辞世
むら雲に妨げられし世をすてて 富士の高嶺に月を眺めん
昭和十一年七月七日
丹生誠忠
順となり逆となりて一筋に つくす誠はかはらざりけり
逆は逆賊の意に非す
昭和十一年七月九日
丹生誠忠
丹生誠忠 ニウ マサタダ
陸軍歩兵中尉
歩兵第一聯隊
明治41年10月15日生 昭和11年７月12日銃殺
陸士43期生
昭和十一年七月十二日午前三時
丹生誠忠
此ノ一文ヲ余ノ霊前ニ供へ給ヘ
丹生誠忠、明治四十一年十月十五日鹿児島市草牟田町ニ出生ス。
父ハ故海軍大佐猛彦、母ハ故陸軍中将大久保利貞ノ二女広子ナリ
誠忠性温情ニ富ミ慈愛深キコト母ノ如ク且烈々タル忠誠ノ至情内ニ燃エ、
年十九ニシテ京市ニ遊學シ陸軍士官學校ニ入リ文武ノ道ニ励精シ
忠君愛國ノ至情ハ益々赫々トシテ深ク時勢ノ衰運ヲ省ミテ已ニ堅ク心中決スル所アリ
自己禮讃閑話休題 夢疑フ勿レ
昭和十年四月十九日軍人會館ニ於テ山口龍之助氏長女寸美奈子ト華燭ノ展ヲアク
新婚ノ夢幻シノ如シト雖モ人生ノ幸亦之ニ過グルモノアランヤ
甘シ甘シ焼ク勿レ 當方ハ佛ナリ
昭和十一年二月二十六日未明、
同志將校ト共ニ蹶起シ、維新ノ中隊長トシテ縦横無盡ニ活躍ス
時ニ利非ズ、遂ニ獄ニ投ゼラル
天ナリ命ナリト雖モ、鬼哭正ニ啾々トシテ無念止ミ難ク、
天ヲ仰ギテ慨然タリ、憤怨天ニ冲スト雖モ如何セン
噫、天ハ神佛ハ、吾遂ニ化ケサセルヲ得ズ、
七月五日死ノ宣告ヲ受ク、
噫、維新ハ遂ニ血ヲ見ルニ至ルカ
吾等十六青年將校ノ赤キ血ノ上ニ日本ハ建設セラルカ、
讀ミテ此処ニ至ル、誰カ悲憤ノ血涙ニ袖ヲ絞ラザル
我今ヨリ悠然トシテ斷頭臺ノ露ト消ユ、
男子ノ本懐亦之ニ過グルモノアランヤ、
一度ビ詩ヲ吟ジテ快然タリ、
二度ビ過去ヲ省ミテ憮然タリ、
三度ビ立チテ刑場に赴ク
シバシの別レ泣クデナイ
サラバサラバ
余の惡筆ヲ笑フ者ノ所ニハ化ケテ出ルゾ
ヒュードロドロ
合掌
南無妙法蓮華經
天照大御神
遺族一同様 天国市極楽寺通四ノ五八六
お釈迦様方 無位無官ノ帝王
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