錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

錦之助の江戸っ子ぶり

2006-07-08 00:21:05 | 錦之助ファン、雑記
 江戸っ子らしい性格とはどんなものなのだろう、と時々考えることがある。もちろん、江戸っ子なんて今の世に生き残っていないから、まったく現実離れした話なのだが、東京人の端くれである私みたいな者は、そんなことを考えてみたくなるのだろう。実は内心、江戸っ子の典型に少しでも近づきたいと願っているところもあって、大袈裟だが、私の価値観、人生観にもつながる問題のような気もする。
 私は何よりも「江戸っ子的なもの」が好きだ。それを好む傾向を自分でも積極的に肯定している。たとえば私は古典落語が大好きなのだが、今は亡き江戸っ子の名人しか認めない片寄りぶりである。これまで、志ん生、文楽、三木助、円生の録音カセットばかり聴いてきた。たまに寄席にも行くが、志ん朝が死んだ今となっては、小三治を聴きに行く程度である。落語には、八ッつぁん、熊さんはじめ、職人気質のいろいろな江戸っ子が登場し、また落語の主人公はちょっと誇張して面白おかしな性格で描かれているわけだが、江戸っ子らしい性格とはざっと挙げると次のようなものだろう。
 そそっかしい、気が短い、元気がいい、強がり、無鉄砲、喧嘩っ早い、人情が厚い、世話好き、自慢屋、見栄っぱり、口が悪い、ウソがつけない、お世辞下手……、ほかに、意気地がない、涙もろい、権威に弱い、威張りたがり屋、なんていうのもあるかもしれない。
 これは錦之助の自叙伝で読んだ話だが、父親の中村時蔵は落語ファンだったらしく、志ん生を家に招いて落語をやってもらっていた時期もあったらしい。戦後しばらく経ち志ん生が中国から帰還して売れ始めた頃だろうから、錦之助がハイティーン時代で、錦之助をふくめ播磨屋一門が間近でナマの落語を聴いていたとのことだ。これは興味深い話である。私は歌舞伎に関してはあまり詳しくないのだが、落語にはいわゆる芝居噺というのがあって、歌舞伎十八番や江戸時代の名優の話を落語にしたものがたくさんある。「淀五郎」とか「中村仲蔵」とかは『忠臣蔵』の四段目と五段目をテーマにした有名な噺だ。歌舞伎と落語は関係が深いのだ。播磨屋一門がどんな噺を聴いていたかは分からないが、錦之助が若い頃から歌舞伎だけでなく江戸の大衆文化、とりわけ江戸の庶民性に通じていたことは確かである。
 錦之助を観察していると、江戸っ子を自負しているプライドのようなものを言動のふしぶしに感じる。そして、私が錦之助の大ファンである最大の理由の一つも、錦之助が江戸っ子っぽいからなのである。錦之助はある意味で京都を本拠とする東映時代劇の異端児だった。旧態然とした京都時代劇に東京の新風を吹き込んだ革命児だったとも言えよう。戦前の時代劇スターと言えば地方出身の役者や関西系の不遇な歌舞伎俳優が多かったのではあるまいか。主だったスターの出身地を調べてみると、阪妻だけが東京で、大河内伝次郎は福岡、片岡千恵蔵は群馬、市川右太衛門と嵐寛寿郎は大阪、月形龍之介は宮城、長谷川一夫は京都、大友柳太朗は愛媛である。
 戦前は知らないが、戦後の男優で時代劇の江戸っ子を演じさせたら、錦之助の右に出る役者はいなかったし、今でもいないと私は思っている。東千代之介は東京出身だが、江戸っ子らしい役に恵まれなかった。大川橋蔵も東京出身だが、品の良い美しさが特長でべらんめえ言葉が板についていなかった。市川雷蔵は京都出身でニヒルな暗さが魅力。勝新太郎は東京出身だったが、泥臭い演技が売りで、私の好きな「悪名」の主人公にしても粋な江戸っ子とは程遠かった。三船敏郎は田舎くさい侍が適役だった。
 錦之助だけが粋で気風のいい江戸っ子を演じることができたと思う。映画で言うと、『一心太助』シリーズ全五作のほかに、『蜘蛛の巣屋敷』『江戸っ子繁昌記』『江戸っ子奉行・天下を斬る男』『ちいさこべ』、そして『冷飯とおさんとちゃん』の『ちゃん』などがある。主人公の性格描写の違いこそあれ、どれも錦之助の江戸っ子ぶりが見られる作品である。『若き日の次郎長』シリーズの錦之助は、清水の次郎長ではなくむしろ江戸の次郎長だし、オールスター映画の『水戸黄門』で演じた火消し役は威勢のいい江戸っ子だった。『任侠清水港』『遠州森の石松』『森の石松鬼より恐い』で演じた錦之助の石松も、従来の石松のイメージを打破し、ドモらず口のよく回る江戸っ子的な石松だった。
 錦之助の良いところは、何より江戸っ子らしい明るさである。しかもエロキューションが大変よく、歯切れのいい東京弁が特長である。それにあの甘いマスクで、気風がいい、と来たもんだから、昔も今も錦之助を憧れる人が跡を絶たないのは当然だと言えよう。ましてや自称東京人の多くの人々が(私もその一人だ)錦之助に江戸っ子の典型を見て、彼にぞっこん惚れ込むのもまったくアタボーな話なのだ。






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