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横浜から西谷までボンテンポの交響曲第一番・第二番を聴きながら歩く

2007-05-06 05:53:14 | 古典~現代音楽ポルトガル編
昨日は横浜から西谷まで歩く。
聴いた曲はボンテンポの交響曲第一番・第二番である。
ボンテンポは、1771年生まれのポルトガルの作曲家である。
CDの解説文を指揮者のカッスートが書いている。
その英文の解説によると、イタリアのオーボエ奏者で
リスボンの王宮のオーケストラのメンバーだった父の息子として
生まれたボンテンポは、その父が1795年に亡くなってからは、
王宮のオーケストラの首席オーボエ奏者の地位を得た。

彼が名声を得るのは1801年のパリであり、
ピアニストおよび作曲家としてめざましい活躍した。
公演での成功もあって彼の作品は出版された。
パリで1809年に初演された交響曲第1番は、
4手のピアノ用に編曲した版として出版されるようになった。

30代にパリで名声を得たボンテンポは
1820年にリスボンに戻り1822年に音楽協会を創設し、
1833年にはリスボン音楽院つまりは音楽学校を設立し、
校長をつとめ音楽教育にも力を注いだようである。

ボンテンポは6つの交響曲を残したようだが、
交響曲第1番はハイドンやモーツアルトの影響を受け、
いわゆる古典的な交響曲のスタイルで書かれている。
第一楽章を聴けばそれはすぐに分かる。
通常第三楽章にメヌエットがくるはずの楽章の構成が、
この作品の場合、第二楽章にメヌエットがくるのが珍しいところだ。
第二楽章の中間部のフルートなど管楽器のやりとりがいい。
第三楽章は主題に基づく自由な変奏曲形式でいかにもハイドンぽい。
ここではフルートの独奏が途中で活躍する。
第四楽章のプレストもハイドン的である。

フルート、オーボエ、クラリネット、バスーン、ホルンの2管編成と、
ティンパニのためにこの交響曲は書かれていているのだが、
ティンパニのパートがホルンのパートから独立していることや
ボンテンポに直接影響を及ぼした交響曲が
トランペットなしでティンパニを使用していない理由から、
指揮者のカッスートはティンパニのパートに、
2本のトランペットを加えているようだ。

交響曲第2番は第1番に比べロマン派的な部分がある。
それは第一楽章の序奏を聴いただけでもわかるが、
序奏が終わると途端に古典的なスタイルの音楽に戻ってしまう。
でも時々その古典的音楽の均衡を壊すかのようにベートーヴェンぽくなる。
宮廷的な優雅な音楽とベートーヴェンのような激しい音楽が
なぜか折衷したような感じで音楽としてはまとまりが悪い。

ここが、この時点でのボンテンポの限界だったのだろうか、
新しい音楽の潮流に敏感ではあっても、
保守的な部分としての今までの部分をすっかり捨てきれない。
当時のポルトガルの聴衆が求めるものがこのような折衷型だったのか?
作曲家はどっちに依拠するか常に選択を求められるのだろうが、
新しい音楽の潮流に乗るか、保守的な曲にこだわるか、
どっちかに突っ走ればいいのにといっても難しいだろうなあ。

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