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津・松阪地区で高校入試における内申でお悩みの方は、無料相談承ります。
メール(reimei.nakayama@gmail.com)またはお電話(059-255-1123)で、れいめい塾まで『内申の件で』とご連絡ください。
『クレス』は新装なった白子駅のすぐそば、駅駐車場の真ん前だ。ただ、以前の密集地形?では探しあぐねたはずだ。今は更地となり、タクシー待ちの場所からも見通しが効く。
お客さんは誰もいない、マスターとママ。注文は松田先生が来るまで待ってほしいと伝える。俺が座ったからか、BGMが鳴り出す。「ここの夜の営業のほうのマスターは28歳でイケメンなんでしょう?」と声をかけてみた。
「いえいえ、そんないいもんじゃないですよ」とママ。「でも、誰かは知らないけど、あるブログの記事の中にね、そんなふうに紹介されてたんですよ」 「ブログに?」 「ええ」 カウンターの向こうからマスターが声をかける、「今はすごい時代ですな」
松田先生が来るまで、少しばかり昔取った杵柄・・・インタビューまがいを。
「そうそう・・・その28歳、夜の営業のマスターは私たちの息子です。へえ~、そんなこともブログに書いてあるんですか。あれもね、高校出ても何もしたいことがなかったようで、でもね、いつかは自分の店を持ちたいっていう気持ちはあったのかな、あれでも・・・ええええ、あれでもって、本当にね、甘いんですよ、世の中のことがなにも分かっちゃいなかった。まあ、今もね、でも駅向こうにある和食屋さん・・・***(聞き取れず)で働き始めてね、まあ、なんとか和食と洋食の簡単なものは作れるようになったのかな。でもね、中華料理だけは嫌だって・・・え?理由ですか、実はね、そこにいる主人、息子の父親がね、中華料理の店を持っててね、ええ昔・・・それから店の方は畳んだんですけどね、鈴鹿のね、****(聞き取れず)という会社でね、食堂のチーフやってたんですよ。だからかな、中華だけは嫌だって・・・いえいえ、私たちの店じゃなくて、この店はね、2年ほど前まではスナックでカラオケやってた。ところがね、突然にね、ママがね、死んじゃったんですよ。ええ、突然、それで旦那さんは高齢だったし、店はやりたくないって・・・それで、誰かする奴はいないかって。私たち夫婦もね、誘われたんですけど、でもね、自営業をやってきてそしてこの年齢になって新しい事なんてする覚悟がね、ええ・・・あっ、お客さんも自営業・・・へえ、塾の先生なんだ、ええええ、そうよねえ、今更新しいこと初めてね、失敗したら嫌じゃないですか。そんな時にね、息子がやるって・・・ええええ、びっくりしましたよ。えっ? 開業資金ですか? いえ、一銭も・・・それだけははっきり言いましたよ、親として一切の援助はしないって、だから自分の力でやってみろって・・・するとね、自分でやるって言って、お金借りて、そいでやっちゃったんですよ。すごい? まあ、すごいかな・・・でもね、若いこともあるし、世間のことも知らないし・・・そうそう、怖い物知らず、そんな感じで始めたんですよ。1年ほど前かな・・・でもね、その時に借りたお金がね、外車の値段よりちょっと多いくらい・・・息子が勤めてた店の大将が言うんですけどね、どうせ借金するんなら1000万はしろって・・・借金があるから頑張らなアカン、返すために稼がなアカンって考える。その意味ではまだまだ自覚がないですよ、やっぱり世間知らずというか・・・え?そうですか・・・少しずつでも成長していきますかねえ。でもね、今になって言うんですよ、やっぱり大学へ行っておいたほうが良かったって・・・えっ? へえ、そうなんですか、やっぱり大学へ行っても中途半端な大学だとそんなに就職がないんですか? ・・・そう言われると、あんな頼りなさそうな息子でもしっかりやってるんですかねえ」
午後9時10分、松田先生がドアを開けて入ってきた。

食べログではやたらランチの評判がいいが、これが『クレス』のモーニング・・・500円、少々高いがその価値はある。
中川先生は・・・ひとことで言えば「気配がない」人である。
伊勢高を始め、宇治山田高校などで中川先生を窓口として親睦会を開いている。塾関係者にとっては、高校側からの貴重な情報を得る有意義な機会だ。ただし、参加はオープンではなく、あくまで親睦会。「これをなんとかね、希望する塾がみんな参加できる説明会にまでもっていければとええなと思ってんのやけどな」 大阪弁が混ざるが、その口調に気概は感じられず、サラリと言ってのける。
