北一輝 ( 憲聴取1 ) 『 今回ノ事件ニハ西田ハ直接關係ハナイ 』

北一輝 

第一回聴取書
本籍  東京市杉並區泉町番地不詳
出生地  新潟県佐渡郡兩津町字湊六十一
現住所  東京市中野區桃園町四十番地
無職  北一輝事  北輝次郎
當五十四年
右者、昭和十一年三月二日、東京憲兵隊本部ニ於テ、本職ニ對シ任意左ノ陳述ヲ為シタリ

一、私ハ位記、勲章、年金、恩給ヲ受ケタルコトナク、又公職關係等ハアリマセン。
   私ハ徴兵検査前ニ右眼ヲ過失ニ依リ失明シタノデ、兵役關係ハ全然アリマセン。
私ハ昭和三年十月頃、東京控訴院ニ於テ暴力行爲等取締規則違反 ( 宮内省事件及怪文書事件ニ關シ )ニ依リ、
懲役三月ニ處セラレ、四年間ノ執行ヲ猶餘セラレマシタ。

一、私ノ家庭ハ現在スズ ( 五十三 )、伜大輝 ( 二二 ) ト私ノ三人暮ラシデアリマシテ、
  伜ハ日本大學工科の豫科二年在學中デアリマス。

一、私ハ佐渡中學三年中途退學ヲシテカラ、獨學シタノデアリマス。

一、私ハ三十四歳ノ時ヨリ法華經ヲ信仰シテ居リマスガ、特ニ最近數年間ハ、外部トノ交際ヲ避ケ、
  國體観念トカ日本主義ト言ツタ様ナ思想問題ノ研究、又ハ之等ノ主義主張ニ對スル批評等ハ全然避ケテ、
只管法華經ノ讀誦ニ専念シテ、其ノ奥義ヲ極メル爲メ全力ヲ傾注シテ居リマスガ、
併シ乍ラ其間ニモ、昭和七年三月頃 日佛同盟ニ關スル建白書
及 昭和十年七月ニ對支投資ニ於ケル日米財団ノ提議ト題シテ、謄冩印刷物ヲ各數十部宛作成シテ、
外務省陸海軍方面ヘ秘カニ送附シタコトガアリマスガ、其他ニハ外部トノ交渉ハ殆ド斷ツテ居リマス。
私ハ今申上ゲタ通リノ外部トノ交渉ヲ持チマセンノデ、今回ノ事件ニ關シテハ全ク關知せズ、
又豫感モアリマセンデシタガ、二月二十六日午後二時頃、薩摩雄次ヨリ電話ニテ
「 先生御承知デスカ、新聞記者ノ情報ニ依レバ現在軍隊ガ首相官邸を包囲シテ居ルガ首相の生死不明、
  其他ノ事情ハ一切不明デスガ、先生モ身邊ニハ充分注意セラレ度 」
トノ意味ノ通知ヲシテ呉レマシタノデ私ハ事件ヲ知リマシタガ、其時ノ話デハ大シタ事ハナイモノト思ツテ居リマシタ。
其他ニ岩田富美夫ノ經營シテ居ル やまと新聞社カラモ、大體薩摩雄次ノ電話要旨ト同ジデシタガ、
外ニ西園寺公及牧野、高橋其他知名ノ士ガ數名殺ラレタトノ通知ヲシテ呉レマシタ。
又午後三時頃中野警察署特高主任 ( 氏名不明 ) ガ私方ヲ訪レ、
只今警視廳ガ軍隊ニ寄ツテ占據セラレテ居ルガ
何カ變ツタ危急ナコトガ發生シタラバ直チニ電話デ通知セラレ度シト述ベラレタノデ、
私ハ始テ大事件ノ勃發シタコトヲ確認シタ様ナ次第デアリマス。

一、私ハ二月二十七日夕刻ヨリ二十八日ノ夕刻迄、眞疑取混ゼタ情報ヲ聞キ、
  就中市内ニ於テ彈丸ノ射ち合ヒガ始マルト云フ様ナ騒ギヲ聞キマシタノデ、
左様ナ大事ニ至ラナイ様ニ一心ニ念願シテ居タノデアリマスガ、
私ハ之ガ擴大防止ノ手段トシテ海軍ヲシテ其ノ衝ニ當ラシメルガ効果的ナラント信ジマシタノデ、
二十七日ノ午後四時頃薩摩雄次ガ私ヲ訪レマシタノデ、幸ヒ薩摩ガ小笠原子爵を通ジテ加藤寛治ノ力ヲ借リ、
軍令部總長宮殿下ヲ補佐シテ時局収拾ニ努ムル様提示シマシテ、
薩摩ガ頻リニ其間ヲ奔走シタ筈デアリマシタガ、私ハ二十八日ノ夕刻憲兵隊ニ参リマシタノデ、
其ノ効果ガアツタカ否カハ知リマセン。
私ガ何故海軍ノ力ヲ以テ時局ノ収拾ニ當ルヲ可ナリト信ジタカト申セバ、
事件發生前ノ二、三日前ニ於テ、相澤中佐ノ公判ニ於テ眞崎大將が怒テ歸ツタカ云フ話デスカラ、
私ハ陸軍部内ノ問題ガ爆發シタ結果ナラント信ジテ居リマシタカラ、
文官ハ勿論、陸軍側デハ収拾困難ナルモ海軍ナレバ比較的容易ナラント信ジタカラデアリマス。

