トランプ米大統領との史上初の首脳会談と共同声明によって、朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)の金正恩委員長の「政治外交手腕」に対する評価が高まっているようです。それは否定しませんが、しかし、今回の会談に関して1つ残念なことがありました。それは、会談後の記者会見がトランプ氏1人によって行われ、金氏は会見せずに帰国してしまったことです。
金氏はトランプ氏とともに会見に臨むべきでした。その理由は2つあります。
1つは、「共同声明」に盛り込まれていない朝米会談の内容が、トランプ氏だけによって語られたことにより、その真偽が(隠されていることも含め)定かでないことです。
その典型が、日本で大きく取り上げられている「拉致問題」です。トランプ氏は自らこの問題を発言することはなく、質問されたので一言、「もちろん取り上げた。これから協議されるだろう」と述べました。
私はトランプ氏がほんとうに会談で「拉致問題」を提起したのか疑わしいと思っています。仮に本当だとすれば、トランプ氏はどう言ったのか、それに対して金氏はどう応答したのかが明らかにされる必要があります。しかし、トランプ氏はそれを一切口にしませんでした。
朝米会談で「拉致問題」は本当に話題になったのか。なったとすれば、金氏はどう発言したのか。それは金氏が共同会見で自ら明らかにすべきでした。
もう1つの理由は、「拉致問題」に限らず、金氏(朝鮮)の考え・主張をメディアのバイアスなしで直接世界に発信するいい機会だったことです。
金氏はトランプ氏との会談前に(「頭撮り」)、「ここまで来るのは容易な道ではなかった。われわれの足を引っ張る過去があり、誤った偏見と慣行が時にわれわれの目と耳をふさいだ。われわれはそれを乗り越えてここまできた」と述べました(写真左)。偽らざる実感でしょう。
「誤った偏見」とは、アメリカや日本の政府、メディアによって朝鮮の真意や実態がゆがめられてきた、ということではないでしょうか。「北朝鮮の挑発・脅威」を決まり文句のように繰り返す日本政府、メディアをみれば、さもあらんと思われます。
そうであるなら、金氏はこの歴史的な会談の場で、共同声明やそれに盛られなかった会談内容、その意味、解釈、今後のことについて、朝鮮の見解・立場を自らの肉声で世界に発信すべきではなかったでしょうか。
これまでメディアの会見に臨んだことがない金氏にとって、いきなりの大舞台がきわめて高いハードルであることは想像に難くありません。しかも相手は度のきつい色眼鏡をかけた記者(メディア)たちです。しかしここは勇気を発揮してほしかった。語るべき相手は、生中継のテレビカメラの向こう側にいる世界の人々なのですから(トランプ氏が「会見はオレひとりでやる」と言い張ったのでなければ)。
今後、朝鮮はアメリカとの間で、また日本との間でも、朝鮮戦争の終結や「拉致問題」、さらに国交正常化へ向けた協議をさまざまなレベルで行うことになるでしょう。行うべきです。その際、ぜひ記者会見で協議の内容や朝鮮の考えを直接明らかにすることを期待します。
それが朝鮮に対する国際的な「偏見」を打ち破ることに通じるのではないでしょうか。