ディーノ・ブッツァーティ 大久保憲子訳(河出書房新社)
《あらすじ》
1972年4月、X大学の電子工学教授 エルマンノ・イスマーニは、国防省から1通の文書を受け取った。イスマーニはある国家的な、最高機密扱いの研究に参加することになるのだが……。
表題作他5つの短編を収録。
《収録作品》
石の幻影/海獣コロンブレ/一九八〇年の教訓/
誤報が招いた死/謙虚な司祭/拝啓 新聞社主幹殿
《この一文》
“私は、自分が破滅してしまったと思いこんでいたあの時期のことを、今は懐かしんでいます。
―――「石の幻影」より ”
前から少し読んでみたかったイタリアの作家 ディーノ・ブッツァーティの短編集。
表題作「石の幻影」が思ったよりも長そうだったので、はじめにその他の短編から読みました。思ったよりもずっとあっさりとした雰囲気だったので、いささか拍子抜けしてしまったというのが正直な感想です。「誤報が招いた死」などは、そのあっさりとしたところが面白みを増幅していて良い感じではあったのですが。どの作品でも〈ちょっと不思議な話〉が語られていて、そこはとても魅力的で面白いのですが、描写があっさりし過ぎていて、私の好みからは少しはずれているかな、とそう思っていました。
それで、「石の幻影」を読む頃にはあまり期待もせずに、とにかく読みはじめてしまったのだから我慢して最後まで読もうかという態度でした。我ながらひどい。そして、結論から言えば、私は大きく誤っていました。このお話は、途中からすごく面白くなります。イスマーニが参加することになった謎の研究内容が明らかになるあたりから異常に興奮しました。これは面白い。
イスマーニは妻を連れて研究施設へと向かうのだが、研究内容をイスマーニ本人も知らず、同行する軍部の人間も知らず、ただその道の途中の不気味さがあおられていくあたりにどきどきします。
ようやく施設に着いてみれば、同僚は著名な科学者たちであるが、みな変人揃い。おそろしく閉じた世界で、奇妙な実験が行われていて……。
細かいことは結局ほとんど分からない、この放置っぷりが気に入りました。不思議だから良い。面白ければ良いのです。
ついでに、この物語の主人公はイスマーニなのかと思っていたのに、全然そうではなかったところも良かったです。意外と先の読めない展開、意外と複雑な人間関係などなど、なにかと意外に思わせられることが多くありました。さらに、クライマックスの勢いを保ったまま結末を迎えるあたりも良いです。なるほど人気があるわけだ。面白かった。
ひとつひとつの場面を思い浮かべると、じわじわ面白さがわいてきます。どことなく間抜けな感じがするところがあるので、なんだかんだで私はけっこう気に入ったのでした。