(エレーヌ・グリモー(Hélène Grimaud)さん。写真はネットより)
今回ご紹介するのは「ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番」(ピアニスト:エレーヌ・グリモー(Hélène Grimaud))です。
-----曲調&感想-----
ロシアの作曲家セルゲイ・ラフマニノフの曲と言えば、フィギュアスケートの浅田真央さんが思い浮かぶ人が多いかと思います。
2010年バンクーバーオリンピック(カナダ)では「前奏曲 鐘」、2014年ソチオリンピック(ロシア)では「ピアノ協奏曲第2番」で演技をしました。
特にピアノ協奏曲第2番は「伝説」とも称される圧倒的演技が印象に残っている人が多いと思います。
その時の音楽は第1楽章のものでしたが、第1楽章から第3楽章までの全てを聴くと、第1楽章のみとはまた違った壮大さやドラマを感じることができます。
私はフランスのエレーヌ・グリモーさんというピアニストによる演奏が好きなので、その演奏動画を元にご紹介します。
曲全体の印象
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は「生きること」とともに語られることがよくあるようです。
ラフマニノフ自身が精神的に苦しい時期を過ごし、その間作曲もできなくなり、そこから持ち直してようやく生み出した曲であることから、曲にもその道のりが強く表されています。
この曲は「苦難の道のりの果てに辿り着くもの」を表現していると思います。
私は第1楽章を「激動の日々」、第2楽章を「立ち止まる日々、そこからまた戦う日々」、第3楽章を「苦悩からの解放、新たな始まり」のように解釈しています。
この曲を初めて第3楽章まで聴いた時は、浅田真央さんが演技した第1楽章の激動の曲調のイメージが強かったため、第2楽章と第3楽章を少し物足りなく感じました。
しかし何度か聴いていくうちに、第2楽章と第3楽章の良さが分かりました。
ひっそりとして立ち止まっているような雰囲気になる第2楽章があってこその、「歩んだ人生」の表現になり、第1、第2楽章を経た第3楽章のドラマチックさが引き立ちます。
また、私はこの夏、この曲をアイドルグループNGT48の元メンバー、村雲颯香さんが歩んだ苦難の道に当てはめた解釈をしたので、各章の感想の末尾にその時の解釈がどんなものだったかも書いておきます。
「苦しい時期を過ごしてやっと生み出した曲」というように、ある程度作曲の経緯が分かっている中で、音色の細かい部分にどのような印象を持つか、どのような解釈をするかは人それぞれとなり、人の数だけ奥深さがあります。
演奏するピアニストは自身の歩んだ人生に重ね合わせる人もいるのではと思います。
第1楽章
「激動の日々」
第1楽章は何と言ってもフィギュアスケートの浅田真央さんが印象深いです。
私的にこれに勝るものはないです。
(ソチオリンピックでラフマニノフのピアノ協奏曲第2番第1楽章の音色に乗って演技をする浅田真央さん。動画は「YouTube で見る」を選択すると再生出来ます。)
第1楽章冒頭、ピアノ独奏の「タン…タン…」の演奏は鐘の音を表しているとのことで、鐘の音がピアノ協奏曲の始まりを告げます。
そこからの弦楽器(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス)を中心とした重厚感のある緊迫した音色が凄く印象的で、これはクラシック音楽で「主題」と呼ばれる、しばらくするとまた登場するその楽章の中心となるメロディです。
緊迫感、悲しみ、ずっしりとした迫力があります。
ピアノはその音色への伴奏のような演奏を物凄い速さで行っていて、音はそれほど目立たないですが演奏難度は非常に高いと思います。
そして節を付けるように「タンタン」と高音の鍵盤を二回叩く演奏があり、良いアクセントになっています。
いったん演奏がバンっと爆発するようになってから、ゆったりとした安らぎを感じる音色になりますが悲しさも感じます。
やがて管楽器のトランペットとトロンボーンの「パーパー、パパパーッ」という演奏が入り、さらにその最後に打楽器のティンパニがドコドコドコと節を付け、それを合図に緊迫感、悲しさ、派手さ、迫力などが合わさった非常に盛り上がる場面に向かいます。
ラフマニノフの音楽は「巨人的」と評されることがありますが、弦楽器の特にヴァイオリンの伸びと迫力のある演奏によってその巨人さが強く表れています
さらに、浅田真央さんがソチオリンピックで素晴らしい「ステップ」を見せた場面を迎えます。
その時の音色はオリンピック用のアレンジでスピードを速くしていましたが、演奏会で演奏されるピアノ協奏曲第2番は少しゆったりとしたものになります。
この場面も巨人的な雰囲気があり、どしーん、どしーんと巨人がゆったり躍動しているように聴こえるのが印象的です。
凄く巨大なカーテンがゆったりと揺らめいているようにも聴こえます。
また、この音色は冒頭の主題の音色でもあり、今回はピアノの演奏の仕方が変わり非常に目立つものになり、全体の聴こえ方がドラマチックになっているのも印象的です
終盤、静かな雰囲気になるのは、激動の日々が終わって疲れ果てたように聴こえます。
村雲颯香さんに当てはめた解釈
第1楽章はNGT48の山口真帆さん暴行事件が起きてからの激しい日々と、4月21日に山口真帆さん、菅原りこさん、長谷川玲奈さんの3人の卒業が発表されてから5月18日の卒業公演までの日々です。
村雲颯香さんも菅原りこさん、長谷川玲奈さんとともに一番近くで山口真帆さんを支えた人で、弦楽器が目立つ重厚感のある緊迫した音色が、事件が起きてからの激しい日々そのものだと思いました。
