この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

映画『別離』、この映画で描かれているのは、、、。

2012-05-06 10:07:05 | 新作映画
 アスガー・ファルディ監督・脚本、『別離』、5/5、KBCシネマにて鑑賞。2012年16本目。


 イスラム社会における女性差別に対して憤りを感じている知人がいた。
 そのつぶやきは遥か彼方に消えてしまったので確認しようがないが、一夫多妻や名誉の殺人などに憤っていたように思う。
 自分の考えはその人とは若干違う。

 まず一夫多妻であるが、日本ではしばしばハーレムと同意義の言葉として用いられるれるが、そもそもは戦争寡婦に対しての救済措置だった。
 別段脂ぎった中年オヤジが年若い女性を嫁にするために作り出された制度ではない。

 現在法的に一夫多妻制を禁ずる国はトルコとチュニジアの二国だけだが、この他のイスラム国家においても、男性が二人目の妻を娶る場合、一人目の妻の同意が必要なのだ。当然三人目の妻を娶る場合には一人目と二人目の妻の同意が必要である。
 現在のイスラム社会の一般家庭において一夫多妻を成立させ、維持するのはかなり困難であると言える。

 名誉の殺人とは、例えばレイプの被害者の女性が、家族の名誉を汚したという理由で家長から殺されることなどを指す。
 このような野蛮な行為は断じて認められるものでなく、名誉の殺人が日常的に行われる国は蛮国と言えよう。

 映画『別離』の舞台はイランである。
 映画には二組の夫婦が出てくる。
 一組は比較的裕福な中流家庭の夫婦ナデルとシミン。彼らには一人娘のテルメーがいるが、離婚の危機にある。
 もう一組の夫婦はホッジャトとラジエー。ラジエーは失業中の夫に代わり家政婦としてナデルの家で働くことにする。

 この映画に出てくる二組の夫婦は当然一夫多妻ではない。
 それだけでなく、この映画には一方的に差別されるだけの女性は登場しない。
 さらに、この映画に登場する判事は極めて理知的で、その判決は公正かつ妥当なものに思える。
 この映画を観て、イランが蛮国であると思うものはいないだろう(この映画だけですべてを判断するというのは危険だが)。

 事の発端はラジエーが敬虔なイスラム教徒であったことにある。
 彼女は家事全般だけをこなせばよいと考えていたのだが、それだけでなく、認知症を患ったナデルの父の世話もしなければならなかったのだ。
 イスラム教では女性が親族以外の男性に触れることは罪とされる。

 しかしそこから先は、夫婦の不和や社会格差、老人介護など、国、民族を問わず、どこにでもある普遍的な問題が物語を紡いでいく。
 そして映画は親子の絆の大切さを描いて幕を閉じる。

 映画『別離』はイスラム世界に偏見を持つ人にこそ観て欲しい一本であるが、それを抜きにしても、果たして誰が嘘をついているのか?というミステリーとしても非常によく出来ている。
 アスガー・ファルディ監督の作品がまた日本で公開されることがあれば、是非観なければならない、と思う。


 お気に入り度は★★★★☆、お薦め度は★★★★☆(★は五つで満点、☆は★の半分)です。
コメント
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