西田税
聴取書 第壱回
本籍 鳥取県米子市博労町一丁目百十八番地 戸主 平民
住居 東京市渋谷區千駄ヶ谷二丁目百八十三番地
著述業 西田 税 (當三十六年)
右ノ者昭和十一年三月八日本職ニ對シ左ノ通リ陳述ヲ爲シタリ
一、出生地 本籍地デアリマス
一、官公吏デハアリマセン
一、位記 勲章 年金 恩給ハアリマセン
一、前科 暴力行爲等処罰ニ關スル件違反ニヨリ
昭和五年十月三十日大審院ニ於テ懲役五ヵ月ニ処セラレ、
豊多摩刑務所デ服役同年十二月二十一日仮出所致シマシタ
其他ﾊ昭和五年一月頃金解禁當時、井上準之助蔵相ト安田保善社トノ告發問題ニ關係シ
警視廳ニ約十日間拘留サレ身柄ヲ裁判所ニ送ラレマシタガ不起訴トナリマシタ
昭和七年三月六日所謂血盟團ニ有力ナル關係者トシテ警視廳ニ約二十日檢束サレマシタ
一、學歴
本籍地啓成尋小學校卒業
県立米子中學校入學第二學年中途退學
大正四年九月広島幼年學校入學
大正七年七月同行卒業
同年九月陸軍中央幼年學校入学
大正九年三月同校卒業
同年四月士官候補生トシテ騎兵第二十七聯隊(羅南)
同年十月士官學校ニ入學
同十一年七月同校卒業(三十四期)
一、經歴
大正十一年七月士官學校卒業ト同時ニ騎兵第二十七聯隊ニ歸隊、
同年十月二十五日陸軍騎兵少尉に任官、騎兵第二十七聯隊付被命、
大正十三年六月騎兵第五聯隊 ( 広島 ) 附ニ転任、
大正十四年六月病気 ( 肋膜炎 ) ノ爲依願豫備役仰被附、
其後直チニ上京シ思想團體ニ關係シテ現在ニ至ル
一、運動經歴
大正十年頃陸軍士官學校在學中ヨリ國家主義思想ニ關心ヲ持チ研究スル様ニナリ、
在學中之等思想ノ持主ト知リ合ツタノハ北一輝、満川亀太郎、鹿子木員信等ガ主ナルモノデアッタ。
其後隊附トナッテカラハ外部ノ人達トハ餘リ會ヘナカッタガ自ラ研究ニ努メ、或ハ友人等ノ啓蒙ヲ受ケテイタ。
軍隊ヲ退キ上京スルト同時ニ行地社同人トナリ大學寮ノ講師兼寮監トナッタ。
夫レデ同人ノ先輩トシテハ大川周明、満川亀太郎、安岡正篤、綾川武治、笠木良明等デアッタ。
大正十四年十一月行地社ヲ脱退シ、同十五年二月ニ初メテ渋谷區代々木山谷一四四ニ一戸ヲ持ツタ。
ソシテ専ラ思想ノ研究ニ努力シテイタ。
大正十五年四月頃カラ星光同盟ト云フ在郷軍人ノ勞働者ヲ集メ團體ヲ引受ケ骨ヲ折ツテイタガ、
同年七月頃所謂宮内省怪文書事件及ビ朴烈文子怪冩眞事件ヲ引起シテ未決ニ這入ツタ爲メ
星光同盟ノ運動モ中絶ノ止ムナキニ至リマシタ。
其後昭和四年十月國家主義政党ノ組織ヲ考ヘ 「日本國民党」 ナル團體ヲ組織シ統制委員長ニナリマシタガ、
同五年一月時ノ井上蔵相告發事件ニ關係シタ爲同党ヲ脱退致シマシタ。
夫レカラハ特ニ之ト云フ可キ行動トシテハアリマセンガ、
各方面ノ方々ト接触シテ主義ノ爲メ研究啓蒙等ヲ續ケテ現在ニ至ツタノデアリマス。
一、家庭ノ狀況
父久米造 大正十三年二月十日死亡
母ツネ 当六十六才位
長兄英文 大正十年十月三十日死亡
私
弟 弼 昭和六年三月十日死亡
弟 博 當三十才
弟 正尚 當二十七才
等デアリマス
母ト弟博トハ本籍地ニ在リ佛具商ヲ榮ンデ居リ
弟正尚ハ本郷區湯島内アパートニ止宿シテ特許局技手ヲ致シテ居リマス
尚長姉由喜世 ( 当四十五才 ) ハ星野義人ニ嫁シ現ニ大阪府浜寺ニ居住シ
次姉茂子 ( 当三十九才 ) ハ村田秀喜ニ嫁シマシタガ夫ニ死亡サレテ現ニ宇治山田市居住シテ居マス
私ノ方ハ妻ハツ子 ( 当三十一才 ) ト二人暮ラシデアリマス
