ブルーベルだけど

君にはどうでもいいことばかりだね

CM を見る度に思い出す

2021-10-06 02:04:53 | 日記
お世話になった Aさん。 以前もブログに書かせていただいた。

それは、大手メーカーから目標をもって転職した企業での話。
急成長中の中小企業だけど役員との距離が近い分、上層の醜悪な姿を目前で見続けた。


僕はあるポジションで勉強を積み、人脈を広げて他社との情報交換を頻繁に行いながら、競合にも名が知られるほど成果を出していった。

当時、そんな若手は各部署にいて、時には個々に、時には協力して役員を説得しながら仕組みを変え、新たなやり方を提案しながら社業を拡大し、いよいよ上場を果たした。

企業としての第一関門通過で味わう、ささやかな達成感…

自部署の管掌役員 Tさんの老害や、その腰巾着だった上司 Oさんの〝部下の成果を独り占めにし自身の失敗は部下の責任にする〟卑劣さに嫌気が差していた僕は、当時誘われていた企業への転職を決意し、その日は退職願を忍ばせていた。


ところがその日、外出先から連絡を入れたところ、Tさんでも Oさんでもない Aさんの明るい声が!

「今日から〇〇部を担当することになったから、よろしくね」とのお茶目な言葉に、ホテルのエスカレーターを降りながら退職願を破って、ポケットに戻した。


Aさんは憧れの上司。
オフィスに戻ると、Tさんや Oさんの素行が社長に報告され、Tさんは監査役に、Oさんは自責で動かざるを得ない部署へ、既に人も席も異動していた。

好条件で誘っていただいた企業には丁重にお断りの電話を入れた。


異動の数日後、Oさんの異動先部署の管掌役員に別室へ呼ばれ「Oって本当に仕事ができないね。〇〇(←僕)は苦労してたんだなー」と笑顔で労いを受けた。


その後、間もなく社長交代。
経営理念や人柄に触れ大好きだった創業社長は代表権を持たない会長へと退き、血縁のない現場たたき上げの信頼できる人材が新社長に。

そんな頃、Aさんと飲む機会があった。
その帰り際のホーム、「Aさんを見ていて初めて部長になりたいと思いました」という僕の突然の表明に、ニコニコ顔で「なれるもんならなってみろ」と仰る Aさんは嬉しそうだった。


2年後、ある結婚式の席にて役員より意思確認があった。
僕は、会社として解決すべき課題とその対策、成し遂げたいプランを短中長期別に伝えた。

そしてその翌月には部長に。 自分の人事が初めて日経新聞に掲載された。
部長にならせていただいた半年ほど後に Tさんは退任、Oさんは退職で会社を去っていった。


その後、遠慮も忖度もない言動が禍して一度〝部下がいない新設部署〟へ左遷されるも、不可欠な組織横断プロジェクトを各部署より若手を集めて立ち上げ成果を出し部署としての最重要ミッションを早々達成。

後任を育成し、本部長として異動。 そして取締役に。


役員就任の内示を受けた直後、退任間近の Aさんに呼ばれ、会議室の片隅で30分ほど話をさせていただいた。

「左遷?」と思っていた人事が「正に左遷」だったことも明かされ、勿体ないほど褒めていただき、唯々感謝しかない僕は不覚にも泣いてしまった。




ハンサムでスタイルが良くお洒落だった Aさん。 社員に人気があった Aさん。
その Aさんに、あの CM に出演している方が少しだけ似ているのです。




ひととしての姿勢に厳しかった Aさん。
いつも笑顔で冗談ばかり仰っていた Aさん。

大切な経営理念を守るために変化し続け、積極的に M&A を行い、お陰様で会社は業界最大手に。

かつて新卒時代に立てた目標〝早期完全リタイア〟を達成した今も、ご恩は忘れません。







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