大阪・・・その地が中川先生の今を語るうえでの鍵となる。
ブログでは書けない話をたくさんしてもらった。その都度、この話をブログに書いてもいいかと承諾を求めたが、ほとんどが「そりゃアカンはな」と、すげない返事で終った。
それでも徹底抗戦、最低限のアウトラインを・・・
伊勢高から静岡大学へ、ここでの寮生活がそれまでの消極的な性格を変えた。・・・鍛えてもらったな、と中川先生は懐かしそうに言う。鍛えてもらったもののバンカラな生活にのめり込み、そんな生活を一新しようと大阪教育大学へと編入。ここから大阪での生活が始まる。幼稚園でバイト・・・ここで子どもたちの無邪気に笑う顔を見る。その笑いを引き出そうとギターを片手に歌ったり、工作に趣向を凝らしたりと工夫にいそしむ。しかし長い夏休みを利用して東北地方へサイクリング旅行と敢行する。十和田湖のユースホステルで、かの地の自然にぞっこん惚れ込み、ユースホステルでのバイトを頼み込む。そして幼稚園でのバイトを辞めてまで、冬の気配を感じる頃まで居座り続けることになる。雪に追われるように、自転車で大阪に舞い戻り、今度は学童のバイトにいそしむ。再び対峙する子供たちの目の輝き。卒業後はとある警備保障で過ごす3年間が始まる。ここでの仕事は営業がらみ、警備保障の客筋は場所が場所だけに怖い筋もまた多い。ヘタな営業マン顔負けの日々が続くが、母親からの頼みで伊勢に帰省。教職免許を生かして3年ほどを小学校で教えたものの、いろいろと制限がある授業への物足りなさから、全てが自分の裁量に委ねられる学習塾を設立。
中川先生、かなり脂っこい部分を削ってソリッドなプロフィールにしたわけですが、訂正や削除はメールしてください。・・・って、中川先生、メールのやり方今イチだそうで(笑)。文句があっても言えへんわな。電話?・・・最近では携帯島流しの刑も塾内ブームやから、中川先生やったら取らんだらええしね。
「塾は高校からの情報が欲しいし、高校も自分の学校の売りを外へ発信したい・・・ならね、聞きにいけばいい。鈴鹿高専にはすぐに聞きにいったかな、教えてくださいって。伊勢高も宇治山田も同じ、分からないから聞きにいく。そして他にも分からないって言ってる塾の先生がいるから、いっしょに聞きにきてもいいかって頼む。それだけやな」 「それだけって言っても、昔は塾と高校の関係って冷戦構造のようなもんで、互いがけん制しあってたでしょ。その断絶の扉に風穴を開けた・・・すごいですよ」 「そうかな、それって生徒の立場に立てば高校の選択って生涯に渡って影響を与える選択。ここは聞きたいことを聞きたいしね」 「その雰囲気ですよ、気負いもない、ただ飄々と高校を訪ねて、情報交換の機会を携えてくる」 「だってさ、高校ってまともな組織や、ちゃんと説明すれば分かってくれるしね。・・・やっぱり、大阪で営業やったんが大きいかな。ヤクザの事務所に営業に行ったりもしたけど、あれに比べたらね、こっちの言い分を丁寧に説明したら分かってくれるしね」 「言うのは感嘆ですけどね、実際にはそれができない」 「でも、受験生には最新の正確な情報を与えてやりたいねん。別に僕んとこだけやなくて、他の塾にもね」
他の塾にも・・・その証として、テーブルには松阪高校の説明会での情報が、改めて中川先生の手によってワープロで打ちなおされた資料がある。

「高校入試、その高校の選択がその子のその後の人生を大きく左右する。それは紛れもない事実や。その意味では、まだまだ高校は情報を出し切ってないと僕は思うけどな」
人と会うのは楽しい。午前9時から正午を過ぎて、俺たちは時間を忘れて話し合った。お互いどうしの過去について触れたのはこれが初めて。「なんや、中山先生も変ってるわ」と言われたが、中川先生ほどでもない。
塾と高校の間に流れる大河に一艘の船を出した。小さな船だ。御年53歳の船頭は大河への気負いも気概もなく、かといって臆する気配もない様子、ちょっとそこまでという風情で漕ぎ出していく・・・俺は船着場から船の行く末を見守っている。
ちなみにブログで煽ったわりにはサプライズはなかった。それは残念やったね。そやな・・・ face book で今日、友達申請を頂いた愛さん、来れば良かったのに(笑)。
今日は朝から塾に缶詰め状態だった。試験が近づいている。水曜日から嬉野中、来週明けから松阪西と白山中学。午後からは喬之に今回の後期中間の重要項目の確認。数学は相似証明、計算、二次関数の媒介変数。英語は5文型と分詞の後置修飾と関係代名詞の後置修飾。理科の月の金星の満ち欠け。喬之のあとは貴裕、英語の後置修飾に絞って教えていく。
