ぶらぶら人生

心の呟き

波音高く

2006-09-11 | 散歩道

 急に朝の冷えが厳しくなった。
 早朝の散歩に、長袖のブラウスにズボンという、いつものスタイルで出かけたところ、意外に寒い。平素の緩やかな足取りが、思わず速くなってしまう。こんな歩き方をすれば、運動としての意味があるのだろう、と思いながら、寒さを払うために、威勢よく歩く。
 犬を連れたお爺さんに、いつもの場所で会った。昨日までは短パンに半袖だったのに、今日はまるで装いが違う。私には、配慮が足りなかった。
 スピードを挙げて、海に向かった。
 今日は海鳴りの音も大きい。最近穏やかな海ばかり眺めてきたが、今日は少し荒れ模様だ。白波の部分が幅広くなって、波打ち際に打ち寄せている。

 波静かな日には、位置を定めにくいお伊勢島も、今日は白波を立てて、在り所を示していた。
 沖に浮かぶ高島から、古里恋しさのあまり、本土を目指して泳ぎ帰ろうとしたお伊勢さんが、ついに力尽きててしまったのが、海岸からそう遠くない小島だ。その名もない小島を、ひとりの女性の悲しい物語を語り伝えて、人はお伊勢島と呼ぶようになったという。
 海原を眺めるたびに、お伊勢島は、言い伝えとは別に、私の心にさまざまな内容の物語を思い描かせる。
 (写真は土田海岸。高島もお伊勢島も、この写真には入っていない。)

 海辺に向かう散歩は、急勾配を下り、帰りは急坂を登らねばならない。それなのに、今朝はついに汗がにじむこともなかった。
 暑かった夏も、終りを迎えようとしているらしい。今朝は、散歩の途次、法師蝉の声も聞かなかった。
 (この稿を書いている今、存在を誇示して、法師蝉は元気よく鳴いている。)
 


 

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葛原妙子の歌

2006-09-11 | 身辺雑記

 岡井隆編「集成・昭和の短歌小学館)
 葛原妙子(1907~1985)<菱川善夫選より>

 今朝、珍しく早朝に目覚めた。四時前であった。
 昨夜も、その前の夜も、無性に眠くなり八時過ぎには就寝したので、眠りが足りてきたのかもしれない。
 生活改善を志して、朝の散歩を始めて十五日目。し慣れないことを継続したことによる疲れが、積み重なったのか、最近、昼間も気だるく、自分の体をもてあまし気味であった。
 その点、今朝は爽やかな目覚めだった。
 たわい無く寝てばかりいてはもったいないと思い、四時前に起きだした。
 朝の散歩に出かける準備だけしておいて、机に向かった。
 葛原妙子の歌集を開いた。久々に歌集の続きを読み、ブログにも投稿しようと考えて。
 歌人の名前は知っていたが、歌集を読んだことはなく、その人の履歴も、歌風も未知の人であった。
 パソコンを開けて、葛原妙子を検索。猫を詠んだ歌を取り上げた歌論に出くわし、つい引き込まれて読んだ。執筆者は分からないが、多分歌人だろう。
 葛原妙子の歌への導入は、猫の歌であった。歌にこめられた心情や思惟には深みが感じられ、歌論を展開する人の洞察力や表現力も、すばらしいと思った。
 この予備知識から、相当手ごわい歌人らしいと思いながら、歌集を開いた。
 散歩に出かける前に、納得できる歌、よくは分からないが心に残る歌にしるしを入れておいた。下記の歌がそれである。

 人に示すあたはざりにしわが胸のおくどに青き草枯れてをり
 悲傷のはじまりとせむ若き母みどりごに乳をふふますること
 硫酸に水割るときの稀釈熱かかるさびしき熱をありとして
 雪しづか終世(ひとよ)めとらぬわが兄をゆめ純潔とおもはざれども
 噴水は疾風にたふれ噴きゐたり 凜々(りり)たりきらめける冬の浪費よ
 出口なき死海の水は輝きて蒸発のくるしみを宿命とせり
                (以上、昭和34年、白玉書房刊「原牛」より)
 口中に一粒の葡萄を潰したりすなはちわが目ふと暗きかも
 晩夏光おとろへし夕 酢は立てり一本の壜の中にて
 飲食(おんじき)ののちに立つなる空壜のしばしばは遠き泪の如し
 ガラス戸にさだかならざる者立つをふと近づくに他ならぬわれ
 白鳥は水上の唖者わがかつて白鳥の声を聴きしことなし
 そこにありつつ見えざりし人ふと在りて秋の日微かなるわらひをぞする
 造血剤何C・Cを打たれゐるわが血管に緋(ひい)の翳さす
 白蟻の吻(くち)など見えてわが血は少しづつ蝕ばまれゐるべき
 冬の夜のわがそら耳にあらざりき男といへど哭くことのある
 月光のしたたかなりしガラス箱魚は声あらぬ生きものなりき
 欠落も増殖もともに異形(いぎやう)なれ 然り 蜥蜴の尾の再生も
 ゆふぐれに何を泣くこどもよ 汝が涙汝を抱ける父に溢れぬ
                (以上、昭和38年、白玉書房刊「葡萄木立」より)
 卓上に塩の壺まろく照りゐたりわが手は憩ふ塩のかたはら
 外科医の影法師におびゆ外科医の夫或るとき壁に巨大なりしかば
 あきらかにものをみむとしまづあきらかに目を閉ざしたり
 天使は不図おそろしき顔をしたり柱の陰よりこちらを向きて
 湿原の高草に透きて立つ鶴よ白き囊(ふくろ)となりて闇にねむれ
 網走刑務所に女囚なし 房の天窓はつか明りて
 日光浴にわが血球はうごきそむ赤き貧しき球はしきりに
 子供はつくづくとみる 己が手のふかしぎにみ入るときながきかも
 他界より眺めてあらばしづかなる的となるべきゆふぐれの水
                (以上、昭和45年、白玉書房刊「朱霊」より)

 まずは、その新鮮さに驚いた。読みなれた短歌の世界を超えている。
 大胆な文体の歌が多く、むしろ破調が、この歌人のリズムであるかのような不思議さを感じた。五七五七七の一句が抜け落ちている歌もあり、誤記したかと見直したものもあるくらいだ。手法が斬新で、異色作が多い。
 分かりにくい歌も多かったが、その不可解さが魅力でもあるような、奇妙な読後感を覚えた。
 「日本名歌集成」では、歌人の歌風を<象徴技法を駆使し、幻視の一領域を拓く。>と、簡潔に紹介している。
 21年前に、すでに他界している歌人の人となりをもっと知りたい気がした。
 夫なる人が外科医であったらしいことは、歌でも分かるが、全体像としての葛原妙子は分かりにくい。評伝があれば、ぜひ読んでみたい。
 
 

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