Silver linings

カリフォルニアで子育てとか仕事とか。

エクスプロラトリアムのブログを書きました

2010-07-27 16:21:12 | エクスプロラトリアム
すっかり放置ブログ。
母との旅日記もまだ終えていないのに、今日はまったく別の話。

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アーティスト松村泰三さんの「光の箱」のことをエクスプロラトリアムのブログに書かせてもらいました。今までラーニングスタジオのブログを書いたのはほんの1~2回(メンバーの誰が書いてもよい)。私が書いてもここで報告したことはなかったけれど、今回はたくさんの人に見てほしいと思うのでここでも報告。すてきな箱を考案した日本人アーティスト松村さんの存在を海外の人達に知ってほしいというのと、いやいや日本にいる友人達にも紹介したいというのと、何より自分が「これで何かできそう!」とワクワクしてしまったのと。メンバーと、箱を持ってミュージアムの中を歩き、いろいろな展示で「光の箱」を試したのですが、その様子をビデオでも撮っていてくれたのでビデオ付きでアップしたのでぜひ見てみてください。

■エクスプロラトリアムでのブログ(英語)はこちら
Learning Studio Blog

■ビデオはこちら(Light Box Exhibit Walk)


「光の箱」は工作キット。でも、箱をつくって「きれい!」でおしまいではなく、「これで何ができるだろう」ってその先を一緒に考えてくれるのがエクスプロラトリアムの仲間達。光や反射を学ぶのにとても素敵な活動になるということはさておき、新しいミュージアムの壁に埋め込む?すごく小っちゃくしてキーホルダーつくる?ラーニングツールとしてつくりなおす?インテリアのランプつくる?モビールつくる?LEDライトとモーターでなにかできそうetc..今日もスタジオではいろいろ What if?なアイデア達が浮遊。

つくづく思うのだけれど、「思いついたら即つくる、つくりながら考える」そんな人達が集まっている。アーティストか、サイエンティストか、なんていう溝はなくて。あるのは、つくる人か、つくらない人かという差だ。

カストロ、日本庭園、独立記念日

2010-07-16 00:34:17 | サンフランシスコ
次の日はミッションに車を停めて、いつも行列のできてるアイスクリーム屋さんBi-Rite Creameryのアイスを食べながらドロレスパークから、カストロまで歩いていきました。


やっぱりあの辺りでひときわ目を引く建物、
母、ミッションドロレス教会にて。

この日はフィリップも一緒に来てくれたので、3人で街歩き。
アメリカはこの日、7月4日の独立記念日でした。

といっても、われらにはあまり関心がなく、パレードも見に行かずに普通に街歩きを楽しんだ1日。
カストロをお散歩した後は、ツインピークスの丘にのぼってサンフランシスコ市内を一望したり。
ゴールデンゲートパークの中にある、Japanese Tea Gardenにも行ってみました。


「京都です」と言っても写真だけなら信じてもらえそう!
サンフランシスコの日本庭園。

これで日本づいてしまって、夕食はジャパンタウンの中にある焼き肉十番(Yakiniku House Juban)へ。
サンフランシスコで焼き肉と言ったら私たちはいつもここ(行きすぎ、笑)。

家に戻ってから夜9時過ぎ。
ドドーンという花火の音が外から聞こえてきたので、ベランダからサンフランシスコ方面を見てみると、3~4カ所で花火があがってるのが見えた。うちからだとだいぶ離れているし、霧もあって見えにくかったけれど、遠くからでもポコポコあがる花火を楽しめました。

身体が冷たくなるまでベランダにいて花火を眺めていました。なんだか、日本の夏が恋しい私でした。蒸し暑~い夜の打ち上げ花火、やっぱり花火は日本だなぁ。でもたまたま7月4日にアメリカにいてベランダから3人でこの花火を眺めたこと、きっといい思い出になるでしょう。

プールで泳いだり

2010-07-15 01:05:42 | 日常
ある夜は、アパートのプールへ。アメリカではたいていのアパートにプールがついている。うちのアパートのプールは猫のひたいほどの小さな屋外プールだけれど、そばに付いている温水ジャグジーが気持ちいいので私もよく利用します。海外にいると温泉や銭湯がないので、このジャグジーのバブルがとーってもありがたい。それしか全身ふわっとお湯に浸す機会がないし。多少塩素臭いけれど、は~っ、、、とリラックスしてぶくぶくぶく~っとお湯に身を沈める。