一、私ハ薩摩雄次ガ、曾テ小川平吉氏ガ鐡道大臣當時、
小川氏ノ秘書をして居リマシタ當時カラ親交ガアリマシタノデ、
  現在ニ於テハ私ノ伜ハ勿論、親戚等ノ子弟ニ至ル迄就職ノ斡旋、上級學校入學又ハ訓戒等ニ至ル迄
薩摩雄次ノ世話ニナツテ居ル譯デ、所謂家族的ニ親交アル人デアリマス。
而シテ對外策ニ就テハ、常ニ同氏トハ意見ガ一致シテ居リマスカラ、
今回ノ事件ニ關シテハ何等直接關係等ハアリマセン。

私ト西田税トノ關係ハ、
大正十年頃西田ガ士官學校ニ在學當時、
私ノ發行シタ支那革命外史ヲ、大川周明ヨリ見セラレタト稱シテ私ヲ訪レテ來タノガ始メニテ、
西田ハ其後少尉ニ任官、朝鮮ヘ赴任後法華經を讀誦シテ居ルト云ツテ通信ヲ呉レタコトガアリマシタ。
其後幾年カ後、西田ハ病気デ軍隊ヲ退キ東京ヘ出テ來テカラ、
大川周明ト共ニ社會敎育研究所ニ在ツテ思想ノ研究指導ヲシテ居リマシタガ、
五 ・一五事件ノ際、身ニ五發ノ彈丸ヲ受ケタガ信仰ノ力ニ依ツテ全快シタノデ、
其レ以來西田ノ法華經信仰ハ非常ニ強化セラレ、私モ其當時精神的慰安ヲ与ヘ
又ハ種々面倒ヲ見テヤリマシタノデ爾來私ハ西田ヲ肉親ノ子ニ對スル愛情ヲ以テ當リ、
西田モ亦私ヲ親子ノ情ヲ以テ迎ヘツツ今日ニ及ンデ居リマスガ、
今日デハ思想的ノ同志ト云フ様ナ關係ハ殆ドアリマセン。

一、西田税ハ五 ・一五事件ノ際、重傷ヲ負ヒ、生死ノ境ヲ彷徨シタ關係デ、
  惡ク云ヘバ臆病トナリ、其後神兵隊事件其他數度ノ事件及不穏の徴候ガアル度ニ
四、五日何れかに避難シタ事ガ數度アリマシタカラ、今度ハ其意味ニ於テ避難シタノデハナイカト思ハレマス。
私ノ観タ処デハ今回ノ事件ニハ西田ハ餘リ直接關係ハナイ様ニ認メラレマス。
何故ナレバ、二月二十五日ノ夕方西田ガ私ヲ訪ネ、
軍法會議ニ於テ眞崎大將ガ證言ヲシタ事ニ就テ話シテ歸リマシタガ、
其際千坂海軍中將が逝去ニ附、其ノ通夜デ今晩行クガ
「 先生ハ香奠ヲ持參セラレマシタカ、未ダデシタラ私ガ預ツテ參リマシヨウ 」
ト云ツテ、香奠ハ托シマセンデシタ。
其時ニ於テモ何等平常ノ態度ニ於テ變リ無ク、西田ハ未ダ修養ノ點カラ申シマシテモ、
喜怒表情ヲ愼ム迄ニハ至ツテ居ナイ様ニ思ヒマスノデ、
其點カラ判斷シテ今回ノ事件ニ關係ハナカツタモノト今ニナツテ想像シテ居リマス。
私ハ村中孝次トハ西田税ガ五 ・一五事件ニ依リ負傷シテ順天堂病院ニ入院中、
私ハ病院ニ附切リデ居リマシタ關係上、村中孝次ガ西田ノ見舞ニ來タ時知リ合ヒトナツタノデアリマシテ、
昨年迄私ガ大久保百人町ニ居住シテ居タ當時、西田同伴デ私方ヘ二、三度來遊シタコトガアリマスガ、
思想問題等ニ就テ檢討等シタコトハアリマセンデシタ。
其他特殊ノ交際ハアリマセン。

一、磯部淺一トハ、私ノ前住所大久保百人町ヘ一、二度來遊シタコトガアリマシタガ、
  誰ト來タカ、又ハ自分一名デ來タノカハ別ニ記憶ヲセネバナラヌコトデモアリマセンカラ
覺ヘテハ居リマセンケレ共、特殊ノ交際ハアリマセン。

一、澁川善助ハ、二、三年前ニ四、五回西田ノ紹介デ來遊シタコトガアリマスガ、
  其後拳銃ヲ預ツテ居タトカデ未決監ニ収容セラレテ居タ模様デ、以来會ツタコトガアリマセン。

一、栗原中尉ハ、矢張リ西田ガ順天堂病院ニ入院當時、同病院で知リ合ヒトナリ、
  私方ヘ五、六回來訪シタコトガアリマスガ、
昨年十月、私が現住所ヘ移轉シテカラハ一度モ来訪シタコトモ無ク、
又他ニ於テ會合シタコトモアリマセン。

右録取シ、讀ミ聞ケタル処、事實相違無キ旨申立ツルニ附、署名捺印セシム
昭和十一年三月二日
東京憲兵隊本部
司法警察官  陸軍憲兵曹長  ( 以下欠 )

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