こんにちは…。
日々寒い日が続いて朝がとてもつらいと思います。温かい寝床をおしむように起き上がり通勤しています。
もう1ヵ月もたてば春がくるのでしょう。それまで、じっとがまんでいくしかないようです。
さて、今週はアルジェリアの人質事件で大変でしたね。資源の少ない日本にとってはエネルギーを求めて世界中を飛びまわって資源を求めていくのは仕方がないでしょう。まして、原子力発電があまりにも危険だと…いうことを東京電力福島第一原発事故で体験した日本ですから、なおさらです。
この事件で日本という国がいかに資源のない国かわかったような気がします。それに、資源を求めるのも命がけのなのだということがよくわかります。
それにつけても、新聞を読むだけではおそらく本当のことはわからないでしょう。なぜなら、資源を求めて海外に進出していく企業があるなか、アフリカの状態をもっと報道すべきではないかと思いました。
確かに、人質事件を起こした側の暴力は許されるもとではないと思うですが、きっとそれないりの理由があるのではないかのか、と思うからです。
あまりに、一方的だと自衛隊の海外派遣も強行されていくような動きもあります。これでは、結局、暴力をもって資源を求めていく……ということになっていくのではないかと危惧します。もっと、違う方法があるのではないかと思います。経済最優先……ということで「問答無用」なイメージが危険だと思いますが。
そんな気がした一週間でした。
それから、気になったことは「駆け込み退職」というのがありました。これは退職手当の条例改正で退職金が減らされるということで、一部の教職員が、減らされる前にいちはやく辞めて退職金をもらう……というものです。
おそらく、けっこうな金額になってくるのでしょう。
正直なところ、「背に腹はかえられぬ」ということでしょう。それぞれの教職員の事情がありますから、仕方のないこことだと思います。
私は、駆け込み退職の人を非難する気にはなれません。わたしも、きっとそうしたのではないかと思います。
一生のことは、それぞれの人生設計がありますし、「駆け込み退職」は政治の結果ではと思います。いずれにせよ、「経済優先」でいくとなれば、今後、同じようなことが起こってくるのではと思います。
『朝ねぼう』
トイレの水の流す音
車のエンジンの音
なによりも、たよりない目覚まし時計
それも気にせずいる朝
あさ寝坊のできる日には
誰もが夢をみているように
静かなあさがあっていい
細君のいびきがきこえてくる
やっとゆっくりできる日をいびきでむかえる
朝もあっていい
これも一年の一日のありかた
明日も知れぬ一日に
安息の日々……
月末です。
今月の「本の紹介」です。
細君のこともあるし、じっと気になっていたことを解消するべく、それならと、思い本を読んでいました。
医療関係の本を手にとることが多い一月もありました。ひごろは、こういう種類の本は避けて……と考えてきたのですが、どうしても気になっているのでしょう。一冊なにか言い本がないかと思いつつ、読んだ本でした。
よくとく考えてみれば、健康な人にとっては無縁なのかもしれませんね。
なぜなら、病気=不幸=大変という負のイメージが先行するから……、無理もないことだと思います。
しかし、現実に大変だとしても、病気の人はそれを受け入れて生活するしかありません。そんななかで、生きている(病気を治す)ことを楽しまなければなりません。ひらたく言えば、病気とうまく付き合っていくしかありません。そのなかで、生きていることを再発見しなかればむなしくなってしまいます。
◎聖書//塩田直也/日本キリスト教出版局
昨年くれから、妻の入院もあり休日にはよくお見舞いに行っていました。
だから、休日にはほとんど病院の敷地にいました。さらには、多くの患者さんも見てきました。そして、妻と同室の人たちもよく会話もしました。
そんななか、病気を忘れるひとときでもありました。
人は生まれて、必ず死んでいきます。これは、生命のあるものはすべてにあてはまるできごとです。そんなことを思うと、いったい、人はどんな意味をもって生きているのだろうか、ということを思うようになりました。
健康であれ、病気であれ、人の一生はいつかは終わりがくるのでしょう。まして、病気の人にとってはそれが、今日か、明日か、それとも何年先か……。いずれにせよ、健康な人より「命」ということをまじめに思っているのではなかと思います。
そんななか、何千年もの間、迫害をもうけてもなおその信念を今に伝える宗教とはいったいなんだろうと思うようになりました。例えば、身近にあるキリスト教の「聖書」。
まあ、聖書のなかでもまるでフィクションみたいなところは別として、読んでみると人のあり方がかいてあるように思えます。それも、世の中で、いちばんの弱者のために書かれてあるのもののように思えました(私の第一印象)。
だから、つらさの中に救いを求める……ということをいちばんに書いているのだろうと思います。遠藤周作の「沈黙」という小説があります。
これは、江戸時代のキリスト教弾圧のことを書いた小説です。キリスト教をせてなくば殺される……。それでも捨てず死を選ぶもの、イエスの踏絵を踏んで捨てるもの……、と。小説の中では、人間と宗教の関係を描いています。
すべてを許すこと。それが「聖書」のなかみだのでしょう。