母はキャップにゴーグルをして、なかなか本格的に泳ぎを楽しみました。フィリップも。
私はプールへは寄り付かず、ジャグジーだけ。

近くに住む友達のベスナ夫婦も呼んで、5人でプール&ジャグジー→家へあがって、すいか→グァカモリ(メキシカンフード)→おしゃべり、となった夜でした。

夜12時を過ぎた頃に解散、おやすみなさい。
メンドシーノへ行った後だったので、私はつかれて即寝。

「エデンの東」とメンドシーノ

2010-07-14 00:34:10 | 日常
サンフランシスコ近郊のメジャーな日帰りスポット(ex. ミュアウッズ、ナパ、ソノマ、モントレー、パロアルト、シリコンバレーなど)をよそに、母が行きたいと言ったのは、メンドシーノ(Mendocino)という北カリフォルニアの田舎町。サンフランシスコから車で3時間ちょい、道中、絶景の連続で「わぁ、、」といたるところで歓声をあげつつ2人でドライブに行ってきました。



それにしても、なぜメンドシーノ?

答えは、ずっと昔の映画『エデンの東』にあり。うちにはなぜか昔から映画俳優ジェームズ・ディーン(James Dean)のポスターやら写真集やらがありました。実家の押し入れに白黒の古ぼけた写真集や黄ばんだ雑誌を見つけるにつけ、私は幼いながらに母が若い頃に大ファンだったジェームズ・ディーンという俳優さんの存在を知ることになりました。英語のパンフレットや雑誌を母が若い頃に辞書を引きながら読んだと思われる鉛筆の跡とか(笑)、今でもとても印象に残っています。

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ジェームズディーンはたった数本のメジャーなハリウッド映画の主演をつとめ、わずか21歳で不運にも交通事故で亡くなってしまうのですが、彼の代表作『エデンの東』は、このメンドシーノの町で撮影が行われたそう。『エデンの東』のビデオも昔からうちにあり、何度か母と一緒に観ようとしたことがあるのだけれど、うちにあったビデオには日本語字幕がなく私にはちんぷんかんぷんだったのですが。


そんな母にとって、映画のロケ地となったメンドシーノはいつか訪れてみたい町だったようです。メンドシーノは、崖っぷちにたつ小さな町。いくつかのカフェやレストラン、今ではアーティストを招聘して町おこしをしているようだけれど、たった数ブロックで終わってしまうような田舎の町でした。

実際に町を歩いてみると、
「あぁ、ここが最初のシーンでジミーが座っていたデッキ、、、!」
「ここが確かあの銀行の跡で、、、」
「あの崖はどこにあるのかしら、、、」と、
50年以上前の映画シーンの記憶をたどりながらのお散歩となりました。当時の町並は少しだけれどまだそのとおりに残っていて、映画で使われた建物もそのまま。きっと母にとってこの町は青春の1ページの背景なのね(笑)。私にとって、メンドシーノはなじみのない町だったのだけれど、今回こうして母と一緒に訪れたことで、思い出のある町になりました。


映画で使われた建物の前で。
母が手にしているのはジェームズ・ディーンの本。セピアにしてみたよ、笑。

家に帰ってからフィリップに「どうだった?」と聞かれ「とってもよかった」「ずっと行きたいと思っていた場所」「長年の夢がかなってよかった」と嬉しそうに伝える母の様子に(もちろん私が横から訳すのだけど)、私も嬉しくなりました。メンドシーノは、カリフォルニア1号線をずっとあがったところにあります。うねりの続く海岸線をドライブしているだけでもとても気持ちよかった。

フィッシャーマンズワーフとロンバート

2010-07-13 00:32:35 | サンフランシスコ
次の日はフェリーターミナルビルディングで、昨日とはまたひと味違ったクラムチャウダーを食べたっけ。こっちのはあさりがゴロゴロ入っていて、スープもさらりとしてる。牡蠣がおいしいと評判のレストランにて、牡蠣も食べました(私は生ガキ食べられないけど)。

Hog Island Oysters
The Ferry Building Marketplace
One Ferry Building, San Francisco
(415) 391-7117

フィッシャーマンズワーフまで、てくてく海岸沿いを歩きます。定番の観光コース。サンフランシスコってやっぱりいいね。ニューヨークを訪れたときとはまったく違う空気。人々がフレンドリーだし、なんだか空気が冷たいけどスカッとしていて、街に独特の開放感があって気持ちいいよね、そんな話をしました。早くもおみやげのチョコレートを探したり、今ではがくんと減ってしまったサンフランシスコ名物のアザラシ達を堤防から眺めたり、大きないちごをつまんでみたり。一番の繁華街 Pier 39のあたりを散策しました。

