ぶらぶら人生

心の呟き

知己の訪問

2018-12-09 | 小庭の四季
 今日は、山口の知己から、私の好物のお餅を届けてもらった。
 私の施設暮らしも覗いて見たいとのことで、お餅を冷凍庫に収め、しばらく話したあと、一緒に家を出た。
 毎年、お礼としてリンゴを送っている。
 今日は森谷商店に寄って、好みのリンゴを託けることにした。
 そして、駅前にあるバイキングの食事処で昼食をしようと、考えていた。
 ところが、そのお店は既に閉店していた。しかも、2月8日に。
 私は、折に立ち寄るお店なのに、今年は一度も出かけていなかったのだろうかと、そのことにも驚いたが、駅前の商店が次々閉店となる、その疲弊ぶりにも、驚いたり寂しさを覚えたりした。
 駅前は、賑やかな通りとなるはずであった。
 が、寂れるばかり。歩いている人の数は、数えるほどである。

 私は甚だしい方向音痴である。
 益田の道路網に不詳な知己なので、私がしっかりと道案内をしなくてはならない。
 そこで、施設へ向かう一番分かりやすいコースは考えてあったが、寄り道すれば道順がわからなくなってしまう。徒歩なら、尋ねながらでも、目的地に達する。が、車はそういうわけにはいかない。
 結局、イオンの食事処で、済ませることにした。
 (私の欠陥はたくさんあるが、就中、方向音痴はその最たるものである。)

 食事後、なんとか施設にだどりつき、私のもう一つの住まいを見てもらった。

 実は、最近、聴覚過敏症ではないかと自分自身を疑うほど、施設での生活が不快になっていた。廊下での人声が、静寂を壊し、私の心は平静さを失い、ざわついてしまう。

 施設の入居者の入れ替わりはかなり激しく、特に10月以後雰囲気がガラリと変わった。
 高齢者の施設だから、当然、難聴の方が多い。会話が声高になるのは仕方ない。その道理はわかっていながら、適応能力に欠けるというのか順応性が乏しいというのか、廊下から私の部屋に飛び込んでくる会話が私にとっては非常識なことにも思え、じっと我慢はしているけれど、決して快くはない。
 今回は、その問題を抱えながら施設へ戻った。
 相変わらず、自分で楽しむことのできない人たちが、廊下のソファで時間つぶしをしておられる。
 が、2週間不在の間に、話し声が少し静かになったような気がする。入居三月目に入り、環境に慣れてこられたせいもあるだろう。

 知己は、海が見えて景色がいいし、設備が整ってホテルの一室みたいだ、との感想。
 ビジネスホテルのね、と私は答える。
 知己を3時に送り、私の施設の生活が始まった。



         
            今朝咲いていたシコンノボタン
           小さく縮こまりながら咲いている。
          ざっと数えて、これから咲く蕾の数、七つ。

         
          施設4階のカウンター(季節の飾り)
コメント
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