ぶらぶら人生

心の呟き

本から本へ 人から人へ

2010-05-13 | 身辺雑記
 草花舎のTちゃんに、宇佐見英治著『迷路の奥』のことを尋ねられた。
 私は、その著者の名も、勿論、本についても知らなかった。
 宇佐見英治(1918~2002)は、仏文学者、詩人である。
 スーザンさんが、その本の題名や内容について関心を持っておらるのだという。
 早速、パソコンで調べ、古本を見つけて入手した。

 Tちゃんと、その本について話をした日、傍にAさんもおられたので、
 「ご存知?」
 と、私はAさんに尋ねた。
 「どこかで聞いたことがあるような…」
 と、Aさんはおっしゃっていた。
 Aさんは、大学で仏文を専攻なさったと聞いている。どこかで、宇佐野英治の著作にご縁があったのかもしれない、と思った。

 過日、ディディエ・ステファンさんのオープニングの集いがあった日、Aさんは一冊の本を持ってこられた。
 矢内原伊作著『アルバム ジャコメッティ』である。(写真 上)
 
 矢内原伊作(1918~1989)とジャコメッティとの係わりを、この写真集で知った。
 この本の中に、宇佐見英治のことも出ていて、Aさんの記憶となっていたのだろう。
 宇佐見英治と矢内原伊作は友人関係であり、二人ともジャコメッティと親交があったのだ。
 『迷宮の奥』にも、ジャコメッティについて書かれたエッセイが載っている。
 (この本については、また日を改めて書くことにしたい。)


 ひとりの人間が、生涯に接する書物には限りがある。
 生涯無縁であったかもしれない本に、あるいは人に、思いがけぬきっかけで、次々と不思議な縁が生じる。面白いことだと、つくづく思う。
 

 矢内原伊作の本には、ジャコメッティの彫刻について、次のように書いてある。
 <不要なものを一切剥奪した後に残る究極の人間存在ともいうべき、亡霊のようでいて、しかもなんとも言えず親密な、不適でしかも限りなくつつましい石膏の彫像>
 と。
 ジャコメッティの彫刻を言い尽くしているような言葉である。
 作品は目にしたことがある。が、ジャコメッティその人を知るのは、今回が初めてだった。
 矢内原伊作の目が捉えたアルバムには、当然のことながら、単なる写真集とは異なる趣がある。下の写真は、その一枚である。

              

        
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