おねえちゃんの独り言

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(・・・って、そのまんまだけど)

父の話・その4(最終回)

2016-12-11 23:02:38 | Weblog
 ようやくたどり着いた最終回です。この先何が起こるか分からないし、何が起こってもおかしくないので、もしかするとまた父について愚痴を書く機会があるかもしれないが、とりあえず今年はこれが最終回!

 はてさて、広尾の日赤から大久保病院へとのべ7ヶ月以上にわたる入院を経て、ようやく八王子のマンション型有料老人ホームに落ち着いた父。クリニックも併設で、人工透析を車椅子のまま受けに行ける。コンシェルジュもいて、スタッフは皆対応が良くて至れり尽くせり。高額の有料老人ホームだからと言っても、川崎だったか、スタッフが入居者をベランダから突き落としていた有料老人ホームもあったわけで、良いところが見つかったと母も私も一安心。他人に感謝なんかしたことあるのか?!というタイプの父ですら、「良いところを見つけてくれてありがとう」と母に言ったそうで、本当に良い施設なのだろう。
 9月末だったかには、父からの転居通知ハガキがアメリカの私の家まで届いた。印刷の挨拶文の他に、ちゃんと自筆のコメントも追加してあり、こんなものをわざわざ印刷屋に頼んで知り合い一同に自筆で宛名を書き、コメントも追加して送る気力や体力があるのなら、当分は大丈夫だろうとさらに安心した。
 入院以来、父はメールをやらなくなってしまったので情報入手は母経由、さらに耳も遠くなって母も電話では意思の疎通が難しいという状況ながら、どうやら施設から最寄り駅までのシャトルバスなどを利用して、歩行器でも使っているのか、自分で買い物にもボチボチ行っている様子。良かった良かった。

 ようやく父が落ち着いたので、母は自分の腕の手術をすることに(この件、詳細は改めて書きます)。
 そんな、今度は母が大変なことになっていた11月頭、母からのメールにちらっと、父が「歩いていて車に追突された」というようなことを言っていたが、電話での意思疎通が困難だし自分も大変な状態なので詳細は不明・・・などと書かれていた。
 そのときは、ついに本格的にボケた父の妄想か?! 交通事故に遭ったのなら、施設スタッフからも電話ぐらいあるだろう・・・程度に思っていた。
 11月半ばの母からのメールにも、ちらっと「父にお見舞いのカードでも送ってやってくれ」と書いてあったものの、詳細が分からないので何を書いていいのか分からない。それに私も11月は発狂しそうに忙しかったので、結局そのままになっていた。
 11月末、今度は八王子の施設のスタッフから母に電話があったそうで、父が医療センターに入院したとのこと。なんでも車に追突された足の治りが悪いので、スタッフがセンターへ連れて行ったところ、皮膚が黒くなっていた、このままだと皮膚の再生に3ヶ月、皮膚移植すれば1ヶ月、ということで本人が皮膚移植を希望して1ヶ月ほど入院することになったとか・・・
 この期に及んで、まだ入院とか手術とか、したいのかよ?! ってか、そんなに手術が好きなのかよ?!>父。なんか、フランケンシュタインになりそうな勢いだな・・・
 ・・・などと思っていたら、12月に入ってからようやく母にも事故の状況が分かったそうだ。なんでも、施設内の駐車場を歩いていたら、急に車がバックしてきて父にぶつかり、父は転倒して救急車で入院したのだそうだ。その時はおそらくすぐに退院したのだろうが、経過が思わしくないので、このたび1ヶ月入院ということになったようである。

 ・・・・・。
 ったくさあ、本当に一体全体今年って何なわけ?!
 いくら父がよぼよぼ半ボケじいさんで歩行器ヨチヨチ歩きだからって、老人ホームってそもそもがそういう人が入るところなわけで、そこの駐車場で歩行者にぶつかってくる車が100%、いや1000%、悪いでしょ!!!
 なんでそんなに運が悪いわけ・・・???
 7ヶ月以上入院した後で、また1ヶ月入院かよ! いや、運のいい悪いもそうなのだが、その交通事故の処理自体がどうなっているのか、さっぱり分からない。ちゃんと警察に届けてあるのか、相手の車の保険会社に事故証明を出してあるのか、まったく不明。こっちが半ボケだとバカにされて、車が悪いのに父が自腹で入院なんてことになっていたらと思うと、気が気ではないのだが、アメリカにいる私にはどうにもできず・・・
 車なんかと全く無縁の人生を送ってきた母は、そういうことには全く無知だし、そもそも自分が生活するだけでも四苦八苦アップアップ状態の今現在。返信メールでものすごーくゆるーい感じに「ご自身が大変な時だとは思いますが、一応、ちゃんと警察に届けたか、相手の保険を使うことになっているか、確認した方が良いのではないかと思います」みたいに書いてはみたものの、その後、母からメールなし。しつこくメールするわけにもいかず、今現在も気が気ではない。

 父は昔からがめつくて、自分が得することのためにはエネルギーを惜しまないタイプ。多少ボケても、オレオレ詐欺系には間違っても引っかからないだろうと、その点だけは非常に安心だった。そんな父なので、相手の保険を使うとか、そういうところだけは抜け目なくしっかりやっていてくれるといいのだが・・・と、ひたすら祈る毎日なのである。
 結局、2016年は新年早々から年末まで病院かよ、父は。はぁ~~~~~(深いため息)

 ほんの一年前、去年の今頃には投資だなんだとおさかんで、メルマガまで発行していたというのに、今じゃメールはおろか、電話すらまともに使えない。日本橋から八王子に持っていったハズのパソコン、おそらく全く使っていないのだろうな。
 まったく、なんでこうなるのか。一年前に何かの事情(って、なんだよ?!)でもしポックリ逝っていたら、「20年も透析したけど、最後までしっかりして人生まっとうしたね」と皆に言われていただろうに、どうしてこうなるのか。人間という生き物は、どうして幸せに生きることが無理になった時点であっさり死ねないのか?

 前にも書いたが、別に我が家が一番不幸だとか、特に不幸だとか思っているわけでは全くない。報道によると、育児と介護の「ダブルケア」に苦しむ人は、日本国内に推計25万人。別の報道では、「高齢者介護を巡る家族間の殺人や心中などの事件が2013年以降、全国で少なくとも179件発生し、189人が死亡」したそうである(私としては、たったそれだけ?!と思ってしまったけど)。そういう家庭と比べたら、我が家の状態はまだまだはるかに幸せではあるのだが、それにしてもなんだかなぁ。
 これまた別のニュースで読んだところによると、「欧米先進国では、食べなくなった高齢者に点滴も経管栄養もしないで、食べるだけ、飲めるだけで看取る。その方が苦しまずに安らかに死ねる」「日本は終末期の高齢者であっても、医療の内容を変えることがない」、だから、とっとと死んだ方がよほど幸せなボケ老人にも胃瘻などという、考えたヤツの顔が見たいようなふざけた経管栄養補給をして無理矢理生かしたりするわけだ。
 長寿世界一が聞いてあきれるわい。そんな内容で世界一になったって不幸なだけじゃないか。
 いやいや、もしかしたら、昨今は年寄りしか金を持っていないと言われている日本という国で、年寄りに無益な治療を無理矢理ほどこして金をまきあげて国全体の経済を回そうという国家戦略なのかもしれないぞ・・・(お願いだから、父がそんな国家戦略に巻き込まれずに自然に近い状態で亡くなることができますように・・・)
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