結構歩いたのでカフェで一休みしようと思ったのだけど、フィッシャーマンズワーフのカフェってどこもにぎやかすぎて落ち着かない。当てもなく歩いているうちにハイドストリートに出たので「ロンバートストリートまで行ってみようか」ということに。つかれてたはずなのにね(笑)、世界でいちばんまがりくねった坂道、ロンバートまでの坂道を上っていきました。

「サンフランシスコの坂って、山登りの訓練にちょうどいいねぇ」
母はそう言いながら一歩一歩のぼっていったっけ。


母、ロンバートの坂道を背景に。
ブロマイドみたいな写真が撮れたよ(笑)。

サンフランシスコの街にある42の丘。母は坂道をあがったり、くだったりしながら、サンフランシスコの人々が坂道を運転する様子や、坂道の途中でお行儀よく並列に駐車されている車たちを眺めながら「へぇ~」と驚くばかりでした。私にはもう見慣れてしまったサンフランシスコの街の様子、でも初めて見る人の感想や驚きをとおして、私もあらためてこの街が持つおもしろさに気がつくのでした。

ロンバートのあと、テイラーストリートの本屋さんのスタバでようやく一休み。静かな店内でラテを飲みながらヨセミテの本を眺めたり、野鳥の本を眺めたり。アメリカに来て出会った人達の影響もあって、最近の私は鳥を見ること(バーディング Birding)にも関心を持つようになりました。


仕事が終わってから迎えにきてくれたフィリップと合流。
フィッシャーマンズワーフの夕暮れ時。

サウサリートとスティンソンビーチ

2010-07-12 17:00:06 | サンフランシスコ
木曜日はエクスプロラトリアムでミーティングがあったので、母の見学もかねてエクスプロラトリアムに連れて行きました。ミーティングの間はひとりでミュージアムをまわってもらいましたが、エクスプロラトリアムはいくらでも時間つぶせる場所。打ち合わせ終わって3時にミュージアムストアで落ち合って、その後は工房の中を少しだけツアー。みんな気さくに声をかけてくれました。感謝。母がおもしろかった展示はピンスクリーン(PinScreen)だとか。

その後は、お約束のコースでそのままサウサリートへ。
FISH.でクラムチャウダーの赤と白をひとつずつオーダーして、また海を眺めながら遅めのランチ。


その後、サウサリートから山を越えてスティンソンビーチまでドライブ。行く予定じゃなかったんだけど、なんとなく山の方へ行ってみたらそのままビーチまで出てしまったのでした。西陽の照りつける山道の運転、うねうねしてたり、まぶしくて目がくらんだり、大変でした。


スティンソンビーチ。裸足で歩ける砂浜が続きます。
「これまで見てたサンフランシスコ湾じゃなくて、これは太平洋だねー!」

この日も空は青かったなぁー。風の強い午後でした。

最初の日

2010-07-12 16:43:14 | バークレー
母が着いた最初の日は、バークレーをぶらぶらお散歩しました。
ベイエリア、母の最初の感想は「寒いね」でした、やっぱり。

大学のキャンパスを歩いたり、小腹がすいたらベトナム春巻きを2人でつまんだりして。フィリップの仕事が終わるころに車でピックアップしてもらおうと思っていたのだけど彼は仕事後にサッカーへ行ったので、結局また2人でバスとシャトルに乗って帰ってきたっけ。

バンクロフト通りにある Le Chavel
学食のような雑多な雰囲気だけれど、ベトナム春巻きおいしい。

Le Petit Cheval
UC Berkeley Campus Area
2600A Bancroft way, Berkeley

母がきました

2010-07-02 16:11:11 | 日常
昨日、日本から母がやって来た。
大きな荷物と、登山シューズと、私が日本に忘れてしまったテニスラケットを持って。
これから2週間弱、一緒に毎日を過ごします。

今日はエクスプロラトリアムで参加したいイベントがあったので、ミュージアム見学がてら連れて行き、会う人会う人に紹介して歩いた。中にはこちらから紹介してなくても「I assume this is your mother!(きみのお母さんでしょ!)」と言いにくるスタッフもいたり(笑)。母はただ、にこにこ、ペコリと挨拶。

これからしばらくエクスプロラトリアムはお休みし、サンフランシスコ観光や、ヨセミテ国立公園、その他、母の行きたい場所への観光につきあうつもり。今日はミュージアムの後は、ゴールデンゲートブリッジを渡って遅めのランチをとり、アイスクリームを食べてフェリーを眺めてその後は山道をドライブ。

まだ時差ぼけもあるみたいで、車の中で眠そうにしていたり、夜中に目覚めたりしてしんどいみたいだけどね。今日はもう寝てます。