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『 HARD & LOOSE 』 れいめい塾 津市久居

塾頭の『れいめい塾発 25時』
三重県津市久居にある学習塾『れいめい塾』の塾頭のブログです。

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今年のクリスマス・イヴ

2020年12月30日 21時39分36秒 | 仏事

親父と孫が映っている・・・12月24日、イヴの写真だ。

親父が三重中央で検査を受けたのは、この写真を撮った翌日の25日の午後2時。塾に戻り、逡巡した後に打開策を求めて・・・あるいは「救い」を求めて、WEB会のテーマとしてブログに親父の診断書をアップしたのが午後4時。

午後11時開始、翌朝まで続いたWEB会で貰ったアドバイスをもとに26日の午前中に高茶屋診療所へ。検査の後に、28日からの診療を承諾してもらって帰宅した午後1時。そして午後3時半頃、トイレで意識を失い救急車を呼ぶことになる。

 

別に三重中央の医師を今さらどうのこうのというのはない・・・医療格差もあるだろうし、コロナのこともあり入院させるのを渋ったのかもしれない。ただ、もっと早くブログにアップしとけばよかった・・・そう思う。

これだと担当医の意見を一方的に聞くのではなく、塾関係のいろんなドクターたちの意見も聞ける。そのうえでこれからの対処を考えればいい。

それを実践する次の機会は・・・俺やろな。

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やっぱ死ぬ時も「劇場型」やな

2020年12月30日 18時13分32秒 | 仏事

11月29日に親父が2泊3日のショートステイから戻った日、熱があるのに気づいたのは娘たちだ。翌日から俺たち夫婦も泊まり込み、熱が下がるのを待った。しかし解熱剤では36度あたりに下がるものの、放っておくと38度あたりまで上がる日々が続いた。1週間がたち、三重中央病院での検査を勧められた。その結果、やはりコロナとは思われないが・・・との主治医の言葉の後に続いたのは「肺に癌細胞があります、そして胃にも」

8月の健康診断では異常がなかった。「たぶん、発熱はこれが原因かと・・・」 入院するかどうか、延命治療について聞かれたが、手術はもとより抗がん剤治療もさせたくないと応えた。それで紹介されたのが七栗温泉病院だった。問題は入院するとコロナ渦の時代、面会に行けない。面会者に菌の保有者がある可能性があるからだ。結局、俺たちは自宅療養で様子をみることを選択した。

俺たちが泊まり込み始めてから2週間は熱はあるものの、それなりに元気だった。鰻丼をたいらげるなど、食欲もあった。ところが3週目に入ってから食欲が落ち始めた。一週間ほどで鉱物の鰻でもご飯はお茶碗に半分を食べられなくなった。

身体がかなり痩せ細った親父を伴って三重中央を訪れた。前回から2週間目の検診だった。七栗温泉病院への転院を承諾し、紹介状を書いてもらった。食欲のなさから痩せこけた親父を眺めながら、できればこのまま三重中央に入院させたかったが、やんわりと拒否された。癌が原因と考えられる以上は、三重中央へ入院となると癌治療・・・緩和ケアでは目的が違うとのこと。しかし癌での延命治療は拒否したが、体力が限界に近い以上は体力維持の観点から、点滴や、できれば流動食での治療はできないものかと途方に暮れた・・・

塾に戻った俺は医師から貰った診断書を取り出した。その日は金曜日、夜には塾OBのWEB会で参考になる話でも聞ければと親父の診断書をブログにアップした。

午後11時に始まったWEB会では、この数値を見ながら、かつてウチの塾で講師をしてくれた面々が話し合ってくれた。

「これを見て、主治医は入院を勧めなかったんですか」 「ああ、緩和治療の病院への紹介状は書いてもらったけどな」 「癌のほうに目がいってるが感染症の疑いの方が濃厚だと思うな」 「老衰もあるよ」 「しかし、地方の医療格差の極みやな。90歳も過ぎてるからそれなりの対応をした・・・僕はその医師に聞いてみたいですよ、もし患者さんが元県知事だったり元国会議員だったりしても同じ対処をするのかって! 絶対にしないですよ、こんな状態の患者を家に帰すなんて、ウチの病院でやったら大ごとですよ」

どうやら、主治医が感染病の可能性を考えていないのでは・・・との声が多かった。

結局は午前6時までWEB会は続いた・・・本当に感謝している。

俺としてもあんな状態の親父なら、できれば三重中央に入院させてほしかった。しかし、入院すれば・・・症状が急変した時に関しては面会を認める・・・と三重中央のHPにはある。あの状態の親父の急変・・・たとえ面会できたとしても、その時は会話が成立しない状態だと考えられた。

かつての講師からは正月休みを安心してしのぐために、在宅治療の病院への転院を勧められた。確かに俺たちも疲弊し始めていた。何かあった時、すがる医師が必要だったのだ。藁にもすがる思いで高茶屋診療所を訪ねた。親父も連れていき、待ち時間は看護師さんのご好意で空いている病室を与えられ、診察を待った。医師からはそこで診察してもらい、これからのことを決めて実家に戻った。

