ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

読書ノート 伊東光晴著 「ガルブレイス―アメリカ資本主義との格闘」 (岩波新書2016年3月)

2017年05月29日 | 書評
戦後経済成長期のアメリカ産業国家時代の「経済学の巨人」ガリブレイスの評伝  第2回

第1部  アメリカの対立する2つの社会・経済思想とガルブレイスの経済学者としての出発
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
1) アメリカの対立する2つの社会・経済思想 (その1)

 アメリカ社会の思想の特徴は、いつも自主独立の建国の思想や自己防衛の西部劇から説明されることが多い。なるほどと理解される人がほとんどであるが、それほどアメリカ社会は戯画的で簡単ではない。自由の国アメリカは同時に奴隷制度の国であった。プラグマティズムの祖ウイリアム・ジェームズが「アメリカは矛盾多き国である」といった理由の一つであった。アメリカの銃社会を400年前の開拓移民の精神だけから説明するには大きな無理がある。奴隷制度は1641年に、北部のマサチュセッツ州で生まれ広まったとされる。アメリカ社会の特徴は、自由な国が同時に奴隷制度の国であったと同時に、移民国家でもあり人種が階級を作った多民族国家であった。1776年イギリスの植民地13州が独立戦争によって独立を宣言した。その時のアメリカの人口は約490万人、約100年後には7758万人(16倍)に増加した。最初は西と北ヨーロッパから、19世紀前半にはアイルランドから、19世紀後半にはラテン系、ロシア、ポーランド、中国人の移民が流入した。階層化する人種社会が形成され、その最下層はかって奴隷であった黒人であった。重要なのはアメリカの貧困層はこうした移民によって維持されてきた。自由の女神が貧困層を作ったともいえる。そして自由のイデオロギーは支配層が自分の利益を擁護するために作り出したのである。自由といっても、西欧の自由とアメリカの自由は意味するところが違っている。西欧は公的分野では宗教色は一掃されている。政教分離はパブリックな問題で、アメリカでは公的分野でも政教分離が完全に話されていない。しかも宗教はカトリックである。「自由」の内容ではヨーロッパにおいては市民革命を経て、封建社会の束縛を排して、政治的、経済的、市民的自由が獲得された。市民的自由とはすべての人に思想と良心、信教、言論の自由が保障された。こうしてヨーロッパでは、自由の対極に、伝統の習慣をまもる「保守」が生まれた。ヨーロッパの共同体は個人を守るために存在し、不安定な個人は共同体への回帰の思想を持っている。この保守に対してヨーロッパの自由は「進歩」と『発展」の思想と結びつき、伝統主義に対する進歩主義となった。そしてヨーロッパの自由には、その前提として「平等」がある。それが進歩が生み出す格差を是正する力となる。ケインズが行った「自由の再定義」とは、自由の内容の修正のことである。アメリカに移民した人々はイギリスの束縛から自由になり、自立する自由の心は、自ら選ぶ政府も自らに干渉することのない小さな政府であるべきだというイデオロギーを作った。アメリカにおける自由は進歩主義とは直接結びつかない。そしてヨーロッパの自由は、その前提に平等があったが、アメリカ社会ではそれは保証されない。アメリカの社会は所得の不平等やあらゆる格差が是認される珍しい道徳を持った国である。1934年の調査では、所得分布の上位0.1%の人が国内所得の42%を占めていた。アメリカで平等が追求されのは、フランクリン・ルーズベルト大統領のニューディール期の時代だけである。ルーズベルトは累進課税(累進度の高い)と相続税の引き上げを行った。1980年代のレーガン大統領は税制改革を行い、ほぼフラットの所得税率が平等で公正だと見なされた。アメリカ社会には課税によって平等な社会に近づけようとするヨーロッパ流のリベラリズムが存在しない。ヨーロッパでは政治的には社会民主主義・福祉社会が成長してゆくのに対して、アメリカではそれは自由の侵害、社会主義と見なされて、福祉を拒否した。富者のおこぼれを「トリクルダウン」と称して、社会保障より「お恵み」という寄付行為で自分の道徳観を言い訳するのである。アーサー・シュレジンガー・ジュニアー ハーバード大学教授はアメリカ特有の哲学である「プラグマティズム」を「実証の上に有意な結論、役に立つ方法を導き出す」ことであるとしたうえで、「自由主義」イデオロギーがその哲学を殺していると批判した。アメリカのプラグマティズムの祖とは、パース、デューイ、ジェームズである。「自由主義」イデオロギーとは「減税、小さな政府、大きな自由」のことで政治的には共和党の精神である。2009年の「ティーパーティ―運動」がその極端なイデオロギーの例である。アメリカの議会内にはさらに極右の原理主義者が時折現れる。マッカーシズムの反共主義者である。「自由主義」イデオロギーは経済学的には、「アメリカは自由競争の社会であり、自由競争は最も良い経済状態を作り出す」という「新古典派経済学」(政治的には新自由主義)を信じて疑わない信条である。反対にアメリカ独自の経験主義プラグマティズムの上に立つ経済学は「制度学派」と呼ばれる。

(つづく)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