あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

あを雲の涯 (八) 竹嶌繼夫

2021年07月18日 08時52分43秒 | あを雲の涯 (獄中手記、遺書)


遺詠

喜びの久しく玆に積り來て
千代に八千代に榮へ行くらん


志ばしして
人の姿は消へぬるを  唯捧げなん皇御國に
 昭和十一年七月爲平石大兄
 竹嶌繼夫

回顧生前空漠々
一超直入如來地
 昭和十一年七月八日爲平石大兄
 竹嶌繼夫

三十年間如朝露                      

一超直入如來地                     
 昭和十一年七月                       
 竹嶌繼夫               

一黙如雷
臨命終
 
竹嶌繼夫   


竹嶌繼夫  タケシマ ツグオ
陸軍歩兵中尉
豊橋教導学校
明治40年5月26日生  昭和11年7月12日 銃殺
陸士40期生  河野壽大尉 と同期

『 死を前に控えて 』 


竹島さんの感想文は
刑務所の中で刑務所長の塚本氏がプリントして我我に見せてくれたことがある。
私は竹島産の素直な心の美しさに関心したが、塚本氏も余程感激したものと思う。
その時のものと、ここにある遺書は違うが、
この遺書を見て私はその気持ちに共鳴するものを覚えた。
竹島さんは事件に参加したことに悔いを抱いていた。
他の人と違って事件そのものの過誤を認めていた。
それでも私はその素直な心情の美しさに心を打たれた。
あの法廷に於ける竹島さんの静かな姿が目に浮かんでくるようであった。
竹島さんはすべての過誤も悔恨も忘れつくして、
悟りの境地に歩を進めていた。
私は涙に溢れて仕方がなかった。
・・・池田俊彦  生きている二 ・二六  から

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