私方ハ決ツタ収入ハアリマセンガ著述業等ヲ致シテオリマスノデ 先ヅ田舎ノ方カラ仕送モ受ケズ暮シテ行ク事ガ出キマス
( 財産トシテハ澤山アルト云ウフ程デハアリマセンガ、生活ニハ何等困ッテオリマセン。兄弟達モ同様デアリマス )
一、健康狀態 只今特ニ惡イト云フ所モナイノデスガ、昭和七年五月所謂五 ・一五事件當日川崎長光カラ狙撃サレ
現在デモ彈丸ガ一發體内ニ這入ツテ居ルト云フ狀態デ總體的ニ身體ガ弱ツテイマス
一、趣味嗜好 讀書ガ第一、次イデ旅行、嗜好ハ煙草、映画鑑賞等
一、宗敎信仰 實家ハ曹洞宗デアリマスガ私ハ法華經ヲ信仰シテ居リマス
一、崇拝人物 菅原道眞公デアリマス
一、讀書関係 書籍ハ凡ユルモノヲ讀ンデ居リマスガ、特ニ信仰上ノモノガ多數アリマス
一、交友關係 各方面ニ多數アリマスガ特ニ親シクシテイルノハ北一輝位デアリマス
・・・西田税 (警調書1) 『 私は諸君と今迄の關係上自己一身の事は捨てます 』 に 続く
西田税
聴取書 第壱回
・・・西田税 (警聴取1) 『 私は諸君と今迄の關係上自己一身の事は捨てます 』 の 続き
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二 ・二六事件
一、靑年將校トノ關係ハ
今回ノ事件ヲ起シタ靑年將校中私ノ面識ノアル方トシテハ
香田大尉、安藤大尉、栗原中尉、坂井中尉、中橋中尉、對馬中尉、
村中元大尉、磯部元一等主計、澁川元士官候補生等デアリ、
他ノ大部分ハ名前モ知ラヌ方ガ多ク、
只或ハ此ノ人達ノ内ニ一二回位ハ會ツタ方モアネカモ知レヌト思ヒマスガ只今記憶ガアリマセン。
一、最近三四年ニ於ケル靑年將校ノ動靜
所謂靑年將校ト云フ人達ノ一部ニハ一種ノ直接行動ニ訴ヘナケレバナラヌ、
即チ國體ノ本然ヲ顯現スルコトガツマリ御維新デアルトシテ、
夫レニ背クモノヲ除ク爲ニ執ル行動ガ單ナル啓蒙的ナモノデハ駄目デアルト云フノガ直接行動デアル、
此ノ様ナ空氣ノ起ツタ事ハ再度アッタガ、
斯ノ際ニハ私ガ元軍人デモアリ、國家主義ノ思想ヲモ相當熱心ニ研究シテ居ッタノデ
幸カ不幸カ大體ニ於テ私ニ意見ヲ求メテ來ル人モアルシ、
求メヌ迄モ社會ノ狀勢其他ノ豫想ヲ參考ニ尋ネ來ル有様デアッタ。
其処デ私トシテハ此ノ様ナ機會ヲ好機トシテ良ク社會ノ狀勢トカ御維新ノ本質、
國民トシテノ考ヘ方等ヲ話シテ事故ノ起ラナイ様ニ取計ツテ來タ積リデアリマシタ。
其後各方面ノ狀況ハ色々ナ意味デ複雑化シ尖鋭化シ、
陰惨ナ空氣ガ満チテ來タト同時ニ私自身ノ立場ニ對スル各方面ノ観察豫想モヤハリ複雑化シ、
尖鋭化誤解モ加ツテ來タノデ私ハ自他共ニ輕卒ナ過ヲ犯サセナイ爲ニ言動ヲ愼ミ
且ツ餘リ人ニモ面會シナイ様ナ方針ヲ採ツテ來タノデアリマシタ。
殊ニ所謂十一月事件及ビ相澤中佐ノ事件後ハ一層前言シタ方針ヲ堅持シテ來タノデ
其後ハ來ル人モ大分遠ノイテ來タノデアリマシタ。
又相澤事件後ハ相澤中佐カラノ依頼モアリ、公判ニ就テノ一切ヲ引受ケマシタガ
私ガ主トナッテ働ク事ハ軍内ノ狀況ガ却ツテ相澤中佐ニモ惡影響アリ、
同期生ノ人其他有志ノ人達ニ表面ニ立ツテ貰ヒ、夫等ノ人達ノ協力ニヨリ私ハ陰ニ居リ、
公判ヲ通ジテ相澤中佐ノ処信ヲ瞭カニシテ 其ノ志ヲ達シ得ラルル様ニスル事ガ相澤中佐ノ精神ヲ生カス事デモアリ、
即チ國家ニ對スル御奉公デアルト確信シ殆ド全部ノ努力ヲ致シテ來タノデアリマシタ、
結果公判ノ進行ト共ニ此ノ希望ハ漸次好都合ニ進展シ、