途中、ひっそりとした雰囲気になるのは、3人が卒業することになった喪失感のように聴こえます。
第2楽章
「立ち止まる日々、そこからまた戦う日々」
冒頭、弦楽器を中心とした悲しげな演奏の後、凄く静かなピアノ独奏があります。
そこにフルートの伸びやかで静かで、そして美しい音色が入り、ピアノとフルートで主題が演奏されます。
フルートと交代してクラリネットもピアノとともに主題の演奏をします。
とてもゆったりとした中に虚しさや悲しみを感じる雰囲気が印象的です。
深く傷付いた人が日差しが降りそそぐ中、光を反射する小川を静かに眺めているような風景が思い浮かびます。
その後もゆったりとした曲調のまま進み、ピアノの音色がまさに小川が静かに流れるようで凄く綺麗です
やがてピアノの音色が少し熱を帯びてきます。
スピードはそれほど速くないまま、気持ちの高まりを感じる音色になります。
第1楽章の激動の日々が脳裏をよぎっているかのようです。
一気に静まり返った後、ピアノの静かな演奏を経て、主題の演奏が今度はヴァイオリンを中心にしてされます。
やはりとてもゆったりとしていて綺麗で、虚しさや悲しみを抱える誰かが静かに佇んでいるのが思い浮かぶような音色です。
ピアノはやがて「タン、タン、タン、タン」と同じリズムをゆったりとドラマチックな音色で演奏しながら合わせ、全体の音色からは「起きてしまった日々」に思いを馳せながら、そのことを受け止めているような響きも感じます。
村雲颯香さんに当てはめた解釈
第2楽章は山口真帆さん、菅原りこさん、長谷川玲奈さんが卒業した翌日の5月19日から、村雲颯香さんが卒業を発表する7月18日までの日々です。
静かな日々もあれば、メンバーと激しく思いがぶつかる日もあったのではと思われ、まさにそのような曲調になっています。
冒頭の主題演奏時のどこか空虚で寂しげな雰囲気は3人を失った直後の、荒涼としてひっそりとしたグループに村雲颯香さんが佇んでいるのが思い浮かびました。
そして気持ちの高まりを感じる曲調になる場面は、グループを「まともなグループ」に変えるために奮戦している姿が思い浮かびました。
第3楽章
「苦悩からの解放、新たな始まり」
第3楽章は第1楽章、第2楽章と違い明るい雰囲気で始まります。
ピアノの力強くスピーディーな、情熱のステップをしているかのような第1主題が登場します。
その後徐々にスピードをゆっくりにしてから、「ドレミファソラシド」の音階をシンプルに並べているのがとても印象的な第2主題が登場します。
この第2主題はあと2回登場し、私的には第2主題が第3楽章の圧倒的主役に聴こえます
中でも「ドレミファー レミファソファミー」の部分などは音階をとてもシンプルに上げたり下げたりしているだけなのに物凄くドラマチックに聴こえます
これはラフマニノフの作曲のセンスが凄く良いのと、演奏者達も表現が上手いのだと思います。
一旦穏やかな演奏になった後、2回目の第2主題までの間ピアノもオーケストラも第1主題のリズムで激しく情熱的な演奏をしていきます。
そこから静かに穏やかに、ヴァイオリンを中心にした第2主題が登場するのを聴くと、とても澄んだ神聖な気持ちになります
1回目の第2主題はヴァイオリンを外していましたが今回はヴァイオリンが入り、音が高くなっているのが印象的です。
ヴァイオリン中心の演奏の後に続く、ピアノ中心の第2主題の演奏はとても儚げで、泣きそうな気持ちになるほどです。
3回目の第2主題が非常に「巨人的」な演奏になります。
3回目にして初めてピアノとオーケストラ全体での演奏になり迫力が凄いです
そして全体の音の中からピアノが目立つ時の音色が物凄く印象的です。
巨大なカーテンがゆらりとはためいているかのように聴こえ、比喩ではないそのままの意味での「尾を引く」という言葉が思い浮かぶ演奏です。
この3回目の第2主題の場面は、それまでの苦難の道のりがついに終わりを迎え、新たな始まりに向かって羽ばたいて行くように聴こえます。
物凄く好きな場面で、第1楽章からの苦難の道のりの果てに辿り着いたのがこの境地なのだと思います。
ラフマニノフがまた生きる希望を持てたのが分かります。
村雲颯香さんに当てはめた解釈
凄く盛り上がる3回目の第2主題のところは、グループを卒業して羽ばたいていく村雲颯香さんが思い浮かびました。
この盛り上がりは暴行事件発生から自身の卒業に至るまでの村雲颯香さんの歩んだ道と、その道の終わりまで来て羽ばたかんとする村雲颯香さんに光が当たり、多くのメンバーが盛大に称えているように聴こえます。
特定勢力に、自分達に都合の良いストーリーを作るために村雲颯香さんの名前を利用するだけ利用しようという動きが見られたのは残念でしたが、本人の功績は偉大なもので、第3楽章のドラマチックさがよく似合います。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、今年の7月21日に広島県呉市で行われた「広島交響楽団 第29回呉定期演奏会」で、ピアニスト外山啓介さんの演奏で初めて生演奏を聴きました。
外山啓介さんの鬼気迫る雰囲気がとても印象的で、この「苦難の道のりの果てに辿り着くもの」を表した曲を、その世界観の中で演奏するのは大変なことなのだと思います。
それだけに約35分という程よい長さの中で、第1楽章、第2楽章を経て第3楽章の3回目の第2主題の場面まで来ると凄く満ち足りた気持ちになります。
音源で聴くのはもちろんのこと、また演奏会でも聴いてみたいと思います
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