『 HARD & LOOSE 』 れいめい塾 津市久居

塾頭の『れいめい塾発 25時』
三重県津市久居にある学習塾『れいめい塾』の塾頭のブログです。

23年前のやり残した仕事

2011年08月31日 22時40分27秒 | 塾の風景

今日は松阪サーキットだ。それもあって喬之が午前中から来ている。昼食と夕食を塾で食べてるから前後12時間ほどを塾で過ごすことになるが、どこか物見遊山の風情が見える。たぶん『バカボンド』を全巻征服するのもここ数日か。

まあ、まだ中2ということで目くじら立てることもないかもしれないが・・・中3はこの夏でかなり受験生の雰囲気が出てきた。括目(かつもく)・・・と言ってもいいかもしれない。

ほぼ皆勤賞だった光亮(こうすけ)、今日は松阪高校の授業を受けに行ったそうで午前と午後は休み・・・夜に来るかどうかは知らない。先週に引き続き、里恵(7期生)で前期期末対策の国語の授業があるはずだが・・・。

俺は真悠(高田Ⅱ類3年)の書いた論文を読み返している。なぜ徒然草に女性論なのか・・・自分が女性だから? それでは根拠が薄い。

橋本ドクターから連絡・・・パラオネタに興味を抱いたようだ。あの稿は続くとなっている。その続きを手短に伝えると、「いやあ、それはおもしろい。パラオに行きたくなっちゃいましたよ」との感想。そうなのだ、これからがおもしろい。

そして珍客、3期生の智洋(日産部品)だ・・・中3の娘の話になる。やり残した仕事が舞い込んできた・・・23年前のやり残した仕事だ。

今日の里恵は開店休業の体・・・俺が智洋と話している間、中学生の部屋で鎮座する。

 

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新天地・パラオ

2011年08月31日 16時11分43秒 | 塾長の友人

今日で夏休みは最期・・・そして『ありがとう』も最期だ。

閉店が決まってからはさすがにお客さんが増えたようだ。そしてオーラスの今日はさぞかしの賑わいだろう。昨日行ったのは最終日の31日と勘違いしたというトンマな話だが・・・。

「神戸の震災があった時ね、伊勢で寿司屋をしてたんですよ。あの時もそれからの客の落ち込みはひどかった。なんや、外食するような気分になれへんかったんやろね。ひどい売上でやく3か月、それから徐々に持ち直してったかな。そして今回の東北、これもね、やはり同じように客足がバタッと止まった。4月5月6月ときて、そろそろ3か月や、回復するかなと思たけど回復しない。実はね、この店はちょうど3年前に始めたんですよ。石にかじりついても3年は続けようって決心してね。でもね、最初の頃はしんどくってね・・・ああ、こんなとこで店をやらんかったら良かった、なんてね。それが先生や皆さんのおかげでね、お客さんが増えていって少しずつ少しずつ右肩上がりで上昇していって、ああ3年続けようって決心したことは間違いなかったなって・・・そんな時に東北ですよ。でも神戸の時を思い出して3か月したらって・・・それが7月になっても回復しない。そうこうしてるうちに消費税を10%やら15%やらと騒ぎ始めてる・・・こりゃもうアカンと腹をくくりましたよ」

「パラオの話はね、半年ほど前から聞いてはいたんですよ。パラオって国は新しい国でしてね。最初の大統領が中村さんだったか、・・・その人は三重県からパラオに移り住んだ人と現地の女性の間に生まれた人なんですよ。その三重県から移り住んだって人と縁故にな人がいましてね、その方からパラオで店をやらないかって。パラオって聞くと先生は何を思い出しますか? ああ、それね、アントニオ猪木の島ね。あれは独立するにあたってパラオを有名にするために各国の著名人に島を贈ったらしいですよ。後は? そうそう戦争ね、天皇の島? それは僕、知らへんなあ」

パラオのペリリュー島での戦いは芥川賞作家の児島襄が『天皇の島』で描いている。シンちゃん(爽風塾頭)の親父さんに紹介されたのをきっかけに著作を読んだ記憶がある。小田実の『玉砕』でも描かれたそうだが、こっちは読んでない。俺の貧弱な戦記物の履歴では、硫黄島と並んでペリリュー島の戦いが鍾乳洞や洞窟に籠ってアメリカ軍と対峙する戦いの双璧だと思われるる。

「第一次世界大戦でパラオを含めたドイツ領南洋諸島を日本が領国としたんですよね、それまでいろんな国に支配されてたけど、日本の支配がインフラも整えるなど、一番良かったそうで、日本人も島の人たちも分け隔てなく仲良く暮らしてたらしいんですよ。だからね、アメリカ軍がペリリュー島に攻めてきたときも島の村人はいっしょになって戦うと言ったらしい、でもね日本の隊長が『日本陸軍の軍人が土人といっしょに戦えるか! 貴様らは本島へ帰れ!』って怒ったんですよ、それを聞いた村人は裏切られた気持ちでね、本島への船に乗ったんですよ。するとね、浜辺に日本の兵隊たちが全員出てきてね、皆でいっしょに歌った歌を歌いながら手を振って見送ったんです。それを見てね、村人は自分たちを戦闘に巻き込みたくないからあんなふうに言ったんだと気づくんです。第二次世界大戦では唯一、日本軍やアメリカ軍は死んだけど、現地人は一人も死ななかった戦いなんです。・・・そんなことがあり、今でもその当時の村人は生きている人もいて、日本にはとても友好的なんですよね。ペリリュー島の戦いはYou-tubeにあるんですよ・・・何度見ても泣きそうになるんですけどね」

