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『モーパン嬢』

2009年01月07日 | 読書日記ーフランス

テオフィル・ゴーチエ作 井村実名子訳(岩波文庫)


《あらすじ》
画家であり詩人である青年ダルベールを虜にした騎士テオドールの正体は? ぼくは男に恋してしまった! 驚愕するダルベール。だが彼の愛人(ロゼット)もまた騎士テオドールの虜となり………。精妙巧緻にからみあう熱烈な二重の愛の物語は、破格の小説技法と華麗な描写で世間の意表をついた。〈序文〉は若きゴーチエがロマン派の宿敵に投じた芸術至上主義宣言として名高い。


《この一文》
“美は人の獲得しえない唯一のもの、最初から美を持たない者は永遠に到達できないものだ。美とは、種を蒔かずとも育つ花、はかなく壊れやすい花、純然たる天の恵みに他ならない。”

“わたしの求める第一義は、肉体の美しさではなく、魂の美しさ、すなわち愛でした。でもわたしの感じる愛は、人間の能力を超えるものらしい。――それでもわたしはわたしの愛で愛するでしょう。それは要求するよりも惜しみなく与える愛です。
 なんとすばらしい狂気! なんという崇高な蕩尽!  ”



久しぶりに髪が逆立ちました。以前からゴーチエは面白いなあ、素敵だなあとは思ってきたのですが、この『モーパン嬢』は想像を絶する美しさと激しさに溢れていました。私はようやく、ゴーチエが求めていたものが何であったかを少しばかり理解することができたと感じます。そして、私自身かねてから憧れ続けてきた「美」に、ゴーチエはいよいよ豊かな色と形、質感を与えてくれたようにも思えます。体中の血が中心に集まって、わなわなと震えてしまいました。
もちろん、同じくゴーチエによる『死霊の恋』のクラリモンドもまた私の女神であることは依然として変わらないのですが、この『モーパン嬢』は物語としての完成度、分量、豪華さ、人物の魅力の強さから言っても、私をさらに打ちのめすに十分なものでした。読んで良かった。生きているうちに読むことが出来てほんとうに良かった!!


物語の主な登場人物は三人の若者。
一人目は画家で詩人のダルベール、何よりも形の美しさを重視し、たとえどんな美女であろうともそのわずかな欠点が気にかかり、結局は心から愛することができないことを嘆きながらも、まだ見ぬ完璧な恋人の登場を夢見ている。
二人目は、そんなダルベールの愛人ロゼット、誰もがうらやむような愛らしい美女、裕福で心優しく、素晴らしい知性を備えた彼女は、不幸なダルベールを慈しむものの実は彼を愛しておらず、心は別の人へ向かっている。
三人目は若き騎士テオドール、完全無欠の美貌を持ち、誰よりも優雅で勇敢、腕っぷしも強い彼は、しかし捉えどころのない謎に包まれている。

これから読もうという方もおいででしょうから、ここであまり物語の内容について語るのはやめておきます。私にはやたらめったら面白かったことだけは確かです。ゴーチエはほんと天才だと思う。
一言、つまりどういう物語であるかを簡単に申しませば、美と愛と真実が暗闇の中で互いに求めあい、激突するという壮絶な、目も眩むような、魂が肉体ごと弾け飛ぶような、苦悩と苦痛と官能と歓喜の、永遠に続く一瞬の物語でありました。
ただ、ただ、美しい!
ただ、ただ、情熱的!

美が、愛が、真実が、かりに一瞬でもこの場で交わったなら、それは空高く舞い上がることのできる力強い翼となり、その先のすべての悲しみと不足をその羽ばたきによってなぎ払うことでしょう。
ほんの一瞬でもいい。ひとたび起こってしまえば、それは永遠に等しいのです。


何もかも、全てを丸くおさめたゴーチエの天才に驚愕しました。誰も何も失わずに、何もかも全てを手に入れる結末が存在し得るとは、あと少しで読み終えてしまうことに怯え、それまでに果たして決着がつくのだろうかと不安だった私には、到底想像も出来ませんでした。
素晴らしい結末!
ああ、世界よ、こんなふうに美しく颯爽と駆け抜けてゆけ! もし信じがたい幸運に恵まれて、その美しい姿を私の前に現すことがあったなら、私は決して忘れないだろう。いや、それはたちまち私の魂に刻まれて、忘れないどころか私はすっかり別人になってしまうに違いない。ありそうもないことだが、まったくないとも言い切れないところが、この世の素晴らしさだ。しかも、そのひとつのパターンがここに示されている。もう支離滅裂で、自分でも何を書いているのかさっぱり分からないが、私は幸福だ。まるで我がことのように、ここでそれを体験することができたから。なんと素晴らしい世界だろう!

あなたの見せてくれた美のお礼に、私はせめてこの熱狂を差し出したい。と鼻息も荒く私は思うのでした。はあ、美しい。