「人間は弱くていいんだよ……」といっているようにも思えます。強くなろうというのは一時期で、「聖書」の中では、生まれて、生長して、老いて、のなかで人間のあり方を多くの人を登場させる。その人間がやるであろう運命をすべて網羅させて、人のあり方を書いているのだと思います。人間の醜さ、素晴らしさなどを書いているのだと思えます。
何千年の歴史を生き残った名作でもあるのです。
そんなことを考えながら読んでいました。
そして、「人間とはなにものか」ということを強く考えさせる一冊です。
◎従病という生き方(「病と闘う」ことが必ずしも最良の選択ではない)//神山五郎/草思社
「病気」と聞くと、どすいてもマイナスイメージが強い。まして、健康な生活であれば行動的にもななれ、たくさんのものに触れることもできる。行動範囲が広がるということでもある。広がれば、知らないことを知り、人生に楽しさをプラスさせるだろうと思う。
しかし、「一寸先は闇」ではないが、「もしも病気になってしまったら……」(保険の勧誘員の方の言葉)どうだろう。行動範囲が確実に狭まる。その狭くなった部分で、病気を治療するために休養、投薬、手術……など、病気をなおそうとする。
でも、老いてくれば、病気に対しての抵抗力はがなくなり一生、その病気とつきあっていかなくてはならない。直そうにも、体力がないし、直そうと頑張ってみたら、ますます体力がなくなり、病気が重くなった……。
著者は大事なのは、病気をしてもその後のリハビリ(身体・こころ)が大事だという。病気をしても、その病気の内容をよく理解し、付き合って自分が楽しめるものを見つけることが、人生にとって大事だともいっているように思える。
健康な人からみれば、病気は「不幸」となるし、ならないためにしているのだろう思う。しかし、なってしまったら、じたばたしてもはじまらない。そんななかで、私たちはいったい病気とどう付き合えばいいのか、理解できる。
むしろ、その病気からひろがる人間関係や医療、人間のしくみ(こころ・肉体など)を理解して生きていったほうが、いいのではないかと思う。
大事なことは、自分が病気に対する対処の仕方だと思った。
◎多発性硬化症完全ブック(第3版)//特定非営利活動法人MSキャビン
もじとおり、いままさにかかっている難病の本です。
発症から日常生活の仕方など、朝から眠るまでの病気との付き合い方の本です。
これまで、「難病」といわれても、ピンとこかかったしわからなかった。そして、こんなに身近にあるものだとも思っていなかった。まさに「海のものとも、山のものとも」わからなかった。
おそらく、関係者以外は知らない病名だろう。まして、知ろうともおもわないだろうね……。
当事者だから理解するために、読んでみたようなもの……と、いった方が正直なところだと思う。読んでみて、本当に人の身体は壊れやすいものだな、とふりかえってしまった。肉体的にも、精神的にも……。めげやすい。
恐怖をおぼえる前に大事なことは、その内容を理解することだと思います。
これを、読んだからといって治りわけでもないのですが、対応の仕方がわかったように思います。
できる範囲がもわかってきます。そうなると患者さんへの理解がちょっと深まります。その、ちょっとを大事にしたい人にはいい一冊だと思いました。
月日がたつのははやいものです。
昨年から、あわただしく過ぎていった日々が思い出されます。
思い出されるといえば、千代田区永田町の三宅坂にある社民党の会館が取り壊されるそうです。長年、この一部を借りて仕事をしてきたものですから感慨深いです。四半世紀いました。
昔は会館の前に教会もあったり、夏の夕方には非常に静かな一角でした。
道路も広く、よくタクシーの運転手の休憩の場ともなっていました。また、昼休みなど、その道路でキャッチボールもやりました。なつかしいですね……。
今度はすぐ近くの首相官邸の近くのビルを借りるそうです。ニュースにもなっていました。昔は、会館の前でも、デモ隊がきて集会をしていましたし、右翼も宣伝カーでやってきて元気な声をはりあげていました。
みんな元気でしたね。
これからも憲法を守る党として、社民党にはがんばってほしいと思います。正直、そう思います。これから、時代は何を求めていくのかしっかりとらえてがんばってほしいと思います。
それにしても日本人ってつくずくわからない……。あれほど原発には反対といっていて、選挙は自民党ですものね……。これが現実ですか。
今回もさほど面白くない話題でした。
それにしても、聖書はボチボチ読んでいきたいと思います。小説ではありませんがあらゆる種類の人間が登場し、そのありさまがいいですし、私のこころの置き所にもしたい一冊です。
2月にはいったらもうちょっとのんびりしたい気がします。
そうはさせじと、いろいろとめんどうが起こってくるのでしょうか。
妻の通院に付き合ってきました。病状は小康状態。悪くもなく、良くもなくだそうです。でも、悪いより(再発)よりはいいのではないかと思っています。なんせ、治る見込みがない病気です。
そんな、病気ともボチボチつきあっていくしかないようです。少しでも理解し、協力できるところは協力するしかありません。
帰りに同室の人がまだ退院していない知らせでお見舞いによってきました。
いわば「戦友」というところでしょうか。いまだ、こちらも小康状態。病院でも、同室であった別の人にも外来であいました。みんな、おなじような戦友です。ゆっくり、あわてず生きていることだけでも感謝の気持ちです。
また、あえるといいと思っています。
*読んでくださった方、ありがとうございました。