日々徒然に

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桜の花が出会いと、別れをつげる春……

2014年03月30日 | Weblog


 こんにちは……
 やっと温かくなりました。通勤途中ではツバメが飛んでいるのを見ました。早くも、自然界は春を感じて動き始めたようです。
 3月も今日で終わりです。
 どんな3月であったのでしょうか。
 私にとって今月はとても楽しい一か月でした。そのなかでも中旬の日光の家族旅行はとても「旅行」の大切さを実感できた日でもありました。
 3月は、遠くにあった季節のぬくもりが、やっと近くになってきたように実感できる月でもありました。

 さて、4月にむかって生活が始まります。
 4月は、よきにつけ、悪きにつけ異動の季節でもあります。私の直属の上司も来月から別の職場へ異動していきました。
 その異動先で、考えてどう行動していくのか考えていかなかければなりません。今、いちばん私にいい生き方、働き方が模索されるものでもあります。
 人生を考えれば、老いてもまだ成長を続けなければならないとつくずく思う4月になるのではないのでしょうか。
 だから、「桜の花が出会いと、別れをつげる春……」と思うのです。
 


 やっと春がきました。
 桜は出会いと別れをつなぐ、自然が用意した花束のように思えます。
 花は人が結ばれたいっては花束を、そして赤ん坊が産まれたといっては花を、さらには、人と最後の別れ際にお世話になりましたといっては花を……。
 日本人はなんにつけ花のお世話になってきました。


 今月は、福島原発が事故をきてから3年目となります。今も、その事故後の処理は遅々として進まない状況のようです。これからは、放射能による影響が人体にどんな形になってくるのか心配はつきません。
 その様子を取材した本がありました。茨城県東海村でおきた「東海臨界事故」を取材した「朽ちていった命」(新潮文庫)がありました。この本は、放射能が人体に及ぼす危険性を原発で働く人を実際に取材した83日間の医療記録です。

 また、「老い」について考えた本「<老いがい>の時代」天野正子著(岩波新書)は、これまで撮放映された多くの日本映画から「老い」をどうのように映し出してきたかを書いていました。映画をとおして、時代の流れのなかで老人たちはどう変わってきて、さらには、どう生きてきたか、さらにはこれからどう生きていくことが大切なのかを追求していました。
 人は誰でもいつかは、年老いていきます。自然の流れのなかで、その老いをどう考えて、これから必要なヒントを与えているような本でもありました。

 小説では、山好きなぼくにとってうってつけの本「春を背負って」笹本稜平著がありました。
 山とはまったく関係ない人たちが様ざまな人生経験をしてめぐりあったのが山小屋の主人(パウロさん)。この主人を通して集まった3人の山に対する気持ちがすがすがしく読めた本でした。また、3人がこんなにも純粋に山にむかっていく姿にとても好感がもてた小説でした。

 また串田孫一著の「山のパンセ」(山と渓谷)は、のんびりと山歩きの途中で考えたことを書いた一冊です。高い山に挑戦して頂上をめざして必死に足を動かして、ふと気がつけば「いったい、こんなに苦しんでいて何が楽しいのだろうか…」と思った人は読んでみるとホットしますよ。

 「ついこの間あった昔」林望著(ちくま文庫)では昔の写真から、その時間ながれた思いを考えた本です。時代の流れのなかで人々の生活や意識がつくった写真を丁寧に述べた林さんならです。写真集でもエッセーあり、時代考証ありと、ぼくがいちばん大好きなパターンの本です。かざらず、おごらず、おこらず、その時間にいちばん大事な生き方を、日々のスナップから切り取った一枚。それが、その時代をいちばん正直にいっているように思える写真集でもあるように思えたほんでした。



 今回はそのなかの3冊を紹介します。
 ひとそれぞれ感想は違いますが、読者はそれでいいと思います。 

     


ついこの間あった昔/林望/ちくま文庫
▼昔は、こんな風に、家々に鶏がいたり、鳩がいたり、犬も猫もいたけれど、それらは現代のように高級なペットとして飼われたうたのではなかった。犬は番犬、猫は鼠捕り、そして鶏はたんぱく質の供給源であった。人間はこれからの家畜家禽の歴然たる「あるじ」で、犬猫をば人間とおなじように見做して猫可愛がりしやものはなかったし、鶏などは卵を産まなくなれば、さっさと「つぶして」こんどは肉として喰ってしまうのであった。しかし。それがもっとも自然な、人と動物の付き合い方で、猫には絹の布団をあてがったり、犬に妙な刈り込みをほどかしてレインコートを着せて歩かせたり、どうもそういう「かしずきかた」には、どこか不自然な、おして間違った愛情が混入しているような気がしてならない(p79)


