ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 今井むつみ著 「学びとは何か―探究人になるために」 (岩波新書2016年3月)

2017年06月08日 | 書評
教育学・言語学・脳科学より認知科学の視点から、生きた知識創造を考える 第2回

1) 知識のシステム

 「学ぶ」ということを「記憶」とか「知識」などに関連付けて考える人が多い。「記憶力」には、①瞬間的に覚える型、②雑多なことを覚える型、③必要なことを目ざとく覚える型、④総合的な大局・状況をよく覚える型がある。①の瞬間記憶力とは動物的に覚え込む訓練に長けた人で、数字の羅列を覚えることが得意な人である。②の記憶力に優れている人とは、記憶すべき情報を後で取り出しやすいような形(ストーリー)に変換することが得意な人であろう。我々凡人は√2を「人よ人よの人見ごろ」 1.4141356の歌で覚える程度であるが、対数表、円周率などを恐るべき桁数まで覚える人は、短期記憶を長期の記憶に移すことに長けた人なのであろう。③は普通の人が全く気に留めない事柄を職業柄必要な事項を記憶する人のことである。シャーロックホームズのように観察力に優れた人は多くの情報を記憶する能力というよりは、職業柄どのような情報が重要かを見極めその情報だけを抽出することに優れた能力のことである。④は意味のある状況を経験的に覚えており、局面ですぐに思い出せる人である。棋士がみせる驚異の記憶力とは、棋譜の膨大なデーターベースから目の前の局面を一瞬にして見つけることができる能力である。自分がどのような職業を目指すかによって、その分野について膨大な知識をもつように努力しなければならない。それがスキルとうものである。私達は日常で起こっていることを理解するとき、つねに自分の想像の翼で補いながら理解してゆく。これを心理学では「スキーマ」(掬い取るもの)と呼ぶ。経験と想像のスキーマがないと、物語の筋・展開を追うことができない。理解できないと記憶・学習もできない。理解する努力を放棄することは学習では「落ちこぼれ」につながる。私達は物事を客観的に理解しているかどうかは怪しい。解釈した結果を記憶してしているのだろう。つまり自分の知識のフィルターを通して解釈され、構築されたものなのである。実際人の記憶には、想像のスキーマが入り混じっている。記憶と知識はどう違うかというと、知識は生きて使えるものでなくてはならないということに尽きる。知識は体の一部にならなければならない。人が瞬時に対応できるということは、からだが「手続きの知識」を記憶していることである。子供の言語の習得の過程とは単語や知識の断片をためてゆく過程ではなく、知識をシステムとして作り上げてゆ過程に他ならない。まず胎内で母国語のリズムを学ぶことから始まる。つまり赤ちゃんは自分の母国語の韻律の特徴についての知識とともにこの世に誕生するのである。人が何を言っているのかが理解できるには、乳児はまず人の声を単語に区切っていくことから始める。単語はいくつかの音素からできている。音の違いの組み合わせが言葉の意味を決める。音の洪水が赤ちゃんを襲うが、音素の違いが母国語であれ外国語であれ、赤ちゃんは音の違いを識別できる能力を持っている。乳児は辞書を引くわけではないから、大人から言葉の意味を教えてもらう。1歳半を過ぎたころから、子どもは「思い込み」を使って、言葉の指す対象と範囲をすぐに決めることができる。言葉の指す対象の形をまず想定する(類別)ことを「形ルール」といい、「形ルール」によって最初に名前を付けたものを、「ターゲット」と呼ぶ。「形ルール」から入った新しい言葉をどんどん覚え、語彙を爆発的に成長させる。子供は語彙に含まれるパターンを発見し、言葉の学習のスキーマを作る。それぞれの単語の境界はその領域に属する他の単語との関係によって決まる。語彙は膨大な単語からなるシステムなのである。単語どうしの関係(システム)を知って始めてつかうことができる。言葉の関係には「対比」の関係があり、類別されるグループ(動物、食べ物・・・)内の言葉は対比される。二つの違う言葉が同じ意味を持つことはないという原則も学ぶ。たくさんの図形の中で、類別できるグループ(仲間)の識別が重要なポイントである。ボール(野球ボール、ドッジボール)と靴は同じ仲間ではないこともわかる。微妙な場合について、すでに知っていた言葉の修正もおこなう。幼児にとって「数の概念」の発生は重要である。2歳ぐらいからまず3つくらいまでは容易に識別するが、5以上になると「たくさん」という量で捉えてしまう。つぎに数と指の対応を教えると10までは容易に数えられる。つまり数という抽象的な概念でも、言葉を足掛かりとしてパターンを学び、「数のスキーマ」を作るのである。量という塊とは違う、整数としての数を理解することができる。

(つづく)


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