錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『錦之助の美剣士』

2007-08-06 00:00:02 | 美剣士・侍
 錦之助は、数多くの浪人剣士、剣客を演じている。宮本武蔵はその代表的な役の一つである。時代劇ファンで、錦之助の武蔵を知らない人は恐らくいないだろう。萬屋錦之介に改名してからは、テレビの『子連れ狼』の拝一刀が代表的な役だと言えるだろう。「シトシトピッチャン」の主題歌とともに、錦之介の子連れ狼は国民的な人気を博した。

 とはいえ、人によって、またその人の年齢や世代、性別によって、頭に浮かぶ錦之助の剣士像はいろいろ違うかと思う。熱心な錦ちゃんファン、とくに女性ファンに錦之助が演じた剣士役で大好きな主人公は誰かと尋ねたとしたら、次の三役は絶対に候補に上るだろう。源氏九郎、眉殿喬之介、御堂主馬之介である。系統はちょっと違うが、それに、早水東吾、あるいは宇津木兵馬を加える人もいるだろう。錦之助が演じた、いわゆる「美剣士」のヒーローたちである。宮本武蔵は、青年剣士であっても、美剣士とは言えまい。錦之助の武蔵は、もちろんカッコいいが、白皙の剣士とは程遠い。やや、むさいところもある。髪の毛はぼうぼうで、無精ひげをはやしている時の武蔵は、女性にもてる感じもしない。『子連れ狼』の拝一刀は、すでにトウの立った中年である。剣の腕はものすごいが、陰惨な刺客である。女性が一目見てうっとりとするような剣士ではない。

 錦之助といえば、どうしても、若くて颯爽とした美剣士のイメージがオールドファンの間ではぬぐいがたい。デビュー作『ひよどり草紙』の筧耀之助と『笛吹童子』の菊丸(彼は剣士ではない)は別として、錦之助の初期の映画では、次の三役が代表的なものであろう。犬飼現八(『里見八犬伝』)、那智の小四郎(『紅孔雀』)、獅子丸一平である。どれも錦之助の人気を爆発的なものにした当たり役である。これらの役は、青年剣士というより、むしろ少年剣士に近く、剣の腕も未熟でそれほど強そうには見えなかった。また、映画の内容は貴種流離譚で、冒険あり恋愛ありの伝奇ロマンだったが、幼稚な部分も多く、どちらかと言えば十代の青少年少女向きの娯楽時代劇だった。
 こうした美剣士の主人公役を、錦之助はデビューから二、三年の間は頻繁に演じていたが、年とともに、ういういしい美少年が水もしたたる美青年に成長し、同時に剣の腕もめきめき上がっていった。その過渡期に当たったのは、昭和31、32年だろう。錦之助は、一方で、獅子丸一平、五郎(『七つの誓い』)、次郎丸(『ゆうれい船』)といった、とろけるような美少年を演じながら、また一方で、中山安兵衛(『青年安兵衛・紅だすき素浪人』)、早水東吾(『青雲の鬼』)、源氏九郎(『源氏九郎颯爽記・濡れ髪二刀流』)、宇津木兵馬(『大菩薩峠』)といった青年剣士を演じた。昭和31年の『曽我兄弟・富士の夜襲』は、私にとって思い出深くまた大好きな作品だが、錦之助の美少年(元服前の箱王)と凛々しい美青年剣士(曽我五郎)の両方が観られる貴重な映画だった。
 昭和33年は、観客動員数がピークに達した映画界の全盛期であり、また錦之助がスターとして最も輝き、人気も日本の全男優中トップを極めた年であるが、この時錦之助が演じた美剣士は、まるで絵から抜け出たような、観ていて惚れ惚れするような青年剣士である。剣さばきも磨きがかかり、冴え渡っている。『源氏九郎颯爽記・白狐二刀流』(昭和33年3月封切)の源氏九郎と、もう一役、『剣は知っていた・紅顔無双流』(同年9月封切)の眉殿喬之介である。どちらも、錦之助しか演じられないたぐいまれな美剣士だった。甘美で優雅、親しみやすい高貴さを備え、抑制された情熱と暖かい人間味がにじみ出ている。孤高ではあるが、決してニヒルではない。しかも剣術は神業の域に達している。そんな美剣士は、この頃の錦之助以外誰も演じることができなかったと思う。翌年、『美男城』(昭和34年2月封切)で錦之助が演じた御堂主馬之介は、悲しげで苦渋の表情が加わるが、この役も素晴らしかったと思う。
 しかし、その後3年間、錦之助は美剣士を演じなかった。錦之助の年齢も二十代の終わりを迎えた頃、すなわち昭和37年、『源氏九郎颯爽記』第三部「秘剣揚羽の蝶」が伊藤大輔監督によって製作される。そして、これを最後にそれまで錦之助が数十度も演じ続けた美剣士は二度と登場することがなかった。




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