
テレビで2度ほど観たことがあった。
野村芳太郎監督の『事件』である。
ただ、その2回とも途中からだったので、いつかは最初から観てみたいと思っていて、先日DVDを借りた。
実は、その原作は文庫で読んでいる(大岡昇平著 新潮文庫刊 781円+税)。法廷でのシーンが中心に据えられ、そこで語られる真相が現場の様子をリアルに再現していくスタイルの興味深い作品だ。
1961年から翌年まで朝日新聞夕刊に連載された。しかし、裁判や法律などに関する堅い表現も多く、夕刊らしくない気もする。
さて、映画だ。原作の魅力が見事に映像化されていてたっぷり楽しめた。静寂の中、厳粛に展開される法廷と、スリリングな回想シーンが絶妙のバランスで交錯していく。後半は原作ではあえて語られなかったエピソードも加わり、飽きさせることはなかった。
それよりも、実はこの映画、注目すべきは裁判所以外の場面なのだ(笑)。なにしろ事件の舞台が「神奈川県高座郡金田町」という「人口5000人に足りない、小さな田舎町」である(もちろん架空の町)。「5キロ北の厚木」、東には小田急江ノ島線の「長後駅」、南は寒川町というロケーションといえば…。
その昭和36年ごろの風景というカタチで、まさに「昭和」が映像として確認できる(撮影は52年)。しかも、実際の場所とはかけ離れているのだが、多くのシーンが平塚市内で撮影されているのだ。特に金目あたり。金目観音堂、バス停、橋、そして殺人現場となった「サラシ沢」から見下ろす先には、東海大学のあのグルグルまで映り込んでいた。黒沢明監督だったら「リアリティがないからどけろ」と言い出したかもしれない(笑)。
登場する風景を、現在と比べてみるのも面白そうだ。あの感じですね。と思ったら、撮影地を訪ねる『シネマ紀行』というDVD特典映像が収められていた。
ラストシーンでよしこ(大竹しのぶ)と宮内(渡瀬恒彦)が話をするのは、相模大橋。浮沈橋だったころの「もぐり橋」(現・あゆみ橋)も見える。そして、本厚木側の街並みの中に『東急ストア 羽根澤屋』という看板も映り込んでいた。この映画が撮影された数年後に、その看板の下で僕は働くことになるのだ。
