ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 今井むつみ著 「学びとは何か―探究人になるために」 (岩波新書2016年3月)

2017年06月09日 | 書評
教育学・言語学・脳科学より認知科学の視点から、生きた知識創造を考える 第3回

2) 学ぶということ

 子供の作るスキーマとは、複雑な要因を考えるものではなく、目立った特徴のみに頼って直感的に作り上げた「思い込み回路」である。外界の様々な現象について子どもなりのスキーマということについて、筆者は、子どもは物体の物理的な性質を直感的に理解しているというが、子どもがニュートンの力学の第1から第3法則を理解しているところ(物理専攻以外の大学生でさえ理解していない)は私はとても信じられないから、割愛したい。こういった話は理科を学ぶ中高校生以上で問題となるが、小学校以下の子どもで理解できるものではないからだ。従って発達心理学で議論すべきではなく、科学としての物理・数学で理解の程度を議論すべきと思われる。母国語のスキーマと外国語のそれはかなり異なると思わなければならない。例えば英語のwearという一語が、日本語では着る、履く、かぶる、付けるなどに対応する。英語のholdは中国語で13種類の漢字に対応する。対応する言葉が多いということが言語の学習困難性を示している。外国人の中国語学習者はその一部しか使いきれていない。スキーマは情報を取り入れ記憶するために重要な働きをする。人は理解できない情報を記憶に取り込むことはできない。従ってスキーマは情報の取捨選択を行う。その結果「誤った思い込み知識」が強化されることもある。自分の信念と一致しない情報は無視されやすい。これを「確証バイアス」と呼ぶ。これを是正することは非常に困難であるが、誤った知識を修正し、それとともにスキーマを修正しなければならない。学びと熟達は表裏一体です。人間はほとんどすべてのことを生まれてから学習によって身につけてゆきます。熟達するということはその分野のシステムをつくりあげるていくことです。熟達には二つの意味があります。一つは最初はできなかったことでも繰り返して経験を積み、早く正確にできるようになるレベルの熟達で、第二にはその分野で一流になり、もっと高度なレベルの熟達です。筆者は物理学の初歩的問題の解放を考えるとき、初心者がたどる道と熟達者がたどる思考の流れは随分違うことを示します。熟達者は問題を見て何が本質かを素早くつかみ、迷いなく解を出します。これは認知科学で「スキルの自動化」と呼びます。無意識に複雑かつ精緻な情報処理が行える能力のことです。熟達者の神髄は「カン」にあると言われます。将棋や囲碁では「大局観」という先を読む力のことです。それは持っている知識によって状況が認識できる「認識力=識別力」にあります。優れた判断や行動を可能にしている心の中の判断基準を認知科学では「心的表象」と言います。このような認知機能は脳のどのような変化によってもたらされるかを研究する分野を「脳科学」と言います。脳の機能分担(部位)については多くの著書があり、大脳生理学は本書の主要な目的ではないので、ごく大まかに認識と記憶に関する脳の仕組みをみてゆこう。脳の皮質は、前頭部、頭頂部、側頭部、後頭部という4つの部位に分けられる。後頭葉は視覚野であり、側頭葉は物体の形の認識、聴覚処理に、頭頂葉は空間的視覚処理(位置関係)、運動の処理、注意のコントロールに、前頭葉は高次の認知機能のコントロールに関わっていることが知られている。とはいうもののそれほど単純ではなく、相互の関係がまだよくわからないだけである。一般的認知機能の制御に関する脳内ネットワークとしては、前頭前野背側、全帯状皮質/補足運動野、頭頂葉後部、島皮質前部、大脳基底核、視床、小脳などが関わっているとされる。脳は皮質から内部に行くにつれ、運動・感情を支配する部位になり、皮質と内部の緊密な連携によって複雑な機能を発揮するのである。何度も繰り返し行うことにより、そのスキルに関する連絡網が発達し固定化された制御システムが作られる。その代わり特定のスキルの情報以外は学習の中に入ってこなくなる。これは「専門バカ」と言われる現象である。学者に多い症候群である。高度な自動処理と普通の処理がバランスを保つことが賢明な人間である。特定スキルの初心者・中間・熟達者の脳活動を見ると、初心者はあちこちの活動が見られ「悩み多い」混乱状態であり、熟達者になるにつれ活動部位の数は減少し、少数の部位のみが活動する。音楽のプロは側頭部の一次聴覚野の活動量が多くかつその体積も大きい。音楽演奏家の親指に対応する一次感覚野の活動が多い。脳磁図(MEG)測定によるとプロ音楽家の皮質の体積を見ると、演奏運動に関与する感覚運動野、補足運動野、小脳などの部分と、音符を読む上頭頂小葉、下頭測葉部位の体積が大きくなっている。学習は模倣からというように、「習うより慣れろ」といわれる。人を見て憶えることが重要である。それには「ミラーニューロン」の存在が学習にはなくてはならないものである。部位を特定することはできないが、運動前野、下頭頂小葉、上側頭溝を含むネットワークではないかと言われている。「身体化された手続きの記憶」である直感には、脳の深部に位置する「尾状核」にあると言われる。プロ棋士に協力を求めた理研の研究では、意味のある駒の配置に対してのみ反応する前頭部と頭頂部は全体的な意味の理解に関わり、意味があってもなくても反応する側頭部は全体を構成する要素情報の認識に関わっている。頭頂部において情報が統合される。

(つづく)


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