【感想】
 昔といっても、30~40年前の話し。
 ぼくの子どものころはどこにでもあるような風景なのですが、今、この本を見ていると「懐かしい……」という気がします。それだけ、年をとったいうことをつくずく思いました。
 圧巻は54ページの「荒っぽく、しかし仲良く」という一枚。
 冬の寒い朝、校庭では馬乗りの遊びが盛んでした。高く飛んで、思いっきり背中に飛び乗りうまくつぶしてはよろこんでいました。これぞ、男の子の遊びでした。女子には絶対にできない遊びでした。それでも、だれもけがをすることなく、泣くこともなく、汗をかいていました。洋服が切れたりはしましたが、体はポカポカと暖かくなって軽い運動でした。

 もし、いまやったら、骨がポキッと折れたりするかもしれません。
 人の体はうまくできているようです。その年齢のために遊びがうまく調整されているよに思えるのです。テレビゲームなどもなかった時代は、自分の体がゲームの中心でした。そうしなければ、友だちもできませんした。
 大事なことはゲームをうまく操作できる頭脳ではなく、強靭な体をつくるための食欲でした。あとは友だちと遊べることの協調性だったように思えました。

 いつから変わってしまったのでしょうか。
 子どもは外で元気に遊び、大人は食べるために夜まで働く……。貧しくてもそれぞれのことを心配しながら生活したような時代。そんな昔でもないように思えます。  


<老いがい>の時代~日本映画に読む~/天野正子/岩波新書
▼老いは誰にとっても未知の世界、初体験である。「他者の」ではなく「自分の」の老いは、「思いがけない、未知なるものの正体」というより他ならないである(p)

▼死も自然の風景の一部にすぎない。都市環境が死を覆い隠し、「生」のみを強調するのと対照的である「阿弥陀堂だより」2002年(p45)

▼人気映画には……作り手自身が、演じる俳優自身が、肩の力を抜いて楽しんでいる。観客はその自由さ、軽さ、楽しさ、愛おしさのなかに、老いを生きる気負いのないメッセージを発見すのである(p67)

▼第一に、若者はなによりも消費社会の重要な顧客である。第二に、若者文化はかつてのようなサブカルチャーやカウンターカルチャーではない。青年の視点を大写しにする、社会の王道をいくメインカルチャーである。第三に、老いの感覚をあとに続く世代に伝えるべき壮年世代自体が。若さが引き延ばして老いを遠ざけることに力を注ぐ、それによって若さの価値を持ち上げる方向に貢献している(p111)

▼子どもも青年も。女も男も、老年の問題を生涯の限られた一部分と見るのではない。多様な選択と組み合わせの可能なライフコース全体の編成替えとしてとらえ直し、老いを自分の外にあるのではなく、意識的に育てるものとして内部に取り組む(p122)

▼第一、老いるということは喪失ではなく、別の何かを得ることでもある。
 昨日まで出来たことが、今日は出来なくなる。であれば、昨日までの暮らしの型をくずし、つくりかえねばならない。足腰が弱れば、立ち居ふるまいに力を抜くカンやコツが身につく……

 第二、ライフコースを、老いと死の非合理性から出発し、とたえなおす視点を取り戻すこと。それは、老人~成人~青年~子どもの四世代の構造を社会的に意味付けること、老いと死と生の循環性を世代間の継承性のなかに位置付けなおすことである……

 第三、老いの意味、いわば<老いがい>は、老いた人びとに求められるものではない。それは周りの人びとや日本社会が共同して創り出すことを求められているものでもある(p199-201「まとめとして」)


【感想】
 人はいずれ誰でも年をとっていく……とは知っているにちがいない。
 それは、駅の階段を上っていくときつまずいたり、老眼になって目がちょっと不自由になったり、若かったときよりも女性を無理なく好きになれたり……と老いを感じるときがある。それが、いいことか、悪いことかを考えたところで、現実に起きていることであるから全部受け入れるしかないと思っている。

 大事なのは老いの状況を受け入れて、なおかつ生活がちゃんとできているかということだと思える。
 老いてけがをして病院に行ったところ、診療代がばか高く、老いの年齢で払えなくなったときは、やはりこれは老いの問題ではなくて政治の責任だと思う。生活ができなないという現実は、本人がいくら頑張っても老いということであるため出来ない…というのが現実なのだからどうすることもできない。

