
今日8月22日は、留萌沖の「三船殉難事件」の日である。80年前の今日、1945年(昭和20年)8月22日は戦争終結して1週間目と多くの日本人は信じている。留萌沖散船殉難事件は、日本には戦後でもソビエトにとっては、自己弁護であはあるが戦時中である。この日、樺太から戦争終結と日本に帰国する船、三船(第二号新興丸、小笠原丸、泰東丸)が、国籍不明の潜水艦に襲撃され撃沈、1750名以上の人が亡くなった事件である。
国籍不明の潜水艦と言っても、極東に潜水艦を主有する国はソビエトしかない。ポツダム宣言受諾後も、戦闘を続けていたのもソビエトだけである。ソビエトは自らの主張する終戦の日の9月2日まで、樺太で、千島で、満州でほぼ無差別に攻撃してきた。民間人も相当数の人が殺害されている。
この留萌沖三船受難事件は、戦闘とは言えない純然たる民間人の樺太からの引揚者を乗せた船非武装の三艘を、国籍不明の潜水艦が執拗に攻撃した事件である。
この留萌沖三船受難事件は、戦闘とは言えない純然たる民間人の樺太からの引揚者を乗せた船非武装の三艘を、国籍不明の潜水艦が執拗に攻撃した事件である。
ソビエトはこの事実を全く認めていません。GHQがこの時期ソビエトの潜水艦がこの辺りを航行(潜航)していた事実も確認されている。無抵抗の非戦闘員で難民である。国家として恥ずかしいのかもしれないが、到底容認できることではない。
現在、当時の中国の首都南京に武力侵攻した日本兵が、多くの殺戮行為をした事実を、でっち上げだと否定する櫻井よし子など極右翼の人達がいる。確かに40万人の殺害は無理があると思われるが、殺害人数の問題ではない。武器を持たない一般人や女性や子供さえ殺害している。
事実を否定することは、中国の人達の日本への見る目が変わるというものである。
留萌沖三船殉難事件を認めないソビエトと言う非人間性を私は強く非難するが、戦争がもたらす悲劇ともいえる。