私トシテハ豫想以上ノ事デアッテ多分ノ期待ヲ繫イデ居ツタノデアリマス。
一、今回ノ事件ノ狀況
大體私ノ前申シタ様ニ相澤中佐ノ公判ニ熱中シテイマシタシ、
所謂靑年將校ト云フ人達モ公判ノ狀況ニ關シ御互話合ツテ居ルト云フ風モアリ、
公判ヲ通ジテ相澤中佐ヲ有利ニ導ク様ニ奔走シテ居ルラシカツタノデ
私トシテハ、非常ニ喜ンデ居ツタノデアリマシタ。
殊ニ磯部、村中、澁川三名ノ如キハ決ツタ職ノ無イ關係モアリマセウガ此事ニ非常ニ努力サレテ居ツタシ、
靑年將校ノ方達ガ本年二月上旬カラ中旬ニカケテ二、三回集ツテ
( 麻布竜土軒ト思フ ) 公判ノ内容ニ就テ懇談シタト云フ話モ其都度耳ニシタノデアリマシタ。
其ノ集ツタ方ハ大體今回事件ヲ起シタ人達ガ中心デアッタト思ヒマス
私トシテ今度ノ事件ヲ起ス様ナ事ヲ知ッテカラモ、
一ツハ何レ丈其ノ實行ノ可能性ガアルカト云フ事モ多少危ンダ點モアリマスシ、
眼前ノ公判ノ進行ニ就テハ前申シタ關係デ手ヲ離ス事ガ出來マセンシ、
事件勃發ノ直前迄色々公判關係ノ仕事ニ追ハレタ形デアリマシタ。
今回ノ事件デ私ガ最初少々變ツタ空氣ヲ感ジタノハ 本年二月十日ニ東京控訴院ノ呼出シデ
所謂五 ・一五事件當日私ガ川崎長光カラ撃タレタ際着テ居タ衣類ノ返附ヲ受ケテ歸宅シ、
確カ翌二月十一日正午頃カニ磯部殘一君ガ來マシタノデ、
私カラ五 ・一五事件ノ記念物ガ返ツテ來タト云フ様ナ事ヲ話シテ返附サレタ衣類ヲ見セマシタ。
スルト磯部君ハ感ジ深ソウニ見テ二人デ當時ノ狀況ヲ話シゴウヒマシタガ、終リニ同君ハ、
「 血ガ返ルト云フ事ハ縁起ガイイ事ダ、今年ハ運ガ良イダラウ 」
ト云フ意味ノ言葉ヲ洩ラシテ居マシタ。
其処デ私ハ一寸 「ハテナ」 トハ思ひマシタガ
元來磯部君ハ熱情ノ人デアリマスカラマア大シタ事モアルマイト考ヘマシタ。
ソシテ相澤中佐公判ニ關スル色々ナ打合セ等ヲシテ磯部君ハ歸ツタト思ヒマス。
夫レカラ二月十四日頃ト思ヒマスガ、( ・・二月十三日 接見 )
相澤中佐カラ家事上ノ事デ話ガアルト電話ガ掛カリマシタノデ午後ニ澁谷ノ陸軍刑務所ヲ訪レマシタ。
スルト相澤様カラ家事上ノ話ヤ公判ニ關スル話ガアリマシタ末ニ
「 若イ大切ナ人達ガ輕擧妄動スル様ナ事ノ無イ様ニ 殊ニ御國ガ最モ大事ナ時ニ臨ンデ居ルカラ
特ニ呉々モ自重スル様ニ貴方カラモ言ツテ貰ヒ度イ 」
トノ話ガアリマシタ。
其処デ私モ同感デモアリマスシ、
相澤様ガ何時デモ此様ナ心配ヲシテ居ラレル事ガ判ツテ居マシタノデ
「 間違ヒモアリマスマイシ、此上共気を付ケマスカラ案ジラレナイ様ニ 」
ト話シテ歸ツタノデアリマシタ。
其後二三日過ギタ頃ト思ヒマスノデ確カ二月十六、七頃ト思ヒマス
相澤中佐ノ公判打合セカデ來テイタ村中孝次君ガ
「 二月二十日迄ニ相澤サンガ一度來テ呉レト云フ傳言ガアッタガ 貴方が行ツテ呉レレバ非常ニ都合ガイイノダガ」
ト云フ話ト、其頃相澤中佐ノ陳述内容ノ眞實に近イモノヲ各方面に知ラセナケレバナラナイト云フノデ、
此ノ原稿ノ整理ニハ村中、澁川君ガ主トシテ携ワッテヰマシタノデ
村中君ハ 「 自分モ忙シイクスルノデ成ル丈ケ貴方ニ行ツテ貰ヒ度イ 」 トノ事デアッタ。
又此時ト思ヒマス 村中君ハ部隊側ノ靑年將校ノ一部ニハ
「 公判ノ進行トハ別ニ御維新ノ運動ヲ進メナケレバイカン。
第一師團モ近ク満洲ニ行カナケレバナランガ、
ソウナレバ當分ソウ云フ機會ガナイト云フ様ナ意味デ相當決意ガ高マッテヰル風デ、
自分ナト公判ニ一生懸命ニヤッテヰルノヲ快く思ハナイ風ガ見エル。
