雑誌『明星』の1958年正月増刊号を古本屋で入手した。オール時代劇の特集で、当時の時代劇映画やスターの記事が満載で、実に面白い。読みごたえも十分である。私はビデオ鑑賞や読書に飽きると、この雑誌を覗き、あちこち拾い読みしながら、楽しんでいる。スターたちの座談会あり、インタヴューあり、近況報告あり、さらには脇役たちの奥さんの苦労話もあったりして、この頃の雑誌記者たちがいかにスターとファンを大切にし、その橋渡しに苦心していたかが手に取るように分かる。その楽しさと明るさに私は思わずほほ笑んでしまう。
もちろん、この雑誌の中には、中村錦之助に関する記事も多い。あっ、そうだ、忘れていた!この号のカバー写真が、なんと、錦之助なのである。粋なやくざの着流し姿で、にっこり笑ってこっちを見ている。その顔の晴れやかで素敵なこと!女性ファンが見たら、身体中にビリビリ電気が走るにちがいない
では、錦之助の記事をちょっとご紹介しよう。なんだか、ミーハー的な気分だが、堅い映画論だけでは、このブログを読んでいる方も飽きてしまうので、たまにはこんなのもイイんじゃないかと思って…。
まずは、「錦ちゃんのクリスマス」から。6枚のモノ・トーン写真で綴るクリスマス・イヴのカップルのひと時。3ページ構成で、ロマンチックな映画のシーンのようだ。錦ちゃんはバシッとしたスーツ姿で、頭髪はオールバック。金持ちのお坊ちゃん風。相手の恋人役は大川恵子。ヘップバーン・ヘアで、大きな白襟の付いた藍色(?)のツー・ピースを着ている。目鼻立ちくっきりで、モダンな美人だなー。お姫様姿よりずっと可愛いじゃないか!二人で窓の外を眺めるショット、プレゼントを交換するショット、恵子ちゃんのピアノに錦ちゃんが寄り添うショット、シャンペンで乾杯するショット、雪の中に相合傘でたたずむショット。錦ちゃんの女性ファンなら、恵子ちゃんの場所に自分を置き換えて、夢のような空想をするのだろう。
おつぎは、「青春対談 ゆく年くる年」。錦之助と浅丘ルリ子の対談である。二人の写真もあちこちに入って、5ページにわたる目玉記事。でも、錦ちゃんはほとんど聞き役で、ルリちゃんの一人喋りといった感じ。ちょうどルリちゃんが『禁じられた唇』の撮影で京都へ来たおりに対談のセッティングがなされたらしく、まずは京都の感想から。映画で演じる舞妓さんの話、共演者津川雅彦の話などなどあって…。
<『禁じられた唇』のルリ子と津川>
この対談ではルリちゃんの少女っぽい省略の多い話し方に錦ちゃんが付いていけない部分も。そして、初めてのラブ・シーンのことに話が及ぶ。
ルリ子「私ネ、最初の恋人は津川さんのお兄さんなのよ。」
錦之助「えッ?」
ルリ子「ウアッ。(笑)また、本気にしてるのね。これも映画の中のお話よ…。『愛情』って映画の中で、長門さんとの初恋の役をやったのよ。梅の花がいっぱい咲いているの、初春ね。その梅林の中で、肩に手をかけられるシーンがあって…私、まだ子供…いまでも子供だけど、そんときは、ほんとうの子供だったから、撮影だか、ほんとうなんだか、胸がドキドキしちゃった。夢かうつつかってところなのね。あんなこと初めてだったわ。だけど、長門さんが、演技の上で、いろいろ教えてくださったでしょ。感激したわ。」
錦之助「それはよかったね。僕にも経験あるけど、最初は、もう、なにがなんだか分からないことだらけで、ずい分まごついたけど、このごろはやっと慣れた。」
まあこんな感じで進んでいく。当時浅丘ルリ子は芳紀17歳だった。(錦之助は八つ上の25歳。)
「あなたの知りたい錦ちゃんの七つの秘密」も面白い。錦之助の魅力の謎をとくカギとして、門外不出の七つの秘密が3ページにわたり書いてある。(1)食事の秘密(2)人気の秘密(3)魅力の秘密(4)演技の秘密(5)結婚の秘密(6)お洒落の秘密(7)秘密のヒミツであるが、ちょっとだけ紹介すると…。
(1)食事の秘密から。「錦ちゃんはゲテ物趣味なんです。といっても、蛇や蛙などを食べる悪食家ではありません。大好物はホルモン料理。牛のタンとアバラ肉をニンニク入りのタレに漬けたのを、炭火で焼き、唐辛子で食べる朝鮮料理です。」
なんのことはない。単なる焼肉料理だが、当時は韓国レストランが今ほどなかったことを考えれば、錦ちゃんは変な食べ物が好きなんだなーとファンは思ったはず。
(2)人気の秘密から。「後援会『錦(にしき)』の現会員数が二万二千名。会員の層に親子が多いという点も不思議な点です。子供がファンになる、そうするとお母さんやお姉さんたちもファンになる。中には一家全部が会員だというファンもあります。」
いやー凄かった。あの頃のファンはいったいどこへ行ってしまったのか?
(私は『錦』の会員にはならなかったけれども、今は『錦友会』という錦之助を偲ぶ会の会員になっています。)
「東映スタジオは野球ブーム」は2ページの写真記事。野球のユニフォームを着たそうそうたる東映スターたちの写真を見ていると楽しい。集合写真のほかに錦ちゃんがバットを構えている写真がデカデカと載っている。錦ちゃんが中心となって、映画『任侠東海道』の俳優陣を集めてチームを編成したそうだ。チーム名は「次郎チョーズ」。その主なメンバーを紹介すると…。監督片岡千恵蔵、ピッチャー中村錦之助(背番号1、打順は4番)、キャッチャー加賀邦男、ファースト大川橋蔵、セカンド東千代之介、ショート里見浩太郎、ライト大友柳太朗…。
「花形スター初春の恋占い」は、藤田小女姫(さおとめ)が占っている。そう言えば、この霊媒少女、今はどうしたのだろう。昔はよくテレビにも出ていたが…。
錦之助の恋占いはと言うと…。
「この人は心のやさしい人ですから、真に人のことをよく思う方です。この人の見つける女の人は、表面あかるく見えても心の中が淋しいような、また何か個人的に問題を持っているような人に縁があるようです。沢山の人に思われても、すぐ、ふらふらする方ではありません。ご自分がよく思うと、とっても真剣になり、仕事にもさしつかえますが、これからも沢山噂をたてられそうです。しかし、来年とさ来年は、異性にハッキリした態度をとらなければならない年のようです。」
錦之助が有馬稲子と大ロマンスのすえ婚約するのは、1959年だからちゃんと当たっている。ただ、有馬稲子が「表面あかるく見えて心の中が淋しそうな」人かどうかは分からないが、なんだかそんな女性のような気もしてくるから不思議。