たぶん、これだ・・・。

「そういう日本の兵隊さんたちがいて、今でもその人たちへの感謝を忘れずに、ひいてはそれが日本人に対する友好的な感情に結びついている。僕が第二の人生を送ろうと思っている土地はそんな場所です。やはり、島の産業は観光・・・ダイビングの名所らしいですね。日本人ダイバーもたくさん行ってるようで、ブログなんか見てもね、まだまだ観光産業が未発達で、日本食も粗末なものを出してるんですよ・・・そうそう、隙間が大きいんです。そこに割って入るチャンスは必ずあると・・・。でもね、日本人ダイバーのブログなんかでは、パラオの観光施設の不備なことをけなしてるんですよ、他の国と比べたりしてね。・・・日本人として、昔パラオには立派な日本人がいて、そのおかげで日本人観光客に対しても友好的なことを知ってほしいですね」

 

この稿、続く。

昨日の『ありがとう』

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頑張れ孫たち

2011年08月31日 12時00分55秒 | 塾の風景

香保のおじいちゃん、なんと90歳・・・が某市民病院に入院したとか・・・。その市民病院がなんと宏樹(10期生・薬剤師)が勤めている病院なのに驚く。香保は探したようだが会えなかったとか・・・。

 

俺は小6のお嬢に一次関数を教えている。ちなみに小6のお嬢の祖父は俺の高校時代の数学の恩師だ。

小6のお嬢の数学は姉ちゃん達同様にスマートに解こうとするもの。公式が自明のものとしてあり、それをツールとして解こうとする。ゆえに立ち止まる問題がある・・・「もっとじたばたしなくっちゃ、方眼を自分で書いてみたらヒントがあるよ」 正解はすぐには教えない。教えたほうがいい子もいる・・・勉強の苦手な子だ。ポテンシャルがある子にはすぐには教えない。どこまで粘れるか・・・それが将来の数学の筋肉になる。しかし、ため息を漏らすお嬢。いじめてゴメンやで。

でもな、お嬢。俺は高校時代にお嬢のおじいちゃんから何度も何度も罵られたよ。「公式の意味すら知ろうとせずに、公式が持つ感動に触れようとせずに、オマエはただ、公式だけを振り回して解こうとしている。だから、オマエは馬鹿なんだ」

頑張れ孫たち、公式を振り回すな・・・思考しろ。

 

 

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いい宿題でした

2011年08月30日 23時18分42秒 | 塾の風景

真ん中の部屋の騒がしい二人は里歩に任せて俺は中学生の部屋でキーボードを叩く。新たな嬌声・・・娘のあい(津高3年)である。あいからすれば1年先輩となる、懐かしいんだろう。

午後11時前になっても勉強している生徒が10人ほど。取り立てて今日は指示を出していない。松阪西の二人に歴史の問題集をミス0でしとけ、千里と望美に呉のある連立の問題をしとけ、知愛に去年の久居東の夏休み明けの理科と英語の試験をしとけ、大貴には2学期の内申がすべてやから今から中間範囲の英語を進めろ・・・そこそこ指示しとるな。

西郊中の中3の宿題・・・夏休みの間の適当な日に月の観測をする・・・いい宿題やね。2学期の理科の範囲の布石やな。この宿題だと日記のように後から適当に書けへん。なにしろ時間とともに月がどの位置にあるかを書く宿題だ。その意味でもいい宿題。

中2の夏休み明けの試験、松阪西は去年はあったが今年はなし。ところが嬉野中では実施、それと9月1日と2日の2日間でだ。当然にして9月中旬には前期の期末試験がある・・・嬉野中は辛いねえ。

睫毛の三世代家族こと郁、弟の司を迎えに来た車に収監されて帰っていく・・・途端に静寂が支配する。

 

娘のれい(18期生・三重大学教育学部3年)は今夜、夜行バスで東京へ・・・ライヴやろな。この土日にもめい(18期生・保育園)と二人、やはり東京へライヴに行ったばかりだ。似なくていいところは似るんやな・・・いや、ほんまに娘のことながら羨ましい。それでも9月中旬には教育実習が迫っている。ざまあ見ろである。

 

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もれない・・・?

2011年08月30日 22時18分16秒 | 卒業生

突然、階段から嬌声・・・誰かいなと思えば22期生の理沙(三重短大1年)と郁(かおる・トヨタ自動車学校)の二人。あいにく里歩(22期生・四日市看護)を家庭教師にと望むお母さんと息子さんが来ている。嬌声は相変わらず、階段でくつろいでいるんだろう。

郁が「きゃわたん!」と携帯のこの画像を見て叫ぶ・・・なんや、きゃわたんって。「えっ!言わへんの・・・きゃわたん・・・かわいいってこと」

そして続けざまに「もれる!」 「今度はなんや」と俺。「ええっ・・・もれるって言うよね」 「言うけど」とさつき(21期生・名城大学人間学科2年)。「なんていう意味や」 「う~ん、いろいろ使うな、携帯の画像がきれいに撮れたときなんか、もれる!って」と郁。「もれない・もれます。もれる・・・下一段活用か」 「何それ?」と今度は郁。「オマエ、もう文法忘れたんか」と俺。

「きゃわたんは言わない、でももれるは言う。最近は頑張るしか・・・って言うのもこなつ(津高3年)がよく言うけど、あれって頑張るしかないと言いたいのに、最後のないを省略して、頑張るしか・・・あれって意味分からへん」と解説してくれるさつき・・・もれる・きゃわたん。頑張るしか・・・ねえ。

里歩がやって来て22期生が揃う。この写真は?って郁に聞くと・・・もれない・・・だそうです。

 

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