自分ハ元來御承知ノ様ニ氣ガ弱クテ温シイノデ立場ニ苦シム事ガアル 」
ト云フ様ナ事ヲ話サレテイタ。
此時私ハ
「 満洲ニ行クカラ御奉公ガ出來ナイト云フ様ナ事ハ原則上間違ヒデアル。
ソンナ事デ焦ツテ間違ヒヲ起シテハ困ルシ、
相澤中佐モ此ノ間面會シタトキ
ソンナ事ヲ非常ニ心配シテ自分ニ頼ンデ居ルシ、私モ何トカ考ヘテ見ヤウ 」
ト云ツテ置キマシタ。
又此ノ前後頃デアッタト思ヒマス、相澤中佐ノ公判ノ事及ビ私用等モアッタノデ
先輩ノ第一聯隊ノ中隊長デアル山口一太郎大尉ヲ私宅ニ訪問シマシタガ、
此際相澤中佐ノ公判狀況等ヲ話シタ末ニ話ガタマタマ靑年將校ノ事ニ及ビマシタ。
ソシテ山口大尉ハ
「 何ウモ栗原サンカガ隊内デ盛ンニ飛廻ッテイルラシイ。此分デハ何カヤリ兼ネナイ風ガアルガ夫レデイイカ 」
ト云フ意味ノ話ガアッタノデ、私ハ
「 ソウ云フ事ハ困ルシ大體今ノ時機ハソウ云フ時機デナイ、
モットモ栗原君ハ平素ソウ云フ事ガ癖ノ様ニナッテイルカラ
眞意ハ判ラナイケレ共取返シノ附カヌ様ニナッテモ困ルカラ 私ガ會ツテ一度話シテ見ヤウ 」
ト言ヒ
「 御會ヒニナッタラ一度私ノ家ニ來ル様ニ言傳シテ欲シイ 」
ト云ヒ、別レテ歸ツタノデアリマシタ。
其ノ翌日ハ栗原君ガ來ルダロウト思ツテ待ツテ居リマシタガ
遂に同君ハ來ズ待チ呆ケニ會ツタ譯デアリマシタ。
其翌日デアリマシタカラ確カ二月十八日、九日頃ノ午後聯隊内山口大尉カラ電話ガアリ
「 栗原君ニ言傳シタガ行ク必要ナイト言ッテイルノデ
依頼ハ果シタガ何ウニモナランカラ自分ハ知ランゾ 」
ト云フ話デシタ。
其処デ私ハ
「 夫レナラ栗原君ニ電話口ニ出テ貰ヒタイ 」
ト頼ミ、確カ暫ラクスルト待ッテイル栗原君ガ出タト思ヒマス。
ソレデ私ハ同君ニ 「 話シタイ事ガアルカラ來ナイカ 」 ト言ヒマスト
栗原君は 「 行ク必要ナイト思フ 別ニ話ハアリマセん 」 ト云フ事デシタ。
私モ同君ノ返事ガ意外ニ強イノデ内心一寸驚キマシタガ
「 君ノ方ニ話ガナクテモコチラニ話ガアルノダダカラ兎ニ角一度來テ呉レ 」
ト話シテ電話ヲ切ッタノデシタ。
其ノタメニ栗原ハ私ノ宅ニヤッテ來マシタノデ 私カラ
「 最近盛ニ君達ハヤッテ居ル様ダガ何ウ云フノダ 」 ト聞キマスト
栗原君ハ
「 貴方ニハ關係ナイ 」 ト云フ意味ノ事ヲ申シ、
「 貴方ニハ貴方ノ役割ト云フモノガアロウシ
自分達ニハ自分達ノ役割ガアルノダカラ話ス必要ハアリマセン。
公判ノ進行ト維新運動トハ別ダト思フ。
貴兄ニハ何モ迷惑ハ掛ケナイ積リデアル。
私共ハ満洲ニ行ク前ニ是非目的ヲ達シタイト思ツテ居ル。
皆此ノ決心ガ非常ニ強クナッテヰル。
自分達ノ都合カラ云ヘバ今月中ガ一番良イ。
公判公判ト云フガソウ期待ガ掛ケラレマスカ 」
ト云フ様ナ事ヲ云ツテ居リマシタ。
私ハ此時
「 満洲ニ行クカラヤラナケレバナラナイト云フ事ハ間違ヒデアル。
公判トハ別ダト云フ事ハ其通リカモ知レンガ、
ソレカト云ツテ公判ヲ放任シタリ 別ダト云ツテソウイウ事ニノボセタリシテ輕擧妄動スル事ハ以テノ外デアル。
今ハソウ云ツタ君等ノ考ノ様ナ事ヲスル時機デハナイ。
マシテ今月中ニナドト云フ事ハイカン。
引込ミガ附カナクナルデハナイカ。
飛ビ廻ツテ見テモ案外人ハ動カナイイシ、
動イタ様ニ見エテモ表面一時的デアッテ 實ハ餘儀ナクソウイウ風ナ態度ヲ執ル時ガ多イノデアッテ、
結局イザト云フ時ニハ何モナランモノダ。
斯フ云フ事ハ其ノ中ノ社會狀勢ノ進展ガ自ラ決定スルモノデアル。
