筒井康隆 (角川文庫)
《あらすじ》
トンネルを抜け出て過去の町ルピナスに帰ったキッドは、そこで老人と子供の姿しか見なかった。若者は活気のある新しい星へと移り行くのだ。昔の恋人から町を騒がせたあの懐かしい悪漢ウルフがまだ生き残っている事を聞き、やっつけんと下町へくり出したが…。
《収録作品》
地獄図日本海因果/夜の政治と経済/わが家の戦士/わが愛の税務署/若衆胸算用/団欒の危機/走る男/下の世界/わが良き狼
《この一文》
”「じゃ、ぼくたちにとって、歳をとるということは、どういうことなんだろう」
船山は、またにっこり笑った。「ぼくたちそのものがカッコいいんだ。カッコよさそのものは歳をとらない。だからぼくたちも、歳をとらないんだ」
--「若衆胸算用」より ”
”「泣くがいい。お前も不運な男じゃ」
しかし、そういう老人の眼は、何に向けることもできない怒りに燃えていた。その底には、すべてのものへの徹底的な不信の思いが秘められていた。生への虚無的な大きい絶望があり、神への疑惑があった。
--「下の世界」より ”
”「ほう。するとあいつだけが昔のままというわけか」
--「わが良き狼」より ”
いま、はまりかかっている筒井康隆です。
ドッペルさんのおすすめということなので、『わが良き狼』を読んでみました。
表題作は、なんというか非常に物悲しいというか、痛いところをついてくるなあという感じの作品です。伝説の男キッドが20年ぶりに故郷へ戻ってきてみると、町はすっかり寂れていて…。すっかり歳をとった自分と同じで、変わらないようで変わってしまったかつての仲間たち。ただひとり変わらず自分を待っていたのは、死んだと思っていたかつての宿敵ウルフ。彼はいまも変わらずキッドに向かって吠え立てる。しかし…。時が過ぎ去っていくことの痛ましさが満載です。私としては、とくにかつてのヒロインの変わりようが痛かったです。彼女は以前のように美しいままだけれども、すっかり安定した主婦としての生活に浸かりきっています。彼女はそれで幸福であるには違いないのですが、なんというか悲しい。しかも、もしかしたら彼女は若い時から本当はそういうふうに安定志向の人物だったのかもしれないと思うと、さらに悲しい。時が過ぎ去るというのは、どうしてこんなに悲しいんだろう。でも、この物語では、老いて廃れてしまったものばかりではなく、なくしたと思っていたものが、見た目はたしかにしょぼくれてしまってはいるものの、それまで見ようともしなかっただけで、ずっとそこに存在し続けていたのだということもあらわされています。悲しいけれども美しくもあるお話でした。
「わが家の戦士」、「わが愛の税務署」、「団欒の危機」などは痛烈に批判的で面白かったです。「戦士」は、武器を外国に売りさばいて儲けている会社の社員の家のなかで局地的戦争が巻き起こり…という話。軽いタッチで描かれてはいますが、笑えません。とても恐ろしかったです。「税務署」では、主人公が税金をより多く納めるべく、年間の必要経費が総額320円(安!)だったようによそおい、各種保険にも入っていないことにし、妻がありながらいないことにして配偶者控除をなかったことにしたりしたりとごまかします。その一方で納税者としての立場から公務員を奴隷のようにこき使います。これは笑いました。面白い。「団欒の危機」は、もはやテレビがなければ、一家の団欒は穏やかに過ごすことができない有様を描いています。鋭いです。
「若衆胸算用」「走る男」「下の世界」も面白い。「若衆」では、世の中はカッコいいものとカッコわるいのもの二つに分けられるという主人公の青年の美学に、老いの醜さが迫ってくるのですが、結末はとてもポジティブで感動的でした。カッコいいなあ。「下の世界」はまた悲しい話。強制的に上と下とに選別されて生きる人々。苛酷な環境に暮すことを強いられる下の人々は、上に行くことのできるわずかなチャンスをものにしようと必死になるが…。うーん。これはとても面白かったです。引用した文章がとても胸に迫ります。やっぱ熱いなあ、筒井さんて。
というわけで、いまごろになって本当に筒井康隆は面白いということに気が付いた私は、まだまだ読みますよ。「時をかける少女」も読んだので、それはまた後日。