今夜のサポート、あい(23期生・三重大学教育学部1年)がやって来る。昨夜の三菱重工の阪口氏の講演会の感想を話し、鹿の肉を貰ったことや南紀からの訪問者の話をする。そんななかであいの興味を引いたのは諒(21期生・三重大学教育学部3年)が来春から1年弱、ニュージーランドに留学する話・・・。
阪口氏が言った、「今になって思うんだけど、その時じゃなければできないことがあると思う。名古屋工業大学での4年間はサッカーも4年間続けたし、勉強も厳しい教授のもとでロジカルシンキングを徹底してしこまれたし、東京工業大学への院試の勉強でも生涯記憶に残るほどに頑張った。でもね、留学へは絶対に行っておくべきだった。だってさ、就職したら絶対に無理。そんな長期間休むわけにはいかないしね。今の毎日の生活のなかで僕が一番困ってるんが英語。とにかく何かあると英語、英語の会議も多いし、電話もするし受けもするしね。周りの人たちはね、ヘタな人が多い。本当に日本人の英語、でもね、ちゃんとコミュニケーションをとっている。本当に羨ましい。僕はですね、高校の時に英語は受験教科として一応はやった。でも、好きじゃなかったから大学では避けるようになった、積極的にやろうとしなかった。今になって本当に後悔してる。フランスに出張した、ある民間機関連企業を訪ねたんだけど、向こうでの会議も日常のコミュニケーションもみんな英語だ。やはり負い目がある、恥ずかしさが先に立つ。コミュニケーションから置いていかれる。・・・本当に後悔してる。大学の時になぜ留学しておかなかったかと。だから、君たちもね、英語が嫌いかもしれないけれど絶対に真面目に取り組むこと」 俺が諒を指さし、「こ奴は来年留学するんですよ」 「へえ~どこに?」 「ニュージーランドです」と諒。「ニュージーランドか・・・いいなあ。でも、君の人生に絶対に役に立つよ。視野も広がるしね。価値観が全く違うことがよく分かる。でも、これからの日本はそんなところへ出ていく、君たちも絶対に出ていく。絶対に英語を使いこなせるようにならなくっちゃ、就職でも不利になる。もう英語は話せて当たり前の時代になりつつある。できればもう一つ、他の言語がしゃべれれば言うことはない」
あいは教師になるつもりはないらしい。ならば、外の世界を見てきてから自分の将来を考えればいい。
夜は中2が馨五一人、残りはみんな中3.あいには望美と駿をマークするように伝える。
真ん中の部屋で話し声・・・岡山れいめい塾塾頭のスカイプでの授業が始まったようだ。
水曜日は岡山へ教えに行く予定です。ノンちゃん、ごめんね。木曜日には戻るから。
クリックのほう、ほんまに頼んます。
「僕は三菱航空機産業というところに勤めてるんですけどね、三菱重工から2008年に分かれた会社で、小型旅客機をMRJって、三菱リージョナルジェットの略なんですけど、MRJという長距離ではなくて短距離や中距離用の飛行機を作っています。そういった飛行機は日本なんかだと国土が狭いので需要は少ないけど、国土が広大な国、アメリカやカナダとか、MRJはそんな国に売ろうとしてるんですよ。でも最初に買ってくれたのはANAの全日空なんですけどね。あとはアメリカのトランスステイツとかスカイウェストとかから受注を受けています。世界の航空機を大別すると、大型機がアメリカのボーイングとフランスのエアバスの2強、ここで決まりですね。いっぽう小型機がカナダのボンバルディアとブラジルのエンブラエル、これまた2強なんですけど、ここに中国のARJやロシアのスフォ-イなんかもいて・・・そして三菱のMRJがこのクラスに参入しようとしてるんです。え・・・シェアですか? 小型機のシェアは世界で4~5000機くらいかな。でも、MRJはまだまだ飛んでないですよ。受注を受けたけど今はまだ試作段階、完成はしてないんですよ。でもね、そんな会社が世界の小型機のシェアを奪っていってやる、そんな覚悟をね、社員はしてるし僕も当然してる。え・・・どのくらいまで? そうですね、一応1000機あたりを目標としています、シェアでいうと20%というところ。まあ、三菱はそのような計画を立ててるけど、今は試作段階、まだまだこれからなんですよ。でもね、会社は凄い額の投資を行っています。まだ完成していないのにね。本当にいいのかなって思うこともある・・・でもね、航空機生産は日本の国策ということでもあり、皆さんの税金のほうからも援助してもらってます。だから、三菱は正真正銘、飛行機に社運を賭けているといっても過言じゃないんですよ。絶対にね、絶対に失敗できないんです」