殊ニ大ッピラニ色々ノ事ヲ言動スル君ノ癖ガアルカラ却ツテ引込ミガ附カナイト共ニ
最初カラツマラヌ災を受ケルノカ落チダ 良ク考へ直シテ貰ヒタイ。
又僕等ニ迷惑ヲ掛ケヌト云フガ、僕個人トシテハソンナ事ハ問題デハナイケレドモ
最近ノ狀勢デハ君等ガ何カスレバ一般ハ直チニ僕等ノ關係ヲ想像スル、結局ハ同ジ事ダ 」
ト云フ様ナ事ヲ話シタノデアリマス。
スルト栗原君ハ
「 私共ノ事ハ心配しテ戴カナクトモ良イ、
貴方ガ色々考ヘテ居ラレル一般ノ大勢、指導、聯絡アル方面ノ狀態ハ
貴方ノ希望スル様ニハナツテ居ラナイノデスカ、矢張リ貴方ニモ迷惑ハ掛カリマスカ 」
ト云フ様ナ事ヲ云ハレマシタ。
其処デ私ハ更ニ
「 僕ノ關係ハ未ダ未ダ前途遼遠デアル、僕ハ先ヲ永ク考ヘテイルノデアル、
兎ニ角無關係ダト云ツテモ夫レハ御互丈ノ事デ外カラハソウハ見ナイノダシ、
結局今變ナ事ヲスレバ何モカモ駄目ニナッテ仕舞フ 」
ト云フ様ナ事ヲ話シタノデアリマスガ、同君ハ
「 貴方カラソウ云フ様ナ事ヲ云ハレルノハ一番困ル、マア考ヘテ見マセウ 」
ト云フ様ナ言葉ヲ殘シテ結局ハ話モ纏ラズ別レタノデアリマシタ。
更ニ此ノ日カ翌日カヨク記憶シマセンガ、
磯部君ガヤッテ來マシテ例ニヨッテ相澤サンノ公判ノ事ナド話合ツタト思ヒマスガ、
其ノ末ニ磯部君カラ聯隊ノ聯中ガ大分熱ガ高イ様デ、
安藤君アタリ最近非常ニ考ヘ込ンデイル風ガアルト言ツテ居リマシタノデ、
私モ栗原君ニ會ツタ話ヲ多少話シタト思ヒマス。
尚一度安藤君ニ會ヒ度イカラ序ガアッタラ 一度來テ呉レト言傳シテ呉レト頼ンダノデアリマシタ。
同君トノ話ハ之位デアリマシタト思ヒマス。
其ノ翌日頃デアリマシタカラ確カ 二月ノ二十日頃ノ夕方安藤大尉ガヤッテ來マシタ。
ソシテ安藤君ガ
「 實ハ貴方ニ一寸會ヒタカッタノダ 」
ト云ヒ、私モ
「 會ヒタカッタカラ、磯部君ニ言傳ヲ頼ンデ置イタ譯ダ 」
ト話シ、更ニ私ハ
「 最近靑年將校間ニ飛ビ出ストカ何トカ話ガアルソウダガ、何ウ云フ狀況デ、一體君ハ何ウ思ツテイルカ 」
ト聞キマシタ。
スルト安藤君ハ
「 實ハ其事ニ就テ貴方ニ聞キ度イト思ツテイタノダ 」
ト前置キシテ
「 最近若イ聯中ハ其ノ氣持チガ非常ニ強イ
此間モ四、五人寄ツタ際ニ自分ニヤツテ呉レト云ハレタガ
自分ハヤルヤランハ別ダガヤレナイト考ヘタノデ斷ツテ仕舞ツタ。
ソシテ其事ヲ週番中ノ野中大尉ニ話シタ処
同大尉ハ 『 何故斷ツタカ 』 ト自分ヲ叱リマシタ。
『 ソシテ相澤中佐殿ノ行動、最近一般ノ狀勢等ヲ考ルト
今自分達ガ起ツテ國家ノ爲ニ犠牲ニナラナケレバ却ツテ天誅ガ吾々ニ降ルダロウ。
自分ハ今週番中デアルガ今週中ニヤロウデハナイカ 』
ト言ハレテ私ハ非常ニ恥ズカシク思ヒマシタ。
併シ今日迄ノ關係カラ我々ガ何カ始メヤウトスレバ最後ニハ貴方ガ押ヘタリサレマシタガ、
今日ノ狀態ハ若シ貴方ガ押ヘデモスルト軍隊ノ内部ハ取返シノ附カヌ混亂ニ陥リ、
失礼ナ言分デハアリマスガ、
貴方ヲ撃ツテモ前進スルト云フ様ナ事ガ起ラントモ計り知レナイ狀態ニナッテ居リマス。
ソレデ一度貴方ニ御意見ヲ聞イテ見タイト思ツテ居タノデアル 」
トノ事デアリマシタ。
私モ事ノ意外ナノニ驚キマシタ。
殊ニ平素沈着熟慮ノ安藤君ノ言フ事デアリ
其ノ先輩デ私ハ未ダ一面識モナイ野中大尉カラ
ソンナニ迄強イ決心ヲ持ツテイルト云フ事ヲ聞イテ、
何ト考ヘテモ驚クノ外ナカッタノデアリマス。
ソコデ私ハ
