ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

読書ノート 石井哲也著 「ゲノム編集を問うー作物からヒトまで」  岩波新書

2019年04月08日 | 書評
ダイヤモンド筑波

第3世代のゲノム編集技術「クリスパー・キャス9」によるゲノム改変がもたらす諸問題を検証する 第5回

2) 品種改良とゲノム編集(その1)

作物や家畜の育種を目指すゲノム編集では、外部遺伝子組み込みではなく、特定遺伝子に変異を入れる(ノックアウト)手法が目立つ。従来の農作物の育種は交配を重ねつつ突然変異が起きた品種を丹念に見つけ方法が主流であった。1950年代以降では、化学物質、ガンマ線に作物を暴露させることで突然変異の頻度を高めて育種を行う手法が広まった。ゲノム上にランダムに変異をもたらす品種改良法によって、世界で稲、小麦、綿、アブラナなど175種で2543品種が開発された。日本では300品種ほどが実用化された。さらに1980年代以降にはカルス培養突然変異法(全能性を持った植物細胞培養法)による品種改良が効果を上げた。しかしランダム変異導入法や培養突然変異法で突然変異株を得たとしても、品種登録までに10年以上かかるため、根気強い選抜と検証が必要であった。ところが1904年承認されたフレーバートマトの承認で実用化が進んでいる遺伝子組み換え技術の利用は幾分効率がいい。遺伝子をアグロバクタ―ベクターに組み込んで強制的に植物に導入する方法に期待が寄せられたが、植物体の中はブラックボックスで発現に安定性がなく、他の重要な遺伝子を破壊するなどのデメリットも多かった。近年イネのゲノム解析が進み、主要な動植物のゲノム解読が進んだ。2005年には稲の品種「日本晴」の全塩基配列が発表された。2011年にはウシの全塩基配列が決定された。例えばイネの遺伝子OsBADH2からジャスミンの香に関する酵素に変異を加えると芳香な稲の育種が可能かもしれない。作物や動物のゲノム編集による品種改良ではゲノムの特定遺伝子を狙って変異を入れて破壊するアプローチ(NHEJ)を使うことが多い。どのDNA部分に挿入欠損変異(Indel)を入れるかを設計する。エキソンの部分ではクリスパー・キャス9は、NGG(Nは何でもいい塩基)配列の上流20塩基を標的とする特徴がある。そしてガイドRNAを何種類か作製する。現状では遺伝子組み換え技術を使って、アグロバクテリウムという細菌をつかってクリスパー・キャス9のプラスミドを導入する。この細菌を植物に感染させるのである。動物細胞は植物と違い、体細胞から個体を再生することは不可能に近い。iPS細胞から卵子や精子を作る研究もあるが、今のところ技術的・倫理的に困難と言わざるを得ない。したがってゲノム編集を使って家畜の品種を開発する場合、受精卵からスタートする。受精卵の段階で目的の遺伝子が改変されると、受精卵が分裂した細胞も変異を持つ。杯培養を数日行い子宮に移して着床し出産に至ると、遺伝子改変の個体が誕生する。しかし非常にデリケートな胚段階でゲノム編集をすること自体が、受精卵にストレスを与え受精卵が死ぬ場合もある。現段階では動植物育種におけるゲノム編集技術は非相同末端結合NHEJによる挿入欠損変異の導入による遺伝子改変である。作物においては酵素やたんぱく質を破壊して、品質を変えたり病原菌への耐性を与えることである。例えばジャガイモではALS遺伝子を破壊して除草剤耐性を付与した例もある。家畜では筋肉形成の抑制遺伝子ミオスタチンのMSTN遺伝子を破壊する例がある。ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギの筋肉肥大を狙った品種改良である。角のない牛を作ることが試みられている。2014年ごろから作物・家畜のゲノム編集改変(第1世代から第3世代技術による)が行われ始め、今では14例を数える。

(続く)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