ブログ 「ごまめの歯軋り」

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世界史の構造

2021年02月22日 | 書評
京都市中京区河原町通御池上がる 「史跡 旧三井本家」

柄谷行人著 「世界史の構造」 岩波現代文庫(2015年)

第二部 世界=帝国  (その3)

⑤ アジア的国家と農業共同体
国家とともに旧来の氏族・部族的共同体は変質する、支配共同体ではそれまでの共同体的互酬性、平等性、内部抗争はなくなり、官僚的支配構成体秩序が形成される。集権化の過程で様々な中間勢力(祭司、貴族)を一掃し、専制君主の下にすべての階層が服従するという形態となる。被支配共同体では旧来の氏族共同体は農業共同体として再編される。マルクスはこの農業共同体を「アジア的生産様式」と呼んだ。共同体と国家の関係はマルクスはアジア的共同体が永続的であるから、専制国家が入れ代わり立ち代わり勃興したととらえたが、共同体のアジア的形態はアジア的国家の形成によって生まれたのであって、逆ではない。ユーフラティス文明のシュメール帝国では国家が多くの人間を動員し、大規模な灌漑工事を行い、彼らに土地を与えて働かせた。国家が農業共同体を創り出したのである。アジア的国家が形成されるには、たんに軍事的な征服だけでなく新たな統治原理を必要とした。専制国家は多くの都市国家間の抗争から広域国家として形成された。それは伝統的な共同体規範が通用しない社会である。広域国家(帝国)に不可欠なのは中央集権的官僚制と法治主義という制度であった。都市国家間の抗争はギリシャのポリスを渡り歩いたソフィストという多種多様な思想家の群れを思い越す。同じことは中国の春秋戦国時代の諸子百家と呼ばれる様々な思想家が輩出したことである。二つの文明は同時代的であり類似性が濃厚にみられる。諸王国の伝統的な氏族的伝統を破り、効率的な統治原理を提案し、全国制覇を目指した。マルクスはアジア的共同体を「全般的隷従性」と呼んだ。国家と共同体は全く別の物であるが、アジア的専制国家は、専制国家=農業共同体として存在した。アジア的専制国家は決して奴隷制ではない。専制国家(家父長的家産制)は一種の「福祉国家」である。ウェーバーは西ヨーロッパで「福祉国家」的な社会政策が出たのは、絶対主義王権においてであると述べている。専制(絶対王権)国家は臣民の福祉的保護者として、自らの権力を正当化せざるを言えなかった。中国では先生君主の支配は儒教によって基礎づけられた。君主は武力ではなく、仁徳によって統治するものとみなされた。すべての臣民を、官僚を通じて支配し、管理し、配慮し、面倒を見るのが専制君主なのである。中国の王朝の変遷は絶え間なく起こったが、真に永続的なことは、農業共同体よりも、それを上から支配する官僚制・常備軍などの国家機構であった。

⑥ 官僚制
マルクスはアジア的専制国家を灌漑農業と結びつけた。ウェーバーは官僚制国家行政の形態を古代エジプトに見た。全国的・共同経済的に治水事業を行うには、技術的に官僚機構がなくては達成困難であった。膨大な事務を処理し記録し、材料を手配する官僚機構なしには巨大な土木事業は行えない。ウィットフォーゲルは「水力社会」と呼んだ。農耕共同体が自発的に巨大治水事業を行うことはできない。専制国家と灌漑農業は別個のものであった。文明とは自然を支配する技術である以上に、むしろ人間を統治する技術すなわち国家機構、常備軍、官僚制、通信・流通機構が主役である。氏族社会の人々・遊牧狩猟採集民は従属的な農民となることを嫌う。独立自営農民に留まろうとする。彼らは官僚になるより戦士になることを願う。ギリシャのポリスやローマでは官僚制は全く発達しなかった。官僚制は王と臣下の間に互酬的な独立性が全国的に失われたときに生まれた。ウェーバーによると官僚制は保証された貨幣俸給制に基づく。貨幣経済の発展が官僚制化の前提条件となる。官僚は、頻繁に替わる支配者(王権)に代わって、実質的に国家の支配階級となる。だが名目的には支配者から見ると官僚は奴隷である。しかし専制君主は官僚なしには何もできない。ここで官僚は主人となる。官僚制の基盤は「文字」にある。中国において官僚制(科挙制度)が連綿と続いたのは、全土的に漢文学の取得が可能であったからだ。征服王朝がたとえ異民族(蕃族)でも、漢文と官僚制のおかげで全土の支配が可能となる。

(つづく)




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