「 自分トシテハ色々考ヘル処モアリ、到底當分ノ間ソウイフ事ハ同意ハ出來ナイ。
社會状勢ノ判斷、自分ノ希望シ努力シテイル事ノ今日ノ程度等カラ見テ 實ハ賛成ガ出來ナイガ、
併シ諸君ノ立場ヲ考ヘレバ止ムを得ナイ気持チモアルダロウ。
自分ハ五 ・一五事件ノ時ニモ御承知ノ様ナ事ニナリ、
幸ニシテ今日生キテイルノデ、自分ノ生命ニ就テハ別ニ惜シイトモ何トモ思ッテイナイガ、
若イ將校達ハ何レモ満洲ニ行カネバナラズ、
行ケバ最近ニ於ケル満洲ノ状態カラ見テ對露關係ガ遂次険惡化シテ居ル折柄、
勿論生キテ歸ルト云フ様ナ事ハ思ヒモヨラヌデアロウ。
其點カラ言ツテモ國内ノ事を色々憂慮シテ苦勞シテ來ラレタ人達ガ
此儘デ戰地ヘ行ク氣ニナレナイノモ無理モナイト思フ。
元來私共ノ原則トシテ何処ニ居ツテモ御維新ノ御奉公ハ出來ルシ、
満洲ニ出征スルカラソノ前ニ必ズ何カシナケレバナラント云フ事ハ正シイ考へ方デハナイト思フガ、
ソレハ理屈デアッテ人情ノ上カラハ一概ニ否定スル事モ出來ナイト思フ。
以前海軍ノ藤井少佐ガ所謂十月事件ノ後近ク上海ニ出征スルノヲ控ヘテ
御維新奉公ノ犠牲ヲ覺悟シテ蹶起シ度イト云フ手紙ヲ 昭和七年一月中旬自分ニ寄越シタノデアリマシタガ、
私ハ當時ノ狀勢等カラ絶對反對ノ返事ヲヤッタ爲
同少佐非常ニ失望落騰シテ其儘一月下旬ニハ上海ニ出征シ、二月五日上海附近デ名誉ノ戰死ヲ遂ゲタノデシタ。
私カラ言ヘバ單ニ勇敢ニ空中戰ヲ決行シテ戰死シタトノミ考ヘル事ノ出來ナイ節ガアリマス。
此ノ思出ハ私ノ一生最モ感ジ深イモノデ、 ・・・藤井齊 『 内地ヲ此儘ニシテ出征スルニ忍ヒナイカラ即時決行シタイ 』
今ノ諸君ノ立場ニ對シテモ私自身ノ立場カラハ理屈以外ノ色々ナ點ヲ考ヘサセラレマス。
結局皆ガ夫レ程迄決心シテ居ラレルト云フナラ 私トシテハ何共言ヒ様ガアリマセン。
之以上ハ今一度諸君ニヨク考ヘテ貰ツテ
ドチラデモ宜シイカラ御國の爲ニナル様ナ最善ノ道ヲ撰ンデ貰イタイト思フ。
私ハ諸君ト今迄ノ關係上自己一身ノ事ハ捨テマス。
人間ハ或運命ガアルト思フノデ
或程度以上ノ事ハ運賦天賦デ時ノ流レニ流レテ行クヨリ外に途ハナイト思ヒマス。
ドチラデモ良イカラ良ク考ヘテ頂き度イ 」
ト云フ意味ノ事ヲ話シ、安藤君ハ
「 良ク判リマシタカラ考ヘテ見ル 」
ト云ツテ別レテ歸ツタノデアリマシタ。
次ニ二月二十一日ト思フ、ハッキリシタ記憶ハナイガ山口大尉カラ
「 今日ハ風邪ヲ引イテ休ンデ居ルカラ 」 トノ電話ガアリ、
私ハ今日正午頃山口サンノ宅ヘ御伺ヒシマシタ。
スルト山口サンハ
「 明日カラ週番ニナルノデ當分會ヘナイカラ色々話ヲシテ置カウ 」
ト云ヒ、相澤中佐ノ公判ノ事、其他ヲ話合ヒマシタ。
更ニ話ガ靑年將校ノ話ニナリマシテ、
私ハ山口大尉ガ見テイル第一聯隊内部ノ狀勢ハ栗原君邊リガ私ニ對シテ
暗ニ示シタ押ヘ切レヌ様ナ強イモノデアルカ如何カ御尋ネシマシタ。
山口大尉ハ
「 自分ガ明日カラ週番ニナル事ニ就イテモ
栗原君ガ是非週番ニナッテ貰ヒタイト云フ希望ガ強カッタ。
内部ノ狀況ハ自分ノ見ル処デハ何ウニモ自分ガ週番ニナツテ貰フ方ガ好都合ラシク、
最近ノ言動ガ相當目ニ附ク程デ、全般的ニ言ヘバ相當ナ力ヲ固メテ居ル様ニ思ハレル。
夫レデ自分ハ單ニ之等ニ對シテ丈ノ処置デハ此ノ形勢ヲ緩和スルノハ今日ニナッテハ殆ンド絶望ニ近イト思フ 」
ト云フ意味ノ話ガアリマシタ。
其処デ二人ハ夫レ以外ノ方法デ 夫レ以外ノ方面ニ對シテ何等カノ打開ノ途ヲ相談シ合ツタノデアリマスガ、
