マキノと山崎は、坂東伊三郎という踊りの若師匠がスターになれる素材かどうか、自分たちの目で確かめに来たのだった。楽屋で挨拶を済ますと、マキノはメガネの奥でじろっと孝之を見るなり、
「竹本支社長から話は聞いてると思うんやけど、どうやろ、ひとつ映画に出てみては」と言った。
孝之はまだ決心がついていなかった。
「ありがたいお話だとは思ってますが、どうも自信がなくて。ご迷惑をおかけするようになってはいかんと思いまして……」
マキノは隣りの山崎を見ると、山崎は頷いて、目でオーケーサインを出している。マキノも、この青年なら時代劇に向いているし、スター候補として売り出せると確信した。
「いやあ、あんたなら大丈夫や。ぜひ今度撮る『雪之丞変化』で主役をやってもらえんやろか」
「えっ、主役というと雪之丞ですか」
「そうや、昔長谷川一夫がやった。雪之丞と闇太郎の二役や」
「そんな大役、ぼくにできるでしょうか」
「できるやろ。踊りのほうは専門やし、女形かてしたことあるって話やないか。まあ、演技のほうは監督の注文を聞いてやれば、できないことおまへんがな」
「はあ」
すでに孝之は映画出演の話を師匠の簑助に相談していた。簑助は、鯉昇や鶴之助の時と同様、孝之の映画出演にも賛成だった。孝之はずっと舞台に出たいと思っていたが、今の自分の立場ではそう簡単に出られるものでない。が、あちこちの稽古場で弟子も増え、収入も安定している。孝之は迷っていた。しかし、マキノの言葉を聞いて、やっと映画に出でみようという決心がついた。
早速その日の夜、祇園のお茶屋で、師匠の簑助をまじえ、宴席がもたれた。酒が出る前にマキノが契約の話をした。孝之を時代劇の主演級のスターに育てるつもりなので、東映の専属になってもらいたいということだった。当面月給は十万円、それに映画一本の出演料が五万円の提示額である。この頃サラリーマンの初任給が月約五千円である。新人の映画俳優としては破格の金額だった。が、当時の映画スターの出演料は一本百万円というのもざらにあり、最高額の長谷川一夫が一本三百万円と言われていたくらいだったから、上を見ればきりがないほどランクの差があった。フリーの坂東鶴之助の出演料が一本三十万円だった。孝之は舞踊界では少しは名前を知られるようになってきたが、世間ではまだ無名である。提示額は申し分ない。これで孝之の東映入社が決まった。
映画デビューの芸名について、孝之は坂東伊三郎を希望した。が、マキノは言った。
「どっかの番頭はんみたい名前やないか。違うのがええやろ。わしに任しとき」
「竹本支社長から話は聞いてると思うんやけど、どうやろ、ひとつ映画に出てみては」と言った。
孝之はまだ決心がついていなかった。
「ありがたいお話だとは思ってますが、どうも自信がなくて。ご迷惑をおかけするようになってはいかんと思いまして……」
マキノは隣りの山崎を見ると、山崎は頷いて、目でオーケーサインを出している。マキノも、この青年なら時代劇に向いているし、スター候補として売り出せると確信した。
「いやあ、あんたなら大丈夫や。ぜひ今度撮る『雪之丞変化』で主役をやってもらえんやろか」
「えっ、主役というと雪之丞ですか」
「そうや、昔長谷川一夫がやった。雪之丞と闇太郎の二役や」
「そんな大役、ぼくにできるでしょうか」
「できるやろ。踊りのほうは専門やし、女形かてしたことあるって話やないか。まあ、演技のほうは監督の注文を聞いてやれば、できないことおまへんがな」
「はあ」
すでに孝之は映画出演の話を師匠の簑助に相談していた。簑助は、鯉昇や鶴之助の時と同様、孝之の映画出演にも賛成だった。孝之はずっと舞台に出たいと思っていたが、今の自分の立場ではそう簡単に出られるものでない。が、あちこちの稽古場で弟子も増え、収入も安定している。孝之は迷っていた。しかし、マキノの言葉を聞いて、やっと映画に出でみようという決心がついた。
早速その日の夜、祇園のお茶屋で、師匠の簑助をまじえ、宴席がもたれた。酒が出る前にマキノが契約の話をした。孝之を時代劇の主演級のスターに育てるつもりなので、東映の専属になってもらいたいということだった。当面月給は十万円、それに映画一本の出演料が五万円の提示額である。この頃サラリーマンの初任給が月約五千円である。新人の映画俳優としては破格の金額だった。が、当時の映画スターの出演料は一本百万円というのもざらにあり、最高額の長谷川一夫が一本三百万円と言われていたくらいだったから、上を見ればきりがないほどランクの差があった。フリーの坂東鶴之助の出演料が一本三十万円だった。孝之は舞踊界では少しは名前を知られるようになってきたが、世間ではまだ無名である。提示額は申し分ない。これで孝之の東映入社が決まった。
映画デビューの芸名について、孝之は坂東伊三郎を希望した。が、マキノは言った。
「どっかの番頭はんみたい名前やないか。違うのがええやろ。わしに任しとき」
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