錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

中村錦之助伝~名子役の頃(その3)

2012-08-23 23:40:52 | 【錦之助伝】~誕生から少年期
盛綱陣屋」は、原題を「近江源氏先陣館」というが、この通称の方が一般的である。豊臣方と徳川方が戦った大坂冬の陣を題材に、物語の設定を鎌倉時代に置き換えて脚色したものだが、メインストーリーは、北条時政(徳川家康がモデル)についた佐々木盛綱と、源頼家(豊臣秀頼がモデル)を主君とあおぐ高綱の二人の兄弟(真田信之・幸村がモデル)が両陣営に分かれて争うことになったがゆえの、その親族の悲劇である。主役は佐々木盛綱で、そこに老母の微妙、孫の小四郎(高綱の子)と小三郎(盛綱の子)、小四郎の母篝火が登場し、高綱のニセ首の実検をめぐって、疑り深い北条時政による追及があり、父を助けようとする小四郎の切腹もあって、心を打たれた盛綱が苦悶するといった内容といえば良いであろうか。
 「盛綱陣屋」で錦之助は小四郎を演じるが、子役としては一番の難役だった。小四郎は、父・高綱と伯父・盛綱が敵味方に分かれ血肉の争いをしている渦中に投げ込まれ、盛綱の子小三郎の初陣で生け捕りにされ、盛綱の陣屋に引き出される。そこで、母篝火の姿を垣間見、最後は父を守るため、切腹して果てるという役である。
 錦之助が小四郎をやるのは、九歳の時、昭和十七年三月の歌舞伎座公演であった。その時は吉右衛門一座ではなく、父時蔵も伯父吉右衛門も居合わせず、まるで一人、他人の家へ出された感じだった。場所は演じなれた歌舞伎座だが、盛綱は羽左衛門(十五代目)、微妙は宗十郎(七代目)、篝火は家橘(のちの十六代目羽左衛門)、ほかに友右衛門(六代目)、三津五郎(七代目)といった面々である。


「盛綱陣屋」羽左衛門(盛綱)と錦之助(小四郎)

 とはいえ、錦之助にとって「盛綱陣屋」に出演するのはその時が三度目であった。前の二度は、小四郎ではなく、盛綱の子の小三郎の役をやった。小四郎に比べ、小三郎は楽な方の役である。五歳の時は、吉右衛門が盛綱で、大阪歌舞伎座の公演だった。八歳の時、昭和十五年十一月、歌舞伎座における皇紀二千六百年奉祝興行での「盛綱陣屋」では、羽左衛門の盛綱、宗十郎、仁左衛門も同じ役で、錦之助は小三郎だった。要するに、錦之助が小四郎を演じるにあたっては、すでにこの面々の中で、実地演習済みだったというわけだ。
 錦之助は、自伝「ただひとすじに」の中で、「盛綱陣屋」での小三郎役の思い出に触れ、「あの広い歌舞伎座の花道を小さな体によろいをまとって駈け走り、客席からどっと歓声を浴びせられたのを今も憶えております」と書いている。


錦之助の小三郎

「盛綱陣屋」での錦之助初めての小四郎役の出来ばえは、どうだったのか分からない。が、すでにこの頃、錦之助は名子役であるという評価が定まっており、この小四郎も無事にうまく演じ終えたにちがいないと思う。
 というのも、同じ昭和十七年十二月、今度は京都南座恒例の顔見世興行で、「盛綱陣屋」が出され、錦之助は選ばれて、東京からわざわざ出向いて、小四郎を演じているからである。その時は、吉右衛門が盛綱で、梅玉(三代目)が微妙、ほかに時蔵、猿之助(二代目)も出演している。
 そして、翌昭和十八年十月、歌舞伎公演で「盛綱陣屋」が羽左衛門の盛綱で再演され、錦之助は十歳の終わりに三度目の小四郎を演じ、子役としての有終の美を飾る。この時、小三郎をやったのは、弟の賀津雄であった。
 賀津雄は錦之助より六歳年下で、同じ昭和十八年九月(小三郎をやる一ヶ月前)、歌舞伎座公演「取替べえ」の男の子の役で中村賀津雄を名乗り初舞台を踏んでいた。五歳だった。「取替べえ」とは、屑鉄拾いのことで、金物や落ちている釘などを拾って集め、業者に売る商売である。この芝居は、明治の頃に時代設定して、屑鉄を拾う子供たちと下町の人たちを登場人物にした舞踊劇だった。歌舞伎評論家で劇作家の川尻清潭の新作だったが、戦争中で物資欠乏の折、特に鉄などの金属類は徴収されていた頃なので、時局に合わせ、また、お国に協力するために書いたキワ物だったようだ。賀津雄は、釜をひっぱって踊ったという。(「名題さんが語る錦ちゃんの歌舞伎時代」の座談会での中村時十郎の話)
「歌舞伎座百年史」(本文篇上巻=平成五年発行、資料篇=平成七年発行)によると、七代目坂東三津五郎が飴売善右衛門の役で、面白く踊って諷して見せたという。他に出演者(役名)は、時蔵(荷持甚六)、もしほ(大工職栄次)、錦之助(男の子)、賀津雄(男の子)、由次郎(女の子)とある。
 錦之助は、「盛綱陣屋」に出演した後、同年十一月十二月の歌舞伎座公演「喜撰」で小坊主をやって、戦前の子役時代を終えている。「喜撰」には賀津雄も出演している。戦後、賀津雄は、錦之助に代わり、名子役になっていく。



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