夫レハ例ヘバ第一師團ヲ満洲ニ行ク事ヲ變更或ハ延期スル様ナ事ガ出來ナイカ
又ハ軍隊部内ノ移動モ三月移動ガ近イガ此際若イ人達ノ要望シテ居ル様ナ多少ノ實現ハ出來ナイカ、
ト云フ事ガアリマシタ。
然シ吾々ノ手デハ結局不可能デアロウ。
然ラバ事端ヲ惹起シタ場合ニ如何ニスルカト云フ事ニナリ、私トシテハ内容ノ如何ニ拘ハラズ、
例ヘバ私ガ此ノ時機ニコンナ事ノ起ルノニ絶對反對デアッテモ、
客観的狀勢ハ私ヲ若い人達ト同一ニシカ考ヘテ呉レナイ現狀デアルノダカラ、
私ハ夫レト同時ニ直チニ身體ノ拘束ヲ受ケルノガ當然ダト考ヘネバナラナイ。
多少時間ノ豫裕ガアッテモ夫レハ豫定ノ出來ナイ事デアル。
ダカラ何トカ取計ツテヤルト考ヘテモ夫レハ殆ンド空想ニ近イ事デアル。
ソウイフ點ヲ考ヘテ私ノ存在ニハ餘リ期待ハ置ケナイ。
今一ツハ兎ニ角事態ヲ至急ニ収拾シテ時局多端ノ折柄 内外ニ与フル惡影響
或ハ動揺ヲ出來ル丈制限シテ犠牲ニナル若人達ノ志ノアル処ヲ
出來ルタケ實現サセル様ナ途ヲ上部ノ人ニ取計ツテ頂ク外ハナイ。
大體二人ノ意見ハ以上ノ様ナ所ニ落着イタノデアリマス。
ソシテ二人ハ 「 實ニ弱ツタコトニナッタ 」 ト話合ヒマシタ。
私トシテ斯様ニナツタ以上ハ萬事運命ニ委セル外ハナイトモ話シ、
會ヘタラモウ一度會オウト云フ事デ別レタト思ヒマス。
大體二月二十三日、四日頃ノ私ノ氣持ハ
相澤中佐ノ公判ニ關スル材料ノ整理トカ公判進行ノ爲ノ雑用ガアリ、
其他ノ要件モアツテ非常ニ多忙デアリマシタガ、
或ハヤランカモ知レンガ何ダカヤル様ナ気持チモシテ忙シイ間ニモ氣持チガ非常ニ焦ツテ居タ。
夫レデ物ヲ考ルニモ何カコウジックリト考ヘラレナイ狀態デアッタ。
若イ人達モ其限リ消息ハナイ。
村中君、磯部君、澁川君モ公判記録ノ印刷等デ忙シクテ顔モ見セマセンシ、
マア一人デ氣持ヲイライラサセテ居タノデアリマシタ。
其内二月二十四日ノ午前中カ午後カヨク記憶シマセンガ、山口大尉ガ聯隊カラ
「 今日ハ暇ガアルカラ來ナイカ 」 ト云フ電話ガアリマシタノデ、
私ハ聯隊等ニ行ク事ハ何トナク氣が引ケルノデ躊躇シマシタガ 其夜七時半頃聯隊に山口サンヲ訪レマシタ。
週番司令ノ室デ少シ雑談ノ後山口サンカラ 「 何ウモヤリソウニ考ヘラレル 」 ト云フ話デアリマシタ。
私ハ
「 モウソウナレバ致方ガナイカラ、若シソウ云フ事ニナレバ私モ立場上ハ非常ニ困難デハアルケレ共
何トカシテ早ク収拾ノ着ク様ナ努力ハシテ見マス。 其時ハ一ツ出來レバ御知ラセヲ願ヘレバ結構デアル 」
ト云フ様ナ話ヲシテ約一時間位デ別レテ歸ツタノデシタ。
確カ其夜ハ色々考へ事ヲシタリ新宿デ尠シ酒ヲ飲ンデ歸宅シタノハ十二時頃カト思ヒマス。
歸宅シテ見ルト私ノ机ノ上ニ封筒ガ置イテアリマシタノデ封ヲ切ツテ見ルト
「 二月二十六日ノ朝ダト都合ガ良イト云ツテマス 」
ト云フ様ナ意味ノ事ガ書イテアリ、確カ磯部君ノ字ダト思ヒマシタ。
其処デ私ハ夫レデハ愈々ソウ云フ事ニナルノカト思ヒマシタガ其夜ハ直グ床ニ這入リマシタ。
然シ其夜ハ色々ナ事を考ヘマシタノデ殆ンド眠ル事モ出來ズニ過ギタ譯デアリマスガ、
結局ハ直感的ニ 「 萬事休ス 」 以外何モ良イ考ヘハ起リマセンデシタ。
ソウナレバ時間ノ餘裕モアリマセンシ
致方ナイ事ダト思ヒマシタカラ殆ンド眠レズニ色々ト考ヘタノデアリマシタ。
翌二十五日ハ相澤中佐ノ公判ガアリ、
眞崎大將ガ證人訊問ガアリマスノデ同大將ノ決心モ蔭乍ラ聞イテ居リマシタシ、