 30~40年働いて年金をおさめてきた老いが、定年後生活できないことは、政治の問題だろうと思う。本人は老いであっても元気に暮らすことが当たりまえにするために納めてきた年金なのだから……。病気やけがによって老いがまっとうできないことは社会の問題だということだろう。
 待機児童のも多いが特別養護老人ホームの待機老人が52万人という数字が最近、目にした。これまで、待機児童はニュースにもなってその対策をちくいち報告されてきたが、一方、老いた老人も年々増えていく傾向にあるなか入るべきところにはいれない政治がまかりとおっている。
 来月から消費税が5%から8%になる。この税金を本当に使うきがあるのだろうか。老人の権利をもっと拡大するようにしないと大変なことになるのではないかと思う。
 弱者は子どもだけではく、老人も同じである。最低の生活の仕方をしっているだけまだいいが、その最低の生活もできない消費税8%の値上げはいったい誰のためか……といわざるを得ない。

 私もいずれあと10年もすれば年金生活者だ。
 本当に生活できるのか?。それは疑問だと思っている。
 老いるということは、時代の流れのなかでいちばん影響をうける存在になるということだろう。社会にとっての価値はうすれうつつあるのだが、現在までの社会をつくってきたことは確かなことのだ。



朽ちていった命~被曝治療83日間の記録から/NHK「東海村臨界事故」取材班/新潮文庫

▼現場から始まったこれらの違法行為は二年後の一九九五年七月には会社の承認を得て、作業手順、いわゆる『裏マニュアル』となった(p52)

▼被曝した瞬間、大内の体は設計図を失ってしまった(p57)

▼山口は自分のやっていることが実際にだれの幸せや喜びにつながっているのかわからなかくなった(p125)

▼救急医療に携わっていると、余命があまりないと診断された患者さんをどこまで治療すべきなのか、患者さんの運命にどこまで関わることが許されるのかという問題につねに直面している(p173)

▼原子力安全神話という虚構のなかで、医療対策はかえりみられることなく、臨界事故が起きた。国の法律にも、防災基本計画にも医療の視点、すなわち「命の視点」が決定的に欠けている(p194)



【感想】
 3年前、福島第一原発事故によっていまだに20km圏内はまだ放射能危険区域となっている。さらには、汚染水処理、除染続けられているが事故後の廃炉にむけた修理もうまくいっていないようだ。
 3年後のいまでは、放射能汚染について語らえなくなったが、なくなったわけでもなく、人の記憶から「いやなこと」として忘れ去られようとしている。それでも、放射能はいまだに人の命をむしばむことはないと安心できる状況ではないのも事実である。むしろ、これからが問題で、人体に入った放射能が人体にどんな影響をおよぼしていくにかが心配なところである。

 「朽ちていった命」はその警告をしている本でもある。実際に、茨城県東海村での原子力施設「JCO東海事業」内で起きた臨界事故を取材した記録である。当時、大内(35歳)さんが作業中、事故によって大量の放射能を浴びた。
 放射能が事故によってどれだけ人間に影響をおよぼすのか、治療を続けながら取材した83日間の記録でもある。

 医療スタッフがどれだけ高額の医療器具や医薬品を用いても、放射能に汚染された体は助けることができなかった。放射能をあびた瞬間「……大内の体は設計図を失った」というように、人間が回復めざすために進路が閉ざされた体になってしまったことも証明された結果だった。

 やはり、人類と放射能は共存できないといということが明らかになった瞬間だった思えた。それも、最悪なのは、その放射能をいちばん人間に近づけたのは人間ということだ。
 結局、人類は人類では制御できないモンスターをつくりだしたということだろう。
 福島原発事故の影響はきっと、何年かすると出てくるように思える。
そして、核と人類はもはや共存できない……なと思った。
※現状の健康調査に関する動向は岩波新書『県民健康管理調査の闇』(日野行介著)に詳しい。


 3月も終わりです。
 この時期、人事異動などが職場をにぎわせています。去る人、来る人、とさまざまな思いを胸に仕事がはじまりした。
 ぼくも6月に異動する予定です。先週そのことを上司に言われたところです。もう時期、60歳。多くの仕事を覚えることはできないと思いますが、これからは今までの経験を上手にいかせる職場だといいと思います。
 「適材適所」と原則があるかどうかはわかりませんが、いずれ同じところ同じ仕事続けるのは芸術家でない限り無理な話ではないかと思います。

 まあ、どうにかやったいこうと思います。
 これかは、ちょっと自分の時間が多くなる予定ですから……。

 今週土曜、花が散ってしまっているかもしれませんが、花見に行く予定です。また、一つ楽しみがみつかりました。
 みなさんの方はいかがですか。
 ではこの辺で…

桜が満開になりました。
*読んでくださった方、ありがとうございました。

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