七栗温泉病院への入院はやめて、在宅での診療を高茶屋診療所にお願いし、何かあれば生協病院で面倒を見てもらうことをケアマネさんに伝えた。その話し合いのさなか、親父が「ちょっとトイレへ行くわ」と言って、この日3回目となるトイレに入った。親父はいつも一人でトイレに行ったが、ここ最近は体力が落ちていたこともあり、頃合いを見計らっては声かえをするのが常だった。ところが・・・返事がなかった。俺は申し訳ないが仮眠の最中で奥さんの絶叫、「お父さんの様子がおかしい!」 飛び起きてトイレへ走った。ケアマネさんが便座に座った親父に話しかけていた。二人で親父をリビングへ運んだ。「親父! 親父!」 俺の問いかけに親父は反応しなかった。

 

今しがた隆哉(13期生・某小学校講師)が来たので・・・あらためて。

 

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妖精だったかもしれない

2020年12月29日 16時08分52秒 | 仏事

おふくろが俺に連絡してきたのは高校の合格発表が終わった頃、初めて遠山病院まで送ってほしいと頼んだ。今までは一人で、あるいは親父のバイクに乗って・・・俺に電話してきたのは初めてだった。そして夜に手術・・・ちょうど28期生、馨五(28期生・三重大学教育学部4年)や樹(28期生・名古屋大学工学部4年)がカラオケを熱唱している頃だった。そしてしばらく入院の後にお袋は亡くなった。「遠山病院まで送ってほしい」というお袋の声は今でも蘇る・・・俺の仕事が終わるのを待っていてくれた・・・そんな気がした。

親父の場合はなかなかやってくれた。夫婦で初めての海外旅行になるはずだった台湾行も緊急入院で潰えた。家族で1年に1度、香住での一泊も今年は奥さんが親父の面倒を見るとひとり家に残った。

「亡くなったのは、よりによって冬期講習の1日目だよ・・・なかなかにやってくれるよ」と俺がつぶやく。親父の棺の中を理恵(11期生)と眺めながらだ。「でも・・・先生がこれから受験で大変になるから、お父さんは先生を苦しめたくないと、今のうちに逝こうとしたんじゃないかな」と今はお寺に嫁いだ理恵が言う。

理恵は古い塾の2階で過ごした。受験期には家に帰る時間がもったいないと塾の2階で寝泊まりした・・・寝るのはタンスの中・・・凍える夜、一人タンスで眠る。掃除をしてくれていた親父が女の子も泊ってるんかなと言われた記憶がある。

冬期講習ネタはこれからの持ちネタに取っておこうと考えていたが・・・そうかもしれない・・・これからの俺の受験のことを考えてくれたのかもしれない。

だてにお寺に嫁いではいない・・・いなし方をよく知っている、少し感心する。

 

そしてお寺の若ボン・・・9期生の通崇。

2日間、ご苦労様でした。

「僕にとっては先生のお父さんは妖精のような存在でしたね。森の妖精・・・いつの間にか近くにいて掃除をしてくれている。挨拶はするけど、無駄なことは言わず、掃除が終わるといつの間にか姿を消す・・・」

浄土宗のお坊様から「妖精」というタームが出たことがおもしろくもあり、それが余計にリアルだった。

 

いつの間にか近くにいて、そして・・・いつの間にか姿を消す。

親父、ありがとう。

 

 

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眠れなかった

2020年07月05日 06時50分00秒 | 仏事

昨夜の里恵(7期生)の最後の授業。

3階・・・

そして俺の最後の諮問試験

だと思ったら・・・成績表返却。

 

何度も何度も寝返りをうちながら眠れないままで朝を迎えた。1年に1度だけ・・・こんな日があってもいい。

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そういや、あなたは鰻屋の娘でしたね

2019年07月12日 03時08分13秒 | 仏事

昨日の2階・・・

高1が携帯を預けてきたのには少々面食らったが・・・なにせ、俺は「どうすれば一番いいのか考えろ」と言っただけなのだが。それが彼らの出した結論なのか、その心意気やよしとして俺は受け入れるべきなのか・・・正直悩む。

それよりもだ、全統対策として出した数学の課題が返ってこない。さらに三角比に入った津西には「すぐ、来い」と言ったはずだが伝わっていない。呼びに行ったら帰っている・・・まいるよな。

俺の最後の授業・・・理科。

ここ10日ほどで過去の三重県統一を中心に中1から中2までの復習を終えた。この成績を見て、各自が自分が何をすべきかということを考えてほしい。この時点で『俯瞰する』という視点を養ってほしいのだ。

 

今しがた駿台模試2回目の英単語抽出の1枚目が終わった。これで陽妃の授業ができるわけだ・・・片肺飛行だが。

明日は実家からスタート、その後に奥さんを治療院へ。治療の間にいろいろとせなアカンことがあるようで、覚えきれない。

 

昨日はお袋の命日だった。

お袋には感謝している。28期生の高校合格の発表の日に倒れて入院、そのまま亡くなった。俺が大学入試、高校入試を終えるのを待っていて・・・すべてを終えるのを待っていたとしか思えなかった。

あの日、初めてお袋は俺に甘えた・・・「病院まで連れていってほしい」 それまでは入院するにしても俺には黙って、タクシーを呼んで信頼を寄せる担当医のいる遠山病院へ入院していた。いつも、後から入院したことを聞かされた。それが、あの日に限って全員合格で肩の荷を下ろしたばかりの俺に電話をよこした・・・痛がるお袋の声を後ろに聞きながら、俺は半田へ抜ける道を信号無視を2回してプリウスを飛ばした。・・・あれが、お袋の初めてで、そして最後の甘えになった。

お袋・・・本当に感謝している。

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