同大將ノ陳述如何ニヨリ 事ニ因ッテハ陸軍部内及ビ重臣方面ニ相當ナ波乱打撃ガ捲起ルトモ考ヘ、
玆ニ何程カノ希望ヲ繋イデ見マシタ。
処ガ翌二十五日トナリ眞崎大將ハ公判廷ニハ出マシタガ
勅裁ヲ得テ居ラナカッタトカデ殆ンド陳述モナク席ヲ蹶ツテ退廷セラレタト云フ事デ
之レニ依ツテハ何ウスル事モ出來ナクナッタノデシタ。
私ハ此日午後眞崎大將ガ退廷セラレタ事ヲ聞キ其狀況ヲ聞クタメニ
午後二時頃カニ世田谷區松原ノ満井中佐ノ御宅ヲ訪レマシタガ未ダ歸宅シテ居ラントノ事デ、
更ニ赤坂區青山ノ第一師團軍法會議場附近ニ行ツテ見マスト
新聞記者ノ自動車ガ十台位停ツテ居リマシタノデ未ダ公判ハ續ケラレテ居ルモノト考ヘ、
夫レデモウコレ迄ト諦メテ新宿ノ三越ヘ行キ封筒、便箋、鞄等ヲ買ツテ附近ヲ歩キ
午後八時頃カニ歸宅シタノデアリマシタ。
鞄ヤ封筒、便箋等ヲ買ツタ目的ハ、
若シ愈々事端ガ起ツタ場合ニ私ハ遅カレ早カレ當局ニ聯レテ行カレル事ハ自明ノ事デアリマスカラ、
私トシテハ若イ將校達ト行動ヲ共ニスル事モ出來ズ
又シナイ方ガ其ノ人達ノ純粋ナ立場ヲトラレル上ニ於テモ必要ダト思ヒ、
矢張リ自分ハ自分ノ分ヲ守ツテ別ノ立場カラ出來ル丈ノ助力ヲ私ノ出來ル間シテ上ゲヨウト考ヘテ、
何レ家ニ居テハ直グニ聯レテ行カレル虞レガアルノデ外ノ場所デ出來ル丈ノ事ヲシ度イト思ヒ、
通信聯絡等ニ必要ト考ヘ賈ヒ求メタノデアリマシタ。
更ニ同夜ハ十一時頃ニ家ヲ出テ澁谷區幡ヶ谷町ノ千坂智次郎閣下ガ亡クナラレ
御通夜デアリマシタノデ同家ニ御悔ミ傍々御通夜モシテ上ゲル考ヘデ伺イマシタ。
同家デハ同夜ハ親族丈デ通夜ヲスルトノ事デアリマシタノデ
佛前デ礼拝シ遺族ノ方ト暫時話シテ十二時過ギテ歸宅シマシタ。
尚同夜私宅ニ誰カ來テ居ラレタカ何カ記憶ハアリマセン。
又二月十六、七頃カニ栗原君ニ來テ貰ヒマシタ際ノ話デ考ヘ附イタ事ガアリマス。
夫レハ私カラ
「 ヤルトスレバ君ハ何ウ云フ氣持デヤルノカ 」
ト尋ネマスト 栗原君ハ
「 改造トカ革新トカデハナク國體ヲ歪曲スル君側ノ奸臣ヲ除ケバ良イノデアル 」
ト云フ事デシタ。
私ハ此時
「 御維新ト云フ事ハ國體ヲ護ル事デアルカラ吾々トシテハ夫レハ正シイ理論デアル。
世間雑多ニアル改造ノ理論トカ方針トカハ吾々トシテハ触レテハナラナイ。夫レカラ間違ヒガ起ル 」
ト云フ様ナ事ヲ申シ、更ニ
「 兎ニ角君ハ從來民間人デモ何デモ御構ヒナシニ引入レルノデ
何時モソレデ迷惑ヲ蒙ツテ居ルガ ソウ云フ事ノ無イ様ニ注意シテ 」
ト云ヒマスト栗原君ハ
「 良ク判ツテ居リマス」
トカ云ツテ居リマシタ。
尚事件前三日カ四日前、何カノ用事デ中野區桃園町四〇 北様ノ御宅ニ行キマシタ際ニ
私カラ
「 何ウモ最近若イ將校達ガ相當不穏ナ様デアル。マア此ノ分デハ何カヤルカモ知レマセン 」
ト云フ様ナ事ヲ話シタト思ヒマス。
然シ北サンカラハ別ニカウト云フ話モ無カッタト記憶シマス。
又前ニ靑年將校ガヤルヤルト申シマシタ目標等ハ
君側ノ奸臣即チ重臣ブロックデ
吾々御維新ノ爲メニ働イテイル人達ニハ相場ガ決マッテヰル事ナノデ
單ニヤルト云ヘバ之等ノ者ヲヤル事ナノデ
詳シク云フ必要ガナク世間一般ノ常識化シタ問題ナノデアリマス。
今回ノ事件前ノ狀況トシテハ之丈位ト思ヒマス。
右録取シ本人ニ讀み聞ケタルニ相違無キ旨申立署名拇印セシム
於警視庁
昭和十一年三月八日
陳述人 西田税 ( 拇印 )
司法警察官特別高等警察部
特別高等課勤務
警部補 関口照里
現代史資料5 国家主義運動2 から
