおり、それで3億はちょっと厳しいですね。ただ、減価償却費を考えないベースでの営業損益+金融収支でマイナス3億は少なすぎる感じも否めません。

典型的な長大閑散路線といえる秋田内陸縦貫鉄道で、営業損失は2億円弱であり、公的年金の運用利回りが2012年度で10.23%、2013年度で8.64%ですから、損失(キャッシュ項目)の穴埋めとして金融資産の2.5%程度を取り崩せば穴は埋まりますし、資産価値自体は増加しています。そもそも配当利回りが1.5%程度は見込まれますから、100億円超の金融資産を抱えて経常損益の段階で3億円の赤字は俄かには信じがたいです。

ざっとの計算ですが、営業段階で3億円の赤字(これも多すぎるイメージ)だとしても、配当利回りで1.5億円、取り崩しでCFは埋めますが、会計上は売却益部分が相撃ちになるだけなので、そこが悪さをしているにしても、予算の数字が悪すぎます。
30年で積み立てた金融資産を食い潰す、という記事の内容も、マーケットが長期低迷しない限りはそこまで早くはないでしょう。


ちなみに、「はくたか」がそもそもなかったら、北越急行、というか北越北線はどうなっていたか。
広域的にはほぼ併走するR253があり、主な峠には長大トンネルが整備されている状態で、ローカル輸送専用の鉄道が必要なのか、そこからまず問うべき話ですが、「はくたか」対応の高規格化の以前、国鉄による建設が凍結された時点である程度の高規格化が織り込まれていました。
上越(新幹)線と上越地区を結ぶ都市間輸送がそもそも前提になっての建設であり、全くのローカル輸送しかない、という前提での建設ではないだけに、「幹線輸送が続く」「幹線輸送で目一杯稼いで守りに入る」以外の前提での開業はありえないとしかいいようがありませんね。